賈敬の誕生祝いの当日がやってきました。
賈珍と尤氏が祝いを述べにやってきた客の相手に席を立つと、賈蓉は賈敬の籠もっている寺までご機嫌伺いの使いとして走ります。
騒がしいのが嫌いな賈敬が今日の席を辞退することを知っていた賈珍によって、屋敷中は囃し太鼓や芝居の掛け声で大賑わいでした。
早速寧国邸の縁者から煕鳳や宝玉といった栄国邸の面々まで続々とやってきます。
「まぁ、史太君様には来て頂けませんでしたか。」
「いえね、来たがったんですけど、お腹を壊してしまって。」
尤氏の問いを煕鳳に遮られた王夫人、
「秦氏の具合の方はどうですか?」
「先日医者に診て貰って幾分持ち直してはいますけど…。」
「あぁ煕鳳叔母さん、後で少し嫁の所に寄って見ていってやって下さい。」
という具合だったのでした。
食事を終えて一段落ついた一行は、芝居見物に向かいました。
そこで一旦席を外した煕鳳と宝玉、賈蓉を伴って可卿の見舞いに向かいます。
それを迎えて起きあがろうとする可卿を押しとどめた煕鳳でしたが、その衰えた風情に涙をこぼす宝玉。
「あんたがそんなでどうするの、さぁさ、先に戻っておいでなさい。」
宝玉を追い出して懇ろに慰めた煕鳳は、くれぐれも養生するように言い含めると自分も部屋を出たのでした。
帰り道に花を眺めながら歩いていた煕鳳の側の草むらから、ごそごそと物音がしました。
驚いた煕鳳の目の前に現れたのは賈瑞。
しかもほろ酔い気分で目元が妖しい賈瑞でしたが、目元の妖しさは酒のせいばかりではありませんでした。
それに気付いた煕鳳はのらりくらりとかわして、賈瑞の元を後にします。
(あの野郎、人をいやらしい目で見てからに…、今に酷い目に遭わしてやる。)
と内心穏やかでない煕鳳でしたが、皆の所に戻ると一緒に芝居を楽しみ、夕食まで平静を装って帰っていったのでした。
皆から宴や芝居の話を聞いた史太君、中でも可卿の様子を聞いて心配し、煕鳳に良く慰めてあげるようにと言いつけます。
実際煕鳳の目から見てもはかばかしくない可卿の様子でしたが、史太君にそう素直に報告して心配させるわけにいかない煕鳳は、
「だいぶ良くなってきているようでしたわ。」
としか言えません。
イヤな気分で部屋に戻って何事もなかったかと平児に訊ねると、
「賈瑞さんの使いが来てました。」
「そんなに殺されたいのか、あの畜生めが!」
驚いた平児に事情を説明した煕鳳は、二人で今後の対策を練り始めたのでした。
平児と煕鳳が二人で賈瑞をどう懲らしめようかと相談しているところに、噂の賈瑞がやってきました。
そんなこととはつゆ知らぬ賈瑞、すんなり奥へと通してくれた事に小躍りして喜んでいます。
ここで一計を案じた煕鳳は、賈瑞の淫らしい態度をさらりと受け流すとそっと夜の逢い引きを耳打ちして、大喜びの賈瑞を一旦引き取らせたのでした。
約束通りやってきた賈瑞、しかし待てども待てども煕鳳はやってきません。
それどころか鍵をかけられ、部屋に閉じこめられてしまいます。
季節は寒風吹きすさぶ冬の盛り。
暖房のない部屋で一夜を過ごす羽目になった賈瑞は、夜が明けて早番の女房が鍵を開けてまわると急いで家へと帰ったのでした。
この賈瑞、両親を早くに亡くし、今では塾長を務める賈代儒に育てられていました。
当然、厳格な賈代儒は賈瑞の朝帰りを見つけると、有無を言わせずむち打って懲らしめます。
むち打たれ、罰勉強をさせられる賈瑞でしたが、煕鳳に計られたとは露とも思わずますます煕鳳への恋慕の情を燃え立たせたのでした。
二、三日もして暇が出来た賈瑞は、またもや煕鳳のもとを訪ねていきました。
懇ろにもてなされ、あの日何で来なかったのか、と逆に詰られてしまった賈瑞、またもや煕鳳の計り事にはまってしまいます。
今度は裏の空き家で会いましょう、というのです。
一分一秒ももどかしい賈瑞、家に帰ると時が来るのを待ってそそくさと出掛けていきます。
ところが今度も煕鳳はやってきません。
さすがにおかしいと思った賈瑞が怪しんでいたところに、物音と供に入ってくる人影が見えました。
(やっときた!)
