2月26日。
ラジオから流れてきた、俳優の蟹江敬三さんが舞台でケガをされて、それでも千秋楽を最後までつとめその後即入院。腰椎骨折で全治三ヶ月というニュース。驚きながらよくよくつづきを聞いていると、なんとケガをしたのは22日。それからずっと注射をうち、ドクターストップを押し切って舞台に立ち続けていたということなのでした。
しかもその役というのが、ワイヤーで引っ張って壁に激突する役だそうなのです。
その役者根性。ただただ脱帽するばかりです。
鬼平はもちろんのこと、時代劇・現代劇にかかわらず蟹江さんはかかすことのできないお人。十分ご養生して体を大切になさってください。

この間スカパーでやっていた子連れ狼に若き日の蟹江さんと、石橋蓮司さんが出ていました。蟹江さんはわざと牢屋に潜入した錦之介さんの拝一刀に絡んでいって真っ先に斬られる囚人役。蓮司さんは赤猫のなんとか、と異名をとるほどの付け火の好きな悪党で、これもまた悪い牢役人に斬られちゃう。
こうやって、ふたりは何回も何回も斬られたり悪い役をやったりして、今の芝居を作っていったのだなあ。
そういう役者さんが育っていける土壌がかつての映画界やテレビの世界にはあった、ということなんでしょうかねぇ。
そういう若手、出てきてほしいっす。




平蔵が到着したとき、酒井祐助が見張りに出てい、粂八は欅の林の中で、どこからか仕入れて来た〔にぎりめし〕を頬張っていた。
「粂八。ご苦労……」
いいかけて平蔵が顔をしかめ、
「何やら、臭いな」
「へ、へへ。もう何日も湯に入らねえものでございますから……」
粂八が、苦笑まじりにいう。
「や……これはすまぬことをいった。ゆるせ」
「とんでもねえことで」
(鬼平犯科帳8「流星」)

密偵小房の粂八の登場は第1巻第一話。
つまり最初の話の時に盗賊改め方に捕まった粂八が数話を経て平蔵に惚れ込み、
「血頭の丹兵衛」で密偵となる決意を固める過程で初めの数話がすすんでいく、という形になっている。
まさに鬼平犯科帳の歴史は粂八とともにあり。
そして「暗剣白梅香」で、運命の不思議から金子半四郎を返り討ちにした亭主、利右衛門こと森為之助が江戸を離れたあとの船宿
〔鶴や〕を預かって、平蔵の最も信頼するに足る密偵として活躍する。
盗賊仲間では「狗(いぬ)」と呼ばれて軽蔑される密偵になって、命を懸けてお頭の力になろうとする粂八。
そんな粂八が、時にむかしとった杵柄の〔おつとめ〕の世界に血を沸かしたり、
世話になった盗賊との間の板挟みになって心を痛めたりもする。
そうしたときにも、平蔵は何も言わず、何も聞かず。
そして、粂八もなにも聞かれなくても、いや聞かない平蔵の気持ちがわかっている。

 盗賊改め方の牢で平蔵に語った彼の生い立ちは、次のように書かれている。

 小房の粂八は、両親の顔を知らぬ。
 雪深い山村の、小さな家に、彼が「おん婆(ばあ)」とよんだ老婆と共にくらしていたことだけは、はっきりとおぼえている。
次の印象は、この「おん婆」と共に、ながいながい旅をしているときの空腹と疲労と、
さらに「おん婆」が夕闇の街道に打ち倒れ、ぴくりともうごかなくなってしまったときのことだ。
「わっしが、五つか、六つごろのことだと思いますよ。
その、おん婆は、どうも、わっしの本当の祖母(ばばさま)のような気がするのでございますがねえ」
 と、粂八は長谷川平蔵に洩らしたことがある。
 そのときの自分の泣声だけはおぼえているのだが、その後のことは模糊としている。
 行き倒れた「おん婆」に取りすがって泣きわめいていた彼を
だれかが、どこかへ連れていったことだけはたしかで、以後は粂八、転々として諸方をわたり歩いた。
「中には親切な人もいたのでございましょうが、とにかく物心ついてからは、もう売り飛ばされて経めぐり歩いたもので……」
 結句、大坂を根拠とする見世物芸人、山鳥銀太夫一座で、粂八は少年ながら綱渡りの芸を見せていたという。
「両親の顔もしらねえといことは、人間の生活(くらし)の中に何ひとつ無えということで……
それからのわっしが悪(わる)の道へふみこんで言った経緯(ゆくたて)についちゃあ、いちいち申しあげるまでもござんすまい」
 平蔵にこうのべた粂八は、それだけに、長谷川平蔵が盗賊夫婦(助次郎・おふじ)の子に生まれて孤児となった赤子のお順を
こともなげに養女としたことを知るや、ひどく感動してしまったらしい。
(鬼平犯科帳1「血頭の丹兵衛」より)


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