味な言葉、気になるコトバ
- 「養不教、父之過、教不厳、師之惰」
養いて教えざるは、父の過(あやまち)なり。
教えて厳ならざるは、師の惰(おこたり)なり。
(「三字経」より)
「三字経」というのは、中国の子供向けの教科書で、三字一句のフレーズを連ねて作られた小冊子です。リズムがあって、覚えやすく、言葉もわかりやすい、という、教科書はカクアリタイものです。
「玉不琢、不成器」(玉みがかざれば、器を成さず)ということばなどもここにおさめられているということです。
村塾で盛んに用いられ、日本でも江戸時代には寺子屋の入門過程で子どもに読ませていたそうですが、浮れ雲に出てくる新之助くんみたいに先生のあとについて読んでいる姿が頭に浮かびました。。
できたのは宋代と言われています。宋代、といったら平安時代から清盛の日宋貿易の頃、1000年ぐらい昔のことなのですが、
うーん、今に通じる内容だと思います。
(04.6)
- 「サヨナラ」ダケガ人生ダ
勧酒 干武陵
勧君金屈巵(君に勧む金屈の巵)
満酌不須辞(満酌辞するを須いざれ)
花発多風雨(花発いて風雨多し)
人生足別離(人生別離足る)
唐代の詩人干武陵の「勧酒」(酒ヲ勧ム)という漢詩です。
カッコ内がいわゆる書き下し文。
これを井伏鱒二氏は以下のように訳しています。
コノサカヅキヲ受ケテクレ
ドウゾナミナミツガシテオクレ
ハナニアラシノタトヘモアルゾ
「サヨナラ」ダケガ人生ダ
三行目と四行目が、特にぐっときます。
詩には形式で分けると自由詩と定型詩があって、定型詩には七五調・五七調などがある。
使っている言葉によって口語詩と文語詩に分けられる。
書かれている内容によって叙情詩、叙景詩、叙事詩などに分けられて、
主にこれらの組み合わせで分類される、などと、
ノートに書いて勉強している時にはただ写しているだけ、といったかんじだったものが、
こういう詩を目の前につきつけられると、
サヨナラダケガ ジンセイダ
1234567 12345
あー、なるほど、七五だなあ。って実感させられてしまいます。
今の歌はほとんど字数関係無しの自由詩ってことになりますが、
定型詩が型にはまった不自由な詩、というわけではないのです。
ジンセイラクアリャ クモアルサ
オサケハヌルメノ カンガイイ
などなど、名曲揃いでござります。
(04.6)
- 楽しい時……
独楽吟
たのしみは 艸のいほりの筵敷 ひとりこゝろを静めをるとき
たのしみは すびつのもとにうち倒れ ゆすり起こすも知らで寐し時
たのしみは 珍しき書人にかり 始め一ひらひろげたる時
たのしみは 紙をひろげてとる筆の 思ひの外に能くかけし時
たのしみは 百日ひねれど成らぬ歌の ふとおもしろく出できたる時
たのしみは 妻子むつまじくうちつどひ 頭ならべて物をくふ時
たのしみは 物をかゝせて善き価 惜しみげもなく人のくれし時
たのしみは 空暖かにうち晴れし 春秋の日に出でありく時
たのしみは 朝おきいでて昨日まで 無りし花の咲ける見る時
たのしみは 心にうかぶはかなごと 思ひつゞけて煙草すふとき
たのしみは 意にかなふ山水のあたり しづかに見てありくとき
たのしみは 尋常ならぬ書に画に うちひろげつゝ見もてゆく時
たのしみは 常に見なれぬ鳥の来て 軒遠からぬ樹に鳴きしとき
たのしみは あき米櫃に米いでき 今一月はよしといふとき
たのしみは 物識人に稀にあひて 古しへ今を語りあふとき
たのしみは 門売りあるく魚買て 烹る鍋の香を鼻に嗅ぐ時
たのしみは まれに魚煮て児等皆が うましうましといひて食ふ時
たのしみは そゞろ読みゆく書の中に 我とひとしき人をみし時
たのしみは 雪ふるよさり酒の糟 あぶりて食て火にあたる時
たのしみは 書よみ倦るをりしもあれ 聲知る人の門たたく時
たのしみは 世に解きがたくする書の 心をひとりさとり得し時
たのしみは 銭なくなりてわびをるに 人の来りて銭くれし時
たのしみは 炭さしすてゝおきし火の 紅くなりきて湯の煮ゆる時
たのしみは 心をおかぬ友どちと 笑ひかたりて腹をよるとき
たのしみは 晝寐せしまに庭ぬらし ふりたる雨をさめてしる時
たのしみは 晝寐目ざむる枕べにことことと湯の煮へてある時
たのしみは 湯わかしわかし埋火を 中にさし置きて人とかたる時
たのしみは とぼしきまゝに人集め 酒飲め物を食へといふ時
