●奥羽本線(急行「津軽」)

・2003年7月13日作成
訪れた日 1988年2月29日
 

発車3分前に「上野」に到着して慌しく列車に乗り込む。22時30分、ガクンという衝撃があって、奥羽本線経由青森行きの急行「津軽」は上野駅を出発した。車内は満員。横の席に座った秋田へ帰る単身赴任の人と会話が弾む事となる。この人は逆だが、この列車は出稼ぎ列車として有名である。津軽地方の農家が冬に東京に単身、稼ぎに来る時に往復する為の列車なのだ。

東北路の夜汽車の車窓は灯りが少ない。「ピーッ!!」。時折、機関車から聞こえてくる響くホイッスルが悲しく響く。深夜の「黒磯」で青い機関車(EF65)から赤い機関車(ED75)に変わり、いよいよ東北に入る。1時58分、「郡山」に到着するが人の乗り降りは無い、人気のいないホームからアナウンスが聞こえてきて、ブレーキが緩み、ホイッスルが聞こえてガクンと発車・・・。いかにも客車らしい雰囲気だ。

2時55分。板谷峠専用機(EF71)に牽かれて板谷峠を目指す。ここまで全く無かった雪が車窓に見られ、スノウシェルター、スイッチバックの引込み線のある峠を登るにつれ雪は増えてくる。「米沢」での機関車交換があった筈だが、その頃はさすがに眠っていた。

5時38分、山形県の小さな田舎駅、「大石田」を過ぎると、漆黒の闇だった空に青みが増えてきた。雪国の夜明けだ。このあたりの駅は、古い木製の柱で屋根を支えている構造が多く、積もった雪とともに昔の田舎を感じさせるものが多い。防風林。広い雪原の中を眠りを乗せた列車は北上する。その雪原の中、所々に小さな集落があり小さな灯りをともしている。昔の日本映画を見ているようだ。

6時01分、「新庄」へ到着。ここで車内も朝を迎える。下車する人も多く、読んでいた本をくれる人もいた。列車は機関車故障のために少し遅れて出発。立ち喰いソバで作ってもらったソバをすすりながら、窓のあたりまで積もった、雪に覆われた車窓を眺める。6時52分、オハヨウ放送とともに車内が明るくなる。「横手」を出ると車内販売も来るがどうも闇業者らしい。山形、秋田の小さな駅に止まる度に客を降ろし、8時53分、「秋田」に到着する頃には大分空いてきた。

席を向かい合わせにして、足を投げ出し、ノンビリした旅が続く。「早口」で先行している客車普通列車を追い抜く。普通列車のような長閑さだが、一応急行列車だったのだ。10時54分、「大館」で「鶏飯弁当」を購入。この先、青森まで先は長い、食料は買える時に買っておかねば。

11時26分、「大鰐」を出るとリンゴの木が目につく。手入れをしている人も見る事もできる。この雪の中、大変なんだなぁ・・・と思ってしまうが津軽らしい風景だ。やがて岩木山が見えてくる。いよいよ青森県だ。

「弘前」を出ると見事な空気輸送状態となった。やがて立派な線路が近づいてくる。もうすぐ開業する津軽海峡線である。12時17分。すっかり昼となった「青森」に到着。13時間47分の旅が終了した。

8両の客車から降りた乗客の中に、ホーム先端の連絡線桟橋待合室に向かう人の姿は、意外にあった。何れも周遊券を持った旅人だろう。ただし、次の連絡船は約3時間後の15時00分まで無い。


上野駅を出発前の「津軽」
福島まで「高速軌道試験車」が連結されてた
雪国の夜明け
車窓は雪・雪・雪
津軽は何度も機関車が変わる列車だった
終点青森駅の先端は桟橋待合室

http://www2s.biglobe.ne.jp/~kurume/my_hp.gif (6911 バイト)


back