賢き襲人 嬌嗔もて宝玉を諌め 俏き平児 軟語もて賈璉を救う

 夕食を済ませると、湘雲は黛玉の部屋に泊まることになりました。
 翌朝起きると急いで黛玉の部屋へと向かった宝玉、見ると黛玉は行儀良く寝ているのに湘雲の寝相といったら…。
 見かねた宝玉が蒲団を直してあげていると黛玉が目を覚まし、湘雲を起こすと紫鵑、【翠縷【翠縷】〔すいる〕
史湘雲付きの女中。
】に手伝って貰って身支度を始めました。
 自分もついでだ、と湘雲に手伝って貰って一緒に身支度を済ませる宝玉、湘雲に髪を結って貰いながらそっと化粧箱から紅入れを…、

「こらっ、まったくそのくせ全然直ってらっしゃらないのね。」

せっかく舐めようと思ったのに見つかってしまったのでした。

 宝玉を捜しに来ていた襲人は、このやり取りを見てしまっていました。
 自分の部屋に戻って溜息をついていると、宝釵が宝玉を捜して遊びにやってきます。

「宝玉さんはいらっしゃいますか。」
「あの方が自分の部屋でそう大人しくなどしていませんよ。姉妹方と騒ぐのも程々にしてこちらの言うことを聞いてくれれば…。」
(おや、この女中は他の者と違って相当な見識があるみたいね…。)

 襲人に興味が湧いた宝釵は、宝玉探しをやめて襲人と話し込むと帰っていったのでした。

 自分と入れ替わりで帰ってしまった宝釵を見た宝玉は、襲人・麝月に話しかけますが相手にして貰えません。
 悔しくなった宝玉が部屋に籠もって襲人と麝月を追い出してしまったので、仕方なく二人の小女が宝玉の部屋で面倒を見る事になったのでした。

 さて宝玉が部屋に籠もっていると、二人の小女がやってきました。
 年上の方を見るとなかなかの器量好しだったので、

「名前は何ていうの。」
「前は芸香でしたが、襲人姉さんに惠香と付けて貰いました。」
「何だか大仰な名だな、兄弟順は?」
「四番目です。」
「じゃ今日から【四児【四児】〔しじ〕
宝玉付きの小女。宝玉と誕生日が同じ。
】としな。」

 このことで四児は宝玉に目をかけられたと気付いたのでした。

 皆の態度に悔しくなった宝玉は「荘子」を読みながら、

(こんなことなら襲人も麝月も、宝釵姉さんも黛ちゃんも、みんな死んでしまったと諦めてしまえばいいんだ。)

と考えるとすらすらと一句詩を書いて本に挟み込んで出掛けたのでした。

 史太君の所では、煕鳳の娘、【大姐児【大姐児(賈巧姐)】〔だいそじ(か・こうそ)〕
煕鳳・賈璉の娘。後に巧姐児と改名する。
】が病にかかったと大わらわでした。
 快癒祈願として賈璉が表書斎に引っ越して煕鳳と部屋を分けたり大忙しです。
 煕鳳の目が届かないと羽を伸ばす賈璉、使用人の嫁を部屋に引き込んで昼に夜にと枕をともにします。

 大姐児の病も治り、賈璉の引っ越しを手伝っていた平児は枕の下から女の髪の毛を見つけてしまいました。

「あっ、こら返せ!」
「あら何よ、せっかく奥様には黙っていようと思ったに、言っちゃおうかしら。」
「あぁあぁ、お願いだからそれだけはやめて。」

そこへやってきた煕鳳、

「無くなったものとか、ないかい。」
「ええ、大丈夫ですわ。」
「じゃぁ増えたものはないかい。指輪とか香袋とか髪とか爪とかねぇ。」

この言葉に青くなった賈璉ですが、平児が黙っていてくれたので煕鳳は外へ行ってしまいました。

「旦那様、これで私には何をして下さるのかしら。それまでこれは預かっておきますよ。」
「良いとも良いとも、そうだなぁ…。」

と平児を油断させると、賈璉はさっと髪を奪い取ってしまいました。
 取り返そうと必死で追いかけ回る平児、

「ひどいっ、何よ人でなし。もう何か困ったことがあっても、絶対奥様の前で助けて何てあげませんからね!」

 逆に賈璉が抱きついてきたので慌てた平児、急いで部屋の外に逃げ出します。
 それを遠くから見ていた煕鳳、

「平児、何をそんなに暴れてるの。部屋に入っていれば良いでしょう。」
「奥様までもう…、二人とも何かあっても取り繕ったりしませんから!」

 煕鳳は平児が何を怒っているのか分からず、賈璉と二人で笑いながら、帰っていく平児を見送ったのでした。

 