たのしみは 客人えたる折りしもあれ 瓢に酒のありあへる時
たのしみは 家内五人五たりが 風だにひかでありあへる時
たのしみは 機おりたてて新しき ころもを縫ひて妻が着する時
たのしみは 三人の児どもすくすくと 大きくなれる姿みる時
たのしみは 人も訪ひこず事もなく 心をいれて書を見る時
たのしみは 明日物くるといふ占を 咲くともし火の花にみる時
たのしみは たのむをよびて門あけて 物もて来つる使えし時
たのしみは 木芽煮やして大きなる 饅頭を一つほゝばりしとき
たのしみは つねに好める焼豆腐 うまく烹たてて食はせけるとき
たのしみは 小豆の飯の冷えたるを 茶漬てふ物になしてくふ時
たのしみは いやなる人の来りしが 長くもをらでかへりけるとき
たのしみは 田づらに行きしわらは等が 耒鍬とりて帰りくる時
たのしみは 衾かづきて物がたり いひをるうちに寝入りたるとき
たのしみは わらは墨するかたはらに 筆の運びを思ひをる時
たのしみは 好き筆をえて先づ水に ひたしなぶりて試るとき
たのしみは 庭にうゑたる春秋の 花のさかりにあへる時々
たのしみは ほしかりし物銭ぶくろ うちかたぶけてかひえたるとき
たのしみは 神の御国の民として 神の教をふかくおもふとき
たのしみは 戎夷よろこぶ世の中の 皇国忘れぬ人を見るとき
たのしみは 鈴屋大人の後に生れ その御諭をうくる思ふ時
たのしみは 数ある書を辛くして うつし竟へつつとぢて見るとき
たのしみは 野寺山里日をくらし やどれといはれやどりける時
たのしみは 野山のさとに人遇ひて 我を見しりてあるじするとき
たのしみは ふと見てほしくおもふ物 辛くはかりて手にいれしとき
幕末の歌人、橘曙覧(たちばなあけみ)の「独楽吟」の作品です。全部で52首。
まさに江戸時代版「いつもここから」を連想してしまいます。
昔も今も、人間の「たのしみ」はそうかわるものではない、と感じます。
たのしみ、にもほのぼの心があたたまるもの、うっしっしってものやラッキーなものなど、いろんな種類がありますね。
人生いろいろ、たのしみもいろいろです。
個人的には、
たのしみは まれに魚煮て児等皆が うましうましといひて食ふ時
たのしみは そゞろ読みゆく書の中に 我とひとしき人をみし時
たのしみは 心をおかぬ友どちと 笑ひかたりて腹をよるとき
なんてのがお気に入りです。
あ、それから、
たのしみは 銭なくなりてわびをるに 人の来りて銭くれし時
これこれ。これはうれしいですねぇ。
(04.6)
- 「自大是一個臭字」
小人物ほどつまらぬ実力を誇示したがり、
自分が偉いつもりになって尊大ぶって鼻持ちならない、という。
中国の南の方に「夜郎」という小さな国がありまして、
そこに漢からの使者がやってきました。
すると夜郎の王様はふんぞりかえって使者をよびつけて、
「漢、わが大なるにいずれぞ」
と、聞いたという。
「なに?漢じゃと?その国はわが国とどっちが大きいのかの?」みたいなかんじですか。
これについて史記の作者司馬遷は
「道、通ぜざるをもっての故に、漢の広大なるをしらず」と「しょうがねえなあ」
ってかんじであきれておりますが。
「自」分が「大」モノだという意識がプンプンと臭ってきて、
いつの間にか向こうから集まってきた人や周りの人も離れていく。
「自」と「大」を重ねると、「臭」になる、というわけで、
漢字ってうまいことできていますなあ。
(04.6/19)
- 「学問の道は他なし。その放心を求むるのみ。」
孟子曰く、牛山の木はかつて美なりき。その大国に郊たるを以って、斧斤これを伐る。以って美なるべけんや。
人、その濯濯(テキテキ)たるを見て、以っていまだかって材あらずとなす。これあに山の性ならんや。人に存するものといえども、あに仁義の心なからんや。その良心を放つゆえんのもの、またなお斧斤の木におけるがごときなり。旦旦にこれを伐れば、以って美となすべけんや。
人、鶏犬の放たるるあらば、すなわちこれを求むることを知るも、心の放たるることありても、求むることを知らず。学問の道は他なし。その放心を求むるのみ。
孟子曰く、
牛山はかつてとても美しい木々に覆われた山だった。しかし大国の郊外にあったためにその木々は伐採されて今ではみるかげもなくなってしまった。
人はそのはげ山になった今の姿をみてかつては美しい木々があった山だとは想像もしない。でも、その今の姿がこの山の本来の姿だ、というわけではないだろう。
