破壊神話 第一章 最終話(中編)

 

 昨夜、市本が張った結界の効力が切れた頃、未崎達六人は、戦闘の装備の確認をしていた。
 「お前達は後からゆっくり来い」
 市本は高笑いと共に魔王の居城を見下ろす断崖から飛び降りた。
 その笑い声を聞いて、リギアが高瀬の鎧をつついた。
 「何だい? リギア」
 「今の…、一撃必殺カラクサマンに似ていたね。ひょっとしたら、市本さんがカラクサマンだったりして…」
 その台詞に言った本人を除く全員の目が魚の腐った様な目になった。
 断崖の遙か下の方で土煙が爆煙の様に上がった。少しして爆音の様な着地音が聞こえた時、リギアの大ボケで異次元にトリップしていた連中の心が戻って来た。
 「さて、行きますかね」
 未崎の言葉と共にリギアの台詞を忘れたかの様に装備の音を立てながら彼等は魔城への道を進み始めた。先程の妙な間が理解出来無いリギア本人を残して彼等は黙々と道を進んだ。
「を〜い…」

 

  

 数百メートル近い距離を飛び降りた市本は、予測もしない場所に突然現れた敵にパニックに陥った妖魔達の前で素早く後ろのポケットから唐草模様の手拭いを取り出した。
 「装着!」
 手拭いを頬かむりした市本は、腰のホルスターからトンファーを抜いて言った。
 「推参!!」
 悪魔でさえ尻尾を巻いて逃げ出したくなる様な邪悪で傲慢で危険な笑みを浮かべて市本は敵の中に身を踊らせた。
 文字通り、煙の様に血が舞い上がった。
 妖魔の死体が転がる頃には、そこには市本の姿は無く、その破壊意志の塊の様な肉体は次の破壊目標を求めて移動していた。
 敵が一人である事に気づいて、ようやく落ち着きを取り戻した妖魔達の心の動きに気づいた市本は、トンファーをホルスターに納めて両手を胸の前で交叉させた。市本の腕の中で彼の念が収束されて行く。ゆっくりと広げられる両拳の間に目に見える程の念エネルギーが蓄積されていた。
 「攻撃は最大の防御。攻撃される前に倒せば負ける事は無い」

 

  **

 何の変哲も無い道でいきなり高瀬がコケた。それを見てリギアが叫んだ。
 「危ない!! みんな伏せて!」
 リギアの声に慌てて伏せた彼等の頭上を幾つかの念塊が唸りを上げて通り過ぎた。
 どうやら、リギアは高瀬自身の生命の危機の時だけに働く御都合主義的運勢に対応出来るようになっているらしかった。
 彼等の頭上を通過した念塊は、彼等の後方数百メートルにあった断崖を粉々に粉砕した。
 馬鹿みたいに大口を開けて様子を見ていた未崎達を尻目に高瀬はシリアスに呟いた。
 「念撃波…失敗したな…」
 これがコケたままの姿で無ければ、もっと決まった台詞であった。が、高瀬の生命危機に関する運勢が驚異的に良いのに対して通常の運が最低な部分は相変わらずだった。
 「失敗してあの威力か…」
 未崎は高瀬の台詞に思わず呟いた。
 「おそらくは、発射した直後に念が収束せずに拡散したんだろう。しかし、敵の数が多い場合は、これ程に強力な技は無い。先程の力が意識して発射された場合は、完成された技と考えた方が正しいだろう」
 念の飛んで来た方向を見て、サラが言った。
 「こんなに早く必殺技を使う程、敵が多いって事でしょう? 急ぎましょう」
 「なして?」
 フレイルの言葉に未崎が質問した。未崎の質問した理由が判っているサラも同様にフレイルを見ている。
 「急いで市本さんに合流しても、あの必殺技の巻き添え喰っちゃったらおしまいだよ。あんなの至近距離で喰ったら細胞一つ残んないよ。それに、市本さんは『ゆっくり来い』っつったんだ。ここは彼の言葉に従って、戦力を温存しつつ進む方が正解だと思うけど」
 未崎の質問理由の説明にフレイルは改めて破壊された背後の断崖を見た。サラは未崎の意見を肯定するかのように肩を竦めて見せただけである。リギアと高瀬は問題外である。
 「でも…」
 そう言いかけたフレイルの数メートル近くを念塊が突き抜けて行った。
 「ま、また…!?」
 「出血大バーゲンだな」
 未崎が他人の事のように言う。
 「雑魚は全て和也に任せよう。我々は魔王を倒す事だけに専念すれば良いと言う事では無いのか?」
 流石にサラが言うと説得力があるらしい。フレイルは黙って歩き始めた。
―― 誰もが彼が決して負けないと思っていると言うの?

