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破壊神話超外伝 死の堕天使

 

  17

 一年J組の教室を訪ねた麗美だったが、教室に灯島詩織の姿は発見出来なかった。教室にいる生徒に尋ねて見た所、教室にいない場合は、よく図書館にいるようなので、麗美は図書館に向かった。
 播桃学園が巨大学園ならば、図書館また巨大であった。更に、あまりの蔵書量のため、建物はA・B・Cと三つの館に別れていた。小説を読むのが趣味とデータにあったので、小説などの蔵書があるC館を調べてみる事にした。館の中を散々探し回り、やっと(幸運にも)一人で小説を読み耽っている灯島詩織を発見した。
「今日は。灯島詩織さんよね?」
 小説を読んでいた詩織は、顔を上げ、垂れ目がちな瞳で、声を掛けてきた麗美の瞳を覗き込んだ。暖かい不思議な感覚。
「そ、そうですが貴方は………。」
「私、未崎麗美。貴方と同じ一年生なんだ。実はね………!」
 突如、麗美は話を打ち切って身構えた。詩織は驚き、回りをキョロキョロ伺う。そして、その変化にようやく気が付き唖然とする。今まで回りにいた生徒達がすべて消え去ってしまったのだ。しんと静まり返った図書館の一室。二つの人影が、麗美達のいるテーブルへと近づいて来る。シャギーの女子高生と夏なのに白いトレンチコート姿の筋骨隆々な男。一見して奇異な組み合わせだ。麗美の存在を知った、シャギーの少女の顔が怪訝に曇る。
「なんで? 詩織って女の子以外は、全て結界の外に排除されているはずなのに………。あんた誰よ?」
「それはこっちのセリフよ。でも、詩織ちゃんを狙っているという事は、私は多分貴方の敵よ。」
 それを聞いたシャギーの女子高生の片唇が、奇妙に吊り上がる。
「あっ、それいい! もうチョベリグ! 凄く分かりやすい。つまり貴方をぶっ殺せば、全てOKという事よね。一応組織の規律でさ、名乗んなくちやいけないのよ。あたしは[アラハバキ]の第三部隊の将校、柏渡沙織ってんだ。んじゃまあ、早速だけど、死んじゃえ!」
 沙織が指を鳴らすと、隣に控えていた白いトレンチコートの男が、麗美に向かって右拳を繰り出した。普通の人間なら、全く見切れない一瞬の出来事だ。だが、麗美は身を浮かすようにして男の攻撃を受け止め、そのまま本棚の方へと投げ飛ばした。男は本棚に激突し、その衝撃で本棚が倒れ、男はその下敷きになる。
「御影柔術・浮舟!」
「もう! 何やってんのよ! 本来の姿に戻りなさい!」
 男の失態に、沙織がプンスカと腹を立てる。麗美は既に、印を結び聖獣降臨の口訣の詠唱に入っている。だが、下敷きになっている男の身体にも変化が生じていた。白いトレンチコートが張り裂け、男の身体は見る見る黒い四つ足の獣、黒犬獣へと変貌してゆく。本棚を撥ね除け、黒犬獣が体勢を立て直した時、麗実の口訣は完成した。
「我祈願! 汝至西天而開白門、顕世以我身!」
 しかし………
「ど、どうして来ないの?」
 愕然とする麗美。沙織が嘲ったような甲高い声で笑う。
「あら、貴方術者だったのね。何を召喚したのか知らないけど、この結界は、第七部隊の凄腕の将校が張ったものなのよ。熾天使級の天使か、魔王級の悪魔でもない限り侵入して来れないわよ。」
「何ですって!」
 麗美に対峠する黒犬獣が、口から紅蓮の炎を吐き出した。麗美はかろうじて炎をかい潜り、床をゴロゴロと転がる。
「くっ!」
 麗美の記憶が正しければ、目の前にいるのは黒犬獣という悪魔だ。通常の物理的な攻撃が通用する相手ではない。冷凍系の魔法攻撃がベストなのだが、麗美には魔道師としての才能はない。どうする…………
「あっ、そうだ! これがあったんだ!」
 麗美は懐から一美に貰ったグローブを取り出し、素早く装着した。
「麗美ちゃん超ナックル!」
「な、何よそれ!」
 黒犬獣が唸りを上げ、麗美に向かって跳躍した。それを予測したかのように、麗美は低い体勢で黒犬獣の真下、腹部に当たる部分に滑り込んだ。それは互いがすれ違う一瞬の攻撃。麗美が真下から、黒犬獣の腹部に向けて右拳を突き上げた。
「御影柔術・飛燕!」
 麗美の右拳が黒犬獣に触れた刹那、黒犬獣は一瞬にして消滅した。そう、消滅したのだ! この世界で構成された肉体が滅んだだけでなく、黒犬獣の本質であるエーテル体自体が消滅したのだ。そこには、空虚な空間が広がるだけだ。
「す……凄い……これが未崎一族の[思い]…………そうか、みんな頑張って来たんだよね……私、叔父さんから、魔道師の才のない人間は、未崎一族から出て行けなんて言われて、いじけてた時期もあったけど、負けちゃ駄目だよね。私は、みんなが私に微笑み掛けてくれるような[暖かい思い]をこの拳に刻んで行こう!」
「そ、そんなことって……。」
 沙織は呆然とその光景を見詰めていた。が、黒犬獣が倒された事は、即ち自分の身の危機であると悟った沙織は、慌てて桃色のノート型パソコンを展開させた。取り敢えず、高速召喚呪文で下級の悪魔を召喚して時間を稼ぐのだ。
「魔王を召喚するつもり?」
 そう言いながら麗美がゆっくりと沙織の方に近づいて来る。その言葉を聞いた刹那、沙織は絶望の縁に立たされたような顔をした。そうだ、第七部隊の将校が張り巡らした強力な結界により、魔王級の悪魔でもなければ、この結界内には召喚出来ないのだ。
「…………………。」
 麗美が蹴りを放った。沙織が手に持っている桃色のノート型パソコンが吹き飛び、天井にぶち当たって粉砕する。一瞬の疾風のような出来事。沙織はその場にヘナヘナと尻餅をついた。詩織を人質に取る策も考えたが、詩織はどこかに逃げ去って近くには見当たらない。相手が男なら、このナイスバデイを駆使して……………
「降参しなさい。」
 麗美の冷ややかな一言が、沙織の思考を中断した。

