「あっれぇ〜っ!!?」
周囲に高瀬の素っ頓驚な声が響き渡る。心霊現象も無視する世間の人々が白い視線を高瀬へ向けた時も彼は自分が将門の首塚に出現してしまった事に首を傾げていた。もちろん、距離的にはかなり離れている筈の新宿にある俺の事務所にも高瀬の声が少し聞こえた。
――あのバカ…。また一階の出入口を使ったな。
俺の事務所は建て前上は一階は存在しない。事務所の玄関へは道路から一階分余計に階段を上った二階部分にある。地下へ行くには一階分を多く階段を降りなければならない。
何でそんなややこしい建物になっているのか判らない不心得な奴は、その素っ首を献上して戴こう。…などと言うと、作者の品性が疑われてしまうので、親切丁寧に言っておく。
本サイト中の破壊神話に関するページの内、事務所の存在に関する部分を探して読むべし!
そーゆー訳で――該当部分を読んでくれた者にはどーゆー訳か判ると思う――、この事務所を維持管理する霊的エネルギー供給システムの一部が将門の首塚と同化した状態になっている為に、この霊的エネルギー転換システムのある一階部分は、未崎兄妹にさえも判らないような結界によって覆われ、もちろん出入口すらも下手をすると俺でも時々忘れてしまうような目立たない位置に設置されているのである。
ちなみに、一階の出入口を含む施設部分を覆っている結界は、通常、俺の事務所を包んでいる結界の数百倍の隠密性がある。
…にも関わらず、なぜか高瀬はその出入口を平気な顔で使用してしまうのである。結果、高瀬はシステムとは関係のない人間なので、システムによって通常空間へ排出されてしまい、新宿の事務所から出たつもりで将門の首塚の締め縄の付近の空間に強制転移させられてしまう訳である。
ただし、転移空間は一方通行なので、首塚へ行っても事務所への出入□は発見出来ないので、あしからず。
今回、高瀬が俺の事務所にやって来たのは、ジーナスの冒険の次の冒険に対しての打ち合わせの為ではない。
シーラ目当てと出勤の泊まり明けで朝飯をたかりに来ただけの事である。
しかし、ジーナスの冒険から二ヶ月が経過した現在、シーラは不在で――別に悪魔使いの荒い俺に怒って里帰りした訳ではないと思うのだが…――、俺も現在はシーラの手が必要なほど忙しい訳でもないので、折角の高瀬の来訪に、俺の質素な手作りの朝飯を御馳走してやったら、コーヒーだけ飲んで帰ってしまった。…と、言う訳である。
今、俺は、高瀬が残した高瀬の分の朝食である『抹茶ラズベリー味のプロティン』を憮然と飲んでいる。
ジーナスの冒険は、未崎の作成したプログラムに多少の手を入れる事で、俺の事務所にあるスーパー・コンピュータによるバックアップシステムを運用出来るようにした『幻夢境の特定空間に於ける管理限定神のお助け勇者召還割り込みプログラム』略して『銀の秘鍮』のテスト段階ではあったが、高瀬と言う人物の特性を知る上ではかなり役に立つ代物であった。
俺はシーラがプリントアウトしてくれたデータを見ながら呟いた。
「この運勢なら、わざわざレイナを護衛に着けなくても良かったな…」
俺は口の中に残るプロティンの後味に多少なりとも気持ちの悪い感じを覚えて、高瀬の判断が間違ってはいなかった事を実感した。
「今度からはしっかり味を見て味付けを調整しよう」
男の料理は、拘わりの料理であるが、その本質は、本人がウマイと満足してしまえば、それで終わってしまう所が虚しい。女性の料理は虚勢の料理なので、その他大勢がウマイと納得するまで終わらない。この差が判る奴は、少なからずとも自分の料理に満足していない奴…または、失敗を経験している奴であろう。
シーラもレイナも悪魔である。それも、ベルゼプブやアスタロト等の有名な大公達と肩を並べる魔王である。にも関わらず、人間とは言え、本質的には神である俺に仕えている事に疑問を持っている君、そう、君だ。君の疑問に答えてあげよう。
通常、悪魔の能力は、いくら強大とは言え、惑星を滅ぼすような能力は持たない。従って、彼等が敵として認識するのは、惑星管理神級程度の神々である。それ以上の神には、いくら逆らって見たところで結果が判っているので、絶対に対抗意識は持たない。
