数々の困難を経て、六人は遂に合流し、魔王の居城を一望する絶壁に立っていた。
未崎は、この冒険で魔力だけでなく体力をも高めたらしく、青銅の鎧を身に着け、魔力を増幅する呪神の杖を持っている。
高瀬は、勇者の装備一式を身に着けて、リギアと共に魔城を見下ろしている。その装備を手に入れる為に、リギアと必要の無い苦労を共にしたのであろう。少し大人びた感じがどちらにも漂っている。
そして、市本は、ポロポロになったTシャツとジーパンと言う何時ものスタイルで、腕組みをして立っている。腰には、トンファーが、新調された革のホルスターに出撃の時を待っているかの様に納まっている。
召還された三人の ―― 一人は殆ど変わってないのだが ―― 苦労して変わった姿を見て、フレイルは、通常一人しか召還されなかったのが、今回何故三人も召還されたのか、判った様な気がした。
―― 勇者の魂が、今回の戦いで、魔王と決着を着けるべく進化したんだわ…。
なるべく市本を見ないで、フレイルは、そう思った。市本を見ると、その余りにも強力過ぎる戦闘力に、進化と言う文字が当てはまらない様な気がしたのである。
サラは、市本が彼女に黙って時々姿を消す理由が、高瀬とリギアを救う事であったのを高瀬に聞いて、市本が見掛け以上に仲間思いだった事に驚いていた。
召還された勇者を最初は守り、後には補佐するのが、彼女達『精霊の戦士』の役目だったにも関わらず、サラとパートナーを組んだこの勇者は、余りにも戦いに慣れていた。そして、傲慢で我儘だった。殆どの戦闘に於て、サラの力を借りずに一人で立ち向かうその姿は余りにも無節操で、その戦闘力は余りにも無敵だった。彼女は今だに彼が人間である事に疑いを持っている。
突然、市本が高瀬に卍固めを掛けた。
「たたた! いきなり何ばすっとですか!?」
高瀬が大声で喚いた。
「誰かが俺の事を人間じゃ無いと思っている様に感じてな」
―― 勘も人間並じゃない。結構、的外れではあるが。
そう思って、市本と目線が合ったサラは、市本がサラがそう思っていたのをワザと高瀬に振った事を知った。彼の目が笑っていたのである。
「自慢ぢゃ無いが、俺は自分の悪口だったら、一光年先で思うだけで感じる事が出来るんだ!!」
胸を張って言う市本の横で、未崎が他人事の様に呟いた。
「無敵の感覚ですな」
サラは苦笑して言った。
「弱い者いじめはこれくらいにして、これからどうするつもりだ?」
市本は高瀬を放して言った。
「今直ぐ突入するのなら、俺が道を作ってやっても良い。疲れて居るのなら、ここで野宿するも良し。但し、敵に戦力を溜めさせる事にはなるがな。俺達がここに到着した事くらい、魔王と呼ばれる者ならば判って居る筈だ。それも判らない程度の敵ならば、俺は相手をする必要も無い。ここで待つとしよう」
「本気か?」
市本の言葉に、サラは尋ねた。
「戦闘の事で俺が冗談を言った事があるか? 戦いに繋がる事ならば、俺は何時でも本気でいるつもりだ」
市本は人をくった様な笑みを浮かべて言ったのに対して、高瀬が逆襲した。
「現実世界では、殆ど冗談で僕を巻き込んでいたじゃないですか!」
「あれは成り行きと言う物だ。それに、現実世界では、俺が本気になれる敵が存在しなかったのもある」
「イラクを焦土と化したのもそうだったんですか?」
「あれは、俺の必殺技が未完成だったからそうなっただけの事だ。完成していれば、ICBMの弾頭を破壊した後に大気圏を通過し
て太陽園を出て消滅する筈だった」
「ちょっと、ソレ何だよ? 去年の事だろ。イラクって、アメリカの兵士が誤って発射した戦略核兵器で消滅したんじゃ無かったのか? 話が全然見えんぞ」
市本と高瀬の会話に未崎が割り込んで来た。話が国家間の問題に発展して、彼の知らない世界の話になってしまったのである。
「市本さんの未完の必殺技『念撃波』ですよ。銃身に相当する部分が無いもんで、手を離れたら最後、撃ち出した本人も何処に飛ぶのか判らないんです。成力は水爆並に凄いんですけどね…」
「カタワンを消滅させたアレか…」
高瀬の言葉に、思い当たる節でもあったのか、サラが思わず呟いた。
