甄士隠 夢に通霊玉を識り 賈雨村 浮世に佳人を懐う

 昔、天が壊れかけたときに神様がたくさんの石を使って補修しました。
 その時つい作りすぎて余ってしまった石、たった一つだけ使われることなく棄てられてしまいます。
 仙力を得ていた石は、その後目的を失い漠然と時を過ごしました。
 そんなある時、石は二人の人物、【茫茫大士【茫茫大士】〔ぼうぼう・だいし〕
通霊宝玉を下界に下ろした僧。たびたび姿を現し無常を説く。
】と【渺渺真人【渺渺真人】〔びょうびょう・しんじん〕
通霊宝玉を他の仙女らとともに俗世へ導き、また天界へと戻した道士。
】が人間界の噂をしているのを聞いてしまいます。
 人間界に興味が湧いたその石は、二人の力を借りて下界に降りるのでした。

 さてここに【甄士隠【甄士隠】〔しん・しいん〕
英蓮の父。妻は封氏。雨村の恩人で最初に悟りを開き、娘の最後を導く。
】という人物がいました。
 彼は夢の中で先の道士と僧の会話を聞いてしまいます。

「さて、どうやって下界に下ろしたものか。」
「【絳珠草【絳珠草】〔こうじゅ・そう〕
仙界の仙草で神瑛使者に甘露の水をかけて貰い仙女となる。その恩を返すため警幻仙女の許しを得て下界へ下り、林黛玉となって宝玉を慕う。
】が、【警幻仙女'【警幻仙女】〔けいげん・せんにょ〕
仙界にて仙女たちを統べている女仙の一人。警幻仙姑ともいう。
】から下界へ下りる許可を貰ったそうだ。彼女に便乗して多くの仙女が下りるから、そこに紛らしてしまおう。」
「絳珠草は何をしに下りるのだ?」
「【神瑛使者【神瑛使者】〔しんえい・じしゃ〕
天界の神仙の一人。警幻仙女の許しを得て賈宝玉として俗世に転生した。
】に、甘露の恩を返しに行くそうだ。」

 夢から覚めた士隠は、不思議な夢だと思いながら娘の【英蓮【甄英蓮(香菱)】〔しん・えいれん(こうりょう)〕
甄士隠の娘。薛蟠の妾。幼少時に拐かされ、薛家に買われて香菱と改名。
】をあやして外に出ました。
 と、そこに近づいてくる醜い僧が一人。

「おお、なんて不運な星回りの御子じゃ。旦那様、どうかその子をわしに恵んで下され。」

 やっと授かった娘を渡すはずもなく、士隠は僧を追い払ってしまうのでした。

 もう一人登場する【賈雨村【賈雨村】〔か・うそん〕
悟りを開く機会を得ながらも俗世にまみれる俗物官吏。甄士隠と対をなし、物語の各所で関与する。
】という人物。
 士隠の家の隣に居候している貧乏書生です。

 ある秋の日、士隠と意気投合した彼は科挙を受けるための資金を援助して貰います。
 喜んだ雨村はろくに挨拶もせずに旅立ってしまったのでした。

 しかし、その後の士隠は不幸の連続に見舞われてしまいます。
 元宵節のお祭りで娘を拐かされ、心労で倒れた所に隣家の出火で家財を失ってしまうのです。
 何とか妻の実家に身を寄せますが、岳父の執拗ないじめに士隠はやつれ果ててしまいます。
 そしてついには道士に導かれ、俗世のしがらみを振り切って仙界へと旅立ってしまったのでした。

 

賈夫人 揚州城にて逝去し 冷子興 栄国邸のことを物語る

 士隠が出家し取り残されてしまった妻は、そのまま父親の元で暮らしていました。
 そんなある日のこと、府知事にまで出世した雨村が赴任してきます。

 士隠が行方不明と知った雨村は捜索を命じますが、仙道に入った士隠が見つかるはずもありません。
 それどころか雨村は部下の讒言で罷免され、職を失い旅に出ることになってしまうのでした。

 揚州に【林如海【林如海】〔りん・じょかい〕
黛玉の父。妻は賈敏。学問の家柄で、科挙に第三位で及第した探花。蘭台寺大夫にして揚州巡塩御使。
】という人物がいました。
 一人娘の【黛玉【林黛玉】〔りん・たいぎょく〕
林如海・賈敏の娘。宝玉の従妹だが天界の仙草、絳珠草の生まれ変わり。
】を溺愛した彼は、娘の器量と才能に惚れ込み家庭教師を付けることにします。

