●浦賀ドック

・2005年03月27日  作成
訪れた日 2005年1月29日
 

京浜急行の電車の広告を見て久しぶりにワクワクした。憧れていた造船所を代表する施設、浦賀1号ドック・・・通称レンガドックが公開されるというのだ。1897年(明治30年)、に日本最初のドライドックとして誕生した浦賀ドック。レンガ作りのドックとして貴重な存在である。あまりに有名だが、造船所の施設なので当然、見る事はできない。操業を停止して2年・・・。まだ、現役当時の面影を残しているのだろうか。

2005年1月に行われた「中島三郎助まつり」。造船所跡地で行われ、オプションとしてドライドックツアーも参加できるとの事だった。工場が廃止されて2年、街を圧倒していた2号、3号ドックの巨大クレーンはさすがに姿を消したが、工場は殆ど昔のまま残っており、圧倒される雰囲気があった。これだけ大きな施設だと、更地にするのも大変なのだろう。

さて、私にとって目玉のドライドック見学会だが、レンガ造りの巨大なV字の谷は圧倒される雰囲気があった。ちょっと怖いが迫力がある。レンガは年期が入って美しさすら感じるのだが、クレーンも含めて施設は現役のままで、今でも操業可能なように思えた。ドックの役割の紹介という事で、フェリーがドックに入港して、ドックから水が抜かれ、ジャッキアップされるような形で整備される様子をパネル紹介してくれたが、これは貴重な資料だと思う。

遺構として保存されるであろう1号ドックを後に、駐車場から近代的ドックとして大活躍した2号、3号ドック跡地を望む。廃材が散乱している様子を見ると、やはり廃墟化している。胸が締め付けられる思いがする。浦賀の街が寂しそうに映るのは、この巨大は廃墟のためだろう。山に登って街を見下ろしてみる。街の大半を占める造船所が見える。現役の時は不夜城のように輝いていたのだろう。

浦賀の印象は、いつも衰退産業の街・・・という雰囲気を感じていたが、かもめ団地にでも行けば印象が変わるのだろうか。

工場内で行われた「中島三郎助まつり」
ドライドック
海と隔てる鉄板(海水を入れる時は板が外れる)
手前のクレーンは昭和20年6月製(太平洋戦争終戦2ヶ月前)
排水ポンプの電源は生きていた
2号・3号ドック方面
山から見た造船所

http://www2s.biglobe.ne.jp/~kurume/my_hp.gif (6911 バイト)

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