 

  ***

 フレイルが不貞腐れている頃、市本は既に魔城の入口迄到達していた。彼の肩越しに見えるのは、残骸と化した妖魔達の数限り無い死体だけであった。
 「少しは掴めて来たな」
 実は、市本は敵を倒すと言う名目の下で、必殺技を真面に発射する為の練習をしていたのである。
 「全開で無い時は、思った通りに飛ぶ事は判ったけど、何で全開だと思うように飛ば無いんだろう? 体内の奴等の干渉が少しはあるのかな…? 同じ負の力を持つ者に対して守護しようとする心の干渉が…。人間として自分を封印出来たのは良いが、俺が本来持っていた力が思うように発揮出来無いのは多少厄介だな。少し封印体の拘束力を弱めて見るか…。そう言えば、高瀬が妙な事を言っていたな。銃のシリンダーに相当する部分が無いから真っ直ぐ飛ばないとか…」
 敵の真正面でブツブツと一人言を呟く市本の姿に先程迄の戦闘意識が無いと判断したのか、鎧にその身を包んだ妖魔達が彼に殺到した。
うっとおしいじゃねーかっ!! 考え事くらい一人でゆっくりとさせんかあっ!!!」
 次の瞬間、多数の妖魔達が宙に舞った。文字通りの無敵の強さであった。
 「銃弾が真っ直ぐ飛ぶ為の条件として、シリンダー内部にライフリングが施されているから、念を螺旋状に撃ち出してみるとどうなる?…回転力が加わる事で貫通力は増大するが、広域破壊力は減少するな…。この案は…」
 そう呟き続ける市本の周囲では魔法が飛び交っている。彼に命中する軌道上にある呪文は、その殆どが成立される事は無く、成立した場合でも、彼に命中する直前に消滅していた。
 ふいに市本が顔を上げた。
 「相手は沢山居る事だし、考えるよりも行動する方が俺向きだな」
 そう言って笑った市本を見て、妖魔達は自分達の死期がとても近い事を悟った。
 全く、どちらが悪役なのか判らない状況であった。

 

  ****

 未崎達五人は、ようやく市本の着地地点に到達した。途中、何体かの妖魔との戦闘が行なわれた物の、精霊戦士と未崎の活躍で難無く切り抜けた。尤も、高瀬は剣を持って震えていただけであったのだが…。
 「その装備を手に入れる迄にどの程度の苦労があったのかは知らぬが、少しはレベルアップした所をそれなりに見せて欲しい物だな」
 サラが珍しく皮肉を言った。それ程迄に、高瀬は殆ど役に立って無かった。
 高瀬はサラに言われて、自分の身を守るべく創られた勇者の装備を見た。白地に金のラインで装飾されたジーナス最大の防御力を秘めた鎧と盾は、傷一つ無く、普段着に近い軽さと運動性を高瀬に与えている。腰から金の鎖で繋がれた鞘に収まる『勇者の剣』は、その鎧の下に着用している彼の上着の内側に無数にブラ下がっているナイフのどれよりも鋭い切れ味と使い易さを持っている。伝説では、幻夢境全体を司るナイアルラトホテップがクトゥグァの灸で打ったと言われている。
 「あ、あれ!」
 リギアが言う迄も無く、一節の光が長く、天空に向かって飛んで行った。
 それを見て、未崎がフレイルに尋ねた。
 「前後左右の空間が繋がっている事は聞いたが、上下の空間は何処へ繋がっているんだ? もし、繋がっているとしたら…」
 「空と空が繋げられて居る事を昔、リィ様から聞いた事があるよ。地面の下は、幻夢境の何処かに繋がっているんだって」
 未崎の質問に、リギアが答えた。
 「…って事は…、すんげぇ嫌な予感がして来たぞ…」
 未崎がそう言った次の瞬間、高瀬が何の前触れも無くいきなりコケた。その様子を見た全員の動きが停止した。
 高瀬がそのまま歩き続けていたら通過したであろう地面に天空より光の槍が突き刺さって大地を貫通して消えた。
 「直径二メートルくらいあるぞ」
 大地の穴を見た未崎は、改めて高瀬を見た。
 「無敵の運勢だな」
 未崎の台詞を奪って、サラが感心したように呟いた。
 コケた姿勢のまま高瀬が言った。
 「完成に近づいているみたいですね」
 「何発目だ? 奴は疲れる事を知らぬのか」
 高瀬を起こしてやりながら、サラが尋ねた。
 「かれこれ大小合わせて十発は撃ってるんじゃないですか?」
 高瀬はサラに泥を払って貰いながら言った。
 未崎は高瀬を見ながら呟いた。
 「人間危険感知器だな」
 「乙四の危険物の免許は持っていますが」
 高瀬のボケにリギアと本人を除く三人の心は再び異次元トリップした。リギアは意味が判らないのでキョトンとしている。
 暫くして我に返った彼等は、高瀬を先頭にして魔城へ進む事にした。このフォーメーションで移動する限り、高瀬の身に危険が迫った場合に限っての事だが、危険を事前に感知する事が出来るからである。
 「結構役に立ってるっしょ?」
 高瀬が自慢する様に言った。
 「運も実力の内とは良く言った物だ」
 高瀬の後ろでサラが呟いた。
 「前は本当に高瀬さんが危ない時だけだったんだけど、今は大怪我しちゃいそうになった時も働いているみたいだよ。そ−ゆ−意味じゃあ、結構レベルアップしてるんだよ」
 一番後ろでリギアが高瀬の事を言った。彼と最も長い時間を過ごした彼女だけは、彼を理解していたのである。

