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  Beat 7 《未成年》

 ファックスプリンターから、2枚の人物の写真が吐き出された。市本和也はこれといった感慨もなくそれらの写真を一瞥していたが、ある一枚で目を止めニヤリと笑った。

『面白い奴がいるな。確かこいつは懲役568年、現在服役中の筈だが……。』

テレビモニターには悪人顔の男が映っている。苦虫を噛み潰したような顔をしているが、怒っている訳ではなく、地顔である可能性が非常に高い。その男がいまいましげに口を開いた。

『ああ、現在も刑務所で服役中だ。肉体はな。』

暫しの沈黙。

『そういう事か。SBT(サイコブレインチップ)だな。奴の 精神体、及び寄生している肉体の行方は?』

『分らん。が、手掛かりがない訳ではない。残りの1枚の写真を見ろ。』

市本は残りの1枚の写真に目を遣った。写真には髪を真赤に染め上げた、ヨーロッパ系の顔立ちの若者が写っていた。

『そいつはヒロと呼ばれている蟠桃学園の学生だ。が、学校には殆ど行っていないようだ。もっばら、《カタストロフィー》の活動のほうが忙しいのだろう。』

『カタストロフィー?』

『最近、東京の若者に大人気のヘビメタバンドだ。』

『ふぅん。あんな雑音の何処がいいのかね……分からんな。この坊や、SBT化(ファントムフォーム)の魔導師キルポルトとどう繋がる?』

市本は、煙革を加え火を付けた。

『お前もご存じの通り、というよりお前が当事者なのだが、魔導師キルポルトは逮捕された時酷い重傷を負っていた。そこで暫く病棟刑務所で服役に就く事になった。で、たまたまキルポルトと同じ病室だったのがヒロだ。ヒロは暴行事件を起こして逮捕されたが、自らも重傷を負って、一時的にこの病室に運び込まれた。それは他の病室が満室だったからだ。治療後ヒロは未成年であることが分かり、暴行事件の方も被害者側と示談が成立したので、訴訟には至らなかった。ヒロとキルポルトが同室にいた時間は約10時間。どう思う?』

『魔導師にとって十分過ぎる時間だ。うかつだな。』

『警備の者達を攻める事は出来ん。何せ彼等は、SBTはおろか魔導師の存在すら知らないのだからな。』

市本は席から立ち上がり、加えていた煙草を灰皿でもみ消した。

『そこで依頼が俺に回ってくる訳だな。』

『キルポルトを捕まえたのはお前だ。そいつが再び脱走した。精神体だけだが……。全く無関係とは言えんだろう。相手が魔導師では、並の人間では太刀打ち出来ん。頼むぞ、バウンティーハンター・市本和也!』

市本は、机に投げ出してあったトンファーを、腰のホルスターにぷち込んだ。

『やれやれ。高くつくぜ。』

『いつもの事だな。ヒロは今夜8時、蟠桃学園の第2学生ホールで新入生歓迎ライブをやるらしい。』

ドアに手を掛けた市本が、思い出したように付け加えた。

『精神体の生死は問うのか?』

『奴には永久に、植物人間でいてもらう。』

 

  Beat 8 《SLAVE TO THE NIGHT》

 異様な熱気と興奮が、そのホールには渦巻いていた。目まぐるしく変色する七色のアップライト。生理的嫌悪感を引き起こすまでの刺々しいステージデザイン。全てが人々の理性を麻痺させるために用意された演出。ドリンクサービスではワインやウイスキーの水割りが平然と振舞われている。そんな狂気の渦の中に麗美とフリーシアはいた。回りの客は全て女性だ。新入生歓迎ライブという事なので、恐らく全て新入生なのだろう。目の前にいるフリーシアを除いて……。

『よくこんなライブ、学校側が黙って見過ごすね。』

麗美は率直な疑問を口にした。

『全ては、由香里お嬢様の心を射止めたヒロの幸運よね。』

フリーシアはそう答えて、ステージ奥の特等席でカクテルを口にしている長髪の女性徒の方を顎で酌った。一見してお嬢様といった感じの大和撫子だ。

『鎮馬由香里。シズマ重工代表取締役、鎮馬堅持の次女よ。莫大な寄付金が、蟠桃学園に支払われてるって話しだから、お嬢様の我ままは、殆ど学校側は見て見ぬ振りよね。うんうん。だからね、由香里お嬢様が所属しているクラブには莫大な部費が振り分けられるのよ。羨ましいったらありゃしないわね。うちは、新入部員は麗美ちゃんだけだから今年の部費も赤貧よね。トホホ。』

などと雑談していると、耳をつんざく爆音とともに、カタストロフィーの狂気のライブが始まった。それは音楽とは程遠い、雑音に属する旋律。殆ど意味を形成しない、雄叫びに似たヒロのヴォーカル。しかし、麗実には分かる。そこに潜む危険な旋律が、そこに紛れた危険なフレーズが。それはサブリミナルとなって人々の精神を蝕む。ヒロが叫んでいるフレーズは、紛れもなく呪歌だ。だから見よ、殆ど音楽とは言い難い雑音に対し、客達の目は恍惚としているではないか。やがて演奏は、アップテンポの曲からバラード系の曲へと変わって行く。それは強力な催眠を引き起こす呪歌。もはや理性の鎧を全て剥ぎ取られた娘達は、次から次へと床に倒れていく。しかし、麗美は倒れない。麗美は知っていた。この呪歌に抗するための手段を。そして、その為の修業も積んでいた。そう、遥か中国の地で……。が、麗美は倒れた。否、倒れたふりをした。事の成り行きを見守るためだ。

 

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