これと同じように、「いつくしみの心や人の行うべき道」の欠けた人を見て、もともとこれがこいつの本性だ、と決めつけてしまうのは誤りである。
そいつがどこかに心を失ってしまったのはちょうど斧で山の木を伐ってしまったようなものなのだから。
人が毎日毎日山の木を伐るようにして日常的に「良心」を伐ってしまったら、どんな人だって立派な人でいることなどできはしないじゃないか。
飼っているにわとりや犬がいなくなったら大騒ぎしてさがすのに、心がどこかにいってしまってもこれを求めることをせず平気でいる。
学問の道は他にはない。それはどこかへいってしまった心をとりもどすためのものなのだ。
(孟子[告子篇]より)
「学問の道は他なし。その放心を求むるのみ。」
Mr.Childrenの歌ではないけれど、子ども達が被害者になり、加害者になるような、
そんな事件が毎日のようにニュースになっているような昨今。(ニュースにもならなくなったら、もっとおそろしいことですが)
孟子のことばはとても重たく、大事なものに思われます。
人間はもともといいものをもっているんだ。
なのか。それとも、
そんな甘ちゃんじゃないよ。
なのか。
でも、世の中「渡る世間は鬼ばかり」みんないい人なんて言ってたらダマされるのがせきの山サ。と、言ってしまえば身も蓋もない。
だから人間なんて信用できないというのではなく、だからこそ、
荒廃した姿がほんとなのではなく、「牛山の木はかつて美なりき」と信じて
「その放心を求」めたいじゃありませんか。
「こころの教育」とういことばがよく使われておりますが、
では、具体的にそれはどういうことなの?というとなかなか答えのない問題ですが、
けっこうこういうところにヒントはあるように思ったりもする今日この頃なのでした。
「学んで時にこれを習う」ってほんに「また、楽しからずや」ですなあ。
(04.6/24)
- 礎石を据えることの大切さ
穴を掘って、そこに柱を立てる、いわゆる「掘っ建て小屋」
簡単に建てた小屋のたとえとしても使われますが、
これだと埋めた部分から柱が腐ってきてしまいます。
湿気の多い日本では特にです。
そこで考え出されたのが礎石を置いてその上に柱を立てる、という方法です。
日本最古の木造建築「法隆寺」の柱も全て「礎石」の上にのっています。
礎石の据え方
柱を立てるところを掘る。
割栗石を埋めてつき固める。
粘土を敷く。
その上に礎石になる石を置く。
石の表面のでこぼこに合わせて柱にコンパスや「オサ」という道具で印をつけ、
それに合わせて柱を削る。この作業を「ひかりつけ」という。
石を据えてその上から柱を建てるには石を割ってまっすぐにしてからやれば早いし簡単です。
でも法隆寺はそうではない。ひとつひとつちがう自然石の凸凹に合わせて柱の方を削るわけです。
平らな上にボルトで止めた柱はとても強いように見えるけれど例えば地震がきたら一斉にゆれ、その揺れは増幅されてしまいます。
ひとつひとつの自然石そのままの凸凹に削られた柱は適当に遊びがあって、揺れを吸収することができる。
千数百年前からすでにそういうことが考えられていて、だから今でもわたしたちは法隆寺を見ることができる。
すごいことですね。
平らにきれいに切りそろえた石よりも
自然の凸凹をそのまま生かした方が、強いっていうのが、
なんかいいなぁ。
(04.7/2)
参考:中公文庫版「中国の知嚢」村山吉廣著
「中国人の発想80の知恵」守屋洋著
西岡常一著「木のいのち 木のこころ」
- 空虚な精神が饒舌であり、
勇気を欠くものが喧嘩を好むが如く、
自足する喜びを蔵しない思想は、
相手の弱点や欠点に乗じて生きようとする。
(小林秀雄「政治と文学」より)
- 諸葛孔明が尊敬してやまず、
人生の手本としていた楽毅という人物が
手紙の中にこんな文章を残しています。
「古(イニシエ)の君子は
人と絶交しても
相手の悪口をいわず、
真の忠臣は国を去ってもその身の潔(キヨ)さを
弁明しない」
(史記より)
春秋戦国時代、ですから
今から2300年ほども前に
書かれたことですが、
政治の世界に限らずいろいろな状況で
現代にあてはまることばです。
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