喜んだ賈瑞はズボンを下ろして飛びつくと、力の限り抱きしめます。
ところがそこに、明かりを持った賈薔がやってきました。
「だれだ!中にいるのは。」
「賈瑞叔父さんが僕にナニしようとしてるんだよぅ。」
その声に驚いて賈瑞が組み敷いた人物を良く見てみると、何とそこにいたのは賈蓉だったのでした。
逃げようとする賈瑞を捕まえた賈薔と賈蓉、全てが煕鳳の計略で既に王夫人に注進が及んでいる、と伝えてきます。
生きた心地のしない賈瑞は賈薔と賈蓉に証文を書いて取りなしを頼むと、這々の体で逃げ帰ったのでした。
一杯食わされたのかとやっと気が付いた賈瑞でしたが、それでも煕鳳の美貌が忘れられずに悶々と過ごし、賈薔と賈蓉に証文の払いを請求されているうちに体を壊して寝付いてしまいました。
何にすがってでも病を治したい賈瑞の耳に、旅の道士の声が聞こえてきました。
まさに天の助けと賈瑞がその道士を呼び寄せると、
「これは警幻仙女のアイテム。裏を照らせばたちどころに治りましょう。でも表は決して照らしてはいけません。」
と言って一枚の鏡を置いて去っていったのでした。
しかし見てはならないと言われると見たくなるのが人間の性、好奇心に負けた賈瑞は表面を覗いてしまいます。
するとそこには煕鳳がいて手招きをしているではありませんか。
夢見心地で吸い込まれた賈瑞は、突如現れた男達によって鎖にからめ取られて哀れ二度と戻れなくなってしまったのでした。
側で看病していた人たちは、突如事切れた賈瑞にびっくりしてしまいます。
驚いた賈代儒が鏡を割ろうと身構えると、先の道士が急いでやってきてむしり取ります。
「人の忠告を無視した人間に、何でこの鏡を割る資格があろうか!」
捨てぜりふを残して風のように去っていったのでした。
賈瑞の葬式には、賈家一族から多くの弔問が訪れ無事に済ますことが出来ました。
因果なことに香典なぞは今まで細々としていた賈代儒の家の暮らし向きまで変えんばかりだったのでした。
賈瑞の葬式が終わった頃、揚州から林如海の病の知らせが届きました。
父の病に一時帰宅する黛玉、そして付き添いとして賈璉が揚州へと旅に出てしまいます。
旦那の留守でつまらない煕鳳は、うたた寝の中で病のはずの可卿を見ました。
別れを告げに来たという言葉に不吉な予感を感じていると、案の定可卿の訃報を伝える使いの声に起こされた煕鳳だったのでした。
黛玉の不在で寂しかった宝玉のもとにも、この訃報は届きました。
宝玉が急いで寧国邸に行ってみると、そこには既に多くの親戚が集まり、早すぎる可卿の死を悼んでいたのでした。
仙人修行中の賈敬は、孫嫁の死にも寺から出てきませんでした。
そこで思い切った賈珍は、盛大に弔ってやろうと計画します。
皇族しか使えない高級木材で棺を作り、見劣りする息子に役職を買い与えて葬儀に箔を付けます。
賈政などは分相応で済ますべきだと忠告しますが、賈珍には既に歯止めが利かなくなっていたのでした。
と可卿付きの女中の一人が可卿に殉じて頭を打ちつけて死んでしまいました。
【瑞珠【瑞珠】〔ずいしゅ〕
秦可卿付きの女中。頭を柱に打ち付けて、主人に殉じた。】という名のその女中、賈珍は喜んで可卿と同列で弔います。
またもう一人、小女が可卿の義女となり、以後その祭祀をまつりたいと申し出てきました。
【宝珠【宝珠】〔ほうじゅ〕
秦可卿付きの小女。可卿の義女となり、その死後の墓を守った。】という名のその小女、これも賈珍は認めたのでした。
ところがここで困ったのが、可卿が世を去り、尤氏が心労で倒れたことで、寧国邸の奥向きを取り仕切る人間がいなくなってしまったことでした。
賈珍がこのことを漏らしているのを聞いた宝玉、
「良い人材を知っていますよ。」
「それはまた、誰のことだい。是非紹介してくれ。」
その人物こそ誰あろう、王煕鳳その人だったのです。