俺――つまり、真紅の破壊神は今のところ、宇宙管理神ノデンスと同等のエネルギーを持つ神である。俺の属性が破壊に属しているのも理由の一つではあるが、俺くらいに強大になると、善だの悪だのと言う区別が出来なくなってしまう。
言っておくが、秩序にも混沌にもそれぞれに善と悪は存在しているので、間違えないように。善とは集団意識に於ける同調意識であり、悪とは反発意識の事である。従って、どのように周囲から非難されていても、それが、さらに大きな集団意識の中で肯定されていれば、結局は、非難している反発意識の方が悪となってしまうのである。
惑星管理神の連中は、その同調意識を糧として増殖し、悪魔は反発意識に力を貸し与え、その結果として、増大した負の想念をエネルギーとして己れの生命活動を維持出来る程度に貰っているのである。尤も、悪魔の方が人間よりもキャパシティが大きいので想念を取られた人間は生体活動の維持が困難になってしまうのだが………。まあ、それは自業自得と言う物である。
そーゆー訳で、俺は、現実世界にかつては大魔王ルシファーを召還してコキ使っていた。
シーラ達がこちらの世界で俺の使い魔となったのはごく最近の事である。
悪魔はある意味では神よりもキャパシティが変動し易くなっている。ルシファーも最初はタダの魔王だったのだが、自分よりも遙かに強大なエネルギーの波動を受けて、俺に仕える百万年の間にかなり格を上げてしまった。その結果としての大魔王の地位である。実力社会の魔界では、惑星神級の悪魔はそうザラには存在しないので、ルシファーの地位は、かなり上がったと言う事になる。
そんなルシファーが、己れの要素から俺に忠実に従う要素を抽出して生み出したのが、四天王と呼ばれる女魔王達である。
俺としては、同調意識にかたくなに拘わる神々を相手にするよりは、俺から僅かばかり流出している破壊神のエネルギーを糧として貰う事で忠実に仕えてくれる悪魔達を使役した方が余程楽なので、好んで悪魔達を使っていると言う訳だ。
一応、但し書きとして付け加えるならば、現在、魔王として有名な連中は、一度は必ず俺に仕えた時期があった事も言っておく。つまり、俺は魔界ではかなりの顔役なのだ。サタルガナスやマルコキアス、アスタロトとは今でも時折、シーラ達が知らない部分で俺の手足として動いてくれている。
神々も時と場合によっては、俺の手足として使用する時もあるが、そのときは流石に悪魔と一緒には使えない。
例えば、バチカンから俺に対しては関わり無用の指示が出ているが、実は、これは、俺がエホバに「俺の行動にケチを付けると惑星上で完全神化するぞ!!」と、親切丁寧に誠意を持って頼んだら快く当時の法王の夢枕に立ってくれただけでなく、以後、法王が代替わりする都度に夢枕に立ってくれている。
尤も、真紅の破壊神の完全神化時の大きさは、全長10億光年にも及ぶ巨大な龍の姿をしたエネルギー体となるので、地球神の立場で言うと大変な事ではあるのだが………。
それでも、俺は昔と比べるとかなりおとなしくなった方だと、悪魔達にはよく言われている。現在よりも人類の輪廻が二回程遡った時代では、気に入らない事があったら、星雲を二つばかり塵にしてウサ晴らしをしていた頃もあった。
若き日の過ちである。
それはともかくとして――別に誤魔化している訳ぢゃないぞ!――、シーラ不在がここに姶まった事ではないと言う事である。
理由はだいたい想像が着く。
惑星管理神に仕える天使が人間の為にその能力を使用した場合、悪魔の立場としては、その結果が成立するのを阻止しなければならない。おそらくは、その天使に一番近い所に居る者がそれを行なわないとならないのだろう。ちなみに、悪魔達が俺の為にその能力を使用するのは、黙認されている。天使とてバカではない――その殆どはバカばっかだけど――。神をも脅す事が可能な人間に仕える悪魔の選別はそこそこに行なっているようである。尤も、人間体の俺を見て、その本質を完全に認識出来るのは、熾天使級の天使だけである。彼等の管轄外で動いている天使達に見破られる程度の変化をする事は俺の殆ど無に等しいプライドが許さない。
