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破壊神話超外伝 死の堕天使

 

  13

 西武池袋線の黄色い電車は、通学客やら通勤客やらでごった返していた。灯島詩織(ひしま・しおり)は、この混雑した喧騒が大嫌いであった。瞳を閉じると、昨夜の嫌な出来事がまざまざと甦る。忘れてしまわなければいけない。そう、私が望むのは、平凡で退屈な生活。非現実的な出来事は、私が書く小説の中だけで十分。詩織は深い溜め息を吐いた。

 

  14

 蜂桃学園の校門の前は、登校する生徒でごった返していた。巨大学園だけあって、生徒の数は半端ではなかった。これでこの学園が単位制でなかったら、朝の通学は地獄の様相を呈していたであろう。早朝の授業を履修していない生徒も沢山いるのだ。そんな中、未崎麗美は兄と茂木の到着を待っていた。兄達を待つ麗美の回りには、オカルト研究会の部長フリーシアや同部員のジャイブやエリコトルの姿もあった。
「ねえねえ、麗美ちゃんのお兄さんってゲームデザイナーやってんでしょ。何か忙しくてすごく大変だって聞いた事あるけど。」
 フリーシアが興味津々で尋ねる。
「え? そうかなあ………何か同人誌とか作ったりして結構暇そうだけどなぁ。」
「えっ? 同人誌………。(もしかしてオタクちやんなのかしら………。)」
 そんな会話の横では、ジャイブが缶コーヒーを飲みながら、朝刊に目を通している。
「昨夜未明、三鷹市のアパート[希望荘]にて大学生の肩梨洋一さん(21歳)の惨殺死体が発見される。何か鋭い刃物のようなもので喉元をえぐり取られ…………金銭等は盗まれておらず、警察では肩梨さんの交友関係などを現在調査中………か。」
「物騒な話ですね。」
 ジャイブの新開を横から覗き見ていたエリコトルが、何げなしに呟いた。
「あん? 一般的な感想だね、エリコトル。そうさ、この記事を見た誰もが、『物騒だね。』って言う、その直訳はこうだ、『自分じゃなくて良かった。』でも結構その辺に落とし穴があったりするんだよなぁ。一見自分と関係ないと思える出来事も、どこか遠くでパズル的に連鎖しているかもしれない。」
 やがて校門の前に、一台の黒い高級自動車が滑り込んできて、静かに停車した。よく最近のテレビコマーシャルなどでも宣伝している、ネオホンダの最新モデルの高級エレカ[エンペラー]だ。登校している生徒達の視線が、無意識に黒いエレカに集まる。そして車から降り立ったのは、美しい黒髪を腰まで伸ばした何処と無く影のある美形の男と、金髪に碧眼の爽やかな感じのする美青年だ。まさに絵になる光景とはこの事を言うのだろう。女生徒達がざわざわと色めき立つ。そんなざわめきをよそに、二人の美青年は麗美の所にやって来た。疑問と嫉妬が混じりあつたような女生徒達の視線が麗美に集中する。
「待たせたな麗美。そちらが、オカルト研究会の先輩達かい?」
「うん。えっとこっちにいるのが、ジャイブ君とエリコトル君だよ。」
 ジャイブと紹介されたアメリカンは、よっ、といった感じで右手を上げた。エリコトルと紹介されたロシアンは、丁寧に一礼した。
「んで、こっちが、部長の……。」
「フリーシアちゃんでーす! わぁお! 麗美ちゃんのお兄様ってば超超超美形じゃん。お名前は何と申されるんですかあ?」
 フリーシアの奇妙な会話のテンポに、一瞬一美は戸惑った。初めて遭遇する変わったタイプ女の子だ。
「は………一美です、宜しく。」
「きゃおぅ! じゃあ、一美ちゃんね! で、そちらのブロンドのハンサムボーイさんはぁ?」
「く………楠木茂木です。」
「うんうん、じゃあ茂木ちゃんね。では、一美ちゃんと茂木ちゃんを、わたくしのお城にご案内しますわ。」
 そう言って、フリーシアは一美と茂木の両腕を取ると、先行して歩き始めた。残されたジャイブとエリコトルは顔を見合わせた。更にその後ろで、麗美がこめかみを押さえている。
「お城って一体何処でしょうね、ジャイブ君?」
「さあ、もしかして部室兼の学生ホールの事じゃねーの。」

 