王、邢二夫人の許しも得た煕鳳は賈珍の依頼を受けて、いよいよ寧国邸に乗り込んで行くことになったのでした。
寧国邸では早速、煕鳳が臨時で奥向きを見ることになった、という噂が来昇によって伝えられていました。
そこへ煕鳳の使いで【彩明【彩明】〔さいめい〕
煕鳳付きの書童。】と来昇の女房が使用人名簿をもらいにやってきます。
どうなることかと戦々恐々の寧国邸使用人一同でしたが、その日は何事もなく過ぎたのでした。
翌朝、煕鳳の命で集められた使用人達はその煕鳳の厳しい仕事ぶりを目の当たりにすることになりました。
なんと備品、人員、仕事を逐一書き付け、それぞれに責任者を決めて厳命するという徹底ぶりだったのです。
とはいえおかげで今までの杜撰な運営が一新され、何事も煕鳳の采配でスムーズに動くようになったのもまた事実でした。
そんな忙しいある日、可卿の出棺に立ち会った煕鳳が涙を止めて仕事に取りかかると、一人女房が遅刻してきました。
ついうたた寝を…、と言うその女房でしたが、ここで許しては他の者に示しがつかぬ、と判断した煕鳳によってむち打たれ、減俸を申しつけられます。
これを見た他の者たち、その煕鳳の容赦ない様子に以後決して侮る態度を取らなくなったのでした。
葬儀のために人の出入りが多くなった栄・寧両邸では、宝玉と秦鐘が窮屈な想いをしていました。
そこで二人して煕鳳の所へ遊びに行くと、煕鳳はちょうど昼食を執っているところで一休みしていました。
喜んで二人を迎え入れた煕鳳が話し相手になっているところに、賈璉と供に出掛けていた【昭児【昭児】〔しょうじ〕
賈璉付きの従僕。】が帰ってきました。
「林の旦那様、ご逝去。賈璉様は黛玉嬢ちゃんとともに棺を送った後、帰宅するとのことです。」
旦那の様子を詳しく聞きたい煕鳳でしたが、他人の目を気にして一旦下がらせてしまいます。
仕事を終えて部屋に戻ると、早速昭児を呼び寄せ賈璉の様子を聞くと供に細々した物を持たせ、結局徹夜で送り出したのでした。
可卿の本葬の日がやってくると、多くの親類、高官が弔問に駆け付けました。
そんな中に四王と呼ばれる郡王の一人、【北静郡王【北静郡王】〔ほくせい・ぐんおう〕
四群王の一人。本名は水溶。親賈家派の人物で若いながら才色兼備。】が自ら足を運んできていました。
慌てて出迎えに向かう賈珍、賈赦、賈政らを押しとどめ悔やみを申す北静王でしたが、賈政の顔を見てふと思い出しました。
「そういえば宝玉をふくんで生まれた方とはどんな方ですか?」
言われて呼ばれた賈宝玉、互いに噂は聞いていた二人でしたが、この日初めて対面することとなったのでした。
初の対面を果たした宝玉と北静王。
特に北静王は大いに宝玉を気に入り、身につけていた数珠まで賜ってしまった宝玉でした。
北静王の様な人物までが来るぐらいの大規模な葬儀ですから、その野辺送りは大変な混雑ぶりでした。
何事か起こしては、と宝玉のことが気になった煕鳳は急いで自分の輿に呼び寄せ、相乗りして先へ進みます。
鉄檻寺に着くと、早速来客を捌きつつ葬儀の式の進行に合わせて使用人達を差配するという仕事が待ち受けていました。
葬儀が終わっても仕事が片付かない煕鳳は、その日はこちらで泊まることにします。
しかし鉄檻寺では男ばかりで到底耐えられない煕鳳、すぐそばの水月庵に宿を求めることにしました。
おおっぴらに外出できて大はしゃぎの宝玉と秦鐘も、煕鳳に呼ばれて水月庵に向かいます。
さてこの水月庵ですが、別名饅頭庵と呼ばれる尼寺。
やってきた煕鳳を主人の【浄虚【浄虚】〔じょうきょ〕
水月庵の主。尼僧。煕鳳に裏工作を依頼する。】が迎えると、宝玉達は遊びに飛び出します。
とそこへ【智能【智能】〔ちのう〕
水月庵の尼僧。浄虚の弟子。秦鐘と姦通する。】がやってきました。
それを見た宝玉、
「ややっ、能ちゃんがくるぞ。」
「何で僕を掴むんですか。」