先程、有名所の魔王達がシーラ達の知らない所で働いてくれていると言ったが、四天王の内、魔界名でナアマと呼ばれる魔王は、彼等と俺を結ぶ連絡役として働いてくれている。
ナアマは、こちらの世界では、ナラカと俺は呼んでいる。悪魔が複数の呼び名を持つのは別に珍しい事ではないので、その理由は割愛させて戴く。俺だって、人間の名前と本質の破壊神の名前を使い分けているのだ。彼等にもそれなりの事情と言うものがあるのだ。
シーラとナラカは、召還した時に俺と肉体関係を一度だけ持った悪魔である。従って、直接俺の神の要素を受け取った訳であるから、その魔力はかなり増大している。どのくらい増大しているのかと言うと、自分で人間界での実体化に必要な物質を構成出来る程に強力である。それでも、俺と同行する時間が多いシーラの方が必然的に実力が上となるのは仕方がないのであるが………。
残る二人の魔王の内、レイナことエイシェト=ゼヌニムは、ソッチの方には殆ど興味がなく、体術の追求が目的のようで、彼女には俺の『市本流念法』の開発におおいに協力して貰っている。そのせいか、俺は未だに彼女の事を『師匠』と呼んでいる。
『市本流念法』がその最終奥義である『念撃波』の完成まで至ってないにせよ、その威力が熾天使級の天使をも消滅させる程の威力を持つ時点で、彼女は俺と自らの対等性を求めているのだが、散々世話になった俺としては一本筋を通しておきたいので、彼女を『レイナ』と呼べるようになるのはかなり先の事であろう。………少なくとも、『念撃波』が完成するまでは呼べないってば。
さて、もう一人忘れてはならないのが、魔界名をリリスと言う魔王テュートである。ハッキリ言って、俺はこいつがルシファーから生まれた事自体が居じられない。ソッチの方に全く興味のないレイナのちょうど反対側に位置する悪魔で、己れの本能に素直な性格である。まあ、淫魔の王なので仕方がないと言えば仕方がないのではあるが…。
最初にテュートと出会った俺は思わず念撃波の発射体制を取ってしまった。それ程に危ない奴なのだ。
俺も結果の為には手段を選ばない方ではあるが、こいつには目的しか存在していないのである。それがどのくらいアブナイのかだいたいの想像は出来ると思う。
つまり、ヤる事。それだけである。 アスタロトも大概にスケベではあるが、こいつは精気が貰えるのならば、男女の区別が
ないので、ひょっとしたら、アスタロト以上なのかも知れない。
こいつもレイナ同様に定期的に実体化物質の摂取が必要なのだが、ヤり始めると相当にハゲシイらしいので、相手となる人間に結構同情する気持ちもある。
テュートの人間界における役割は、シーラと同様に情報の収集であるが、シーラが裏世界の情報担当なのに対して、テュートは表世界で活動して貰っている。その手の政治家や企業関係者のブタ共にはそーゆーのが好きな連中が多いので、その方面でその実力を遺憾無く発揮して貰っていると言う訳である。
余談ではあるが、俺はルシファーを始めとする男性型魔王達とはそのような関係は一度たりとも結んだ事は絶対にない。
そんな気色悪い事なんか想像するなよ!
そーゆー訳でどんな訳で、俺が趣味で抱いたのは、シーラとナラカの二人だけで、後にも先にも一回こっきりなのだ。
そーゆー意味では未崎と巴や静の関係が少しは羨ましいと思う。彼等は主従関係の立場としてえっちが出来るからである。互いのキャパシティに余り差がないので、快感もひとしおであろう。
なら、ヤッちゃえばイイぢゃん。等と思った奴!! 一篇殺してやろうか。
俺が俺に仕える悪魔達とえっちしないのは、キャパシティの問題から、俺が殆ど感じないからなのだ。当然、俺に仕えるシーラ達はその事を知っていて、それとなく遠慮してくれているのだ。可愛い奴等である。
ただ、俺の救いは、ジーナスの冒険で、精神と肉体をも共有しても構わないような相棒に出会わなかった事で、ナラカの情報では、未崎が二ヶ月もの間、フレイルへの想いと巴と静への欲望との境でウジウジと悩みまくっているらしい事も知っている。
俺の情報網も大した物だろう?
