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  Beat 9 《闇の雨》

 第二学生ホールで立っている人間は、カタストロフィーのメンバー以外誰も存在しなかった。否、存在した。由香里お嬢様だ。お壊様は、冷徹な笑みを浮かべて眠りに落ちた娘達を見下している。薄目で事態を見守る麗美にははっきりと捉える事が出来た。

『では始めましょう。』

そう厳かにお嬢様が宣言すると、ヒロが赤ペラで子守歌に似た怪しげな呪歌を歌い始めた。すると今まで倒れていた娘達の中から5人がムクリとゾソビのように起き上がった。由香里が怪しげな呪文を口ずさみ始めると、ヒロの身体に恐るべき変化が生じた。
 それはどう表現すペきか。ヒロの身体の中から、異形の物が現れた。そう、人間というヒロの皮を突き破って。それと同時に何処とも知らぬ場所から、ありとあらゆる楽器の音が第二学生ホールに響き渡る。強大な一本角を額に頂く馬の頭部、筋骨隆々な人間に酷似した白色の肢体。麗美はその悪魔の名前を知っていた。

『地獄の大公爵アムドゥシアス!』

何処とも聞こえる楽器の音は、混沌のメロディーを奏でる。立っている女性徒達は制服を脱ぎ捨て、異形の物の肉体へと群がり始めた。砂糖に群がる蟻のようだ。娘達は狂ったように白い悪魔とまぐわる。

『ユニコーンに戯れる純血の乙女は5人。今宵は楽しき宴となりましょうぞ。サバト長レオナールよ!』

もはやここ迄だ。これ以上狂気の演奏会(サバト)を続けさせる訳には行かない。麗美は立ち上がろうとした、が、何者かが麗美の手に触れた。目の前に倒れているフリーシアだ。フリーシアは、無音のサイレントボイスで麗美に告げた。

『今起きては危険よ!』

フリーシアは、あの強力な催眠呪歌に掛からなかったのか! 一体どうやって? 自分と同じ能力の所有者なのか。麗美に様々な考えが交錯した。が、フリーシアの耳元を見てはっとした。耳栓! 耳栓をしている。ヒロの歌が呪歌である事を予測していたのか。だとすれば、恐るべき推測力と想像力だ。

『でも、ライブが始まる前、私の質問に答えたわよね。』

『読唇術よ。』

無言の会話はそこで打ち切られた。フリーシアが元倒れていた場所に、黄金のナイフが突き刺さった。フリーシアは飛び起きざま、隠し持っていたカメラのシャッターを押した。強力なフラッシュが、この世の背徳世界を浮き彫りにする。

『大スクープ! シズマ重工のお嬢様は魔女だった! この写真、新聞部の連中に売り付ければ、さぞや高値が付くわね。』

『呪歌にかからない奴がいるとはね。バカな娘。そのまま寝ていれば良いものを。』

鎮馬由香里ほ弄んでいたもう一本の黄金のナイフで、自分の舌を切った。清楚な唇が、見る見るどす黒い赤に染まる。その唇で黄金のナイフを舐める。ナイフが自分の鮮血で真赤に染まるのを確認してから、宙に不可解なルーン文字を描き、床に突き立てた。

『我が鮮血の導きの元、いでよ地獄の大公爵アムドゥシアスにかしづく地獄の騎士どもよ!』

床から血が溢れ出し、直径1m程の血だまりを形成する。その血だまりから、人にはあらざる獣の右腕が突き出た。ずるずると、血だまりの中から地獄の騎士達が湧き出る。
 地獄帝国、皇帝ベルゼプブ(悪魔学者ヴァイヤーの説ではサタンは既に失脚している。)を頂点とし、四方位を治める7人の王、23人の公爵、30人の侯爵、10人の伯爵、11人の総裁……その兵力6666の軍団で構成され、各軍団には6666人の魔神が存在する。総兵力は63万5566人に過ぎないが、魔神達はそれぞれ、配下に数部隊を持っている。地獄の騎士達は、爵位を持たない使い魔(インプ)等の魔神より強いが、伯爵・侯爵・公爵より弱い魔神の総称である。
 フリーシアが動いた。同時にカタストロフィーの他のメンバー3人も動いた。メンバー3人は、ホールの北の出口へと立ち塞がった、が、フリーシアは正反対の南側へと移動した。
暗幕が掛けてある南の窓側へと移動したフリーシアは、思い切り暗幕を引っ張った。巨大なガラス窓から煌々とした満月の光が差し込む。しかし、その窓は、開閉用の窓ではない。

