破壊神話 第一章 ジーナス編


問答無用

 

 山岳都市ツセから未崎や高瀬と別れた俺にサラがキツイ目をして言った。
 「現実世界でお前がどの程度の戦士だったのかは知らぬが、このジーナスでの戦闘に慣れぬお前に直ぐに戦えと言うのも酷だ。当分は私が戦う。お前は手を出すな」
 俺は大人しく黙って頷いた。

 現実世界で俺が何と呼ばれていようと、俺は断言出来る。
 俺自身はとても平和主義者なのだと。
 世間一般では、本人の主義や理想よりも、結果を認識したがるので、俺は黙っている。
 高瀬などは、俺の事を『豪笑の狂戦士』などと言っているが、俺の本質を理解出来ない奴の戯言に過ぎない。
 俺が微笑むのは、相手に恐怖を感じさせない為であり、必ず一撃で仕留めるのは、慈悲の心からの行動なのだ。
 中途半端な攻撃で痛みを感じて死ぬよりも、痛みを感じる暇すら無く死ぬ方が良いではないか!?
 それに俺が戦うのは、生活の為である事と、相手に挑戦された時だけである。
 折角、相手が闘志を燃やしてくれているのだ。そこで、戦ってやらないのは、失礼に値するとは思わないか? 実力の差があっても…。
 で、俺はその時だけは平和主義と言う本質を忘れる事にしている。

 この作品を読んでいる読者の君。
 今、なんて我儘な奴! と思っただろう。
 俺は記憶力が良い方なので、君の事はずっと覚えといてあげよう。夜道を歩く時や一人で行動する時は、気をつけるよーに。

 とにかく、平和主義の俺は、サラの言葉にいちいち反論などせずに黙って頷いた。
 精霊戦士とは言っても女である。
 実力の違いも出会った瞬間に判る程に弱い。
 そんな彼女が、気を遣って言ってくれているのだ。可愛いじゃないか。
 尤も、彼女が俺の実力を認識してくれていると言うような甘い考えは持っていない。もしそうだと言うのなら、あんな真面目な顔をして、キツイ言い方であんな台詞を口に出す事は無いと思う。実際、フレイルなんぞは、俺の実力に気づいているのか、口調に怯えの色が混じっていた。今頃、未崎とコンビが組めてホッとしている頃だろう。

 ツセを出て半日も経たない内にゴプリンの一個大隊とプチ当たってしまった。
 どうやらツセヘ総攻撃をかけようとした直前だったらしい。
 数も多いが、その後ろに控える輿のような物が気になった。絶対何か居るな。と思ったが、サラがハーケンを構えて突撃してしまっていた。

 ツセは四方を断崖に囲まれた自然の城塞都市である。これを中世ヨーロッパの戦法しか存在しないジーナスで落とす為には、ゴプリンの一個大隊では数が少な過ぎるのだ。その後方にあるそれが主力だと推測するのが正しいのではないだろうか?
 じゃ、あれは何だ。
 ゴプリンの集結位置から推測して、ツセに到着するのは夜半になる。それでは、兵士の数が多すぎる。夜襲は小数精鋭で行なって初めて効果が発揮するのだ。ゴプリンと言う戦力は使い捨ての歩兵としては最高だが、夜襲をかけるには弱すぎるのだ。
 夜でなければ、戦力にならない敵がそこに居るという事である。
 ま、サラ一人にゴプリンの一個大隊は多すぎる相手である。おそらくは、戦いは夜半までもつれこむであろう。

 俺は近くの木にもたれて、サラの戦いをぼぉ〜っと見ていた。
 冒頭の台詞が利いているので、サラは死んでも加勢しろとは言えない。

 何度も言うようだが、俺は平和主義者であり、自ら望んで戦場へ赴くのは余り好きでは無い。であるからして、ゴプリンが俺に向かって来ない限りは戦闘に加わらない事にした。
 本音で言うと、単に面倒臭いだけである。

 ここでサラに加勢しない俺を批判している読者に尋ねたい。
 例えば、ド○ゴンクエストをやっていて、レベル90までレベルが上がった状態で、スライムを相手に出来るのかい?
 例えば、ドラゴ○ナイトをやっていて、倒しても経験値にならない程に弱い敢を相手に出来るのかい?
 それと同じ状態である。

 そして、何よりも、ゴプリンの後ろに控えている奴に興味があったからにほかならない。
 俺の予想が正しければ、夜間の戦いでそいつにサラは勝つ事が出来ない。
 そいつに負けてボコボコになったサラを颯爽と助けて、そいつに負けそうになりながらも、ようやく倒して、昇る朝日の前でサラとこれからの旅の協力を誓い合って友情する。と、言うのが俺の筋書きである。
 何て頭の良い俺。

 サラが最後の力を振り絞って最後のゴプリンをたたっ斬った時には、空に月が浮かぶ頃であった。
 考えて見ると半日近く戦い続けていた事になる。結構こいつ体力あるなーっ。と、俺は思って手を叩いてやった。
 サラは俺を見てフッと笑って見せた。

 まさかとは思ったが、一応俺はサラに聞いてみた。
 「まさか、それで終わったつもりじゃないだろうな?」
 サラは意外そうな顔をした。

 マジかよ…?