確か未崎一族には傍系の影が居たと思うが、どっちの情報収集能力が優れているのかは、比較のしようがないと思う。つまり、どちらにも一長一短があると言う事だ。俺は例え仲間の情報に対してでも過大評価はしない代わりに過少評価もしない。集積された情報の中から最も適切な判断を下すのは俺自身であるからだ。
更に、俺に直接仕えているシーラが抜けたところで、俺の情報網に狂いが発生する訳でもない。――これが、シーラ不在に対して俺が比較的冷静で居られる最大の理由なのだ。魔王級の悪魔達で構成された情報網は、その内の数人が欠けたくらいでは潰れたりはしないのである。
そして、俺の情報網は魔界からのアクセスだけではない。昔の俺の護鬼であった三眼鬼と前鬼、後鬼による地獄界からと、俺の持つ『龍王の盟約』に集う龍神界のドラゴン達からの情報が、俺の判断をより正確にしてくれるのである。天神族は俺が嫌いだから使ってあげないだけなのだが………。
そーゆー訳で、今の俺は多少の暇を持て余し気味であった。それでも仕事を全くやっていないと言う訳でもないので、高瀬ほどに貧乏な訳でもない。
俺の仕事は、賞金稼ぎである。
この仕事がどんな職業なのか、設定資料では説明していなかったので、ここで説明しておこう。
警察機構が分割民営化したいきさつは、俺の知った事ではないので説明したくない。つまり、そこまで突っ込みたい奴は自分の脳味噌から勝手にそう言う作品を稔り出して構わないと言う訳である。作者に代わり俺が許す。
警察機構が分割民営化した結果として、犯罪の抑止力が低下してしまった時期があった。
この事態を収拾する為に、犯罪に対しての賞金制度が発足した。これと同時に、賞金稼ぎの免許制度も国会を通過した。当然の成り行きである。
この頃の日本経済は、円相場の急激な上昇により、混乱期にあった。つまり、政府としては、混乱した経済の渦中に低下してしまった就職率を上げる為に、賞金稼ぎと言う新たな職業を作成し、雇用促進を図り、中卒者の就職率の改善と言う目的で、この免許を16歳で取得出来るように定めた。
ところが、当時の賞金稼ぎ達の活躍は散々な物であった。
犯罪捜査は民営化してますます捜査手法の外部への流出が固くなった警察のお家芸であり、そのノウハウを持たない当時の賞金稼ぎ達は、失敗の連続で、ハッキリ言って何の役にも立ってなかったのだ。
この事態を重く見た政府は、賞金稼ぎの育成機関を設立した。これが、後のギルドと呼ばれる賞金稼ぎ組合の初期段階であった。しかし、何だね。警察機構の再結成と言う形式を取れば、犯罪の抑止力を取り戻す最短コースとなっていたのに、それを選択しなかった日本政府も、おバカの集団だね。
賞金金額は、各都道府県の警察や政府の機関、及び企業から事件の難易度に合わせた金額が提示され、それが競売にかけられ、その差額はギルドの運営基金として、残りは賞金稼ぎへの賞金として計上されるシステムになっていた。
しかし、後に道楽で賞金稼ぎをやるような人間が増えた為、賞金稼ぎはランク制度を持つようになる。道楽で、儲けにならないような金額で競り落とされたら、それで生活している人々は賞金稼ぎをやって行けなくなるからである。従って、現在は、賞金の掛かった犯罪に対しての捜査優先権が、よりランクの高い賞金稼ぎに与えられる方式が採用されている。
さて、問題のランクアップの方法だが、試験に合格して賞金稼ぎ育成機関を卒業した時点で、初級賞金稼ぎの免許が交付される。全ての賞金稼ぎは必ず初級を通過する事になっている。初級の段階で、年間の事件解決件数が5件を上回った時点で、翌年からは中級に上がると言うシステムである。
中級から上級へ上がる為には、年間10件。
上級から特級へ上がる為には、年間20件。
さらに、最終ランクであるS級になると、常に年間解決件数を50件をマークせねばならない。一応、特例措置も用意されている。それは、特定物件制度と呼ばれる物で、過去に警察による5年に渡る捜査の結果、迷宮入りとされてしまった事件を解決する事で、事件一件に付き、5件分の一般事件を解決した事になるのだ。しかも、特定物件にはランクによる選択優先権がないので、賞金稼ぎの免許を持つ者ならば、解決した者勝ちと言う事になっている。特定物件には一般物件の数倍の賞金がかかっているので、初級の賞金稼ぎに取ってはオトクなシステムであると言えるだろう。