 ここで名乗りを上げたのが、職を失って放浪していた雨村。
 仮にも科挙に及第している彼、女の子の勉学を見る位は朝飯前です。

 ところが一年ばかりたった頃、如海の夫人・【賈敏【賈敏】〔か・びん〕
賈代善・史太君の末娘。黛玉の母。林如海の妻。黛玉六歳の時に死去。
】が病で亡くなってしまいました。
 こんな状況では黛玉も勉強どころではあるまい、と思った雨村は暇乞いをします。
 ところが如海はその必要はない、と断ると、今しばらく留まってくれるようにと頼んだのでした。

 

林如海 義兄に託して訓育にむくい 史太君 母を亡いし孫娘を引き取る

 職を失わずに済んだ雨村ですが、そうは言っても林家は葬儀で忙しく勉強どころではありません。
 そこでぶらりと立ち寄った居酒屋で偶然【冷子興【冷子興】〔れい・しこう〕
賈雨村の友人。骨董商。栄国邸使用人・周瑞の娘を妻に持つ。
】と出会います。
 都で大赦があったこと、また如海の夫人が有力者の娘であることを知った雨村は、その伝手で復職を計ることにしたのでした。

 この話を持ちかけられた如海、紹介状を書く代わりに娘を祖母の元に届けて欲しいと頼みます。
 二つ返事で請け負った雨村は、紹介状を手に黛玉と都へ向かったのでした。

 雨村ら一行が向かったのは、都に構える【栄国邸【栄国邸】〔えいこくてい〕
現当主は賈赦。栄国公・賈源を始祖とする家門の邸宅。
】。
 早速主人の一人【賈政【賈政】〔か・せい〕
賈代善・史太君の次男。賈珠・元春・宝玉・探春・賈環の父。妻は王夫人、妾に趙氏・周氏をもつ。
】に面会し、意気投合した雨村は数日の後、役職を得てまた旅立ってしまったのでした。

 それはともかく奥へと通された黛玉を待っていたのは、祖母の【史太君【史太君】〔し・たいくん〕
賈代善の妻。賈赦・賈政・賈敏の母。宝玉らの祖母で賈家の権力者。
】と【邢夫人【邢夫人】〔けい・ふじん〕
賈赦の妻。賈璉の母。吝嗇で狭量。
】【王夫人【王夫人】〔おう・ふじん〕
賈政の妻。賈珠・元春・宝玉の母。信心深く温厚だが短慮。
】の伯母二人。
 黛玉の身の上を悲しむ彼女たちは涙をこぼしながら部屋へと導き、従兄嫁の【李紈【李紈】〔り・がん〕
李守中の娘。賈珠の妻。賈蘭の母。温厚で控えめな、典型的封建女性。
】、【王煕鳳【王煕鳳】〔おう・きほう〕
賈璉の妻。巧姐の母。王子騰・王夫人・薛未亡人の姪。栄国邸・大観園の奥向きを取り仕切るやり手。
】に引き合わせます。
 更に従姉妹の【迎春【賈迎春】〔か・げいしゅん〕
賈赦の娘で母親は妾の一人。賈璉の異母妹。自己主張の乏しい大人しい性格。
】【探春【賈探春】〔か・たんしゅん〕
賈政の次女で母親は趙氏。宝玉の異母妹、賈環の実姉。
】【惜春【賈惜春】〔か・せきしゅん〕
賈敬の娘。絵心があり潔癖症で、後に寧国邸と絶縁し最後は出家する。
】の三人とも引き合わされ、年頃も同じ四人は挨拶を交わして仲良くなったのでした。

 一通り挨拶が終わった一同は、当主である【賈赦【賈赦】〔か・しゃ〕
賈代善・史太君の長男で栄国邸現当主。賈璉・迎春の父。妻は邢夫人、妾は多数。
】が多忙のため、先に女衆だけで食事を済ますことになります。

「この家には男の子がいるそうですが…。」

と言う側からやって来たのは噂の若さま【賈宝玉【賈宝玉】〔か・ほうぎょく〕
賈政・王夫人の次男。神瑛使者の生まれ変わりで通霊宝玉をもつ。後に宝釵を妻に娶るが仙界に旅立つ。
】、黛玉の顔を見るなり、