 そこで、俺は面白い事を思いついた。

 ゴプリン達の装備を探し回って、釘を何本か集めた。当然、死体に金は必要無いので、プチプチ言うサラにも手伝わせて金も集めて回った。
 ゴプリン達の後方の輿の中を覗くと、予想通り棺が一つ。
 俺はその棺の蓋を釘で丹念に止めた。
 さらに、棺を担いで近くの池の真ん中に浮かべた。
 「何をしている」
 サラには、俺のやっている事が理解出来ていない。
 多分、賢明とは思うが、読者の中には俺が何をやろうとしているのか判った人もいると思うが、これから先が面白いので、黙って読んで頂きたい。

 池の中央に浮かぶ棺の中で、ゴトッと音がした。
 俺には中の奴が何をしているのか良く判る。
 続いてゴトゴトゴトと音が続く。
 ま、カッコつけて出ようとして、棺が開かないのに気づいて慌てているのだろう。
 これで棺から出られなくても俺達が責任を感じる必要は無い。敵に人権は無いのだ。

 しかし、ひたすらに面白い奴である。
 呪文か何かで棺の蓋を吹き飛ばせば済む事なのに、それをしない。体力勝負で棺ごと壊すと言う手も使わない。
 ひょっとしたら、棺のスペアーが無いのかも知れない。と、俺は思った。
 出て来たなら出て来たなりの策も用意してあるのだし、それ程急ぐ旅でも無いので、俺はじっくりと見物を決め込む事にした。

 「一体何が起こっているのだ?」
 だーっ!! この状況で何が出て来るのかまだ判ってないのか!?
 暫くして、棺の蓋が宙に舞った。
 やっと決心が着いたらしい。

 「我を高貴なる闇の看族と知っているのか!? このゴプリン…!! どわわわああぁぁっ」
 大見栄を切って立ち上がったのは良かったのだが、棺が水面に浮いている以上、バランスを崩して当り前である。
 現れた男は慌てて棺にしがみついた。

 「ヴァンパイアか…!」
 今頃気づくなよ。ねーちゃん。
 それにしても、このヴァンパイア、ひたすらに面白い奴である。
 どーやってこちらの岸に辿り着くのか見物である事は確かである。

 奴は岸で寛いでいる俺達を見つけて言った。
 「助けて」
 高貴なる闇の眷族は何処行ったんだ?

 俺は迷わず近くにあった石を奴に投げた。
 元より当てるつもりは無い。鼻先をかすめて池に落ちればそれだけで良いのだ。

 ボチャ!

 鼻先をかすめて池に落ちた石の水柱から慌てて逃げたヴァンパイアは、反対側に落ちそうになって、もっと慌てて棺のバランスを取ろうとした。
 こーゆー間抜けな奴が、いじめの対象となってしまうケースはままある。

 俺は近くに倒れているゴプリンの死体を何体か投げ上げた。
 棺の周囲に上がる水柱に怯えるヴァンパイアの慌てふためくサマがまた面白い。

「楽しい?」
 サラが俺に尋ねた。
 ユーモアの通じない奴。

 サラのジト目には(顔立ちがきついので)それなりの迫力があった。

 仕方がないので相手をしてやる事にした。
 俺は右手の中指を立てて言った。
 「かかって来なさい」
 どーせ来れない事は判っている。

 俺を含む三人の間に妙な間が走った。

 どーやら受けなかったらしい。
 リギアだったら受けてくれただろうが、サラには騎士道精神と言う愚の骨頂のような所があった。
 「貴様と言う奴わあ…」
 サラねーちゃんが超ドアップで迫って来る。
「いやあ…、自分で言うのも何だが、俺って平和主義者なんだ。攻めるのは余り好きじゃなくて…」
 「説得力が無い」
 「やっぱり?」
 俺は暫く腕組みをして考えた。
 「旅を続けよう」
 俺はそう言って、その場を立ち去ろうとした。が、世の中そう甘くはなかった。
 サラが俺の首にハーケンを突き付けてドスの回った口調で言った。
 「アレを片付けてからにしろ」
 仕方がないなぁ。
 俺は池の水面に手を当てて念を込めた。

 じょわっ!!!

