名立駅・鳥ヶ首岬

2015年8月16日作成
訪れた日 2014年5月17日
2014年6月1日

鳥ヶ首岬を車で巡った後、夜の北陸本線の名立駅に立ち寄ってみた。海沿いの集落から離れ、川沿いに山間部に入ってゆくと名立駅があった。上下の退避線の間に通過線を持ち、まるで新幹線の駅のような佇まいである。上下線結ぶ地下通路も長く、ちょっとした要塞のような雰囲気があった。下り線には「直江津・東京方面」、上り線には「糸魚川・金沢・大阪方面」と書かれていた。ただし、東京駅や大阪駅に発着する列車はやってこない。2時間〜1時間に1本間隔で運転されているローカル列車がやってくる駅にすぎない。そして、無人駅のこの駅に人影は無かった。

北越急行ほくほく線を行く「はくたか」号を撮影する為、車でこの地を訪問したが生憎の天気。仕方なく、鳥ヶ首岬を巡って帰ろうと思い、北陸本線沿いを下って岬にやってきた。鳥ヶ首岬の灯台は高台にあって、日本海を眼下に望む絶景だった。この日は厚い雲に覆われていた天気であったが、日没直前に雲の切れ間から海に沈む夕日が顔を出した。眼下に小さなな入り江と集落が見えた。これが名立の集落である。

この辺りは、海沿いに山が迫り、少しでも平地があると、体を寄せて海風を耐えるように家が集まり集落を形成していた。とても複線電化の鉄道が走れるスペースは無い。高速道路も鉄道も内陸をトンネルで貫いている。しかし、北陸本線の旧線はこの海沿いに線路が敷かれ、名立の集落にも駅があった。
複線電化となった北陸本線の新線は、トンネルでこの隘路を貫いたが、駅は集落から離れてしまった。名立駅は、トンネルとトンネルの合間に駅を作り、隣の筒石駅はトンネルの中に駅が作られた。

鉄道愛好者たるもの、車で訪れた事はあるが、列車で訪れた事が無いなどとは許されない。後日、北陸本線の各駅停車でこの駅を訪れた。大きな荷物を抱え、階段の前で呆然としていた老婦人を助けたが、階段の多い駅は老人には辛いだろう。この日は待合室に利用者の姿があったが、利用者の数に比べて駅設備の規模が大きすぎるのも、この駅が使いずらそうに感じた。それでもトンネルの中の筒石駅よりマシかもしれない。

駅が集落から外れている事は事前に知っていた。名立駅に停車する普通列車は少ない。長居は無用という事ですぐに折り返す。「直江津」行きを待っていると、反対側のトンネルの奥からヘッドライトが近づいてきた。特急「はくたか」である。最高速度130q/hでの通過は迫力があった。1時間間隔で走る特急「はくたか」、他も特急「北越」などが行き交う姿は大幹線である北陸本線に相応しい。しかし、来年にはこの路線を走る特急列車は消滅、この区間は第三セクター化されディーゼルカーが行き交う姿になる事が決定されている。


夜のしじまに浮かぶ名立駅。巨大な設備が北陸本線が大幹線だという事を物語っている。
東京方面や大阪方面という案内は、鉄道が旅の主役だった頃の名残だろう。

無人駅になってしまったが、待合室には古い写真も展示されていてかつての賑わいに思いを馳せる事が出来た。

毎時運転の特急「はくたか」及び、特急「北越」が行き交っていたこの時が、この区間が最も盛り上がっている時代だったのかもしれない。

北陸新幹線の開通とともに、この区間はJRから切り離され、第三セクター化され、特急列車は廃止されてしまう。ただし普通列車の本数は6本増えて20本になる。

第三セクター化は仕方ないとしても、電車からディーゼルカーになってしまうのは設備が勿体無い。貨物列車用に電化設備は残るのであるから、何とか電車で運行する事は出来なかったのであろうか。
鳥ヶ首岬灯台は地上80mの高さに聳えている。名立灯台とも呼ばれているそうだ。

灯台の形自体はいまひとつ情緒が無いが、灯台からの景色は絶景である。北陸本線の旧線はこの岬の下を通っていたらしい。

http://www2s.biglobe.ne.jp/~kurume/my_hp.gif (6911 バイト)


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