宝玉 曲文を聞きて禅機を悟り 賈政 燈謎を作りて讖語を悲しむ

 宝釵がやってきた当初よりその落ち着いた仕草や深い知識を可愛らしく思っていた史太君、この度は宝釵の誕生日ということで宴会を開いてお祝いしようと考えました。
 史太君が宝釵に好みを尋ねると、自分の好みよりも史太君の好みを優先する宝釵に一層愛おしさを感じます。
 帰る予定でいた湘雲も引き留められると準備は進んでいったのでした。

 当日の朝のこと、黛玉が来ていないのを見た宝玉は急いで呼びに行きます。

「さぁ黛ちゃん、芝居を見に行きましょうよ。僕が見たい物を頼んであげますよ。」
「あら、人の芝居で恩を売ろうなんて、嫌な人ね。それなら私のためだけにあなた芝居を呼んで下さいな。」
「それくらいお安いご用ですよ、でもほらお祝いですから行きましょう。」

 皆が揃うと、主賓の宝釵から芝居を注文していきます。
 何度も同じ様な物を注文する宝釵を見て不思議に思った宝玉、

「どうしてそんな騒がしいものばかり注文するんですか?僕は好きじゃないなぁ。」
「あら、これの良さが分からないんですか。これには有名な一節がうまく使われているんですよ。」
「えっ、そうなんですか。姉さんそれ教えて下さいよ。」

 仕方なく宝釵が教えてあげると大喜びの宝玉、あまりに騒がしくて黛玉がからかい、それを聞いた湘雲に笑われてしまったのでした。

 芝居が終わって史太君が役者を呼んで褒美をあげていると、突然煕鳳が声を上げました。

「おや、あの役者さん、誰かに似てますよねぇ。」

 気付いた宝釵はくすっと笑うと何も言わず、宝玉も黙っていましたが、湘雲が口に出してしまいました。

「あっ、黛玉姉さんにそっくりですわ。」

 宝玉が急いで目配せしましたが間に合わず、皆が改めて役者と黛玉を見比べて大笑いしてしまったのでした。
 自分の部屋に帰ってきた湘雲、翠縷に命じると帰り支度を始めました。
 急いで追ってきた宝玉でしたが湘雲には避けられ、入れ違いにやってきた黛玉には泣かれてしまいさんざんな目にあってしまったのでした。

 帰って来るなりさっさと部屋に籠もってしまった宝玉は、芝居の時に宝釵から聞いた一節から悟りを開こうと心のわだかまりを紙に書き付けて寝てしまいました。
 次の日、あまりにあっさり帰ってしまった宝玉に心配した黛玉が様子を見に行くと、襲人がなにやら紙を持って来ます。
 見ると宝玉が書いた悟りを開いて出家しようという一文。
 おかしくもあり悲しくもなった黛玉は、急いで持って帰ると湘雲、宝釵に見せました。

「何て事でしょう、私が昨日あんな一節を教えてしまったばかりにこんな考えを起こすなんて。捨ててしまいましょう。」
「ちょっと待って下さいな。こんなバカな考えは、私が禅問答を申し込んで論破して吹き飛ばしちゃいますわ。」

 三人で宝玉の部屋に乗り込んで行くなりいきなり問答をふっかける黛玉、…答えられない宝玉。
 黛玉の解答に宝釵が出典まであげて解説を付けると、

(二人とも僕なんかより優れた知識を持っているのに悟りには達していない。それなのにこんな僕が悟りを開くなんてバカな考えだった。)

と考え、

「あぁ、あれはほんの冗談ですよ。ただの遊びですってば。」

といってまた四人仲良く笑いあったのでした。

 その頃史太君の元に、元春妃からの燈謎が贈られていました。
 子弟達に答案と、それぞれ一つ問題を作るようにとのこと。
 宝釵は一目見て分かりましたが敢えて考える振りをし、宝玉、黛玉、湘雲、探春もそれぞれ分かって答えを書き込みます。
 皆の答えと作った問題が持ち帰られてしばらくすると、元春妃からの返事が返ってきました。