 別にウルト○マンが現れた訳では無い。
 掌を使って振動波を池の水に開放したのである。超振動によって水の分子を活性化…平たく言うと、蒸発させたのだ。

 「ふははははははは…。待った。あまりにも長く待ちかねたぞ! 貴様をうち滅ぼすこの瞬間を!!」

 俺はこの手だけは相手にしたくなかった。
 誰もお前なんかに滅ぼされたかねーよ!

 「死に損ないの人間よ!」

 俺は元気だ。

 「愚劣極まる貴様には勿体無いが」

 愚劣だと? ぴくくくっ!!

 「今こそ見せてやろう! 私の偉大なる力を」

 ぶっつん!!!!

 俺はキれた。

 俺は右手に念を込めた。
 「俺のこの手が光って唸る。貴様を倒せと輝き叫ぶぅっ!!」
 言って置くが、右手の甲には『P』のマークも『キング オブ ハート』のエンブレムも現れない。
 俺はヴァンパイアにダッシュした。
 「必殺!! ちょおでんどお…
  ぱぁんち!!!」
 別に意味の無い必殺接の名前を叫んで俺は拳をヴァンパイアの心臓に打ち込んだ。
 通常、『念法』と呼ばれる武術は、武器を通じて念を増幅させ、奇跡に近い威力を発揮させるものである。
 しかし、俺が編み出した『市本流念法』は、素手で充分に威力を発揮出来る。
 拳に相手の肋骨が木端微塵に砕け散る感触が伝わった。同時に相手の背中から赤い塊が飛び出して行った。
 心臓である。
 衝撃が肉体を貫通する時に、目標物だけを捕えて持って行ったのである。
 見掛け倒しのヴァンパイアは、その偉大なる力を発揮する間もなくして、灰になった。

 俺は、昇る朝日を見詰めて、腕組みをしてしみじみと言った。
 「戦いとは空しいものだ…」

 ぱこっ!!

 サラが俺の頭をハーケンの柄でどついた音である。
 「お・ま・え・がっ!! 一方的にいじめて、一方的に倒したんだろーが!」
 「ほんの茶目っ気のあるギャグだったのに」
 「ほおー??」
 何度見ても、サラのジト目のドアップは心臓に悪い。
 「旅に出る前に、お前の腐り切った性根を叩き直してやらんといかんよーだな」
 俺はそんなに腐って無いと思う。
 「さあて…」
 サラは鞭をビシッと鳴らした。
 どっからンなモン出したんだ!?
 俺の頭の中で『皇女さまとお呼びッ(天地無用)』の歌が流れていた。
 「そ、そんなアブナイ物を振り回さないで、平和的に話し合えないか…な…?」
 確かにアブナイ光景である。
 チェーンメイルの上に黒い革製の装束を身に付けている姿はハタ目にはその道○十年の女王様に見えない訳でもない。
 その上、鞭を持っているのだ。
 これはかなりアブナイ。
「問答無用!!」
 サラの瞳には炎のような異様なきらめきがあった。
 この場を切り抜ける手段は一つ。
「あ゛ーっ!!
 あそこにゴプリンの新しい部隊が居るぅっ」
 俺はサラの後ろを指差して叫んだ。
 「で…?」
 どーやら、彼女には通用しなかったようである。
 「…え〜と…」
 俺は腰のホルスターからトンファーを抜いた。
 「爆閃花!!」
 超高速でトンファーを振り回す事によって発生する爆風で、周囲の砂や塵を巻き上げる事によって身を隠す逃走用必殺技である。使い方によっては、攻撃用にもなるが、一応、味方であるサラを攻撃しても意味がない。
 力技による木の葉隠れとでも言う技である。

 俺は、爆風が収まる前に荷物をまとめてその場を逃げ出す事にした。
 「さらばだ。また逢おう」
 爆風の向こうでサラの声が聞こえたが、今日の俺の耳は日曜日だった。

 今度出会ったらひたすらシリアスで行くしかねーだろーなーっ。
 なんとなく、胃が痛くなりそうだったが、それしか思いつかなかった。
 まー、とにかく、今を逃げ切れば、次に出会った時にひたすら謝れば済むだろーと思ったのである。

 何度も言うようだが、俺は平和主義者である。少なくとも、身内に対してのみと訂正はする必要があるのだが…。

 

破壊神話第一章 ジーナス編『問答無用』  完結