快速「もくぞう駅舎号」

2013年12月30日作成
訪れた日 2012年10月6日
          

1980年代から90年代にかけて急行廃止ととなった急行型車両を改造してジョイフルトレインと呼ばれた車両が作られた。しかしジョイフルトレイン自体が減少傾向にあり、改造車も老朽化が進み初代のジョイフルトレインは数を減らしてきた。JR東日本の「KENJI」はJRグループに残った唯一の国鉄急行型キハ58からの改造車である(オリジナルのキハ58系列もJRから消えた)。その車両が臨時列車として山田線を走るという。

震災以降、三陸海岸への旅行は気が重くて訪れる事が不謹慎なような気がしていた。しかし、岩手県で企画されたイベント列車であれば、それに参加する事は恥じる事はないと思った。定刻の9時35分を少し遅れて盛岡駅を出発した列車は幟や大漁旗を持った職員に見送られて出発した。これから、木造駅舎のあるローカル駅に止まりながら山田線を宮古駅まで行く。

ダイヤ遅れで最初の停車駅である上米内駅では降りる事は叶わなかったが、秘境駅と言われている浅岸駅では列車を降りて撮影やスタンプを押す事が出来た。極端に少ない運転本数なので鉄道でこの駅を訪れるのは無理であろう。そのような駅で途中下車できるのがこの旅の楽しさである。アテンダントも乗車していて、車内では様々なイベントも行われていた。本当は静かに旅を楽しみたいが、折角なのでクイズにも参加する。

山田線の運転本数は4往復/日である。人煙まれな山奥を行くが、快速列車で通り過ぎた事はあるが、各駅を巡ったのはこれが初めてである(今回も各駅停車ではないが・・・)。途中駅での乗降は極端に少ないが、どれも立派な木造駅舎を持っていて、かつてはそれなりに利用客もいたのだろう。茂市駅の2面3線の長大ホームを見ていると、今でも幹線の途中駅のように見えてくる。しかし、利用客は20〜30名程度だと聞く。

ゴツゴツとコイルバネ台車から振動が伝わってくる。低速で走っている分には、エアサスのフワフワした乗り心地よりもどっしりした安定感を感じる。車体は更新されたが、この乗り心地は、かつて味わった急行型気動車そのものである。そして「Kenji」号の車内を見渡すが、ブラウン管のモニターなども時代がかっている設備も残っている。カラオケ設備など今は使われていないのだろう。快適に楽しく過ごしていると3時間はあっという間、川下の盆地に住宅地が見えてきたら終点の宮古駅である。


盛岡駅を出発、ホームに売店も無いのが衝撃的だった。
浅岸駅・大志田が秘境駅と言われている。国道からも遠く、周りに集落も無い。大志田駅に至っては、上下合わせても3本しか停車しない。冬季は休業になるが、夏期の利用者も極端に少ないのだろう。

区界駅は利用客は3名/日と言われているが、駅員は3名いるそうだ。列車交換が可能な駅で、運転取り扱い業務の為だそうだ。快速も停車し、この日も快速「リアス」と列車交換した。
1号車と3号車は指定席(左)。サロン車が自由席として運用していた(右)。
川内駅も一桁の利用客しかいないが、列車交換の為に駅員が配置されている。立派な待合室もあるが利用する人は少ない。(左上)

茂市駅も同様の理由で駅員が配置されているが、利用客は辛うじて2ケタとの事。かつては、岩泉線を分岐していたが。現在は休線、そして廃線も決まっている。跨線橋を持つ立派はホームは長編成の列車も止まれそうであるが、完全に設備を持て余している・・・。(右上)

終点の宮古駅着。ここまで約3時間。列車はしばし休憩の後折り返す。かつては、山田線を釜石まで走り、盛岡に戻る臨時列車も出ていたが、ここから海沿いの山田線は復旧の目処すらたっていない。(左)

http://www2s.biglobe.ne.jp/~kurume/my_hp.gif (6911 バイト)


back