『残念ね。その硬質ガラスは、手榴弾でも割る事は出来ないわよ。蟠桃学園の防犯設備は中々のものね。』

鎮馬由香里は勝ち誇ったように血がこぴり付いた唇を舐めた。実体化を果たした一体目の騎士が、フリーシアへと襲い掛かる。いけない! 麗美は素早く起き上がろうとした刹那、パスッという不可解な音と共に、1体目の騎士の頭がふっ飛んだ。

『なっ、銃弾? 銃弾ごときに地獄の騎士が倒れる筈はない!』

由香里は驚きを隠せない。フリーシアは窓の外の暗闇に手を振っている。硬質ガラスには、銃弾による穴が空いている。

『こっちにはスナイパー(狙撃者)が付いてるもんね☆』

 第二学生ホール南窓の正面に位置するB館教室の屋上、スコープで次の獲物に狙いを付けていたユリコトルは、窓際のフリーシアがこちらに手を振るのを見て、思わず苦笑を浮かべた。

『部長の恐るべき所は、生命に関する危機さえ楽しんでしまう所にありますね。困ったパリジャンヌだ。さて、部長特製の聖銀弾(ミスリルプレット)、いかに地獄の騎士とて、これを食らっては唯では済みませんよ。』

エリコトルは愛用のスナイパーライフル、レミントンM700を構えた。携帯用レイガンが普及している現在にあって、ボルト・アクションのその銃は骨董品と言える。しかし、エリコトルはこの銃を手放す訳には行かない。この銃は常にエリコトルと共にあった。そう、凍てつくシベリアの地に、その幼少時代があった時から……。
 二体目の地獄の騎士が、エリコトルの聖銀弾によって地に伏した。フリーシアは制服のスカートを捲し上げ、右太股のガードルに固定してある銀色のリボルバー銃、レディ・ロシー(ロシー・モデル387)を引き抜いた。S&W社生産供給のその銃は、38スペシャル口径の5連発小型リボルバー銃だ。学生に過ぎないフリーシアが、一体何処から入手したのかは謎であ る。リボルバー銃等、レイザー銃が氾濫する現代では時代遅れな武器だが、そこに装填されている弾丸は、悪魔にも影響を与える事が出来るといわれる聖銀弾だ。洞窟に住む地の妖精達(ドワーフ)によって掘り起こされる幻の金属ミスリル銀……古来より強力な魔力を持つとされる。
 フリーシアは自分に向かってくる三体目の騎士に向けて銃の引き金を引いた。が、弾はあさっての方向に飛んでいく。既に倒れている女生徒達に当たらなかったのが不幸中の幸か?

『うんうん。あたし、射撃はからっきしなのよね。トホホ。』

三体目の騎士がフリーシアの眼前に迫った。

『地走自蛇双脚!』

麗美はスライディングの体勢で三体目の騎士の足元に滑り込んだ。麗美の白く長い両足が、騎士の足元に喰らいつく。バランスを失い、仰向けに倒れる地獄の騎士。と同時に、麗美は血だまりにある黄金のナイフを引き抜き、騎士の胸へと突き立てた。耳をつんざくばかりの絶叫。

『ちっ! もう一人いたのか!』

由香里は舌打ちをして、大公爵アムドゥシアスの元に駆け寄る。そこでは、相変わらず5人の処女が快楽に狂い、悦楽のあえぎ声を上げている。
 黄金のナイフを引き抜いた事により、床の血だまりは既に消滅していたが、四体目の騎士は既に実体化を果たし、床にしゃがんでいる麗実に覆い被さるように襲い掛かった。

『登樹白蛇双艶脚!』

麗美の妖艶な白い足が錐揉みしながら地獄の騎士を蹴り上げる。白蛇艶拳、天山草原騎馬少女達の間に伝わる防衛術の一つ。女性の白い足を白蛇にたとえ、その不規則且つ妖艶な動きで相手を翻弄する。故に、白蛇艶拳には足技しか存在しない。
 蹴り上げられ、後方に大きくのけ反った騎士の頭部に、エリコトルが放つ第三の聖銀弾が炸烈した。

『人間ゴトキニ遊バレオッテ、我ガ騎士ナガラ情ケナイ!』

白き悪魔が立ち上がる。尚も下半身にまとわり付こうとする女生徒達を跳ね退け、大公爵アムドゥシアスは麗美と対峠Lた。

 

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