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破壊神話超外伝 死の堕天使

 

  20

 結界の中に一美達が踏み込むと、既にこちらの侵入を察知していたのか、銃器類で武装した、三十人はいると思われるテロリスト達が待ち構えていた。テロリスト達の背後には、護衛として召喚されたのか、トロールと呼ばれる悪魔の姿もあった。
「来たぞ! 撃ち殺せ!」
 無数の銃口が、一斉に一美と茂木の方向に向けられる。しかし、一美は先に護鬼の巴と静を先行させていたため、テロリスト達の構成人数はおろか、その武装状況に至るまで、詳細に把捉していた。一美の呪文は既に完成しており、発動待ちの状態にあった。
「幻霧拡散弾(フォッグ=スプレッド)」
 立ち所に辺り一面に深い霧が発生し、そこに存在する者達の全ての視界を奪った。物理干渉呪法、一美が編み出した独自の呪法体系、物理現象の条件を整えるためだけに魔力を使用する呪法体系だ。突然の霧の発生に、狼狽したのか、誰かが銃を乱射する音がした。
「馬鹿者! 銃を乱射するな! 同士討ちになるぞ!」
「相手の戦闘力だけを解体しろ。殺す必要はない。」
「御意!」
 二つの影が飛んだ、巴と静だ。
「トロールの方は僕がやりますよ。」
 霧煙る中、茂木は大剣を地面に突き立て呪文詠唱に入った。その口から紡ぎ出される言葉は、ルーンを呼ばれる北欧の古代語だ。呪文の詠唱が止むと、地面に突き立てられた大剣が、突如紅蓮の炎を上げて燃え始めた。魔法剣、茂木が得意とする魔力付与呪文(エンチャントマジック)だ。大剣に、魔法の炎を宿らせたのだ。トロールは、強力な肉件再生能力(リジェネレーション)を持った悪魔で、物理的なダメージを与えても立ち所に再生してしまう厄介な存在だ。しかし、トロールは炎に弱いという弱点が存在する。何故炎に弱いのか、それは多くの人間達がそう「信じている」からだ。大剣を引き抜くと、茂木は霧の中へと疾走した。

 

  21

 戦場と化した図書館前の中庭の、深い霧が徐々に薄れてゆく。武装したテロリスト達は、巴と静に武装を奪われ、地に伏し気絶している者もいれば、苦痛を上げて地を転がっている者もいる。召喚されたトロール達は、茂木の魔法剣によってこの世界から消滅させられていた。ブスブスと燻るトロールの肉片だけが、その名残を残している。全ての霧が消え去った時、その場に立つ影は三つしかなかつた。即ち、一美と茂木、そして…………
「この結界を張った張本人は貴様か?」
 一美が、図書館の入り口に立ち塞がる野太刀を携えた男を睨んだ。
「そうだ、俺は、[アラハバキ]第七部部隊将校天津香倉(あまつ・かぐら)。」
 名を聞いた一美の瞳がスッと細まる。
「天津家は、本来皇室に仕える一族ではないのか?」
「天津家はな。」
 香倉と名乗る男の表情には何の変化も見られない。
「裏切り者か?」
「そういう事になるか?」
 突然、香倉は野太刀を鞘から引き抜き、地面に突き立てた。地面から二つの影が瞬時に飛び去り、一美を庇うような形で、一美の前で実体化する。地面に潜伏していた巴と静だ。野太刀の刀身を見た一美が、一瞬だけ戦慄の表情になる。
「ほう、実在したのか…………鬼切丸。テロリストには手に余る代物だな。」
「貴様と、テロリズムに関して議論する気はない。俺は一刻も早く、指揮者となるべき人間を見付けねばならんからな。そのためのテロ行為だ。」
「指揮者だと?」
「そうだ。この喧騒に満ちた世界の雑音(しねん)を、一つの音色にまとめ上げる事が出来る指揮者だ。この宇宙に組まれた螺旋は腐敗を起こしている。外宇宙の神がこの小さな星に干渉してくる事自体、腐敗の現れだ。一度蝶旋を紐解き、今一度『神生み』を行う。そのためには指揮者が必要だ。」
「…………それとテロ行為と何の関係がある?」
「平和な時代では困るのだよ。平和な時代に指揮者は出現しない。平和というまどろみの時代の中で、[潜伏]されていては困るのだよ!」
 突如場を濁すようなベルの音。香倉は舌打ちして懐から携帯電話を取り出した。
「…………ミッションは失敗したようだな。優秀な部下を持っているな、未崎一美。俺がここに立ち塞がる意味はもはや消滅した。沙織と、君の妹との戦い見せて貰ったよ。『未崎一族の思い』確かに感じた。」
 香倉の姿は瞬時にしてその場から消滅した。結界が消滅し、現実の空間が戻ってくるが、一美が再び結界を展開し、現実の空間を締め出す。
「ちっ! 追いますか?」
「いや、放って置け。それより俺達は俺達の目的を成すのが優先だ。」
 一美は図書館の入り口へと向かい、両開きの扉を静かに押し開けた。しんと静まり返った図書館。部屋の奥のテーブルに、一美は自分の妹麗美の姿を発見した。兄の姿を見たとたん、満面の笑みを浮かべてVサイン。
「無駄な心配だったようだな。」

 

  22

 西武池袋線の自動改札に定期を通し、灯島詩織は飯能行きの急行電車に慌てて飛び乗った。いつもと変わらない、一日の黄昏。詩織は自ら望んでその記憶を放棄した。日常という平和な空間にまどろむ詩織にとって、あの出来事、あの出来事に関わる登場人物達は、絶対に受け入れる事は許されない、まどろみの日常を濁す異物的存在であった。記憶はない、あの魔道師が自分の忌わしき記憶を消し去ってくれたから。もはや悔いる事さえ無意味だ。詩織は、自らの命を犠牲にして友を救う人物に感動し、愛のために地位や名誉を捨てて、その愛を貫く人物に共感する。しかし、それはその人物が他人であればこそ、もし自分がその物語のヒロインであったならば、「まっぴらごめん!」な事であった。
 電車の中はいつもと変わらず混んでいた。電車の中は、喧掻に満ちていた。詩織はこの喧騒が大嫌いだった。詩織はMDウォークマンのボリュームを上げた。

  明日の行く先を僕らは考える
  誰もが誰よりも一番悩んでる
  薄い人達は賢く光の中を泳ぐ
  そしてまた忘れてしまう
  僕らは愛とか恋とか勝った負けたで忙しい
  誰かが涙流したら僕も泣いてる振りをする
  そのうち忘れてしまうさ
  忘れちゃいけないことまで
  誰かが何とかするだろう
  そしてあなたは何処にいく?

 街は喧騒に包まれていた。

 

破壊神話超外伝《死の堕天使》 完  

 

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