「おや、こちらのお嬢さんと僕、どこかで会ったことがありますよ。」
「何を言っているんだい、この子は。今日が初めてだよ!」
(私もそんな気がしたのだけれど…、言うのは止しましょ。)

 さて話のきっかけを探した黛玉が、

「珍しい玉をお持ちなんですってね。」
「…あぁっ、こんな玉の何処が有り難いんだ、僕は本当はこんな物いりゃしないのに!」

 突然暴れ出して、噂の【通霊宝玉【通霊宝玉】〔つうれいほうぎょく〕
大荒山に捨てられた仙石。茫茫大士と渺渺真人の手により賈宝玉とともに俗世に現れる。
】を投げ捨てる宝玉にびっくり。
 その場は何とか収まりますが、あまりの出来事に混乱するばかりの黛玉でした。

 身の回りを世話する女中として揚州から伴ってきた【雪雁【雪雁】〔せつがん〕
黛玉が実家から連れてきた女中。黛玉死後暇を出される。
】の他に【紫鵑【紫鵑】〔しけん〕
黛玉付き筆頭女中。史太君の命で黛玉付きとなるが、黛玉死後宝玉付きになり後に出家する。
】を付けてもらった黛玉。
 ところが夜になっても気が静まらず、なかなか寝付けません。
 そんなところに通りかかった女中の【襲人【襲人】〔しゅうじん〕
宝玉付き筆頭女中。史湘雲・史太君と経て宝玉付きになる。宝玉失踪後、蒋玉函に嫁ぐ。
】、

「あら、お嬢様、宝玉若さまのあの程度の事に気を揉んでたらこれから体が保ちませんわよ。」

 慰められてやっと落ち着いた黛玉は、とろとろと眠りに誘われていったのでした。

 

薄命の娘はひとえに薄命の郎に出逢い 葫廬の僧はみだりに葫廬の判決を下す

 次の日の朝、姉妹たちと朝の挨拶廻りに向かった黛玉ですが、王夫人・煕鳳の二人が何やら思案顔の様子。
 細かい話に首を突っ込むわけにもいかず、遠慮して李紈の部屋へと向かった一同でした。

 話変わって早速新しい仕事に赴任した雨村、早々にして殺人事件が起こります。
 下手人も分かっている簡単な案件、さっさと捕まえろ、と命令しようとした雨村に陰から袖引く輩が一人。

「そりゃいけません、下手な行動は命に関わりますよ。」

 誰かと見れば士隠の所にいた小僧ではありませんか。
 聞けば下手人の姓は薛。
 賈・史・王・薛の四家は一蓮托生、役人も憚る大豪族で、なんと当主が女中買いで揉めて相手を殺めたとか。
 王夫人と煕鳳が困っていたのもこの話だったのです。

「しかもその女中は昔拐かされた英蓮嬢ちゃんなんですよ。」

 殺された相手は英蓮を妻に迎えようとしていたと聞けば、その身の不幸に無常を感じぬものでしょうか。

 とはいえ賈家にも恩があって困り果てた雨村、小僧と謀って金で無理やり片を付けてしまいます。
 更に毒を喰らわば皿まで、不正の発覚を恐れて小僧も流刑にしてしまったのでした。

 さて件の当主の名は【薛蟠【薛蟠】〔せつ・ぱん〕
薛家の現当主。薛未亡人の長男。宝釵の兄。妻に夏金桂、妾に香菱をもつ。
】、一体どんな人物なのでしょうか。

 薛家は元々大商家の家。
 ところが前当主が早くに亡くなり、跡を継いだ薛蟠は杜撰で派手好き。
 日々の放蕩が祟り、薛家はその身代も傾きはじめていたのです。

 そんな薛蟠には【宝釵【薛宝釵】〔せつ・ほうさ〕
薛未亡人の娘。薛蟠の妹。金の錠前状の首飾りをもつ。後に宝玉に嫁す。
】という妹がいました。
 兄とはうって変わって品行方正、才色兼備という四字熟語がぴったりのお嬢さんです。

 そもそも薛家は彼女を女官候補として届け出るために、一家で上京する予定でした。
 雨村の計らいで無罪放免の薛蟠は、英蓮を攫って妹の宝釵・母の【薛未亡人【薛未亡人】〔せつ・みぼうじん〕
薛蟠・宝釵の母。王夫人の妹で、息子らとともに上京してくる。
】と共に予定通り都へと向かったのでした。