「あの時は暴発したんだ。蓄積する念が妖魔の妖気に過剰反応して俺が制御出来る範囲を超えて蓄積されちまったからな」
フレイルは額に手を当てていた。
―― とんでもないのが召還されたんだわ…。
「サラ、カタワンで遭遇した妖魔って、どんな相手だったの?」
「海皇ザーンだ。本来は温和な奴なんだが、それだけ魔王の力が増大していると考えると…、考えると、今度の戦いでそれを使うと、魔王の妖気に過剰反応するんじゃないのか!?」
市本は右手の人差指を立てて、チッチッチッと左右に振って言った。
「だぁ〜いぜうぶ! ま〜かして」
「魔王を倒す前に全滅するのは御免だ!」
「大丈夫って言ってるだろ」
「本当ですか?」
フレイルが真剣な顔で聞いた。
「多分」
市本は胸を張って答えた。
「…」
「…」
「…」
「…」
「…」
不安が市本を除く五人の心の中を安心と言う壁を打ち砕きながら走って行った。
ふいに、フレイルがにっこりと笑った。笑いながら、腰の剣を抜いて市本の喉元に突き付けると、静かな笑みを浮かべながら、その目だけは真剣に言った。
「その必殺技は却下します。イイですね!?」
「は…い」
その笑みに隠された凄まじい程の殺気に市本は思わず肯定してしまった。
ジーナスと言う世界に釆て市本は初めて敗北と言う文字を味わった。精霊戦士の底力と言う物をひしひしと感じる一瞬であった。
「今日はここで野営をしましょう。疲れを癒して明日の戦いに全力を傾けるのです。宜しいですね? 市本さん」
「は…い」
にこやかな顔の裏に潜む途方も知れない恐怖に市本は、何時もと違い、素直に従った。
「素直でヨロシイ」
フレイルはにっこり笑って剣を鞘に収めた。
*
封印世界ジーナスには、夜空に星が無い。代わりに最大で三つの月が見える。この月は、日中では多い時で四つ見える事もある。
テントを張って、焚火を点けた時、市本は、『結界を張って来る』と言って何処かへ出掛けた。彼のパートナーであるサラに取ってはそれが当たり前であったのか、チラリと彼を見て頷いただけであった。
周囲12方向で殆ど同時に妖魔の悲鳴が聞こえた。悲鳴と同時にフレイルが剣を片手に飛び出そうとしたが、焚火に木をくべるサラがそれを制した。
「奴が結界を張ったんだ。十二の方向に殆ど同時に犠を立てて、外部はもとより内部からの出入りをも制限する強力な物だ。我々の知らない強大な神への祈願呪文の一つらしいが効果は保障する。我々が休息する時間の間だけは、例え魔王でも入る事は許されない…。奴の…和也の結界の堅固さは私が保障する」
「周囲十二方向に同時に…。どうやって?」
「奴は固有時間帯を減速する事で相対的に自らの超高速運動性を高めている。おそらくは、フレイルの高速戦闘時の数千倍の速度を手に入れている。更に、人間としての極限を超えた筋力と独特の呼吸法によって、大気を足場にして空中で向きを変える。高速戦闘に於て、奴の姿を捕えた瞬間、奴の本体は、敵の予測出来無い方向から攻撃して来るだろう。奴個人だけでひょっとすると魔王を完全封滅出来るかも知れない。何故かは判らないが、奴には殆どの魔法が成立しないしな…」
サラは焚火に薪をくべながら、市本の秘密に対して、それと近い予測を立てていた。
「奴は、遠い過去に混沌の主神を封印したと神々の伝説に残されている『真紅の破壊神』の封印体なのかも知れない」
サラの静かな口調に、フレイルが反論した。
「真紅の破壊神と呼ばれる程の神が幻夢境に現れたとしたら、それは大変な事でしょう!? それに、私には彼がそんなに偉大な存在には見えないわ」
「強力な神程、己れの能力を隠すのが上手い。真紅の破壊神は、破壊を司る神の最高神。我等精霊程度に正体を知られる様な事はしないと考えるのが妥当ではないのか? 私は奴の人間はおろか、通常の夢見人さえも遥かに陵駕した、あの破壊力が、自らを人間として封印して尚有り余る伝説の神の力の発現だと考えている。奴に殆どの魔法が成立しない事からも、それは高い確立の発想だと思う」
「リィ様もそれに気づいておられるのでしょうか?」