「しらばっくれちゃ駄目だよ。この前彼女が邸に来たとき、君と彼女は何をしていたんだい?」
逆らえなくなった秦鐘が宝玉に言われるまま彼女に声をかけて三人でふざけあっていると、ちょうど【智善【智善】〔ちぜん〕
水月庵の尼僧。浄虚の弟子。】が呼びに来たのでそれぞれ別れていったのでした。
一息ついた煕鳳が浄虚を話し相手にくつろいでいると、こんな話を持ちかけられてしまいました。
「実は【張金哥【張金哥】〔ちょう・きんか〕
長安県の金持ち・張家の娘。雲家と婚約していたが、府知事の義弟・李の横恋慕をうける。】様というお嬢様がいらっしゃるのですが、彼女が府知事の義弟に見初められて婚約を求められたのでございます。」
「ところがこのお嬢様には既に婚約者がおりまして、親御の方でも板挟みになってしまって困ってしまいます。」
「それを見た婚約者の方が怒ってしまい、役所に訴えてきたのでございます。」
つまりはその婚約者を黙らして、お役人の懇意を取り付けたいというお願いでした。
最初は面倒がった煕鳳でしたが、最後には浄虚に煽てられるがままに引き受けてしまっていたのでした。
秦鐘は智能を探してうろうろしていました。
裏手で仕事をしている智能を見つけた秦鐘、早速戯れかかると側の部屋へ連れ込んで良いことをしようとします。
智能にしても栄国邸に上がるたびに見かける秦鐘を憎からず思っていたので、されるがままに任せていました。
ところが、さぁ、ここからがクライマックスだ!というところに何と邪魔が入ってしまいました。
まさに飛び上がらんほどに驚いた秦鐘が振り向くと、そこにいたのは宝玉、
「これでもしらを切るって言うのかい、君は。」
「お願いですから大声は出さないで下さい~。」
逃げ様のない現場を押さえられてしまった秦鐘でした。
翌朝、史太君から宝玉の様子を訪ねる使者が来ました。
ところがあの宝玉君がそうそう帰るはずもありません。
煕鳳にしても浄虚に頼まれた仕事を処理する時間が欲しかったので、宝玉の事を引き受けると史太君の使者を帰らせてもう一日泊まることにしたのでした。
可卿の野辺送りから帰ってきた宝玉、今まで頼んでいた勉強部屋が完成したとの知らせを受けました。
ところが一緒に勉強するはずの秦鐘が病に倒れてしまい、それどころではなくなってしまいます。
一方煕鳳の方が請け負った縁切り話、親同士は問題なく片付きますが当人同士が承知せず、ついには金哥が首をつり、男は河に身を投げて供に死んでしまいます。
それでも縁切り話は取り持ったからと大金をせしめた煕鳳、これに味を占めて王夫人にも知らせずに裏であくどいことを始めるのでした。
賈政の誕生日がやってきました。
多くの客が集まり、その賑やかさは大変なものになっています。
そこへ宦官長の【夏太監【夏太監】〔か・たいかん〕
宮中の宦官長。傾きかけた賈家に無心を要求し、拍車をかけた。】からのお呼び、と使者がやってきました。
何事かと騒然となりながらも急いで出仕した賈政、それを見送る史太君らは気が気ではありません。
そんな史太君らの元に、賈政が連れていった家人が帰ってきました。
「【元春【賈元春】〔か・げんしゅん〕
宝玉の実姉、賈政・王夫人の娘。秀女として宮中に出仕し、今生陛下の妃となる。】様が陛下の妃の一人に取り立てられました!」
それを聞いた皆は今までの不安が吹き飛び大喜びです。
史太君をはじめ主だったもの達は急いで支度をすると、お礼の挨拶へと参内したのでした。
一方病床の秦鐘の元に、水月庵の智能が見舞いにやってきました。
ところがその密会を秦業に見つかってしまい、智能は追い返され、秦鐘は病身に打擲を受けてしまいます。
しかも老齢に興奮が堪えた秦業がそのまま死んでしまい、看病する者すら失った秦鐘の病は日に日に悪くなっていったのでした。
そんなある日、黛玉が帰ってきました。
皆に土産の書物や道具を配る黛玉に宝玉、
