破壊神話外伝 白日夢

 

「ここは…何処?」
 今、高瀬晴明は大変困惑していた。
 紛れもなく今まで住んでいた『世界』には違いない。
 背広を着込んだ会社員、歩道の隅でギターを掻き鳴らしているアマチュアシンガー、立ち並ぶピル、看板は紛れもなく日本語。
 2つの条件を除けば晴明の住んでいる『世界』なのだ。

 1つは日本には間違いないのだが、東京ではなく見知らぬ街であること。

 もう1つは…幻夢境という『ゲーム』の世界であること。

 事の始まりは市本和也の事務所に行ったことからである。
 いつものようにパチンコで負けた晴明は、取り敢えず飯をたかろうと事務所のドアを叩いた。
 和也の秘書であるシーラが応対に出てきたが、和也は今『仕事』で居ないと告げられる。
 主が居てこそたかれるのであって、居なければ無意味である。
 何時戻ってくるか判らないが、取り敢えず事務所で待たせてもらうよう、シーラにお願いしたところ、快く部屋に入れてくれた。

 市本の事務所…特に接客兼所長室は決して広くはない。
 応接セットに壁際にはシーラ専用の机、そして真正面には市本が座っている馬鹿でかい、およそ事務所と比較して似つかわしくない総チーク材で組み上げられ『社長机』が鎮座している。
 而も、
 市本の机の上にはパソコンだけではなく、書類や道具といったガラクタが所狭しというより、どうやって組み上げたか判らないくらい山積みされている。
 少しでも触れたならば、その『夢の島』は音を立てて崩れ落ちるかもしれない。とにかく市本の机の上は、ある意味で『立入禁止』の状態である。

 シーラからコーヒーとお菓子が出されたが、それだけで腹が膨れる訳でもない。
 『飯喰いたい』と言いたかったが、高瀬はシーラに対してそこまでズーズーしく出来る神経は持ち合わせていない。
 取り敢えず空腹を紛らせるために事務所の中をウロウロする。
 とは言え狭い事務所の中でうろつくのは限界がある。
 その中で一番暇を潰せるものを見附けた。
 高瀬は市本の机の前にくるとジロジロと眺め始める。書類に触れるどころか息の気流だけでも崩れそうな『ゴミの山』を静かに、眼で探索した。
 『刑法規程』、『捜査と逮捕4月号』、『捜査ハンドブック』、『絵ときA級賞金稼ぎ』、『やさしい賞金稼ぎ試験』…およそ高瀬とは縁のない書籍である。
 たいして面白い物がないと諦めていた時、一枚のフロッピーディスクが目に止まった。
 フロッピーディスクなんかアチコチに散在しているが、その一枚だけは他のものとは異質の光を帯びている。
 何かと思い良く見ると、何とラベルには未崎一美のイラストが書かれているではないか。

 高瀬の心に邪まなるものが芽生えたのは当然である。
 山が崩れないよう慎重に、あくまで慎重にフロッピーディスクを抜き取ると、直ぐさまポケットに忍ばせた。

「すみませーん、用事を思い出したので帰ります。」
 高瀬は奥の部屋にいるシーラに声を掛けると、慌てて事務所を出た。
「高瀬さん、食事くらい食べて…ってもう出て行ったの。」
 エプロンを掛けたシーラが台所が顔を出したときには、最早遠くで駈けて行く足音しか残っていなかった。

「へへへへ…いーもん見っけ。この中にはどーんなデータが入っているのかな? エッチなグラフィックかな? それともエッチな写真かな?」
 どうでもいいが、高瀬の頭の中にはエッチな事しか考えられないのだろうか。
 そのフロッピーディスクの中味が何かを知らぬまま、家にあるパソコンで再生すべく全力疾走で走っていった。

 アパートに帰りつくなりドアに鍵を掛け、カーテンを締切った。
 そしてフロッピーディスクをパソコンのディスケットに差し込むと、恐る恐る電源を入れた。
 モニターには『MSX』のタイトルが浮かび、ディスクドライブがデータを読み始める。
 やがてタイトルは消えて、モニターに映ったのは…
 砂嵐であった。
「?」
 高瀬が幾ら覗き込んでも砂嵐しか表示されない。
「???」
 だから幾ら覗き込んでも砂嵐だって…アレッ、何時の間にか寝込んでいやがる。
 取り敢えず長くなってしまったが此処までが前振りである。

