ご質問:なぜ第1期治療をやるのか?(どうして、小学生のうちに歯科矯正治療を始めるのか?)


お答え  歯を並べるだけなら、永久歯がはえそろった中学生以降に始めればよろしいです。抜歯とブラケットと外科手術を利用すれば大概の歯列不正は治療可能です。では、第1期治療をおこなう意義は何でしょう?

1)機能的な面を改善する

 「機能」という言葉を国語辞典で調べると、「ある物が本来備えている働き。全体を構成する個々の部分が果たしている固有の役割。また、そうした働きをなすこと。」と書かれております。口ならご飯を食べたり、発音に使ったりするわけですが、こういったものは成長期に発達してゆくものです。大人になってからでは、歯並びを治してもその働きがついてこられない、あるいは追いつくのが非常に難しい例が多いのです。 具体的には、口を構成する歯、舌、口唇、上顎骨、下顎骨が適切な位置にあり、舌や咀嚼筋が適切に動くことが必要になります。

 たとえば、前歯部開咬とは、上下の前歯が垂直的に開いて前歯がかみ合わない状態ですが、舌突出癖(舌が前に出る癖)が100%近くあります。成人になってから、開咬を治しても舌が前歯の間にはさまると、ブラケットをつけて上下の前歯がかみ合うように治したとしても、時間が経てばまた開咬が戻ります。

 また、上顎前突が原因で口唇の閉鎖がうまくできない場合、口輪筋の発達が遅れます。具体的には、上唇がまくれ上がり、下口唇は上下前歯の間に噛みこみます。たとえ、成人になってから上顎前歯を後ろに下げて出っ歯を治しても、口輪筋が前から押さえる力が弱いために、上顎前歯が前に出てきたり、前歯にスキマができたりします。

 舌や口唇が適切に使えるような歯並びを手に入れる事は重要です。また、骨と筋肉が適切に動く(働く)ことも重要です。歯や骨の位置がずれていれば、筋肉は間違った使い方で働きます。もし、正しく使わなければ、弱く細い骨、無力な筋肉になってしまう危険性もあります。発音が悪い、滑舌が悪いなんていうような問題もあります。

   

 上の写真A〜Cは、上顎前突の例です。写真Aの状態ですと、口唇を閉じようとすれば写真Bのように思いっきり力を入れなければ無理です。また、ふだんの楽な姿勢は右端の写真Cの状態であり、この状態ですと下口唇が上下前歯の挟んだ状態であり、出っ歯を安定させるように作用します。(つまり、自然に出っ歯は治らないわけです。)  タ行の発音は「t音」が正しくできません。多くの場合、上下前歯の空隙に舌をはさんでタ行を発音します。

 嚥下(食べ物の飲み込み、ゴックン)が上手にできないという例もあります。歯科矯正治療を受けることにより、しっかりと噛めて食事がしっかりと摂れるようになります。形を変えて、機能を正常に戻してゆくのが、歯科矯正治療の面白いところです。歯科医の一部には、「歯を並べれば、歯科矯正だ。」などと言う人がおりますが、形だけ治してもダメなんですよ。適切に機能するように治さないと本当に治したことにはならないのです。

2)けがの危険性を減らす

 上顎前突症(出っ歯)の場合、一番出ている部分(上顎前歯)にけがをすることが多いのです。浜松市の小中学校では平成25年4〜5月申請分で歯冠破折が13件、補綴が必要な破折症例が5件と報告されております。

 ケガの具体的は、口唇の裂傷、打撲、歯槽骨骨折、歯の破折(折れること)、歯の神経の断裂が起きます。歯の折れる位置によって、症状の重傷度は変わります。先っぽだけ折れた場合は軽傷ですが、歯の根っこ(歯根)で折れた場合は、最悪抜歯しなくてはなりません。前歯は他人からもよく見える位置ですので、これが無くなると精神的なショックはかなり大きいものになります。下の図は、自転車で転倒して上顎両側前歯の切縁を破折した症例(赤い線で、修復したレジンを示してあります。)

歯牙破折

 外力が根尖部にかかった場合、その部分で神経と血管が切れることがあります。レントゲン写真を撮ってもわからない(見えない)ため、数年たってから歯が黒くなってきてわかるのです。細菌が侵入した場合は、歯髄壊疽となり激痛がきます。 歯が折れていないからといって、何事もないというわけではないんですよ。

3)上下の顎骨の関係を正しくする

 顎の骨には、上と下があります。この位置がそろっていないと噛まない、噛めないというのは考えてみれば当たり前のことです。上顎前突なら、上顎骨が下顎骨よりも相対的に前にある状態ですし、下顎前突なら、下顎骨が相対的に上顎骨よりも前にある場合です。

 上顎前突(出っ歯)にもいろいろあります。上顎骨が単純に前に出ている場合、下顎骨が単純に後ろに下がった場合、下顎骨が小さい場合、それらの組み合わせなどなどいろいろいろありますが、そういった上下顎の前後的なズレを若いウチ(第1期治療の適用時期)に修正しておくと、第2期治療(永久歯の治療)が楽になります。

4)非抜歯治療の可能性を高める

 乳歯をむし歯でなくして、永久歯のはえる場所が足りなくなった場合、それをもう一度作り出せば、永久歯の抜歯矯正を避けることができるかもしれません。(歯が大きすぎたりするとダメですが。)

5)第2期治療を容易にするため

 上記の1)〜4の)内容をクリアしておくと、第2期治療の治療期間が短くなったり、簡単になったり、安定性が増したりします。 つまり、治した後も後戻りが少ないわけです。

6)外科矯正治療の回避の可能性が増える

 骨格的なズレを許容範囲に押さえることができれば、手術をの必要性を減らすことができます。下顎の偏位症例など有効な例は多数あります。

7)顔貌の改善を行う

 反対咬合や上顎前突の顔は特徴的ですから、治るとそれだけで笑顔になる子もたくさんいますね。

 あと、上顎前突や下顎前突の顔のために、いじめに遭うという話も聞いたことがあります。

 

※第1期治療は、おおむね小学校のうちにしかできないことです。なぜか? 小学校の間は、人間の成長期なのです。成長の遅れている部分を伸ばし、成長の生きすぎたところを抑える治療ができる期間なのです。機能も発達してゆく時期ですから、適切に指導すれば、正しい使い方を身につけることができます。

※最近、第2期治療まで見通した治療計画を持たずに、ただ単に「拡大する」歯科医がおりますが、最低限、セファログラム、パノラマX線写真、模型、写真をとって、症例分析をし、治療計画をちゃんと聞き、その内容を理解し、料金の明細等もクリアにされてから、治療を開始されることをおすすめします。逆に言えば、こういった手順を踏まえない「その場限り、行き当たりばったり」の歯科矯正治療もどきにご注意ください。


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