次に、賞金稼ぎの特殊な権限であるが、初級の賞金稼ぎだと、捜査に使用する乗り物の改造が自由になる。中級からは、銃刀類の取り扱いが自由になり、上級からは所属する都道府県の警察は彼等の捜査に対しての妨害が出来なくなり、特級からはそれが全国の警察に対して絶大な発言力を持つ事が可能となる。そして、S級では、日本国内に於て事件解決の為に犯人を殺す事が許される『殺人許可証』が交付される。
しかしながら、年間の解決事件数が特定の件数に満たない場合は、翌年からはランクが下がってしまい、3年も初級のままで居ると資格を剥奪される場合もある。無能な奴は賞金稼ぎを行なう必要はないと言う訳である。
尚、特例もある。S級まで行った者のみに施行される特例なのだが、政府機関――有名所では内閣調査室や特別公安等の超法的機
関――からの直接依頼による殺人を行なった者は以後も彼等からの直接依頼を受ける必要性から、S級の地位が年間解決件数に達し
ていなくても、変動しなくなるのだ。
かく言う俺は、そう言った数少ない永久S級賞金稼ぎの一人である。
しかしながら、この特例措置には、オイシイ部分ばかりで構成されている訳ではない。
この政府機関からの依頼を指定された期日までに終了させる事が出来なかったり、正当な理由もなく断わったりすると、問答無用で翌年からは初級まで一気にランクダウンされてしまうのだ。それさえなければ、この特別措置は、賞金金額も一部分をギルドに取られる事がないので、やっぱ、オイシイ仕事ではある。
ところで、賞金稼ぎは、知り合いや民間レベルからの捜査の依頼を受けてはいけない事になっている。
賞金稼ぎの権限が、超法的政府機関程ではないにせよ、民間事業となってしまった警察やその他の公共機関に強い権限を持つ為に、犯罪幇助とも言えるような失態を起こさせないように、『賞金稼ぎ施行条令』に定められた事項を最低厳守せねばならなくなっているのだ。
この条令に掲載されている違反を犯した者は、最低でも懲役50年の懲役刑が科せられ、免許も剥奪されてしまう。当然、ランクが上になる程にその罰則は厳しくなっている。
しかし、犯罪捜査過程に於ける情報収集段階での犯罪者との接触による違反は、違反として認められていない。結論だけを言わせて貰うなら、賞金稼ぎがヤクザと裏取り引きしていても、バレなければ問題にならないのである。事実、俺も関東の大物ヤクザとは兄弟分の盃を交わした仲だったりする。
まあ、世の中、必ずしも真っ直ぐだけでは生きて行けないと言う事であろう。
………それでも、シーラに言わせると俺には正義感が欠落しているらしいのだが、必要最小限の仁義さえ通していれば、それもまた正義と呼ばれるモノとなるのではないか?…と、俺は思っている。………まあ…、さすがに「俺が正義だ!!」などと大きな声では言えないのではあるが……。
さて、現行法でも、賞金稼ぎ施行条令の中にも、呪殺及び魔法に関する犯罪の定義が欠落している。内調や公安の一部署には、対魔術捜査部があるので、全くそのような非科学的犯罪に対しての視線がないと言う訳でもない。
まあ、全国魔道士協会が魔術による無関係な一般市民への攻撃を禁じている事と、魔術そのものが生まれ持った特異体質の者にしか取り扱い不能な点を持っている事から、犯罪として定義する必要がないと政府が判断した為であろう。それでも、完全に無視する訳には行かないので、S級賞金稼ぎへの特別措置としての依頼が存在しているのである。
さて、一つだけ言う必要のある事がある。
俺が未崎とは幻夢境ではパートナーではあるが、現実世界では決して味方ではないと言う事である。ま、今のところ、敵と言う訳でもない。
つまり、必要に迫られた場合は、未崎百八家と正面切って戦う事も有り得るのだ。
現時点で戦う理由がないと言うだけの事なのだ。