「これ、北静王さまに頂いた有り難い数珠です。あなたにお返しに差し上げます。」
「あら、そんな臭い男の方のものなどいりませんわ。」
と投げ返されてしまい、仕方なく持って帰ったのでした。
やっと帰ってきた賈璉に内心大喜びの煕鳳、急いで迎えると賈璉が居なかった間の話などを始めます。
とそこへ一人のばあやがやってきます。
「実はちょっとお願いがあるんでございます。」
「あら、なにかしら?」
「前から旦那様にお願いしていたんでございますが、内のせがれ二人に何か仕事をあたえてもらえませんでしょうか。」
「あなたの所の息子さんはどちらも立派におなりですし、それはすぐに仕事を見繕わなくてはね。」
頼まれたのをすっかり忘れていた賈璉はばつが悪い。
そこへ賈蓉と賈薔がやってきます。
「今度、元春妃さまのお里帰りのための造園で、仕入れの仕事を請け負ってきました。」
「あら、じゃぁ使って欲しい人間が居るのよ。」
ちょうど良いとばかりに先のばあやの息子を推薦した煕鳳だったのでした。
父が多忙でうるさく言われないので気分の良い宝玉、入り口をうろうろする茗烟を見つけて咎めます。
「実は…、秦鐘様が危篤だそうで…。」
これを聞いた宝玉急いで駆け付けると、既に意識もなく荒い息をついていました。
さて秦鐘、黄泉の世界に足を踏み入れていながら宝玉の声が聞こえた気がして地獄の鬼に嘆願します。
「お願いです、最後に友人に会わせて下さい。」
「その友人とは誰だ。」
「賈家の宝玉君です。」
それを聞いてびっくりした鬼たちは、すぐに秦鐘を一時帰らせます。
意識が戻った秦鐘、
「僕は今までうぬぼれていました。あなたはどうか勉学に務め、身を修めて下さい。」
そう言うととうとう息を引き取ってしまったのでした。
ついに造営が終わった庭園、指揮を執った賈珍が賈政の所へとやってきます。
「別邸が完成しました。賈赦叔父上は既にご覧になったので、ぜひ今度は賈政叔父上がご覧になった上、各所に題を付けてやって下さい。」
「ふむ、私はどうもそういった文は苦手なんだが…。」
と言いながら、取り巻きに流されて出かけることにしました。
秦鐘の死で塞いでいた宝玉を心配した史太君は、特別に庭園で遊ばせることにしました。
そこへやってきた賈珍、宝玉に気が付くと、
「こんな所にいると賈政叔父上が来るぞ。」
ところが時遅し、賈政に捕まってしまいます。
宝玉は題を付けたり対聯を考えるのはうまい、と聞いていた賈政、これを機会と付いてくるよう命じます。
宝玉にしてももう逃げる訳にはいかず、渋々ついて行く事になってしまったのでした。
園内はそれはもうこの世の別天地の様なところでした。
小川のせせらぎに木々のざわめき、幾つもある邸には、それぞれに風情のある装いと、趣のある景色が望めます。
早速賈政が対聯を求めると、宝玉が作ってみせるがあそこが悪い、ここが良くないと怒られる。
ちょっと良くてもつい浅学でありながら一言よけいに喋ってしまい、結局叱られてしまい取り巻きにかばって貰ってしまいます。
こんな事をあっちこっちで繰り返した賈政一行、大観園を堪能すると解散して賈政は書斎にもどります。
書斎に戻ってきた賈政が後ろを見ると、
「何だおまえは!まだうろうろしていたのか!おばあさまが心配するからさっさと帰れ!」
帰って良いと言われなくて付いてきていた宝玉は、やっとの事で飛んで帰っていったのでした。
やっと解放された宝玉を待っていたのは賈政の取り巻き達でした。
「今回私たちの協力で賈政様にも勉強の成果を見せられましたよね。」
「じゃぁ、お金を持ってくるよ。」
「そんなのは良いですよ。それより…。」
あっという間に身につけていた提げ物や飾りを根こそぎ持って行かれてしまった宝玉でした。
賈政に連れて行かれたと聞いて心配していた史太君でしたが、無事帰ってきた宝玉を見て安心します。
