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破壊神話超外伝 死の堕天使

 

  

 大田区羽田にある弁天橋コーポ201号室のテーブルには、豪勢な中華料理が所狭しと並べられていた。
「遅いね。お兄ちゃんの知り合いって人。」
 チャイナドレスにエプロン姿の少女が、壁の時計に目をやりながら、テーブルの椅子に腕を組んで座っている長髪の青年に声を掛けた。
「ったくあいつは何やってんだ。」
 長髪の青年は、溜め息を一つ吐き足を組み直した。青年の名は未崎一美、《神州呪道百八家》の項点に立つ未崎家の前当主、未崎遥呼の長男であり、次期総帥を噂される男だ。チャイナドレスの少女は彼の妹で名を麗美という。一美は、今まで住んでいた豪勢な邸宅を売り払って、ここ羽田にある素朴なアパートへと引っ越した。豪勢な邸宅に住んでいたのは、母親を捨てた(と思っていた)父親へのあてつけのつもりだったが、今やそんな事は何も意味をなさなかった。どのみち本当の屋敷は、《大阿蘇亜界》に存在し、その屋敷へと通じる入り口を、持続性結界呪法により、東京のどこに設定するかの違いでしかなかった。麗美の屋敷も、《大阿蘇亜界》に新築したのだが、その入り口は、本人の希望により横浜の安アパート《九連宝燈》9号室に繋がっていた。今日は、一美の知り合いが来るという事で、わざわざ遊びに来ていたのであった。壁に掛けられた時計の針が10時30分を指した時、一美が持ち歩いている携帯電話のベルが鳴った。
「もしもし……茂木か? お前何やってんだ! せっかく俺の妹の麗美が、お前のために中華料理の御馳走を作ってくれたのに、すっかり冷めてしまったぞ。」
 どうやら電話の相手は、茂木とかいう男らしかった。
「うー、申し訳ありません。道に迷っちゃって。」
「何? 今どこから掛けてる?」
「えーと、石神井公園とかいう所です。」
 一美は受話器片手にこめかみを押えた。
「羽田を目指し、どこをどう行ったら石神井公園に行き着くんだ? 茂木よ、お前はあの滅多に人を誉めない御影のじじい(双月)でさえ賞賛する剣技と呪術の才の持ち主だが、方向オンチだけはどうにもならんらしいな。」
「面目ありません。」
 一美は壁の時計に目をやった。
「仕方ない。車で迎えに行ってやるから正確な場所を教えろ。」
 一美はスラックスのポケットに自分の車のキーがあるのを確認して席から立った。
「はあ、すみません。すみませんついでにもう一つ。」
「何だ?」
「どうやら事件に巻き込まれた気がします。」
「簡単に言う奴だ。警察ざたか?」
「いえ、察するに我々の領域かと。」
「分かった。詳しい話しはそっちで聞く。」
 茂木から正確な場所を聞き出すと、一美は携帯電話を切って懐に仕舞い、果美を見た。
「茂木の奴道に迷ったらしい。今から迎えに行って来る。あんまり遅くなったら、家に帰って寝ていいぞ。」
「うん。一応料理の方暖め直しておくね。茂木さんってどういう人なの?」
「茂木か……。」
 一美は、麗美に茂木の事を簡単に話した。楠木茂木(くすのき・しげき)、19歳、男。表向きの顔は賞金稼ぎ、主に広島を中心に活動している。真の顔は、《神州呪道百八家》の一家、楠木家の現当主、楠木樹雷の一人息子。楠木家と一美は個人的に付き合いが深い。その理由を麗美に話すかどうか一美は迷ったが、話す事にした。7年前、即ち、一美が13歳の時、叔父との間に勢力争いが起こった。多くの家系は中立、或いは一美の叔父を支持した。楠木家はこの時、一美を支持した数少ない家系の一つだった。特に茂木とは年齢も近く、幼馴染みと言った感が強い。

 

  

 弁天橋コーポの駐車場から、一美が乗った車が静かに、夜の東京の街へと滑り出した。眠る事を知らない夜の東京の街も、やはり喧騒に満ち溢れていた。

 

  

