古明神村の村御印(むらごいん) 明暦2年(1656)

   (古文書:翻刻テキスト)
   越中射水郡古明神村物成之事
   壱ケ村草高 外五拾四石明暦弐年引高
   一、六拾七石 免三ツ六歩内弐ツ五歩明暦二年より上ル
   右免付之通可納所、夫銀口米如定可出也。
     同村小物成之事
   一、九拾六匁   野役
   本米五斗
     一、壱斗 敷借利足
   右小物成之分者十村見図之上ニテ指引有之者
   其通可出者也。

   明暦二年 八朔日  御印(前田利常)
                      古明神村
                        百姓中


【読み下し】
越中射水郡古明神村、物成之事(ものなりのこと)
壱ケ村草高(くさだか) 外、五拾四石、明暦弐年引高
   一、六拾七石 (めん)三ツ六歩、内弐ツ五歩、明暦二年より上ル
   右、免付(めんづけ)之通、可納所(なつすよすべし)夫銀(ぶぎん)口米(くちまい)如定可出(だすべき)也。
     同村小物成(こものなり)之事
   一、九拾六匁         野役
   本米五斗
    一、壱斗 敷借利足(しきがしりそく)
   右、小物成(こものなり)之分者、十村見図(とむらみつもり)之上ニテ、指引(さしひき) 有之(あるにおいて)
   其通可出(だすべき)(もの)也。

   明暦二年 八朔日  御印((前田利常))
                         古明神村
                           百姓中


村御印(むらごいん )
 江戸時代に加賀藩で行われた年貢の取り決め書。標準的な収穫高と年貢の率などを書面に記し、藩主の印を 押して交付した文書。御印が押されていることから「村御印」と呼ばれている。この読み方としては(むらぎょいん)が正しいとする 学説もあるが、ここでは通称の方を取った。例えば、富山県高岡市・有磯正八幡宮で二代藩主利長の遺徳を偲ぶ「御印祭」は「ごいんまつり」と発音 されている。

十村(とむら )
十村制のために特権を付与された農民を十村と称する。十村は郡奉行あるいは改作奉行の下位、肝煎や庄屋の上位に位置する。初めは10カ 村ほどを束ねる役割を担っていたため「十村」と称したが、後には数十カ村を束ねる十村も現れた。十村は、上位から、組無御扶持人十 村、組持御扶持人十村、平十村に区分され、さらに各区分が三分される計九段階の序列があった。十村には役料として支配下の15歳から 60歳の男子から年に米二升が徴収され充てられた。世襲ではないものの、基本的には村を束ねる豪農が任命されるため、事実上世襲に近 い状態であった。一人の十村が管轄する範囲を「組」と呼び当初は十村の名前を冠して呼んでいたが後に地名を冠するようになった。

    越中射水郡・大白石組 十村
  1. 大白石村 三郎右衛門 (正保02〜元禄03)
改作法
 改作法の施行を徹底させるため農政に専念する改作奉行を設けた。利常は、税収を上げるためにはまず農民の暮らしを安定させる必要が あると考え、施行されたのが改作法であった。 改作法では、 農民の借金の帳消し 農具や種籾を購入するための銀(改作入用銀)の貸し付け 当座の食料(作食米)の貸し付け 労働人口の再分配 が定められ、農業生産力を高める試みがなされた。これらを施行するに当たり十村制が十分に活用されている。

    改作奉行
  1. 加賀藩の改作奉行は寛文元年(1661)に設置された。
定免制
 それまで税率は作柄により変動していたが、利常はこれを改め税率を固定した。これを「定免制」と称する。これにより余剰生産分は農民 の手に残るようになった。しかし、定免制の計算の基本になっている数値は元々改革後に達成されるであろう高い収穫量を前提に計算され たものであった。明暦2年に作成された「百石入用図」によれば、標準収穫量100石の土地の場合、農民の食料、肥料、農具代、種籾として の保留分といった必要経費が71.8石必要とされている。100石に対する税は40石であり合計で11.8石の不足となるのだが、農業改革により 標準を12.5石上回る収穫が達成されており、無事に年貢を徴収できたばかりか農民の手元に余剰分が残ったと記されている

前田利常(加賀藩第2代藩主:1594〜1658)
 加賀藩祖前田利家の四男、母は側室の寿福院。幼名は猿千代、犬千代。初名は利光。 寛永16年(1639年)に子の前田光高に家督を譲り47歳で隠居する。治水や農政事業(十村制、改作法)などを行い、次男の前田利次に 富山藩を、3男の前田利治に大聖寺藩を与える。正保4年(1645年)には光高が死去し、前田綱紀が藩主に就任すると、自ら小松に20万 石を養老領として藩政を補佐する。   フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より


【古文書分類番号不詳 草岡神社奉賛会所蔵】
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