 
 砂嵐を見た瞬間、高瀬は頭がボーッとしてきた。そしてハッとした時にはアパートの中に居たはずが、何故か街の中で立っていた。
 取り敢えずここが何処なのかを知りたくアチコチを見回していると、バスの行き先表示に『福岡ドーム』と書かれていた。
 どうやらここは福岡県福岡市の何処かには違いないようだ。
 とにかく自分の住んでいる東京から九州の片田舎に『行ける』事が出来るということは、あのフロッピーディスクの中味は『エッチな美少女ゲーム』ではなく、『悪魔の幻夢境ゲーム』と断言出来るだろう。
 しかし『エッチな美少女ゲーム』の線も捨て難い。
 今まで市本や未崎に突き合わされた『幻夢境ゲーム』はファンタジー世界だったのに比べ、今居る世界はどう見ても現代世界である。
「なーるほど、もしかするとこれは『究極バーチャル・リアリティー・Hな美少女ゲーム』なのかもしれない。」
 あくまでコイツの頭の中にはスケベしかないのか!
 しかし、作者はあえて断言しよう。
 オッパイ。
 オシリ。
 オネーチャン。
 ああ…、なんと魅惑的な言葉の響きだろう。…違ぁ〜う!
 男である以上、フロッピーディスクのラベルに未崎さんの絵でえっちな絵が描かれているのを見たら、迷わず倒錯的な美少女えっちソフトであると思わなくては健康な一男子としての精神構造が破綻していると思われても仕方がない事ではないのだろうか?
 取り敢えず話を進めなければ終わりようがない。晴明が移動を始めようとしたとき、
「おい、高瀬!」

 後ろで高瀬晴明を呼び止める声が聞こえた。
 声のしたほうを振り向くと、そこにはデッブリ肥えた男が立っている。
「早く着替えんと遅刻するぞ。」
「?」
 その男の言っている意味が理解できない。
「何ボケッとしているんだ。早く入るぞ。」
 そう言うとサッサと目の前のピルに入って行った。『紳士服のミタタ』、このビルの名前であろう。
 それにしても強引な男である。まるで市本和也とそっくりの性格をしている。

 仕方がなく男に付いてビルの機械室に入って行った。
 機械室に入った頃部屋の電話の着信ベルが鳴った。男は受話器を取って話が終わると、電球と脚立を抱えて部屋を出て行った。
 一人残された晴明だが、持って生まれた好奇心か職業病なのか、機械室の設備をアレコレ探索した。
 ターボ冷凍機、種類の多い電球……座学で学んでいても見たことのない『古い』機械を目の当りにして震えがきていた。
 その内に本当の震えがきた。その震源は股間の辺りである。

 『チューリップ』の前でスッキリした後手を洗っていると、大便器のドアが開いて人が出てきた。
 チラッと見て会釈をすると相手も会釈をする。しかし何処となく見たことのある人間であった。
 蛇□の水栓を止めて何気無く目の前の鏡に眼が移る。鏡に映った自分の顔を見てハッと気が付き、そしてギギギッ…と首を横に動かして隣の人物を見た。
 隣の人物も恐らくはその事に気が付いたらしく、同様に晴明を見る。
「!!!!!」
 お互いが言葉にならない悲鳴をあげた。
 同じ顔!

 晴明そっくりの人物に連れられて再び機械室に戻る。その時にはさっき出会った人物も作業から戻っていた。
 その男も二人を見た途端に驚いている。当然であろう、本人達も驚くはどの出来事だから…
 自己紹介がされた。小太りの人物は清水寺真琴と名乗り、晴明そっくりの人物は虎狩笛と名乗った。どちらもP.Nで虎狩笛の本名の名字は晴明と同じ『高瀬』であった。
 恐るべき事実はこの虎狩苗とは顔、名字が同じだけではなく、生年月日、血液型まで同じである。
『いったいこのストーリーの意味は何を示す?』
 晴明は今回のゲームのテーマを捜し始める。…が、現状に当てはまるようなゲームは一度もしたことがない。