一応、巴と静の実力は見切ったし、『天照降誕』は怖くないと言い切れる。『天照降誕』は、核融合理論の延長直線上にあり、物理法則に乗っ取った呪法である。その威力は、超電導結界の内部にある物質に対して発動している。ならば、この結界内部で『天照降誕』以上のエネルギーの開放が行なわれた場合、どうなるのか?…タイミングさえ合わせてしまえば、神化及び結晶装甲形成時に発生するエネルギー増大による周囲環境の破壊――つまり、俺が神化した瞬間、人間サイズのエネルギーが宇宙サイズに増大する訳だから、『天照降誕』成立時のエネルギーを相殺して尚余るエネルギーが周囲に飛び散るので、これを利用すれば、この呪法は破る事が可能な訳である。尤も、結晶装甲形成以後、決着を一分以内に着けなければ、結晶装甲の暴走で地球は消滅するのは判っているので、余り使いたくない手段ではある。他の方法を使うのなら、レイナ辺りに巴と静の相手をさせて、呪法を使用する前に未崎をどつき倒す。これが一番簡単で最善の策ではあるが、未崎もバカではないので、そう簡単に事を運ばせてくれるとは限るまい。
今回の件――シーラが未崎のフォローに入った奴である――にしても………、おおっと、『宣戦布告』の後編が始まる前に未崎
に釘を刺しておくのを忘れていたぜ。今の未崎なら、情緒不安定なので脅すネタには尽きない。
俺は早速、未崎に電話を入れる事にした。
ちょっと小粋なレストランで食事をおごると言っただけで、ホイホイ出て来る未崎も高瀬同様に貧しい食生活をしているんだなあ…等と思いながらも、俺は内心はくそ笑んだ。
ここで、シーラが未崎のフォローに入った事を、未崎が俺に対して借りだと認識してくれた時点で、俺の勝利は確定する。
出掛ける前に、未崎のプライベートデータに目を通しておく。
――ほおーっ、未崎は会社の上司にソコソコに気があると書いてある。
――コレとフレイル召還の件をうまく絡ませれば……、後は知った事ではないな。
ちなみに、後と言うのは、その後のイエズス会との抗争の事である。
郊外の小粋なレストランで、食前洒のワインが入ったグラスをチン!と鳴らした瞬間から、俺の楽しい時間の始まりである。
「連中――イエズス会の事だ――との抗争の激化は多少は俺にも責任があるからな。白ブタ――マイケル・サーニィ――の件
は悪かったと思っているよ」
まずは、軽いジャブから………。
「いえいえ、連中には良い薬になったと思いますよ」
どうやら、シーラの介入で、少しは自分を取り戻しているようだ。
「鏡水会の件では、シーラが邪魔をしたようだな。済まないと思っている」
次に牽制のフックである。
さすがに鏡水会の名前が出た瞬間は顔色が変わったが、直ぐににこやかに応対に出る。
「いいえ、あの時、シーラさんの介入が無かったら、俺は大事な物を失うところでした。お礼を言うのはこちらの方ですよ」
ふ…む、三眼鬼からの巴と静の動向の報告は正しかったと言う訳だ。ならば、イキナリ本題に入るとするか…。
「それで、シーラの事だが、いくら悪魔と天使の関係上の出来事とは言え、そちらの戦闘に介入した非はこちらにあるのだが、あいつは俺に仕えているんでな、あいつに何かあった場合は………、判っているとは思うが…」
前菜を頬張る未崎の表情に少し険しい色が混じる。
「脅し…と言う訳ですか?」
「好きに取るとイイ」
未崎は、水を一口飲んで、少し間をおいた。
「そうですね、勝手に事件に介入して来たシーラさん次第と言うところですね」
おーお、言葉を一生懸命選んでいる気配が見え見えである。やっぱ、二ヶ月の禁欲生活の影響は多少は残っているようである。
「つまり、責任は取れないと?」
「まあ、そーゆー事です。それに、熾天使が相手でもないのに、何かあるタマでもないでしょ?」
「可能性が無い訳でもないさ」
未崎からの軽いジャブをかわしながら、俺はいきなり話題を変えた。
「そう言えば…、会社の上司……『佐倉綾音』君だったっけ? 聴明で頭脳明晰でイイ人だねぇ」
未崎の顔色が途端に変わる。動揺しとる動揺しとる。
「か…、彼女には何の関係もないっしょ!?」
「さあて………」
「一般市民を巻き込むと、未崎百八家を敵に回す事になりますよ」
ハッキリ言おう。俺はこの台詞を待っていたのだ!! この勝負、俺が貰ったぁっ!