 静まり返った夜の公園で、その青年は静かに佇んでいる。背中に巨大な大剣を背負った、ある意味異様な出で立ちの青年以外、他に人影らしきものは見当たらない。例え日が落ちた公園とはいえ、この石神井公園と呼ばれる公園に、他に人影が見当たらないのは何かおかしい。青年の回りの空間は来る者を拒む空間、即ち結界であつた。初夏の夜風が、青年の美しい金髪を玩ぶように吹き抜けてゆく。公園の茂みの奥に佇む青年の足元には、一体の死体が転がっている。二十代前半と思われるその若い青年の死体の喉元は、無惨にも掻きえぐられ、辺り一面に鮮血を撒き散らしていた。普通の人間が見たら、猟奇的な殺人事件だと言う常識的な判断を下すであろう。しかし、そこに佇む青年の判断は違っていた。大剣を背中に背負った青年は、その死体の男に見覚えがあった。見覚えがあると言っても直接合ったり話したりした事はない。この死体の男は、反政府テロリスト集団「アラハバキ」の構 成メンバーの一人である。ごく限られた者しか閲覧する事が許されない、政府側の極秘魔道犯罪者リストの中に、その名前と顔写真があったのを青年は覚えていた。突如、眩しい光が、青年が佇む茂みの隙間から射し込んだ。誰もいない筈の結界が張り巡らされた公園に、一台の黒いエレカ(電気自動車)が滑り込んで来た。青年は一瞬眉をひそめ身構えた。青年の警戒をよそに、エレカは静かに茂みの前に停車し、車の中から黒髪の美しい青年が優雅に降り立った。それを確認した青年、楠木茂木は、構えを解き笑みを見せた。
「お久しぶりです! 車で来たんですか、一美さん…………免許いつ取ったんですか?」
 第一声を予想していたのか、一美は皮肉な笑みを授かべて返答を返した。
「いや、取ってない。必要ないからな。」
「でしょう。てっきり空飛んでくるかと思ってましたよ。」
「実は悲しいかな、モニターをさせられているのだ。」
「モニター? 一体誰からです?」
 茂木に返答を返す代わりに、一美は車の方に来るよう手招きをした。一美に促されるまま茂木が車を覗き込むと、運転席の場所には、円筒型の軽しげな機械がセッティングされていた。円筒の横には、パソコンのディスプレイに酷似したモニターのようなもの見える。
「何ですか、これ?」
「制作した本人いわく、オートナビゲーティングドライブシステム[あっしーくん]だそうだ。目的地を音声入力すれば、後は自動的にその場所まで連れてってくれる。高感度の外部センサーで、不確定の障害物を感知しハンドリングやブレーキングを行う。後は軌道衛星から送られてくる詳細なデータを元にドライビングしていく訳だ。もちろん途中でマニュアルに切り替える事も出来る。」
「へぇ、すごいですね、で助手席の方にハンドルやアクセルなんかがある訳ですね。でも、一体誰が………こんな事を出来るのは、僕の知る限りでは冴香さん以外思い浮かびませんが………。」
「正解だ。自分のビジネスを、俺に手伝わせるとは許せん奴だ。」
「はぁ、そうですね。それでですね、実は茂みの奥に……。」
 茂木は話を切り上げ、一美を茂みの奥に案内しようとした。
「ああ、分かっている。大体の調べはついた。茂みの奥の死体は、[アラハバキ]の魔道師だな。鉤爪のようなもので喉元をえぐられているな。」
「えっ?」
突如、一美の影から迫り上がるように、二体の鬼が姿を現す。一美の護鬼、巴と静だ。茂木と雑談を交わしている間に、一美は既に、現場に巴と静を先行させていたのだ。やがて巴と静は、完全にこの世界に実体化した。例え押さえられているとはいえ、その全身から放たれる鬼気を感じ取れば、多くの者が戦慄を覚えずにはいられない。だが、茂木という男は感じ方が少し他の者とは違うようだ。
「うーん、さすが一美さんの護鬼、お二人とも超美人ですね。」
 別にふざけている様子はないらしい、感じた事をそのまま言っているようだ。さすがの巴と静も、この言葉には面食らっている。
「ふっ、お前は護鬼を持たないのか茂木?」
「僕は、魔道系統が違いますから。ゴーレムってやつです。あまり隠密任務には向いてません、美人じゃないし。」
茂木は金髪の髪をかき上げ、碧眼の瞳を細めて笑った。
「そうだったな、お前は冴香と同じ魔道系統だったな。」

 

  

 茂木は一応、一美に今までの経緯を簡潔に分かり安く説明した。
「という訳で、加害者の黒犬の仮面の男に顔を覚えられたらしい、女子高生の身元は全く分かりません。」
「そうか、お前から聞いた制服の感じからすると、麗美が通っている蜂桃(はんとう)学園の制服に酷似しているな。一応、麗美の方にも話をして置こう。」
「宜しくお願いします。」
「この場の処理は、公安第八課の大八州(おおやしま)に連絡を入れて任せる。俺たちは結界を解いて撤収だ。」
「御意。」
一美は、懐から携帯電話を取り出し、ダイヤルを素早くプッシュした。

 

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