 晴明の思惑とは別にストーリーは進展していった。
「お前の生き別れになった双子の兄弟じゃないのか?」
 清水寺の言葉に晴明と虎狩笛は怒涛の涙を流しながら抱き合った。
「兄さぁぁん!」
「弟よぉぉぉ!」
「忌まわしい戦争の為に生き別れた兄弟が運命に流されながらも…て、俺は桂○金○か。」
 晴明と虎狩笛は息ピッタリに否定した。

 晴明はすんごく後悔していた。
 フレイル、サラといった美少女が登場せず、むさ苦しい『肉団子』と自分そっくりの『ドッベルゲンガー』を前にして、「何で現われた。」だの「友人関係は。」だの「幻夢境プログラムとは。」だの一方的に質問されて、まるで警察の尋問みたいな扱いである。
 何でゲームキャラクターの分際で…
「おいおい、俺達はゲームのキャラクターか?」
 清水寺は呆れたように口を開いた。晴明は『当たり前だ。』と思ったが口には出さなかった。
 未崎さんのイラストが書かれていながらそのキャラクターが出ないということは…
「やっばりパソコンが違った所為だろうか、市本さんはPC98だけど俺はMSXだからなぁ…」
 そう思わなければ納得がいかない。
 その時晴明のつぶやきを虎狩笛は聴き逃さなかった。
「MSX…とな。」
「MSXがどうかしましたか?」
 虎狩笛の言葉に思わず聞き返した。
 顔を見ると目を潤ませて手をガチッと握ってくるではないか。
「同志よ。」
 虎狩笛は一言しか喋らなかったが晴明はこの一言で全てを理解した。
 言っておくが虎狩笛はともかく晴明には男色の気はない。因に好きな女優は往年では風祭ゆきに宮井えりな、最近のでは中沢慶子、霜木陽子である。

 二人はMSXについて意見を交わし始めた。そしてある程度話が進んだ頃で意見が食い違い始める。
「処理能力は8ビットまで、それ以上あっても何の手答えもない!」
「あっ…それちょっと待って、16ビットまで認めてくれない。」
 虎狩笛の結論に晴明は水を差す。
「何で?」
「それを言われると俺の機種の立場がなくなるよ。」
「…?…そうか!、A1−FTか。」
 どうやら納得してくれたようだ。
 晴明のMSXはMSXターボR規格にして唯一の16ビットMSX、A1−FTである。
 そこですかさずちょっと自慢した。
「メモリーはともかくハードディスクくらいは欲しいね。」
 その言葉に虎狩笛はのけぞった。どうやら彼は持っていないらしい。
 尤もMSXユーザーでハードディスクを備えているものは極少数に限られる。
 しかし虎狩苗も負けていない。
「やっ…やっぱり男なら基本容量で勝負よ。」
 晴明には理解できない言葉である。MSXのRAMは64Kバイトでほぼ統一されているのだから…
「チッチッ…俺のは128Kバ・イ・ト。」
「何を持っている!」
 確かに晴明は改造によって容量は増やしている。しかし最初から128Kバイトを備えている機種など存在しないはず…
「ML−G30、フロッピーディスクは2基のうえ前面に向いているからラクだねぇ。」
 MSX2…つまりMSX黎明期の機種である。グラフィクや音源の面では数段劣るものの、ハードの面では寧ろA1−FTは超え切れていない。
 又MSX本体のレイアウト上、ディスクユニットは側面配置めため操作牲は悪く、標準では1基のためにディスクコピーは劣悪を究める。
 もはや二人は同志から敵対関係に移り、論点は更にずれていった。

「ふん、彼女の居ない分際で…」
 虎狩笛は焦りからか、つい『自分』のことを吐いた。この二人の戦いはもはや己自信との戦いである。
 だが…虎狩笛の攻撃は晴明には通じない。一年前までだったら『痛恨の一撃』だっただろうが、今ではリギアがいるし(幻夢境世界だが)、冴香もシーラもいる(相手にされていないが)。
「居るよ。」
 晴明に加えたはずの攻撃が倍となって虎狩笛に箋いかかる。
 嘘ではないかもしれないが事実とはとーっても遠い。しかしゲームキャラクターには丁度良い『嘘』である。
 晴明は勝った気分でいる。『所詮はゲームキャラクター、プレイヤーに勝てる訳がない。』
 だが、
 虎狩笛は捨身の戦法に出た。そう…この二人にとっては自滅に等しい…
「それでも…童貞だろ。」
 晴明の勝利は音と共に崩れ去った。
 勝利を確信していただけにこの言葉は決定的なダメージとなる。
 晴明は椅子と共に卒倒した。
「てめーらいい加減にしないか!」
 清水寺の言葉でこのくだらない戦いは終焉を迎える。別に清水寺の存在を忘れていたわけではない。