俺はメインディッシュの5キロのステーキを何の動揺もなく平らげると、未崎に言った。
「…つまり、その意見は君が未崎百八家の総帥を継ぐと言う意志表示と言う訳だ。双月とか言ったかな?…君ンとこの影は……。今の台詞をここの何処かで聞いて、涙ぐんでいるかも知れないなあ………」
案の定、未崎は目を白黒させて動揺していた。素早く視線を周囲に移動させている。
この動揺を逃してはならない。
俺は素早く次の攻撃に移った。
「次の幻夢境での冒険な」
「な、何です…唐突に………」
「まあ、話は最後まで聞いて決断するのも悪くはないと思うぞ」
俺はワザと勿体を着けて言った。
「プログラムの改良次第では、ジーナスの精霊界にアクセスして、フレイルを召還する事も可能である事が判った。つまり、祈願魔術の拡張に相当するんだが、その世界を司る神よりも高位の神への祈願と、ジーナスの冒険で得られたデータを基にして、プログラムの拡張命令として、召還魔術を高確率で成立出来ると言う事だな………。シーラの安全をそちらで保障する事に対しての交換条件としては悪くあるまい?」
「お…、俺が市本さんトコのコンピュータから、ジーナスのデータをコピーする可能性は考えて無いんですか?」
「7兆テラバイトからのデータだ。検索するのは一苦労だろうな」
俺は半ば勝利を確信して未崎を見た。
「選択するのは、君の自由だ」
今の未崎の心境が俺には手に取る程に良く判る。未崎の心中では、シーラの介入によって一度は治まりかけたフレイルへの想いが、再び大きくなり始めているのだ。
「じ…、自信が有りませんので、今回のシーラさんの件は、俺の市本さんへの借りと言うところで手を打ちません?」
「御随意に」
勝った!!!
通常の未崎なら、こんな単純な絡め手に乗る捏甘くはない。しかし、二ヶ月に渡る禁欲生活の残骸は、未崎が意識していない部分で大きく影響していた。
俺はダメ押しの一撃を未崎に与えて、席を立った。
「支払いは済ませておくから、ゆっくり食事を続けたまえ。『お館様』」
そう、この件については何の解決も成されていないのだ。未崎は俺に対して不用意な発言を二度も行なった事になっているのだ。
悪党? その言葉も今の俺に取っては誉め言葉でしかない。
尤も、巨大な後ろ楯を持った卑怯者と悪党のコンビには、今のところ、卑怯者が負い目を持ったと言う事で、悪党に軍配が上がっている。
今回だけは、俺の圧勝と言うところだろう。
しかし、これが最後の戦いではない。
何れ、何かの拍子に俺が未崎に対して負い目を感じてしまう事があるかも知れない。そんときゃそんときで、知らぬ存ぜぬで通す事にしようと、心に誓う俺であった。
しかし、他人の不幸を見るのは、いつ見ても楽しいモノである。
俺はポケットから先程の会話が録音されている筈のカセットを取り出した。念の為に聞いて見るが、不都合はない。
これを何に使うのか?って言うと、このマスターテープは未崎の証言の証拠なので、未崎の手の届かない所に大切に保管する。で、要所だけを幾つかコピーした奴を未崎ンところの影――すなわち、双月とか言う男の元へ送ってやるのだ。
何でそんな事をするのか?って言うと、これは俺の趣味だからである。未崎の台詞ではないが、健全な男子が人間以上に色っぽいシーラと毎日を過ごすと言う事は、いわゆる生き地獄と言う奴である――蛇の生殺しかも知れない――。俺が戦闘だけでこの人間の本能を抑え切れると思ったら大間違いである。
たまにはこのような悪意に満ちた悪戯でもしない事には、そう簡単に晴れるようなモノではない。幾ら俺の本質が神であっても、肉体組成構造は人間である。DNA鑑定でも人間以外の何者とも検出はされないであろう。それ程に完璧に構成された人間の肉体が、人間の本能を持たない筈がない。
しかし、本能のままに行動したとしても、前に言ったキャパシティの差は埋まらないのだ。天使、悪魔、鬼を問わず、あらゆる神に創造された者達は、相互の持つエネルギーの保有量の差によって互いに感じ合う事が出来る。このエネルギーの差が近ければ近い程にえっちをやった時に互いにイク事が出来、この差が開く程にエネルギー保有量の多い者は少ない者よりもイクのが遅くなってしまうのだ。つまり、俺は完璧な人間の肉体を持ちながらも、神の能力が流出している以上は、俺のエネルギー保有量は真紅の破壊神に限りなく近いので、シーラ達とは無限に近いキャパシティの差があるが為に、シーラ達とえっちをしても無限に近く遅くイク事になってしまうのである。