「リィ様と真紅の破壊神とでは格が違い過ぎる。信者も支配空間も無い神で、『全能なるノーデンス』様に匹敵する格を有している神だからな。知っておられたのなら、リィ様御自ら御出陣と言う形になるだろう」
フレイルは、周囲を見回し、声を顰て聞いた。
「その事は、私の他に誰かに話したの?」
「事が重大過ぎるからこそ、お前に話したのだ。そう安易に誰にでも話せる内容では無いからな」
「それは、今回の事が終わる迄、私達の胸に納めて置きましょう」
フレイルの言葉にサラは苦笑して言った。
「言うと思った」
**
幻夢境の一部とは言え、閉鎖空間であるジーナスの夜は、星空が無い。あるのは最大で三つの月だけが天空を彷っている。
その夜空を見上げながら、草叢に大の字になっている未崎の横に、結界を張り終えた市本が座った。
「お疲れさん」
未崎が市本を見て言う。
「いよいよ明日だな。魔王と言うのはどんな敵なんだろうな?」
未崎の問い掛けに、市本は結界の向こうに見える魔城を見つめて答えた。
「リィの話では、ジーナス時間で千年の間に蓄積された幻夢境の人間達の負の念積体と言う事だったが…。マグナ・ディモスは伝説の時代に何をやっていたのか…」
「え…?」
市本の言葉に未崎は彼を見上げた。
「その体内に混沌の主神達と混沌の創造神を封印した神の苦労は一体何だったのかと思ったのさ。混沌の主なる力を封印しても、人間の心に混沌の部分がある以上、互いに判り合う事を拒む心がある以上、自らと異なる者を理解しない心がある以上、所詮世界は同じ事を繰り返しているのだろうな。人の心が混沌を生み続ける…」
市本の呟きに未崎が言った。
「古えの神々の伝説に登場する最強の破壊神だったよな。ノーデンス宇宙時間で一万年掛かって混沌の主なる神々をその体内に封印した真紅の破壊神マグナ・ディモス。体内の神々が人の負の想念によってその力を蓄える事で、自らの力も限り無く増大して行く、破壊神の宿命に悲観して何処かへ旅立って伝説は終わったと聞いているが…」
未崎の言葉に市本は苦笑気味に言った。
「混沌が存在する限り、伝説は終わってないんだよ。真紅の破壊神は今も伝説を成就すべく彷っている」
未崎は訝し気に市本を見て言った。
「まるで本人みたいな台詞だな」
「俺が本人だったら…、どうする?」
未崎は暫く市本の顔を見て、よく考えて言った。
「却下する」
市本と未崎は互いに顔を見合わせて暫く黙っていたが、互いに自分の頭に手を当てて、あーはーはーとお気楽に笑い合った。心暖まる光景であった。
「…にしても」
未崎が面白そうに市本を見て言った。
「高瀬から聞いたんだが、面白い格好をしてヒーローしてたんだってな?」
「一番近い所に奴が居て、たまたま奴がピンチだっただけの話だ」
「ちょっと待てよ。距離的には俺達の方が近かった筈だぞ!?」
「お前も高瀬と同じ発想をする。閉鎖空間の末端は互いの末端と繋がっている事をコロッと忘れている。西部山脈を越えるよりも、西の海岸から東部山脈へ海を渡った方が近いんだぜ」
高瀬と一緒にされたのを怒っているのか、未崎は憮然とした面持ちで聞いた。
「近いったって、どうやって海を渡ったんだよ?」
「最初に出した足が沈む前に次の足を出す。これを繰り返す事で海上を走って移動する事が出来る」
「ニュートン力学の通用しない奴…」
「これをやる時は、万有引力を一切考えてはいけない。現実世界で出来る事じゃ無いが、幻夢境では可能だ」
「何か…話に聞く夢見人の能力じゃないぞ。俺が聞いたのは、過去から現在に至る幾つかの未来を選択出来るってのだった筈だが…」
「認識能力の違いだな。ここでは物事を何処迄精確に認識しているかで能力が決定する。勿論、人間には雑念と言うノイズが入り易いから、より精確なサポート・システムが必要とされる。お前の場合は、98の演算回路がそれに相当するだろうし、俺の場合は、NTTから払い下げになったクレイ1が相当している。プログラムの改良次第では、俺達は神に匹敵する能力を持つに至る。尤も、夢の世界とは言え、この世界での死は現実世界での死に繋がる。今を生き延びなければ次の冒険は無い。この部分も改良の余地だろうな…」
「確実にデータをサポートしていれば、例え死んだとしても、死ぬ直前に生き返る事も可能と言う訳か…」