 都には王家の当主で叔父の【王子騰【王子騰】〔おう・しとう〕
王家の現当主。王夫人・薛未亡人の弟。
】がいるはずでした。
 叔父の監視を嫌った薛蟠は、妹を送り届けたらすぐに逃げて遊び回ろうと思っていました。
 ところが王子騰は仕事で都を離れ、訪れた賈家のボンクラ子弟どもとも馬があってしまい、宛われた【梨香院【梨香院】〔りこういん〕
栄国邸の側に作られている、賈家の別邸。
】に母妹と供に居着いてしまったのでした。

 

幻境に遊びて十二釵の図に迷い 仙酒を飲みて紅楼夢の曲を聞く

 栄国邸に現れた黛玉と宝釵という二人の少女。
 ともに聡明で才気煥発でありながら、おおらかで誠実な宝釵に癇の強い黛玉は心中穏やかではありませんでした。
 史太君に愛おしまれていながらも、薛家のような後ろ盾を持たない引け目もあります。
 とはいえ初日以来ともに史太君に可愛がられている宝玉とは仲も良く、多少の諍いで機嫌を損ねる事はあっても最後は黛玉の事を気に掛ける宝玉の心遣いに慰められていたのでした。

 そんな折、栄国邸ではお隣の【寧国邸【寧国邸】〔ねいこくてい〕
寧国公・賈演を始祖とする家門の邸宅。現当主は賈珍。
】から満開となった梅のお花見のお誘いを受けます。

 寧国邸の現当主は宝玉と同世代の【賈珍【賈珍】〔か・ちん〕
賈敬の息子で寧国邸現当主。賈蓉の父。惜春の兄。妻は尤氏、妾に佩鳳・偕鴛・文花をもつ。
】、前当主の【賈敬【賈敬】〔か・けい〕
寧国邸前当主。賈珍・惜春の父。仙道に没頭して隠居してしまう。
】は存命ですが仙道に傾倒し既に隠居していました。
 賈珍の妻・【尤氏【尤氏】〔ゆう・し〕
賈珍の妻、賈蓉の母。継母・尤老母と義妹・尤二姐、三姐を呼び寄せる。
】は万事支度を整えると、【賈蓉【賈蓉】〔か・よう〕
賈珍・尤氏の息子。妻は秦可卿。後に胡氏を後妻にする。
】【秦氏【秦可卿】〔しん・かけい〕
賈蓉の妻。秦鐘の義姉。賈珍との姦通を女中に見られ自殺する。
】若夫妻に、王夫人や宝玉を伴って訪れた史太君を出迎えさせます。

 茶や酒を振る舞われて楽しく過ごす面々でしたが、しばらくして宝玉が疲れたので休みたいと言い出しました。
 秦氏に案内されて一室に入った宝玉、壁の絵も句も堅苦しい物ばかりで気分が悪い。

「あら、では私のお部屋ならどうでしょう?」

 連れて行って貰った部屋はうって変わって居心地良く、もう大喜び。
 機嫌の良くなった宝玉は襲人・【晴雯【晴雯】〔せいぶん〕
宝玉付きの女中。王夫人に宝玉との仲を疑われ追放、夭折する。
】・【麝月【麝月】〔じゃげつ〕
宝玉付きの女中。襲人の控え的存在。
】らに付き添われて寝入ってしまったのでした。

 夢現に彷徨う宝玉、歌声と共に現われた美しい仙女に出会います。
 警幻仙女と名乗るその仙女に誘われ、連れて行かれた屋敷には天下の女子の過去未来帳が収められているとか。
 気になって仕方なく、せがんで見せて貰った【金陵十二釵【金陵十二釵】〔きんりょう・じゅうにさ〕
神瑛使者と供に下界に下りた仙女たちを記した帳簿。それぞれの宿運が記されている。
】に描かれていたのは、何やら暗示的なものばかり。
 真意を悟るには至りませんでしたが、それは自らを取り巻く女子たちを襲う儚い未来を示していたのでした。

 そのまま仙女の集う部屋に連れて来られますが、立ち上る不満の声に居た堪れない心地の宝玉。

「絳珠さまを連れて来るんじゃなかったんですの。」
「そうなんだけど彼の先祖に頼まれてしまって、彼を更正させるために連れてきたのよ。」

 紅楼夢新曲という歌を聴かされても良く分からず、疲れてしまいます。

 休ませて貰うための寝所として誘われた部屋にいたのは【兼美【兼美】〔けんび〕
黛玉・宝釵の「美」を「兼」ね備えた女性の意。字の可卿は秦氏との情交を暗示する。
】、字を可卿という名の美しい女性。
 警幻仙女に娶され、教えに従い男女の秘事を致した二人は仲睦まじく、翌朝ともに手を取り合って外に遊びに出ます。
 ところが突如荊に囲まれ獣に追われた宝玉、哀れ仙界から転げ落ち俗界に引き戻されてしまったのでした。