 

  *****

 「直進させる方法は判ったが、威力が不足する。敵に当たった直後に広範囲に影響を及ばせるには、どうする?」
 流石に一日十数発の念撃波は彼を疲労させていた。しかしながら、肩で息をしながらも市本は前進を止める事はしない。『ゆっくり来い』と言った手前、未崎達を足止めさせる様な強力な妖魔は、魔王以外は全て彼自身で倒すつもりでいるのだ。
 「魔王の魔力と俺の念が過剰反応してくれるのを今程願う事は無い。やっぱ、姶めから全開は体に良く無いな」
 そう呟きながらも、彼の口許からは笑みが消えていない。
 市本は再び念撃波の発射体制に入った。しかも、今回はトンファーを持ったままである。
 「そうだ。シリンダーに相当する部分が無いのなら、俺の腕でレールキャノンをやればイイ! これならば…」
 市本の拳の間の念が大きくなるにつれ、彼自身も疲労の為、足腰が立たなくなって来ている事に気づいた。ガクリと膝が崩れる。
 市本の眼前で魔王の間の入口を守護するドラゴンがプレスの発射体制に入っていた。
 「意識が…これでは、制御出来無い…」
 市本の腕の中で念塊が爆発した様に広がった。その爆発の中でドラゴンがさながら彫像が砕け散るかの様に粉砕されて行った。

 

  ******

 魔王の居城に足を踏み入れた未崎達は、周囲の残状に驚いていた。足の踏み場も無いと言う表現がピッタリ当てはまる状態であった。
 「これを和也が一人でやったと言うのか?」
 市本と出会う事で、驚く事を忘れた筈のサラでさえも所狭しと散らばっている妖魔の死体と周囲の破壊のされ方に驚いていた。
 「爆発音が聞こえ無くなった。市本さん、遂に打止めになったのかも知れない」
 市本達と合流してから、すっかりシリアス出来無くなっていた未崎が真面目な顔で言った。彼はその辺に転がっている女性よりも美形なので、真面目にシリアスをすると、カッコイイのである。
 未崎の言葉に五人は急いで魔王の間へと向かった。
 魔王の間の直前の扉の前で、力尽きた市本を見つけたサラは急いで駆け寄って、彼を抱き起こした。
 「…ゆっくり来いっつったじゃねぇ…か…は…走って来いとは言った覚えはねぇ…ぞ…」
 「和也、しっかりしろ! やられたのか?」
 「め…いっ…ぱい…、疲れた…。腹減った…食い物置いて行け…」
 サラは市本の体をいきなり放した。市本の後頭部がゴチンと、大理石の床と激突した。
 「めし…」
 痛みよりも疲労が優先しているのか、市本はそう言って手を未崎に伸ばした。
 「市本さんの尊い犠牲は無駄にはしません。安らかにアノ世へ行って下さい」
 未崎の言葉にサラが頷いて見せる。この場で市本のボケに付き合ってやる時間等無いのである。しかし、高瀬とリギアは、これ迄の事があるので、市本の手の届く所に持ち合わせていた食料を全て置いた。
 「危機になったら助けて下さい」
 「お願いします」
 高瀬とリギアはそう言って、市本の前で手を合わせて二人でお祈りをした。必勝祈願と言う奴である。
 フレイルは、市本に水を飲ませてやりながら言った。
「後から必ず来て下さいね」
 フレイルの言葉に市本は右手の中指を立てて見せた。疲労困憊して空腹状態に陥っていてもヤル事はしっかりヤルのである。
 市本の頭の下に荷物を置いて、彼を楽な姿勢にしてやったフレイルは、目の前にある最後の扉をキリッと見詰めて立ち上がった。
 「行きます!!」
 未崎とサラが扉を開ける。
 扉の向こうに玉座が見えた。
 高瀬とリギアは扉の直前でもう一度、市本を見た。手を振ってくれている。
 二人は市本にもう一度祈ると、扉を通った。