ところが取り巻きに飾りを取られたと聞いた黛玉、急に立ち上がって自分の部屋に戻ると作り途中の飾り袋を切り裂いてしまいます。
「あぁっ、なんて事をしちゃうんですか。」
「だってあなた、私のあげた荷包まであげちゃったんでしょ、それならこんな物いらないでしょう。」
「じゃぁこれは何です。私があなたから貰った物まで人にやる物ですか!」
懐奥から取り出した宝玉を見て自分の早とちりを恥じた黛玉、その袋を投げつける宝玉に悔しくなってそれも切ってしまおうとします。
「うわっ、黛ちゃんこれまで切ってしまわなくても良いじゃないですか。」
「あなたがそんな意地悪するからよ。」
「そんな、許して下さいよ。ねっ、また作って下さいね。」
「気が向いたらね。」
何とか仲直りできた二人でした。
そのまま二人で王夫人の所へ行くと、ちょうど宝釵もそこに来ていました。
王夫人の所はもう大変な忙しさ、賈薔や【林之孝【林之孝】〔りん・しこう〕
栄国邸執事頭。紅玉の父。】らとともに元春の里帰りに向けてもう大わらわです。
「実はこの近所に有髪の尼で、【妙玉【妙玉】〔みょうぎょく〕
有髪の尼。良家の子女だが病気がちなため出家した。大観園造営の際に招かれる。】という美しく、教養もある方がいらっしゃいます。」
「そんなたいそうな方なら、早速お呼びしましょうか。」
王夫人はすぐに招聘状を作らせて、その妙玉尼に来て貰うことにしたのでした。
ついに元宵節を迎え元春の帰省の日がやってきました。
皆が見守り出迎える中、きらびやかな輿が幾つも並び、様々な宝物をもった者達がその後に続いています。
元春が輿から園を覗くと、そのあまりの豪勢さに溜息をもらしてしまいます。
(またこんなにお金をかけてしまったのですか…。)
輿から降り、園内を見て回る元春妃、そこここに架けてある対聯、扁額を見ながら宝玉の作と気づき微笑みながら手直ししていきます。
元春と宝玉は年が離れており、賈珠なき後たった二人の同腹の姉弟。
離れていても常に宝玉の身を案じ、身近にいるときは良くしつけ、愛情を注いできた人です。
宝玉の成長を見た元春は、両親との再会と供にまた喜びが増えたのでした。
奥の女性達と対面し、黛玉、宝釵を見て感心した元春、宝玉も呼び寄せて皆で談笑します。
賈政との挨拶も終わり、園内の華美を軽く咎めた元春、正殿につくと早速無礼講で宴を始めます。
「園の名は
・大観園
またそれぞれの楼には、
・瀟湘館
・怡紅院
・蘅蕪院
・澣葛山荘
・大観楼
・綴錦閣
・含芳閣
・蓼風軒
・藕香榭
・紫菱州
・荇葉渚
等という名が良いでしょう。」
と言い、また、
「瀟湘館、蘅蕪院、怡紅院、澣葛山荘の四つは気に入ったので、ぜひ皆で対聯、詩を作って見せて下さいな。宝玉は、この四つに律詩を付けてみなさい。」
とまで申されます。
早速迎春、探春、惜春、李紈、宝釵、黛玉は詩を作りますが、やはりその出来で目を引くのは宝釵と黛玉。
宝玉の方はいきなり四つも作らされて四苦八苦。
宝釵にこっそり手伝って貰い、黛玉に一つ作って貰って何とか乗り切りますが、黛玉の作った一首が元春に気に入られ、澣葛山荘が稲香村と改名してしまうほど。
その後、元春は賈薔の連れてきた役者たちで芝居を見た後、御下賜品を確認し皆に配られ、呼びに来た太監に連れられて後ろ髪引かれる思いをしながらついに帰っていってしまったのでした。
元春の帰省は終わりましたが、今度はその後の始末が待っていました。
そんな中特にすることのない宝玉、元春妃からクリーム菓子が送られてきたのを見て、
(襲人が好きだったからとっておいて帰ってきたら彼女に食べさせてあげよう。)
と考え避けておくように命じておきます。
襲人は今朝親が来て実家に戻ってしまい、する事がない宝玉は賈珍に呼ばれて寧国邸に芝居見物に行くことにしました。
ところが芝居があまり面白くない宝玉は、茗烟を探して邸をうろうろし始めます。
