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  Beat 9.5 《山間の南》

 処女のみにその背を許すといわれる、幻獣ユニコーンの頭部を持つ白き悪魔が、麗美の眼前に立ち塞がる。

『サア、血祭リノ音楽ヲ鳴ラセ!』

何処からともなく、ありとあらゆる楽器の音が鳴り響く。アムドゥシアスが右腕を突き出すと、そこに白銀に輝くトライデント(三叉)が出現した。アムドゥシアスは強力な突きを麗美に繰り出した。その刹那、エリコトルの第四の銀光が的確にアムドゥシアスの馬頭の額を捉えた。一度額へと吸い込まれた聖銀弾だが、吐き出されるようにポロリと額から銃弾がこぼれ落る。

『そんな玩具が大公爵アムドゥシアスに通用すると思っているの?』

由香里お嬢様の高笑いが第二学生ホールに木霊する。

『はっ! 白蛇円月脚!』

アムドゥシアスの右手から繰り出されるトライデントの突きを、麗美は右足を時計回りに回転させて受け流す。軌道が逸れたトライデントは、手榴弾でも破壊出来ない超硬質ガラスの南窓をた易く粉砕する。粉々に砕けた南窓から、春の暖かい夜風が吹き込んでくる。麗美はバックジャンプで窓の外に飛び出た。麗実の予測通り、アムドゥシアスは麗美を追ってきた。これで少なくとも、フリーシアをかばいつつ戦う必要はない。

『お前達、そこにいるフランス人形を何とかしなさい!』

北側の出口を固めていた3人のカタストロフィーのメンバーが、見る見る異形の者へと変化する。魔女、鎮馬由香里の使い魔のインプ達だ。鋭い爪を掻き鳴らして3匹のインプが実体化する。
 突如、インプ達が立ち塞がっている両開きの扉が外側から蹴り開けられた。両側に立っていた2匹のインプがその衝撃でホール中央へと弾き飛ばされる。北出入口からの侵入者は、呆気に取られるもう1匹のインプの懐に素早く滑り込み、流れるような動きでインプを地に倒した。マーシャルアーツ、空手をべースにアメリカで生み出された格闘技。陽気なアメリカン、ジャイブはニッと笑った。

『頑丈な電子ロックだぜ。開錠するのに手間取っちまった。』

『ジャイブ君! これ!』

フリーシアは、地に転がっている黄金のナイフをジャイブの足元に向けて投げた。地獄の騎士は、既に実体を無くしている。フリーシアの予測に反し、それは地に倒されているインプの頭上に突き刺さった。猫にも似た絶叫と共に、犠牲となったインプは煙と化した。

『あー、女性徒に当たらなくて良かったな。しかしこれは……。』

ジャイブは黄金のナイフを拾い上げ、曲芸師のように弄んだ。洗練されたナイフ捌き、イギリス軍特殊空挺部隊SASで培われたものだ。ジャイブは、ナイフを構えると、体勢を立て直そうとしている2匹のインプに向かって突進した。

『ちっ!』

由香里お嬢様は、ステージ裏にある勝手口に向かって走った。

『あっ! 待てこら!』

フリーシアは由香里を追った。逃がす訳には行かない。アムドゥシアスを相手にしている麗美の生命の危機に関わる。中国拳法で倒せるほど、大公爵アムドゥシアスは甘くはないのだ。いかに最強の格闘枝を極めていたとしても、それは相手が人間ならばの話。人間を超越した存在、悪魔に通用する等もない。

『麗美ちゃんがボスキャラ相手にしてるから、助けてあげてね。』

そう言い残して、フリーシアは勝手口から外に出た。

 

  Beat 10 《Don't Leave Me》

 アムドゥシアスは薙ぎ払うように麗美に向けてトライデントを振るった。麗美は、垂直に高く跳躍してこれをかわしつつ、アムドゥシアスの胸元に向けて鋭い蹴りを放った。かわす余裕も与えず、麗美の踵がアムドゥシアスの胸元深くめり込む。が、しかし。