  15

「はあ………結構手間掛かるわね。」
 ネオホンダ極秘開発室のディスクトップのパソコンのディスプレイに目をやりながら、未崎冴香は大きく背伸びをした。名前からも分かる通り、冴香は麗美と同じく、未崎一美の妹だ。年齢的には麗美よりも冴香の方が上なので、麗美の姉という事になる。表の職業はフリーのプログラマー。腕前の方はウィザード級。現在は、ネオホンダの申し出により、オートナビゲーティングドライブシステム(ONDS)の開発に携わっている。冴香は懐からコンパクトを取り出し、お肌の荒れがないかチェックする。
「はあ、兄ぃの奴、ちゃんとデータを取ってくれてるかしら。」
「予定よりもかなり順調に進んでいますから、あまり無理せずやって下さい。」
 冴香のテーブルに、香ばしいコーヒーが入ったカップが置かれた。
「サンキュー! 灯島さん。悪いわね、開発部主任に茶組みなんかさせて。」
 灯島と呼ばれた男は、四十代前半の華奢な体つきの中年男だ。眼鏡を掛けた温厚そうな顔、大学の工学部を出て、仕事一筋といった印象だ。
「いえいえ、未崎さんは言わばスペシャルゲストですから気を遣わせて頂きますよ。今、このプロジェクトを未崎さんに放棄されてしまったら、正直後をフォロー出来る人間はいませんよ。貴方のプログラミング技術には舌を巻くばかりです。私の娘と年も幾つも違わないのに、いや、すごいですな。」
 灯島のセリフは、お世辞ではあるが事実でもあった。
「へぇ、娘さんがいらっしゃるのね。」
 冴香は世辞に対して何の反応も示さない、そんな世辞なら、もう耳にタコができるくらい言われ続けているからだ。
「ええ、内気で何の取り柄もない娘ですが、可愛い一人娘には違いありません。」
「まっ、父親って普通そうよね。でも、本当に娘の気持ちを分かってくれる父親って、どれくらいいるのかしら。」
 冴香は頬づえを付いて遠くを見詰めるような瞳をした。そしてその瞳が、敵意を帯びた凄みのある鋭い眼光へと変貌していく。
「結界……何の真似。」
「えっ? どうかしましたか?」
 突如、極秘開発室の重厚な扉が打ち破られた。扉の外から銃や刀剣類で武装した者達が俊敏な動きで中へと侵入し、立ち所に開発部の社員達を取り囲むように占拠してしまった。リーダーらしき髭面の男が、銃口を灯島主任に向ける。
「この極秘開発室は、我々[アラハバキ]が占拠した。素直に我々の指示に従って貰おう。俺は第六部隊将校、夜刀神詠空(やとのかみ・えいくう)。指示に従えば命の保証だけはする。」
「な、何だと! こんな事をして、ただで済むと思っているのか?」
 灯島は、腰のベルトにあるポケベルの非常ボタンを密かに鳴らした。しかし、警報は鳴り響かなかった。
「ふん、無駄だ。この開発室と外界とは、結界で遮断されている。」
「な………何が目的だ?」
「ONDSの極秘資料をこちらに渡していただこう。それと、」
 髭面の男は、銃口を今度は冴香に向けた。
「未崎冴香さん、貴方は、我々と一緒に御同行願おう。」
「あら、何故私が?」
 髭面の男の分厚い唇が、下卑た笑みの形に歪んだ。
「我々の情報収集能力を侮っていただいては困りますな。貴方がこのONDSのプログラミングを、殆どなされている事は分かっているんですよ。色々、お聞きしたい事がありますからな。」
「大した情報収集能力だこと。貴方達は、私の事を何にも分かってないわ。」
「何ですと?」
 髭面の男と冴香のやり取りに、灯島が割って入る。
「ONDSの極秘資料を渡す訳にはいかん! 例え………。」
「例え自分たちの命がどうなろうともですか? いや、終身雇用制度がもたらす、全くをもって愚かなる信念ですな。貴方が死んでも、この会社は貴方のために涙を流してはくれませんよ。貴方にも愛すべき家族がいるでしょう。今、我々の同士が、貴方の娘さんをお迎えに向かっています。」
「なっ! し、詩織! 娘には何の関係もない!」
 灯島は取り乱し、髭面の男の襟元に食らい付いた。
「関係あるんだよ! この中間管理職野郎! 不幸が自分の身内にふりかかると、一気に取り乱しやがる。ヘドが出るぜ!」
 髭面の男は、取り乱す灯島の顔面を、銃の柄の部分で思いっきり殴り飛ばした。

 

  16

 液晶ディスプレイ上に、蟻桃学園の女生徒達の写真付きファイルが現れては次々と消えていく。
「あっ、ストップ、この娘です。間違いありません。」
 茂木が、ノート型パソコンのキーを操作するフリーシアの手を静止する。
「はいはい、ううんとね、一年J組・灯島詩織ちゃんね。所属クラブは………無所属! うにゅう、勿体無い! オカルト研に入ってくれないかなあ。」
 丁度その時、一時限目の授業を告げるチャイムが、この学生ホールにも鳴り響いた。ちなみに、ジャイブとエリコトルは授業に出ており、麗美は一時限目の授業はない。(麗美は授業がなくても、規則正しく学校に登校する。)フリーシアはサボリ(代返)だ。
「休み時間になったみたいだし、教室に行ってみるか。」
「そうですね。」
 一美と茂木が立ち上がろうとするのを、麗美が慌てて制した。
「ちょっと待って! 私がここに呼んでくるから、お兄ちゃん達はここで待ってて。」
「何故だ?」
「何故って…………わざと言ってるでしょう。」
 麗美は、学生ホールの回りを一瞥した。回りの席は、殆ど女学生達で埋め尽くされている。ヒソヒソキャーキャー、聞く者によっては、本当に耳障りな黄色い声がひしめき合っている。休み時間に入って、その数は更に増殖する傾向にあった。
「お兄ちゃん達が動くと、付いて来ちゃうでしょう。」
麗美は一人で1年J組の教室へと向かった。

 

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