第三話 「誘 い」

ロードンが両親と死に別れてから、そろそろ人間の年にして10年近くが過ぎようとしていた。

母譲りの勝気さが目立つものの目下の者に対しても大変世話好きで何事にも活発によく動く利発な少年になっていた。

武術の正式な修行もサラマンドラの口利きで一般の年齢よりも早くから始まり、数歳年上の子供たちに混じっているにもかかわらず見劣りがしない。
決して他人に弱みを見せようとしない事から、彼の抱えている悩みに気付くものはいなかった。


・・・そう、実のところ、ここへ来て彼の見る夢は大きく変化していたのだ。
誰にも打ち明けられないこの不思議な夢のせいでいささかノイローゼになりかけていた。
ロクに眠れぬ夜が続く。やっと寝付いたかと思えばまたあの夢だ。

「いい加減にしてくれ!一体誰なんだ?お前は・・・!」

姿なきその声は彼の名を繰り返し呼びつづけていた。
「知らない。こんな声の主には今まで出会ったことがない。」
その声からは決して敵意は感じられない。それどころか無償に懐かしくなるような、優しく暖かな・・・。
ゆっくりと静かに囁きかけるその声は、女性とも間違えそうな高いトーンではあったが、確かにまだ若い男性の声であった。

「・・・・・」

声の主は相変わらず姿を見せる事もなく、他に語りかけるわけでもなかった。
さすがに気味が悪くなってロードンは動揺の色を隠しきれなくなる。
こんなに取り乱して・・・わたしは・・・。
自分でも驚いていると、耳元で風が動いた。暖かいその流れは前方を指差しているかのようであった。気を取り直して風の動いた方向に目を向ける。

「?!」「光だ!何か光っているぞ!」

暗闇だった世界が少しづつ明るくなってきたのは何年前だろう。周りが見渡せるようになるとそこは水の中であることがわかった。勿論、これは夢だ。本当に水の中にいるような感覚とはまるで違う。地上を歩くのと同じ感覚なのだが、とにかくここは水の中なのだ。
彼は夢の中で何年もの間、暗く深い水の底を彷徨っていた。いつまでこの水の中を進んで行けば良いのだろう。外に出ることはできるのだろうか?でも光も差さない闇の中だったのに今は周りが見える。地上の光が届くようになったということか?

彼を呼ぶ声も、周りが見えるようになってから頻繁になっていた。だからロードンは正体のわからぬその声が耳につき、焦り始めていたのだ。
「早く正体を突き止めたい。」

なぜか妙に大人びて弱さをおもてに出す事を自分に禁じている風があった。

「いい加減にしてくれ!一体誰なんだ?お前は・・・!」

感情のままに叫んでしまったその瞬間、彼の中で何かが弾けた。そして、新しい道が開けたのだった。

ロードンは光に向かって走り出した。
しかし、一向に光の元に辿り着けない。
「今度はこれか・・・」

あの光に辿り着く事、夢の中で新たに課せられた試練であった。


「ロードン。ちょっといいかしら?」

風の精霊ジルフェが木陰で眠たそうにしているロードンに話し掛けてきた。
他の大人達はわからなくても四大精霊にはロードンが何か悩みを抱えている事に気が付いていた。
気の強い彼はすっかり見透かされていた事を悔しく思ったが、解決の糸口が見つけられそうな気がしてジルフェに素直に打ち明ける事にした。

事情を聞いたジルフェは驚きもしたが大きなため息をついて考え込んでしまった。
どうしよう、この子が産まれた時の事を話してしまうべきだろうか?それがかえって重荷になるようではいけない、が、しかし・・・。
両親の死からすっかり立ち直っているとはいえアースとエイリアがいない今、たった独りだと思っている彼には家族と呼べる存在はよい心の支えになることだろう。ニムフの氷の結界に課せられた条件を満たす為に成長した時のロードンはどんなにか強大な戦士になるやも知れない。精霊界にとっても彼の成長は大いに期待される事であった。
彼に賭けてみよう。

「ロードン。どうか落ち着いて聞いてちょうだい。」

全てを聞かされ、ロードンは得心がいった。
夢は自分と共に生まれるはずの兄弟からのメッセージであったのだ。きっと早く生まれてきたがっているんだ。封印を解いてあげなくては・・・!

よしっ!
彼は夢の謎が解けた喜びと共に大きな使命感に燃え、瞳を輝かせた。

「ありがとう。ジルフェ!なんだかすっかり気持ちが晴れた。こんなところでぐずぐずしてはいられない。」

ジルフェが封印を解くには時期がまだ早すぎると止めるのも聞かず、いてもたってもいられないロードンは早速生命の宮を訪ねた。

 

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