 

賈宝玉 初めて雲雨の情を試み 劉老婆 一たび栄国邸を訪問す

 夢から覚めた宝玉、つい、

「助けて!可卿!」

と叫んでいました。
 驚いたのは可卿本人。
 実は普段は秦氏と呼ばれていて、幼名は誰も知らないはずなのです。
 とはいえ敢えて問いただすわけにもいかず、聞かなかったふりをするしかなかったのでした。

 周りについていた襲人らは、宝玉の寝起きの身繕いをしていました。
 と襲人の手になにやら、ぬるりっとした感触が…。
 驚きはしたものの周りの者の手前騒ぐわけにもいかず、さりげなく宝玉を急がせて栄国邸へと戻ります。

「一体どんな夢を見ていたんですか?」

 問われるままに夢での出来事を話して聞かせた宝玉、くだんの段になってお互い気恥ずかしくなりつつも気が高ぶり、ここで実際にその技を試してしまったのでした。

 さて栄国邸ほどの家になると、その使用人だけでも何百と存在します。
 それだけいればそれだけ事件が起きるわけで、その日は【劉ばあさん【劉ばあさん】〔りゅう・ばあさん〕
先代王家当主の友人の孫の嫁の母。田舎丸出しだが愛嬌があり、史太君らに喜ばれる。
】という人物が、あるつてを頼ってやってきました。

 この劉ばあさんとは何者か?
 まぁ、王夫人や煕鳳といった王家の人間の、血の繋がらない取り巻き親族って所でしょうか。
 で苦しい生活を立て直すために、孫の【板児【板児】〔はんじ〕
劉ばあさんの娘夫婦の息子。
】をだしに昔のつてを頼って無心に参上したのでした。

 実は栄国邸の使用人、【周瑞【周瑞】〔しゅう・ずい〕
栄国邸の使用人。妻は王夫人の陪房の一人で、娘は冷子興の嫁。
】と親しい劉ばあさんは、そっち方面から取り次いで貰って中に入れて貰います。
 最初に【平児【平児】〔へいじ〕
王煕鳳付きの女中兼賈璉の妾。煕鳳・賈璉を良く助け、煕鳳の死後賈璉の正妻となる。
】と会って煕鳳と間違えそうになったり、時計の音にびっくりしたりと忙しい劉ばあさん。
 やっと会えた煕鳳を前にしどろもどろになってしまいますが、万事心得た煕鳳は皆まで言わせずさりげなくお金を包んですすすってな感じ。
 大喜びの劉ばあさんは何度もお礼を言うと、そそくさと家路を急いだのでした。

 

宮花を送られて賈璉 煕鳳に戯れ 寧国邸の宴にて宝玉 秦鐘に会う

 劉ばあさんを送り出した周瑞の女房は、王夫人の所に報告に向かいました。
 薛未亡人の所に行っているということなので梨香院へ向かうと、【金釧児【金釧児】〔きんせんじ〕
王夫人付きの女中。宝玉との戯れを王夫人に咎められ、入水自殺を図る。
】が知らない女の子と遊んでいるのが見えます。
 覗いてみると王夫人と薛未亡人、二人で話に花が咲いているらしく邪魔するわけにいきません。
 それなら、と周瑞の女房が宝釵の所に挨拶に向かうと、宝釵は【鶯児【鶯児】〔おうじ〕
宝釵付きの女中。籠や袋といった編み物関係が得意。
】と二人で刺繍の図案を考えていました。