「みな良くできていました。ただ、迎春と賈環が間違っていました。それと作って貰った問題ですが、賈環のだけが意味が通じなく分からないとのことです。」

 賈環の答えを聞いた一同はその拙さに大笑いしましたが、使者は急いで報告に帰って行ったのでした。

 元春妃が喜んでいると知った史太君は、皆に謎を作らせて屏風に書き付けることにしました。
 そこへ仕事から帰ってきた賈政が史太君の元にご機嫌伺いに上がりますが、賈政の登場でみな急に静かになってしまいます。
 賈政の存在が皆には息苦しいと気付いた史太君、

「もう良いから下がって休みなさい。」
「いや、元春妃から燈謎が来たと聞いて私も参加させて貰おうと思ったのですが。」
「お前がいると皆が笑うこともできん。わしも鬱陶しいから、謎解きがやりたいなら早くやってしまいなさい。」

 と言って賈政に一つ問題を出しました。
 すぐに答えが分かった賈政でしたが、わざと何度も間違えて史太君を喜ばせます。
 では、と今度は賈政が問題を出すと、史太君が考えている間にそっと宝玉を呼んで答えを教え、史太君に耳打ちさせるとまたも史太君は大喜び。
 さっき作った屏風を持ってこさせると、賈政に一つ一つ考えさせることにしました。
 次々と答えていく賈政ですが、答えていく事にその解答の不吉さに気が滅入ってしまいます。
 それを見て仕事の疲れがでたのだろうと思った史太君は、今度こそ本当に賈政を下がらせたのでした。

 賈政が消えた途端に宝玉が騒ぎ始めました。

「これは、ここの部分が良くないね。これはここをこうしたらどうだろう。」
「まぁ、騒ぎ立てて。ちゃんとさっきみたいに座って話した方が行儀がいいですわ。」
「あら、急に元気になって、これは賈政様にひとつ宿題を出していただいた方が良かったわね。」

これを聞いて慌てた宝玉、それだけは許して下さいと煕鳳にすがったのでした。

 

西廂記の妙詞 戯語に通じ 牡丹亭の艶曲 芳心を警む

 元春妃が帰った後の大観園では、女中や尼達が不要になってしまいました。
 そこで暇を出そうと思っていた王夫人でしたが、煕鳳に止められて鉄檻寺に置いておくことにします。
 実は煕鳳、【賈芹【賈芹】〔か・きん〕
賈家の親族の一人。鉄檻寺の女中・尼を管理する。
】の母から仕事を廻してくれと頼まれていたので、ここで仕事を確保したのでした。

 さて元春妃、自分が使わない間の大観園を遊ばせていては勿体ない、詩才ある姉妹たちや宝玉に使わせることで才能を伸ばそうと考えます。
 連絡を受けた賈政・王夫人はすぐに手配を始めますが、史太君から聞いた宝玉は大喜び。
 ところがそこへ賈政からのお呼びがかかってしまい、びくびくしながら賈政の部屋へと向かったのでした。

 宝玉が部屋に入ると、そこにはすでに迎・探・惜春と賈環が座っていました。
 入ってきた宝玉を見た賈政、その貴公子然とした様子に改めて感じ入るとともに、賈環の卑屈で貧相な様に落胆してしまいます。
 これからはもう少し優しく接しようかと考えていた賈政でしたが、王夫人と宝玉の会話から襲人などという俗話から付けた名を聞いて結局は怒りを発してしまったのでした。

 宝玉が史太君の部屋に戻ると黛玉が来ていました。
 二人で何処の邸を貰おうかと相談していると、引っ越しの日取りが決まり、皆の部屋割りも決定したのでした。

 【怡紅院【怡紅院】〔いこういん〕
大観園内の庭園の一つ。宝玉が使用する。
】への引っ越しも済んで毎日女の子達と一緒に遊び回る宝玉でしたが、さすがに少々飽きて来てしまいました。
 それを見た茗烟、宝玉では手に入れられないような歴代の美女達の話が書かれた本を街でたくさん仕入れてきて見せてあげます。
 大喜びの宝玉、茗烟の園内には持ち込むなとの警告を無視して部屋に持ち帰ると、一人何度も読みふけっていました。