と茗烟を見つけた宝玉、茗烟が女中と居るところにバッタリ。
女中を下がらせて遊びに出掛ける話を相談すると、襲人の実家に行こうということになってしまったのでした。
突然の宝玉の訪問にびっくりした襲人の家族は、急いで支度をすると宝玉を屋内に導き入れます。
母や従姉妹、姪達がくつろいでいるところに突然やってきた宝玉にびっくりした襲人が、どうしたのかと尋ねると、
「落ち着かないんで遊びに来たんだ。」
「茗烟の他には誰が一緒に?」
「えへへっ、誰も知らないんだ。」
「なんて事してるのあんたは!」
「言い出しっぺは宝玉さまですよ。」
とにかく万事心得た襲人、宝玉の世話は自分がするからと母や兄の【花自芳【花自芳】〔か・じほう〕
襲人の兄。栄国邸の使用人。】を押しとどめてお茶や果物を差し出して相手をしますが、そんな襲人の目が赤らんでるのを見た宝玉、
「ねぇどうしたの、目が赤いけど泣いていたのかい。」
宝玉の指摘に慌てて取り繕う襲人、芝居見物のことや通霊宝玉の話でごまかして、寧国邸へと帰らせたのでした。
宝玉が出掛けた後の部屋では、女中達が遊んでいました。
そんな中引退した李ばあやがやって来ますが誰も相手にしません。
ふと部屋の隅に取ってあるクリーム菓子を見つけた李ばあや、宝玉が襲人用にとっておいていると聞いても、
「乳母と一女中のどっちが大切か。」
と息巻いて食べてしまい、悪びれもせず帰っていったのでした。
帰ってきた宝玉、李ばあやが来たという話を聞き流すと、遅れて帰ってきた襲人に早速クリーム菓子を食べさせようと探します。
何処にあるかと聞かれた女中が、
「李ばあやが食べちゃいました。」
と答えてしまい、まずいと思った襲人、
「あら、私にとっておいて下さったんですか?でも私は干し栗の方が食べたいですわ。」
これを聞いて自分で剥いて食べさせてあげる宝玉、ふと思い出して襲人の家にいた女の子達の事を訊ねます。
「あの子達は従姉妹や姪達ですが、今度私がやっと戻ると思ったらあの子達が嫁入りで出ていってしまうなんて。」
「戻るってどういうことなんだ。」
「母と兄が私を買い戻してくれるそうです。」
「やだよ、僕が引き留めれば残ってくれるだろ?」
「あら、こんな大家でそんな事したら親子の縁を邪魔すると笑い物になりますわ。」
襲人の言葉を聞いて絶望した宝玉は、ふてくされるとそのまま寝床に入ってしまったのでした。
さて実は襲人、実家に帰るつもりはありませんでした。
その話が出たときも泣いて宝玉に尽くすことを訴え、それならと母達が諦めたときに宝玉がやってきたのです。
その宝玉と襲人の睦まじい様子を見た家族は、これならと買い戻すことをきっぱり諦めたのでした。
ではなぜこんな事をしたのか。
ここで宝玉の我が儘に釘を刺すために一計を案じたのです。
襲人が覗き込むと泣いていた宝玉、
「そんなに居て欲しいなら、私のお願いを聞いて下さいますか?」
「うん、どんなことだって聞くさ。」
まんまとはまった宝玉、全て二つ返事で引き受けてしまったのでした。
次の日、襲人は具合が悪く医者に診てもらっていました。
宝玉が黛玉の所へ遊びに行くと女中達が見あたらず、黛玉が一人で寝ています。
一緒に寝転がりながらふと何かの香りに気が付いた宝玉が尋ねると、
「私が香など焚きしめるわけないじゃないの。」
「でも良い匂いがしますよ。」
「それは薬のにおいでしょう。」
そのままふざけあっていると急に思いついた宝玉、作り話を始めました。
最初は大人しく聞いていた黛玉ですが自分が当てこすられていると気づいて怒りだしてしまいます。
しかもそこへ宝釵が遊びに来て黛玉へ加勢されてしまった宝玉、二人していい加減さを責められてしまったのでした。
宝玉が黛玉、宝釵とふざけあっている所に、突然自分の部屋から悲鳴と叫び声が聞こえてきました。