 しばらく宝釵の所で世間話をしていると、奥で周瑞の女房に気が付いた王夫人たちが迎えを寄こしてきました。

 その迎えというのが良く見ればかわいい女の子、さっき金釧児と遊んでいた子です。
 それこそ件の女中、甄英蓮こと香菱でした。

 報告し終わった周瑞の女房、今度は薛未亡人から仕事を頼まれます。
 花かんざしが手に入ったので、賈邸のお嬢さん方に配ってほしいとのこと。

 迎春、探春、惜春の所を回った周瑞の女房、次は煕鳳の所に向かいます。
 入り口で平児に煕鳳は今忙しい、と言われますが、奥から煕鳳と【賈璉【賈璉】〔か・れん〕
賈赦・邢夫人の息子。迎春の義兄。煕鳳の夫。賈政・王夫人らに懐いているため、両親から妬まれる。
】の笑いさざめく声が聞こえてきます。
 それは聞かなかった事にして、かんざしを平児に渡すと黛玉の所へと向かったのでした。

 黛玉を捜すと、宝玉と一緒にいました。
 さっそく花かんざしを手にとって眺める宝玉。
 薛未亡人からと聞いて最近会っていない宝釵の様子を訊ねると、あまり具合が良くないというのですぐに女中に命じて見舞いに向かわせたのでした。

 煕鳳と王夫人が仕事をしていると、寧国邸から煕鳳に招待状が来ました。
 王夫人の許しを得た煕鳳は、次の日一緒に行きたいという宝玉を連れて寧国邸に向かいます。

 煕鳳、尤氏、秦可卿で話に花が咲く女三人、暇そうにしている宝玉を見た可卿は、

「弟が来てるんですよ。」

 それは見てみたい、という宝玉と煕鳳の前に連れてこられた少年、【秦鐘【秦鐘】〔しん・しょう〕
秦可卿の義弟。秦業の息子。多感多情で、病と父から受けた折檻で夭折する。
】といって宝玉と同じくらい愛らしい容姿です。
 気に入ってしまった宝玉、二人で家塾に通おう!と誘っていたのでした。

 夜も更けたしそろそろ帰ろう、というときに、表からなにやら騒ぎ声が聞こえてきました。
 何でも古株の使用人、【焦大【焦大】〔しょう・だい〕
寧国邸の先々代を助けた古株の使用人。酔った勢いで可卿と賈珍の姦通をなじる。
】が酔って騒いでいるとか。
 無視して帰ろうとする煕鳳達の車にまで絡む焦大、

「儂の助けた方の子孫たちが、裏で何をしているか知らないと思っているのか!この畜生どもが先代に泣いて訴えてやるわ!」

 何とか焦大を押さえて帰途についた煕鳳と宝玉、

「さっき焦大が言っていたのはどういうことですか?」

と聞く宝玉を叱りつけた煕鳳、今日のことは口止めして秦鐘と宝玉の家塾の件を史太君にお願いしましょうと話題を逸らしたのでした。

 

通霊に比して金鶯少しく意を露わし 宝釵を探りて黛玉なかば嫉妬を抱く

 さて暇になった宝玉、そういえば宝釵姉さんのお見舞いにちゃんと行ってなかったな、と思い出して梨香院へと遊びに行きました。
 まず薛未亡人に挨拶した宝玉は、改めて宝釵の部屋へ向かい具合を訊ねます。
 それほど酷いものではないんですよ、と迎えた宝釵と宝玉、二人で話をしているうちに宝玉の持つ通霊宝玉の話になりました。

 手にとってしみじみ見ている宝釵の後ろから覗いていた鶯児、

「あら、文字が書いてあるなんてお嬢様のとお揃いみたいですね。」

 この言葉に興味がそそられた宝玉がねだって見せて貰うと、なにやら胸元から取り出した飾りが一つ。
 金で出来た錠前型の首飾りで、なにやら言葉が書き付けてあります。
 昔、宝釵が病に臥せったときに教えられた有り難い言葉だとかで、肌身話さず持つよう言い付けられていたとか。
 宝玉と絳珠草の木石縁は実り得ず、ここに宝玉と金釵の金玉縁が結ばれていたのでした。

 二人でしみじみそんな話をしているところに、黛玉が遊びにやってきました。
 食事の用意をしてもてなす薛未亡人でしたが、酒が出たところで宝玉の乳母の【李ばあや【李ばあや】〔り・ばあや〕
宝玉の乳母。李貴の母。引退後も口やかましく煙たがられる。
】が割って入ってきます。

「飲むと手が着けられなくなるからダメ!です。」

 急に白ける宝玉達を見た薛未亡人は、気を利かしてばあやを先に返したのでした。

 さて黛玉、宝玉が宝釵と楽しそうにしているのがちょっと寂しくて、凄く悔しく思っていました。
 そんなところに間が悪くやってきた雪雁、黛玉にちくちくいじめられてしまいます。
 そこで宥めに入る宝釵がまた小憎らしい黛玉だったのでした。