 晴明の『尋問』が再開されて間もなく機械室の電話が鳴った。
 内容は電球交換と言う事で、虎狩笛が電球と脚立を抱えて出て行った。
 までは良かったが、虎狩笛が血相を変えて戻ってくる。
「主任が来た!」
 えらい事である。虎狩笛と晴明の二人を見たら騒ぎが大きくなる事は明白である。
 急いで晴明を隠す場所を捜した。
 けして広くない機械室で、而も刻一刻と迫ってくる主任の気配に右往左往として見附た隠れ場所はボイラーの煙突の点検口だった。
 肌寒くなったとはいえボイラーを運転する季節でもなく、他に選択する時間がない。
 問答無用に晴明を煙突の中に叩き込むと点検口が閉められて施錠された。
 その瞬間から晴明の周りは暗闇となる。上を望めば遥か上に外の光がぼんやりと差し込んでいるだけである。

 何やら外で主任と呼ばれた人物と二人が会話している。
 どうやらボイラーをテスト運転するらしい。
 そんな事をされた日には酸欠状態で死ぬのは当たり前だのクラッカーだ。
 いくらゲームとは言え死ぬことには違いない。
 オロオロしているうちに何やらポンプが動かされ、そしてボイラー起動ボタンが押されたらしくプレパージの風圧が頭から襲ってきた。
 点検口の扉を叩くが誰も気付いてくれない。
 そして点火したらしく熱風が襲ってきた瞬間、

「ワーッ!」
 叫び声をあげて気が付くと、そこは自分の部屋だった。
 どうやら画面を見ていてそのまま寝入ったらしい。しかし悪い夢でもみたのだろうか、全身が汗でビッショリしている。
 画面にはあい変わらず砂嵐しか映し出していない。
「何の夢を見ていたのだろうか?」
 恐ろしい夢を見たのには違いないのだが、それが何だったのかは記憶の断片でも思い出せない。
 しかしこれだけは言える。
 このソフトはけっして『美少女Hソフト』ではない事を。

 ドンドンドン。
 入口のドアをけたたましく叩く音が聞こえた。
 誰だろうと思いドアを開けると、そこには市本が立っていた。
「俺の机から持って行ったディスク返せ。」
 口数は少ないがどうやら怒っているらしい。それにしてもあの『ゴミの山』からたった一枚のディスクが無くなった事を気付くとは…
 晴明は素直にディスクを返す。バレた事もさる事ながらこれ以上持っていても意味がない。
「ところで…このディスクを動かしてはいないだろうな?」
「動かしましたよ。」
 晴明の返答を聞くと市本はガシッと両肩を掴んで詰め寄った。
「動かしただと! お前…何ともないのか?」
 両肩を掴んだまま前後に揺さぶる。それにつられて頭はガクンガクンと揺れてとても答えられない状態だ。
「う…動かしたって…面白くなかったで…すよ。す…砂嵐…の…が…面…何…か。」
 それだけ告げると晴明は死んだ。
「フム…どうやら本当に何とも無いようだな。いいか、今後一切俺の机の上にはいっさい手を付けるんじゃないぞ!」
 それだけ言うとアパートから出て行った。

「どうやら…未だ改造の必要性があるようだな。」
 市本は晴明から取り返したディスクを眺めながら呟いた。

白日夢 完 

 


   あとがき

 えーっ、この作品は『終わり…そして始まり』とのカップリングです。
 『終わり…』は私こと虎狩笛の立場から、『白日夢』は高瀬晴明の立場から見た同一のストーリーです。
 読者の立場から見れば両者の世界が如何なる物かは理解できると思いますが、当事者…虎狩笛から見れば晴明は異世界の人物であり、自分達の世界はもしかするとゲーム世界なのか? という猜疑心を考えさせられ、晴明の立場から見ればゲーム世界が今までと違う、よりリアルな実体験を目の当りにした(記憶に無いが…)事になります。

 そして…
 破壊神話が如何なる経過をして生まれたかをご理解していただければ幸いです。