第二話 「憧 憬」

「ロードン。ほら、お父上とお母上がお迎えに来られたわよ」
凱旋パレードと精霊王への謁見を済ませたアースとエイリアがロードンに笑顔で手を差し伸べる。
「お帰りなさい!父上!母上!」
赤い髪の幼子は満面の笑顔をたたえ、元気良く二人の胸に飛び込んだ。
ここは城内にある育児施設である。ロードンのように両親が戦士として共に戦場に出掛けている精霊貴族の子供たちが他にも数人、ここで生活していた。
今日は久しぶりに戦場から戻ってきた両親と家に帰ることができる日であった。

バルコニーに出ると城を一望できる小高い丘の上に彼等の屋敷は構えられていた。
明るい中庭は一面薔薇の花で埋め尽くされている。庭の中心にある大きな噴水にも色とりどりの薔薇の花びらが浮かんでいた。
エイリアはこの噴水の淵に腰を下ろし、庭の薔薇を眺めることが何より好きであった。
「ほら、ロードンいらっしゃい。なんて美しい景色でしょう。」
ロードンを膝に座らせてエイリアはうっとりとため息をついた。
しかしロードンにとっては薔薇の花よりも普段離れ離れになっている母親がそばにいてくれるこの時間そのものの方が何よりであった。
膝の上で向きを変え、エイリアの胸にしがみつくとそのぬくもりを確かめる。
「おやおや、甘えん坊だなロードンは。」
その光景を見ていたアースが庭へ出てきた。
「父上ー。」
ロードンは今度はアースに抱っこをせがむ。
アースから感じ取れる水精が持つ特有の波動は何よりも彼を和ませるものであった。

「このままずっとこうしていられたらどんなに幸せでしょう・・・」
度重なる魔族との戦。倒しても倒しても増え続ける魔物たち。
以前は無秩序に襲ってきていた魔物たちが最近はより強い魔族の指揮のもとで統制がとられてきている。
精霊たちも今までのような戦い方をしていてはいずれ魔族にかなわなくなる時が来るであろう。
もっと強い戦士を育てることもさることながら、魔族を統一させるような輩が現れることの無いよう願わずにはいられなかった。

 

  「父上、母上、次はいつ戦に出かけるの?
僕も早く大きくなって父上たちと一緒に戦うんだ。いっぱい魔物をやっつけてやるの!」
無邪気にロードンが言う。
戦士になる為に生まれてきたといっても過言ではない。
彼は本能的に両親の立場や自分が将来なすべきことをすでに心得ていた。
そして1日も早く両親の片腕になれることを望んでいたのだ。
「ありがとうロードン。今はその言葉だけで十分だよ。お前が元気で良い子にしていてくれたら私達は頑張れる」

まだまだ親が恋しい年頃であった。幼いなりに少しでも家族が共にいられる為にはどうしたらよいか必死で思いをめぐらせていた。
答えは簡単なことだ自分も早く大人になって戦場に出掛ければ良い。そうする以外方法は無い。
魔族と戦うと云うことがどんなことかは問題ではなかった。
若い見習戦士や王宮詰めの兵士達の訓練を影で眺めては見よう見まねで「特訓」を始める。
養育係の精霊はそんなロードンの様子を見ても彼がチャンバラごっこに夢中になっているのだろうとさして気にしてはいなかった。
そして彼もまた当然ながら命をかけて戦うことの意味を知る由もないのだ。


「ロードン、落ち着いて聞いてちょうだい・・・」

ジルフェに連れられ、ある日ロードンは王宮の地下室に初めて足を踏み入れた。
しんと静まり返った地下の階段を下りて行く。
厚い石の扉が開かれると中は壁も天井も大理石で作られた小部屋になっていた。
炎の精霊サラマンドラと数人の兵士が彼を待っていた。
見覚えのある顔だった。そう、再び新たな戦地へ出陣した両親の仲間たちであった。
垣根のように居並ぶ彼等の向うに横たわるアースとエイリアの姿を見つける。

「父上!母上!・・・?!・・・」

それは幼いロードンが「死」を知った日であった。

次ページ→