「あれは李ばあやの声みたいね、きっと襲人に当たり散らしてるのだわ。」
走っていこうとする宝玉を宝釵が止めますが、襲人の事となるとそうそう止まりません。
李ばあやは自分がやってきても起きなかった襲人を口汚く罵っていました。
宥めようと下手に出る襲人、宝玉を誑かしていると言い募る李ばあやの言葉に悔しくてたまりません。
駆け付けた宝玉がかばっても、それは宝玉が誑かされているからだとよけいに罵ります。
黛玉、宝釵も来ますが落ち着かず、ついに何事かとやってきた煕鳳がばあやを連れていってくれたので何とか収まったのでした。
どうしてこんな事になったのかと尋ねる宝玉ですが、襲人は人一倍宝玉に大切にされている女中ですから肩身も狭い。
晴雯に皮肉られ、とにかく襲人につきっきりの看病をすることにしたのでした。
夕食の時間になり、史太君の所へ出掛けた宝玉が帰ってくるとみんな遊びに出かけてしまい、一人麝月だけが留守番をしていました。
自分が留守番するから遊んでおいでと言っても残る麝月に感心した宝玉、麝月の髪を梳いてあげます。
そこへ帰ってきた晴雯、麝月と宝玉の様子を見て皮肉を言って一旦は出て行きますが、
「晴雯が一番の口達者だね。」
と宝玉が言ったのを聞き逃さず、すぐに戻ってきてまた一言いって出ていってしまいました。
その日は宝玉、襲人が大丈夫なのをみて、麝月に世話して貰いながら眠りについたのでした。
襲人の様子も次の日にはずいぶん良くなっており、安心した宝玉は薛未亡人の所へ遊びに行きました。
ちょうどそのころ宝釵、香菱、鶯児の三人が双六をしているところへ【賈環【賈環】〔か・かん〕
賈政・趙氏の息子。探春の弟。性根が悪く親子共々碌な事をしない。】がやってきて加わりますが、賈環が賽子の目を偽り、鶯児から金を巻き上げてしまいます。
怒った鶯児、宝釵に止められましたがこらえきれず宝玉と比べて罵ってしまいます。
しかも間の悪いことにちょうどその時に遊びにやってきた宝玉、
「何を泣いているんだい。ここが嫌なら別の所で遊べばいいじゃないか。」
そう言われてすごすご帰っていった賈環ですが母の【趙氏【趙氏】〔ちょう・し〕
賈政の第二夫人で探春・賈環の母。性根が悪く親子共々碌な事をしない。】に泣いている理由を聞かれ、
「宝釵の所で遊んでいたら鶯児に馬鹿にされ、宝玉に追い出された。」
と言います。
それを聞いた趙氏が怒鳴りつけますが、そこへちょうど通りかかった煕鳳、
「妾が仮にも主人の子供を怒鳴りつけるとは何事か!」
と逆に怒鳴りつけ、賈環を連れだし理由を聞くとあまりの賈環の狭量さにあきれかえるばかり。
【豊児【豊児】〔ほうじ〕
煕鳳付きの小女中。】に金を持ってこさせると、
「二度とそんな事をしたら、ただじゃおかないから覚えときなさい!」
と言って追い払い、賈環も今度は迎春達の所へと遊びに行ったのでした。
さて宝玉や宝釵達が遊んでいると、史家の【湘雲【史湘雲】〔し・しょううん〕
史家の娘で史太君の外孫。金麒麟の首飾りをもつ。】が遊びに来たとのこと。
さっそく史太君の所へ行くと既に黛玉が来ていました。
「私がせっかく遊びに来たのにどこにいらしたの?」
「宝釵姉様の所からですよ。」
「ほらね、やっぱりそうでしたのね。」
「黛ちゃん、なにもそんな言い方しなくてもいいじゃないですか。」
一人拗ねて黛玉が泣いていると、宝玉がやってきて、
「あなたとの付き合いは宝釵姉さんより長いのですから、宝釵姉さんにかまけてあなたをおろそかにしたりなんてしませんよ。」
黛玉もまた言い返して仲直りしますが、そこに湘雲が呼びかけながらやってきます。
黛玉は湘雲の舌っ足らずな言い回しを皮肉りますが、じゃあ宝釵の粗を探してごらんと返され、
「あんな立派な姉さんの粗なんか、どこを探しても見つかりゃしませんよ。」
二人で笑いあうと、逃げたり追い回したりとふざけあったのでした。