 

  ******

 五人全員が扉を通った時、彼等の後ろで扉がひとりでに大きな音を立てて閉まった。
 「逃げ道無しってか?」
 未崎が不敵に笑って言った。市本程の迫力は無いが、元が美形なのでカッコイイ。
 「勇者様御一行只今到着!」
 この期に及んでの高瀬のボケにも気合いが入っている。しかし、誰も突っ込みを入れる者が居ないのはやはり寂しい。
 魔王の姿を知っているのは、前の大戦を唯一生き延びた精霊戦士のフレイルだけである。
 しかし、彼女の目の前の玉座に座る魔王の姿は彼女の記憶には無い。昔の魔王の姿が数段にパワーアップした姿を連想していた彼女は、その余りの相違点に困惑した。
 『たしか…精霊の戦士の生き残りだったな』
 地の底から響いて来る様な声で玉座に座る者が言った。
 「やはり、その声は魔王ザグール」
 フレイルが確信に満ちた声で言った。
 『前の戦いでは、七人の精霊の戦士と一人の勇者で現れたが、今回は頭数が少ない。我を甘く見てはおらぬか?』
 「甘く見ていたのがどちらなのか、直ぐに判るさ。お前の次回の復活が無い事も序でに判るだろう」
 未崎が先陣を切って呪文攻撃に出た。だが、魔王は、その攻撃を軽く受け流した。
 『全力で無ければ儂に勝つ事は出来ぬぞ』
 魔王の落ち着いた声は、次の呪文の体制に入っていた未崎の動きを止めた。
 未崎の後ろで、サラが剣を抜き、リギアがハンマーを握りしめた。高瀬の横からフレイルは剣を抜いて走り出した。
 ジーナスの天を司る精霊であるフレイルが高速戦闘に突入した。彼女の姿が同時に七つに分身する。
 リギアと未崎は、結合呪文を唱えた。爆炎と核融合火炎の呪文が同時に聞こえる。
 魔王は少し動いただけで、空中のフレイルを捕捉して殴りつけた。その隙を狙って未崎とリギアの呪文を剣に受けたサラが魔王に斬かかった。振り向き様の肘打ちでサラと相討ち同然に彼女を床に叩きつけた。相討ちと書いたが、正確には、反対の手でサラの必殺の一撃を受け止めていた。
 「呪文の効力が吸収されている…」
 驚くサラを剣ごとに未崎達の足元に投げた魔王は、静寂の呪文を唱えた。一時的に未崎達は魔法が使用不能になる。
 魔王と一定の距離を置いて、彼を取り囲む様に四人の戦士は着地した。
 『呪文を止められただけで、もう手詰まりとは情け無い』
 魔王は腰の剣を抜いた。黒光りする暗黒の邪剣である。

 

  ******

 市本の念撃波の暴発にも耐えた魔王の間の扉の前で、市本は黙々と食事をしていた。
 時折聞こえる未崎達の悲鳴に、一瞬だけ、その動きは止まったが、再び彼は食事に取りかかった。今は一刻も早く回復する事が先決なのだ。
 食事を終えた市本は、その場で大の字になって眠る事にした。食事の後は睡眠を取る事は、彼の大事な日課だった。例えこの瞬間に仲間達の内の誰かが死んだとしても、それは彼の責任では無い。彼としては出来得る限り全開の体調で戦闘に臨みたいと思っているのだ。彼の復活迄に持ちこたえる事が出来無かった者は、運命やその者の未熟からそうなってしまったのである。
 暫くして、市本は、大きく伸びをして立ち上がった。
「真打ち登場だぜ」

 

破壊神話 第一章最終話 中編  完結 

 


   後書きです

 あんまりスペースは無いんですけど、未崎が核融合火炎の呪文が使えるのには、前回の幻夢境の説明が生きている証拠なのです。自然現象で核融合等殆ど起こる事はありません。