 黛玉に服を直して貰ったりして仲良く帰った宝玉、部屋に戻ると襲人は奥で休んでいて晴雯が出てきました。
 晴雯といえば思い出した宝玉、

「今日、晴雯の好物を届けさせたけど食べた?」
「それが、李ばあやが自分の孫に持っていってしまいました。」

 何じゃそりゃ?と思っていると、【茜雪【茜雪】〔せんせつ〕
宝玉付きの女中。
】がお茶を持ってやってきます。

「おや、これ言いつけておいたお茶と違うね?」
「李ばあやがのどが渇いたと言って飲んじゃいました。」

 あまりのことに声も出ない宝玉、手にした茶碗を茜雪に投げつけると、

「あのばあやが何だって言うんだ、お前達は!あんな奴すぐに首にしてやる!」

 急いで史太君の所へ向かう宝玉、とそこにさっきまで寝ていたはずの襲人がしがみついてきます。

「そんなことで気を荒げないで下さい。もし使用人が気に入らないのなら、私を含め全員を首にして下さい。」

 襲人にここまで言われては何もできない宝玉は、仕方なく襲人に宥められて落ち着いたのでした。

 

情友 風流をしたいて家塾に入り 頑童 嫌疑を起こして塾を騒がす

 父親の【秦業【秦業】〔しん・ぎょう〕
秦鐘・可卿の父。営繕郎という役職の役人。
】に連れられて、秦鐘が塾に入るためにやってきました。
 襲人に手伝って貰って支度を済ませた宝玉は、賈政の元に挨拶に向かいます。

「今日から塾へ行って参ります。」
「はっ、お前が塾など気色悪い。遊びに行ってきますの方がまだ似合っとるわい!」

 付き添いの【李貴【李貴】〔り・き〕
李ばあやの息子。宝玉付きの使用人。宝玉付きの中でも年かさで、いろいろ面倒を被る羽目になる。
】までとばっちりを受けて怒鳴られる始末。
 その後史太君の所にも挨拶に行った宝玉は、黛玉にも一声かけると秦鐘と供に家塾へと向かったのでした。

 この家塾、賈家でお金を出して一門の子弟の教育のために年輩のものが指導している教室です。
 実は薛蟠もこの家塾に籍を置いていました。
 がしかし薛蟠の目的は勉強ではなく若い男の尻を追うこと。
 だから授業の時に薛蟠が出てくることは稀だったのでした。

 塾に入った宝玉と秦鐘、二人とも女の子みたいで、なおかつ四六時中一緒にいるものですから、周りはその気があるんじゃ…と噂していました。
 またここに、薛蟠お手つきの女の子のような二人、【香憐【香憐】〔こうりん〕
賈家の家塾にいた薛蟠の稚児。
】【玉愛【玉愛】〔ぎょくあい〕
賈家の家塾にいた薛蟠の稚児。
】というのがいました。
 この四人、いつもお互いのことが気にかかっていたのですが、ある日塾長の【賈代儒【賈代儒】〔か・たいじゅ〕
賈家の家塾の塾長。
】が出掛けて孫の【賈瑞【賈瑞】〔か・ずい〕
賈代儒の孫。煕鳳に邪な念を抱いて恨みを買い死に至る。
】が監督に来たときにとうとう事を起こします。

 トイレに行く振りをして席を立った秦鐘と香憐、裏手に回って事を致そうとしたとき…、

「あ~、こほん。」

 慌てて見れば【金栄【金栄】〔きんえい〕
賈家の家塾の生徒の一人。秦鐘と香憐にちょっかいを出して騒動を起こす。
】という生徒の一人がにやにやしながら立っていました。
 ここで言い合いになった秦鐘と金栄、埒無しと見た秦鐘が賈瑞に言いつけに行くと何と逆に秦鐘と香憐が怒られてしまいます。