だが、シーラとナラカは実際には俺の神の要素を直接受ける事で大幅なパワーアップを果たしている。これはどういう意味か?と言うと、俺がシーラやナラカが果てるタイミングに合わせて精気を放出してやったからである。………もう、どういう事が察して戴けると思う。
俺は永遠にイク事が出来ないのだ。
一応肉体的には精神による操作により射精は可能であるが、精神的には絶対に満足出来ないのである。
誰も恨むつもりは無いけど、少しくらいの精神的満足の為のイタズラくらい許して貰えるよネ? それでも、赤の他人に対してやっていると言う訳ではない事だし………。
俺は楽しそうにレストランを出たところでナラカと出会ってしまった。
「見てた?……」
ナラカはコクンと頷いて見せる。
別に後ろめたい事をやってた訳ではないが、こう言うのを見られたと言うのは非常に気まずい気分になってしまう。
「全部?…」
俺はもう一度ナラカに尋ねた。
ナラカは黙ってもう一度頷いた。
「別に悪いとは言ってませんけど…」
ホッ。…どうやら、この先の俺の行動までは読まれていないようである。取り敢えずはひと安心である。
このナラカと言うキャラクターの性格は、一見してボーツとしているように見えて、ナカナカに鋭い洞察力を持ったキャラクターである。シーラは俺と付き合いが一番長いので、この先の俺の行動を読んでしまう。尤も、真紅の破壊神となった時の行動は読めない。まあ、そんなにチョクチョク神化出来るような存在でもないんだけどね。それに、あの状態の時は、破壊神と呼ばれる神々の中では最高位にあるので、そんなにオチャメな行動は滅多やたらと取れる訳でも無い。
「シーラの事を心配してなさった事でしょう? 余り感心出来たやり方ではありませんが」
いや…、そんなに心配しての行動でも無いのだが、ヘタにナラカに気づかれたらイケナイので、俺は頭を掻きながら頷いて見せる。
「何でこんな所に居るんだよ?」
「和也様を探していました」
「何か情報でも?」
ナラカの答えに俺はシリアスな顔を作って問い掛けた。
「いえ…、それ程の事でもないんですけど、事務所に行った時に誰も居なかったものですから………」
少し頬を赤らめてそう言う仕草。うい奴である。…と言っても酢っぱい意味ではない。
「紹介して下さいよお…」
イキナリ耳元に未崎の声。俺とした事が何たる不覚!! 未崎の接近に気づいていなかったとは……。まあ…、それ程にナラカと出会ってしまったタイミングが悪かったのだ…と、言い訳をしておこう。
「市本さん、シーラさん以外にも女が居たなんて初耳ですよ。シーラさんに言っちゃおうかなあ」
「条件は?」
「さっきの会話の録音テープ」
――う−む、こいつも侮れない奴である。しかし、この程度では俺を脅す条件には成り得ない。
「言えば」
俺はそっけなく切り返した。
「つまり、シーラさんも公認の仲だと言う訳ですね。う〜ん、ナカナカ隙を見せてくれませんねえ…」
見せてたまるか!!
俺はナラカの横に立って言った。
「残りの三人の一人で、こちらの世界での名をナラカと言う。魔界名は想像に任せる」
俺の紹介に、ナラカは未崎に微笑んで挨拶した。
「以後、お見知りおきを。確か…、未崎百八家のお館様でしたっけ?」
「違います」
未崎はハッキリと否定した。が、ナラカも言うなと、俺は感心した。やはり、ルシファーから生まれるとひと味違うようである。
「……ちょっと待って下さい、残り三人って…、まさか四人全部こっちに釆てるっつー訳じゃないでしょうね!?」
流石に未崎は俺の言葉の裏に潜む意味に気づいたようである。
「何れ紹介する事もあるさ。じゃあな」
俺はナラカの肩に手を回して、後ろ手に未崎に手を振ってバイクの置いてある駐車場へ向かった。
「あんまり仲がイイと、俺がシーラさんを取っちゃいますよ!」
未崎の声に俺は未崎を振り返って、人差指をチッチッチッと振って言った。
「あげない」
破壊神話外伝 『市本和也の独り言』 完結
本作中に登場する「佐倉綾音」なる人物は、『大辺境』連載時の拙作『一美降魔録』に登場していたキャラクターです。その後、諸般の事情により再登場の機会が全くなかったため、本サイト公開版の『一美降魔録』では存在そのものが抹消されているのですが……さすがに他人様の作品に手を入れるのも気が引けたもので、この『市本和也の独り言』はそのままにしてあります。
それ以外にも、この後の美原作品と整合しない設定が多数ありますが……まぁこれが『破壊神話』という企画ですので、御了承下さいませ。