 

  18

 時間は少し戻る。学生ホールのテーブルで、フリーシアはノート型パソコンを前に、灯島詩織に関するさらなる情報の検索に勤しんでいた。なんせ横には超美形の男が二人もいるのだ、気分はルンルンである。
「んでねぇ、詩織ちゃんのお父さんはネオホンダっていう自動車会社に…………あら?」
 フリーシアは自分の両脇をキョロキョロと見回した。そこにいるはずの、一美と茂木の姿が見当たらない。フリーシアはおろか、取り巻きの女生徒達の誰一人として、一美と茂木が学生ホールを出ていくのを目撃した者はいなかった。
「私を捨てるなんて酷い! 遊びだったのね!」
 フリーシアは泣き真似なんかをしてみた。フリーシアのどんぐり眼が少しだけ細まった。
「まっ、私が行っても役に立たないしね。男は船、女は港って感じよね。」
 そこへ、ジャイブとエリコトルが授業から帰ってきた。
「あれ? 他のメンツはどうしたんだ?」
 ジャイブが、手に持つ缶コーヒーをぶらぶらさせながらフリーシアに尋ねた。
「あっ、ジャイブ君とエリコトル君。私たちの出番、これでお・し・ま・い☆」
「おい! 何だよそりゃ、聞いてねぇよ!」

 

  19

 一美と茂木は、図書館へと通じる渡り廊下を歩いていた。
 PIPIPIPIPI………………
 一美は懐から携帯電話を取り出した。
「俺だ…………大八州か。どうした?」
(昨日の件で一つ若のお耳に入れておいた方がいいと判断しましてね。)
「何だ?」
(へぇ、今朝ネオホンダの極秘開発室が[アラハバキ]に占拠される事件が起こったんですが、あっ、冴香お嬢は御無事です、御心配なく。不法占拠は、既に公安第八課が鎮圧しました。それで、ここの開発室の灯島という主任の娘を人質に取るため、[アラハバキ]の別動隊が娘の通う蟻桃学園に向かっているようで。で、この娘、灯島詩織というのがどうやら昨夜の………)
「茂木が目撃した女子高生と同一人物であると言いたい訳だな。」
(へい、その通りです。)
「そうか、ならば何の問題もない。事は全て順調だ。3連鎖目ぐらいだな。」
(は?)
「今俺達は、蛾桃学園にいて、連中が占拠していると思われる場所に向かっている。」
(何ですって!)
「じきに敵の結界内に侵入する。回線が切れるぞ。」
(ちょっと、兄ぃ! あたしよ、あたし!)
 大八州から冴香が電話を奪い取ったようだ。
「何だ冴香、俺達は今忙しい。」
(茂木そこにいるんでしょう。ちょっと変わってよ!)
「…………。」
 一美は無言で茂木の方に電話を差し出した。
「はい、楠木です。」
(ちょっと茂木、どういう事よ! 兄ぃの所には挨拶に来て、私の所には来ないわけ?)
「別にそういう訳じゃないんですけど、色々ありまして………。」
(ふーんだ! あたし怒ってるんだからね……………いつまで東京(こっち)にいるのよ?)
「今週一杯はいますが。」
(あっ、そう。じゃあ日曜日の新宿のショッピング付き合ってよ。)
「えっ?」
(何よ! 未崎家の命令が聞けないわけ?)
「命令ですか。」
(…………本当久し振りじゃない。イイ男になってないと、絶対許さないからね! じゃあね!)
 回線は一方的に切れた。
「結界内に侵入するぞ。呼んでおけ。」
「えっ? はい!」
 茂木は指笛を吹いた。何処からともなく、一羽の大鷲が茂木の所に飛んでくる。大鷲は茂木の頭上で一度旋回すると、眩しい閃光を放って一本の大剣に変化した。大剣は、クルクルと回転しながら落下し、茂木の目の前の床に突き刺さった。茂木は勢いよく大剣を床から引き抜いた。

 

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