 さてこの賈瑞、塾長の孫といってもただのごくつぶし。
 昔薛蟠にたかろうとして失敗したため、香憐に八つ当たりしたというわけだったのでした。

 ここで更に図に乗った金栄が悪態をつくと、玉愛が言い返し、宝玉や【賈蘭【賈蘭】〔か・らん〕
李紈の息子。宝玉の甥で後に科挙に及第する。
】を巻き込んでまさに塾の中は滅茶苦茶になってしまいます。
 ここに居合わせた【賈薔【賈薔】〔か・しょう〕
寧国邸の縁者。色男で頭も回るが、性格があまり良くない。
】という人物、寧国邸に厄介になり賈珍、賈蓉とも親友の間柄。
 当然賈蓉の義弟に当たる秦鐘を助けたいと思いました。
 がこの塾の人間はほとんどが薛蟠の子分であり、薛蟠とも仲の良い賈薔はどうしようかと悩みます。
 名案をひらめいた賈薔、外に出ると宝玉付きの書童、【茗烟【茗烟】〔めい・えん〕
宝玉付きの書童。宝玉が隠れて何かするときの相棒。
】を呼び出し、

「お前の主人が大変なことになっているぞ。」

 と囁いて帰っていってしまいました。

 これは一大事と意気込んだ茗烟、塾に乗り込むと金栄を始め秦鐘らをなぶっていた連中を殴り倒していきます。
 そこへ何事かと飛んできた李貴、急いで片端から押さえつけて止めてまわると、

「一体どういうことです、賈瑞さん。あなたがしっかりしていないからこんな事になるんですよ。」
「もうそんな問題じゃない、李貴。こいつらの悪行は全部言いつけに行ってやるんだ!」

 秦鐘が頭を怪我して怒った宝玉は、止める李貴を振り切って賈代儒や史太君に言いつけに行こうとします。
 さすがにまずいと思った賈瑞、ついには嫌がる金栄に無理矢理謝らせて、李貴の執り成しもあって宝玉に勘気を押さえて貰ったのでした。

 

金寡婦 利を貪りて恥辱を受け 張太医 秦可卿の病源を究明す

 宝玉の方は謝らせた事で満足していましたが、金栄の方は納得できませんでした。

(俺達のことを薛蟠の腰巾着と言うならば、あの秦鐘だって宝玉の取り巻きじゃないか!)

 さてこの噂を知った、賈家の縁者に嫁いでいた金栄の叔母は、

「なんだいその理不尽な扱いは!一丁寧国邸にねじ込んでやる!」

 姉(金栄の母)が止めるのも聞かずに寧国邸へとやって来た金栄の叔母、尤氏に迎えられるとさりげなく世間話から始めました。
 がねじ込むつもりだった秦鐘の姉、秦可卿の姿が見あたらない。
 どうしたものかと訊ねると、

「何でも先日弟が塾で諍いを起こしたとか。それを聞いた義娘ったら、胸を痛めてしまって心労のあまり倒れてしまったんですよ。」

 さすがに病人相手に怒鳴りつけるのは気まずいし、何だか話を聞くと金栄にも非がありそうで、ばつが悪くなった金栄の叔母が帰ろうとしたときに賈珍が帰ってきました。

 客に気が付いた賈珍、

「おや、お客さんですか、どれ、せっかくですから夕飯でも召し上がっていって下され。」

 気が付くと食事を振る舞って貰い、やって来た目的を失念してほくほく顔で帰っていった金栄の叔母でした。

「それにしてもあの人は何の用だったんだい?」
「さぁ?」
「そうそう今日ね、【馮紫英【馮紫英】〔ふう・しえい〕
神武将軍馮氏の息子。宝玉、薛蟠とも交流を持つ貴人。
】君の紹介で、【張友士【張友士】〔ちょう・ゆうし〕
馮紫英の師で医術の心得を持つ学者。上京していた際に可卿の病状を診察する。
】先生っていう医術の心得のある方に義娘の診察を頼んできたよ。」
「それは良かったですわ。で、義父さまの誕生祝いはどうしますの?」
「父上は騒がしいのは俗塵にまみれるから嫌いだそうだ。客の接待だけしてくれと言っていたから、賈蓉と【来昇【来昇】〔らい・しょう〕
寧国邸の使用人。
】に任せるとしよう。」

 次の日、賈珍の依頼を受けて張友士がやってきました。
 脈を診て診断した張友士、

「ふむ、これは妊娠と間違えやすいですが、ちと違いますな。」
「はい、今までの医者も、妊娠だか病だかはっきりせんかったのです。」
「最初に診断できていればここまでは酷くならなかったでしょうに。まぁ、まだ治る見込みはあります。」

 処方箋を渡された賈蓉、賈珍、尤氏は張友士の診断の的確さに圧倒され、彼を信用するとすぐにその処方通りに煎じた薬を可卿に投薬する事にしたのでした。