 ある朝外でその中の一冊「西廂記」を読んでいると、風に吹かれて花びらが舞い散ってきました。
 踏みにじられては可哀想だと思った宝玉は、花びらを掻き集めると池に流してあげます。
 と戻って来たところに黛玉が来てしまいました。
 咄嗟に本を隠す宝玉ですが隠しきれず、仕方なく黛玉にも見せてあげます。
 そのあまりの面白さに時間も忘れて読みふける黛玉、一気に読み切ってしまったのでした。

 二人で感想などを言い合っている所に襲人が呼びに来てしまい、宝玉だけ先に帰ってしまいました。
 後に残された黛玉でしたが、帰り際に子供芝居の稽古の歌を何気なしに聞いてしまいます。
 と急に胸を突かれたような気持ちになった黛玉、思わず涙がこぼれるとその場に立ち尽くしてしまったのでした。

 

酔金剛 金銭を軽んじて義侠を尚び 癡女児 手巾を落として相思を招く

 襲人に連れられて部屋に戻った宝玉、何でも賈赦のお見舞いとのことで史太君の所から【鴛鴦【鴛鴦】〔えんおう〕
史太君付き筆頭女中。姓は金で両親とも賈家の使用人。
】が迎えに来ていました。
 支度を済ませて出掛けようとしたところにばったり賈璉と会った宝玉、挨拶をしていると後ろにもう一人いるのに気が付きます。
 それが【賈芸【賈芸】〔か・うん〕
賈家の親族の一人。大観園内の造園を受け持つ。
】だと知った宝玉、その姿・振る舞いを見て気に入って、

「ずいぶんと男前になってまるで僕の息子みたいだ。明日にでも僕の書斎においでよ。」

と声をかけると出掛けていったのでした。

 賈赦に会ってみると軽い風邪とのことで、安心した宝玉は邢夫人に挨拶に向かいます。
 同席した賈環・蘭でしたが、宝玉だけ特別扱いなのが気に入らない賈環は、賈蘭を道連れに先に帰ってしまいます。
 その後宝玉は姉妹らと夕食を済ませると、自分の部屋へと帰っていったのでした。

 賈璉に仕事の斡旋を頼んでいた賈芸、煕鳳に取られたと聞いて仕方なく帰ることにします。
 と途中で良いことを思いついた賈芸は、叔父の家で金を借りて煕鳳に贈り物をしようと考えました。
 ところがなんだかんだと渋られて金を借りることが出来ず、しかも帰り際に酔っぱらいとぶつかってしまいます。
 いきなり胸ぐらを捕まれてびっくりした賈芸ですが、良く見ると近所に住む【倪二【倪二】〔げいじ〕
賈芸の近所に住む金貸し。
】。
 向こうも気付いてどうしたのかと尋ねてくるので、渋々事情を話すといきなり大金を貸してくれたのでした。

 突然の事に驚きつつも喜んだ賈芸、次の日には香料などを揃えて煕鳳を訪問しました。
 賈芸を迎えた煕鳳、贈り物とお世辞に気をよくして賈璉に頼まれて見つけておいた仕事の話を教えようとしますが、思い直してその場は打ち切ってしまいます。
 賈芸にしても自分から切り出すわけにも行かず、退出すると宝玉に昨日呼ばれていたことを思い出して書斎へと向かいました。

 書斎で待たされる賈芸でしたが、待っても待っても宝玉は来ません。
 それもそのはず、宝玉は愛想のつもりで言ったので覚えていなかったのです。

 次の日もやってきた賈芸ですが、丁度煕鳳とばったり会って仕事を廻して貰います。
 喜んで彩明から金を受け取って手配を始めると、倪二に借りた金もちゃんと返して仕事に取りかかったのでした。

 さて宝玉が帰って来ると、部屋には誰もいませんでした。
 仕方なく自分でお茶を入れようとしたところに一人の小女がやってきます。
 器量好しなのに知らない小女を見て宝玉が首を傾げていると、【秋紋【秋紋】〔しゅうもん〕
宝玉付きの女中。
】と【碧痕【碧痕】〔へきこん〕
宝玉付きの女中。
】が帰ってきて小女の分際で勝手に部屋に上がっているのを見て呼びつけます。