「それを行なう為にどの程度のエネルギーが必要なのか認識して置く必要もあるがね。死ぬ迄の正確なデータの積み重ねも必要だ」
市本は不思議な笑みを浮かべて言った。
市本の笑みにどんな意味を読み取ったのか、未崎は楽しそうに頷いた。
「しかし、一度見てみたかったな。一撃必殺カラクサマン」
「無理だな。変身セットは東部山腑で破れたんで、捨てて来た。今頃は苔むしている事だろうさ」
市本が不敵な笑みと共に言った。
そこへ高瀬がやって釆た。
「市本さん忘れ物です」
そう言って高瀬は、唐草模様の手拭いを市本の前に放り投げた。破れた所も縫い繕ってあった。
「さっき、フレイルさんに頼んで繕って貰いました。こーゆー事は男がやっても様になりませんからね」
市本は高瀬を見上げて笑った。
「少しは粋と言う単語を理解出来る様になった様だな。ま、確かに男が縫い物をする姿は想像さえしたくも無い」
高瀬は立ったまま、魔王の居城を見下ろした。拳を作った右手が細かく震えている。
「恐いのか?」
高瀬の様子を見て、市本が聞いた。
「恐くないと言えば嘘になります。今迄で一番恐いと思ってます。ここ迄、一度も死ぬ事も無く来てしまった事が不思議なくらいな旅でしたからね。戦いの場の状況判断が呵に必要なのか良く判りました。でも、現実世界では必要の無い事です。僕が望むのは平穏無事な生活だけなのですから」
高瀬の言葉に市本は嘲笑気味に言った。
「お前は何も判って無い。幻夢境は、現実世界の鏡の様な物だ。この世界が乱れる事は即ち現笑世界に於ける人間の心が負に傾いた証。人々の心が負であればある程にお前の望む平穏無事な生活は遠退いて行く」
市本の言葉を聞いて高瀬は未崎を見た。彼も市本と同じ考えらしく高瀬に頷いて見せた。
「明日を生き延びた時、現実世界へ帰る事が出来る。例外を除いて、この世界で死んでしまったら、現実世界でのお前も死ぬ事を理解して置いてくれ」
市本の言葉に高瀬は意外そうな頗をした。
「んなの聞いて無いっすよ!? たかが夢の世界の話じゃないっスか!!」
喰い付くように言う高瀬の肩に未崎がポンと手を置いて言った。
「安心しろ。良くて植物人間だ。良い医者に掛かる金と時間があれば蘇る事も不可能じゃない。例外に当たれば、今後の冒険でも死ぬ事も無く現代世界へ無事帰りつける事が出来るさ」
「慰めになって無い!」
高瀬はそう叫んで、脳天気に笑い合っている二人を睨みつけた。
高瀬の怒りを無視した二人は、肩を並べて立ち上がって、魔王の居城をもう一度同時に見て、肩を組んで豪快に笑った。傍目には、開き直りの笑いに聞こえる。その後ろで高瀬が恨めしそうに二人を見ていた。
破壊神話 第一章最終話 前編 完結
最初に考えた物語では、前編と後編を合わせた16ページで作成したのですが、より詳しい物語の構成を優先して、前・中・後編の三本立てに変更しました。
また、設定資料の中で設定されてない事は、先に作品とした方の設定が優先する事を前回の設定資料で書く事を忘れていました。つまりは、先にやったモン勝ちと言う訳です。
先に作品を発表して、後の方にプレッシャーをかけるか、より設定のハッキリした舞台で、しっかりした物語の構成を行なうか、どちらが楽かは、作品化する方の感性次第でしょう。
企画を発表した時点で、美原会長は完全に乗る気になってくれました。
ヴィ○ガストやドラゴ○クエストのパロディをやってる様な軽いノリでやって頂くと、企画しましたこちらとしても楽なモノです。
ネタを先にバラしてしまう事となるのですが、市本和也は超次元エネルギー生命体です。人間の姿の他にもう一つの姿を持っていますが、この姿は、そうチョクチョクと人前に出せない事になっています。理由は設定資料にある通り、実体化した瞬間にその巨大過ぎるエネルギーが外部に現れる為、周囲数キロが崩壊してしまいます。現実世界で街中でコレをやると、大変な事になってしまいますので、決して行なわないで下さい。
ちなみに、表紙の後ろ姿の女性はサラのつもりです。未崎さんは、彼女よりも長い髪をしていると言う事も設定に入れるのを忘れていました。すみません。