『中々洗練サレタ動キダナ。シカシ、人間ゴトキノ体術デ、コノ私ノ体ヲ傷付ケル事ガ出来ルト思ッテイルノカ。愚力者メ』

アムドゥシアスは、麗美の足首を鷲掴みにすると、軽々と、麗美を空中に投げ飛ばした。と同時に、手に持っていた銀色のトライデントを空中にいる麗美に投げ付ける。が、麗美は素早く空中で体勢を立て直し、突進してくるトライデントを両手で受け止め、地面に着地した。

『貴方の大事な武器は、私の手の内にあるわ。』

麗実は銀色のトライデントを、アムドゥシアスに向けて構えた。

『フッフッフ、ソレハドウカナ? 自分ノ手元ヲヨク見テミロ!』

『えっ? きゃあああ!』

手に構えていた筈の銀色のトライデントは、いつしか三つ首の銀色の蛇へと変化していた。麗美の両腕に絡み付き万力の様に締め上げる。

『銀淫蛇ダ。オ前ヲ無限ノ快楽ヘト導ク。3点責メダ。』

銀淫蛇は、麗美の両腕を拘束しつつ、麗実の制服のスカートから下着の中へと潜り込もうとしていた。

『なめるな!!』

麗業が咆哮した。ぶちぷちぷちと、不可解な音をたてて、銀淫蛇の体は四散した。

『ナ、何トイウ怪力ダ。』

さすがにこれには、アムドゥシアスも驚きを隠せない。麗美は肩で大きく息をしながらアムドゥシアスを睨み付けた。あれをやるしかない! 麗美は大きく深呼吸した。自分とアムドゥシアスとの距離は約50メートル。間に合うか?

『魂兮帰来入修門些……。』

麗美は印を結んだ。

『ムッ! 術カ。サセン!』

アムドゥシアスが右腕を天高く突き出すと、新たな白銀のトライデントが出現した。トライデントを構えて空中高く跳躍したアムドゥシアスは、呪文を詠唱する麗美の頭上へと襲い掛かる。
ちっ! 間に合わないか! と麗美が思った刹那。アムドゥシアスと麗美との間に、一つの影が割って入った。キーン! という寒々とした音と共に、トライデントを一振りの太刀が受け止める。

『何ダ貴様ワ!』

何が起ったか麗美には理解出来ない。しかし、一つだけ確かな事があった。この状況は、麗美にとって有利に働いているという事だ。呪文は完了した。

『我、南天の朱雀門にありて門戸を開き、汝が力、我身に具現せん!』

麗実の身体に紅蓮の炎を纏う巨大な鳥が降り立った。麗美の漆黒の瞳と髪が、見る見る真紅へと変色して行く。
 太刀は、トライデントを後方へと弾き飛ばした。褐色の肌、胸元からこばれんばかりの巨大な胸、そして額の中央から突き出た一本の角!

『貴様、鬼族ノ者カ!』

その間答が終わらぬうちに、太刀を持つ鬼族の背後高く赤い閃光がきらめいた。

『烈火流星脚!』

虚空高く跳躍した麗実の足から、無数の火炎流星が繰り出され、白き悪魔アムドゥシアスへと降り注ぐ!

『クッ、オノレ! ナッ?』

気が付けば、アムドゥシアスの腹部に麗美の両手が添えられていた。先程の技は、間合いを詰めるための牽制だったのか?

『朱雀門炎花熾盛!(フェニックス・マグナム)』

麗美の両手の平に発生したまばゆいばかりの真紅の光が、耳をつんざくばかりの轟音を上げて爆発した。その衝撃で、アムドゥシアスの身体は第2学生ホールヘ吹き飛ばされる。アムドゥシアスの身体を紅蓮の炎が包み込み、雄叫びにも似た絶叫が第2学生ホール中庭に木霊した。アムドゥシアスは見た、麗美の身体に宿る火の鳥の姿を。

『聖獣朱雀!……ソウカ小娘、貴様、《タンキー》カ!』

《タンキー》、意図的にトランス状態を作り出し、この間に神や精霊を召喚し、その体に宿して神や精霊自身として行動できる者。《タンキー》の語は《占いをする若者》を意味する。

『聖獣朱雀ヲソノ身ニオロセルノカ? 侮ッタワ!』

『ふっ、さすがは一美様の妹君。優れた素質を備えておられる。私が護衛に付くまでもないのではないかな。』

そう言って太刀を鞘に収めると、未崎一美の護鬼の一人、巴は、暗闇に解け込むように消えていった。

 

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