「ちょっと【小紅【小紅(林紅玉)】〔しょうこう(りん・こうぎょく)〕
宝玉付きの小女。林之孝の娘。のちの煕鳳付きに変更。本名は紅玉。
】、さっき用があるからと水汲みを断ったのは、こうやって若様に取り入るためだったのかい。」
「違います、ハンカチをなくしてしまって探していたところに、若様が一人でお茶を用意していたので入っただけです。」

と言っているところにばあやがやってきました。
 何でも明日から造園で人が入るから外に出るときは気を付けるようにとのことでした。

 せっかく宝玉と親しくなれるチャンスだったのに、秋紋らにさんざんに罵られて気落ちしていた小紅。
 寝付けずに寝返りを打っていると外から声が聞こえてきます。

「小紅さん、あなたのハンカチがここにありますよ。」

 誰かと思えば何と賈芸。
 小紅が何処で拾ったのかと尋ねながら近づくと、急に手首を捕まれ躓いて転んでしまったのでした。

 

魘魔の法にて嫂とともに五鬼に逢い 紅楼の夢にて通霊宝玉 二仙に逢う

 倒れたと思った瞬間目が覚めた小紅、自分が今まで夢を見ていたことに気が付きます。
 そんなこんなで結局ほとんど眠れずに朝が来てしまったのでした。

 宝玉の方でも小紅を見て是非そばで使いたいと思っていましたが、そう勝手に振る舞うと襲人らに対して気まずくなってしまうので控えていたのでした。

 朝の掃除をしていると、小紅は襲人に頼まれて【瀟湘館【瀟湘館】〔しょうしょうかん〕
大観園内の庭園の一つ。黛玉が使用する。
】へ向かいます。
 遠くの造園の幕を見つけると、賈芸の姿を求めてつい足が鈍る小紅でした。

 あくる日、王子騰夫人の誕生祝いで薛未亡人は煕鳳や宝玉を連れて出掛けました。
 王夫人は欠席の代わりに写経を送ろうと思い、賈環に写経を始めるように命じます。
 早速始める賈環、やれ【彩霞【彩霞】〔さいか〕
王夫人付きの女中。数少ない親賈環派。
】にはお茶出せとか、【玉釧児【玉釧児】〔ぎょくせんじ〕
王夫人付きの女中。金釧児の妹。
】には香油を焚けとか、金釧児には火の側に立つなとか…。
 鬱陶しく感じた王夫人付きの女中達は、誰も相手にしようとしません。
 ところが一人、何故か賈環と気があった彩霞がこっそり注意してあげますが聞く耳持たない賈環。
 そこへ宝玉が王子騰のところから帰ってきました。

 宝玉が酔っているのを見た王夫人は、彩霞に命じて介抱させます。
 そこで彩霞に戯れる宝玉を見た賈環、むらむらと妬意が湧いてきてついに凶行に及んでしまいました。

 突然宝玉に倒れかかる、熱い油がなみなみと入った燭台。
 あまりのことに声も出ない王夫人、側にいた煕鳳も急いで宝玉を抱き上げると介抱します。
 急に呼びつけられて賈環とともに王夫人から叱りつけられた趙氏。
 常日頃から煕鳳・宝玉に対して含むものを持っていましたが、さすがに賈環がしでかしたことに言い返せず黙って頭を下げるしかなかったのでした。

 ご機嫌伺いにやってきた【馬道婆【馬道婆】〔ば・どうしゃ〕
宝玉の名付けも行った道婆。祈祷・呪詛を行う。
】、宝玉の怪我を聞いてびっくりすると、

「高い身分の方には生まれながらに小鬼が付いているので、きちんと功徳を積んだ方がよい。」

と言い、史太君はお布施の約束をすると祈祷を依頼したのでした。

 了解して帰っていく馬道婆、途中で趙氏に会ったので話しかけました。
 煕鳳と宝玉に対する勝手な恨み辛みを言い募る趙氏に同調する馬道婆は、金に目がくらんで呪詛を引き受けてしまったのでした。

 宝玉の火傷を心配した黛玉は、こまめに見舞いに行っていました。
 その日は皆も怡紅院に集まっていましたが、王夫人から呼ばれて黛玉と宝玉を残して出ていってしまいます。
 袖を掴んでにこにこしている宝玉を見て恥ずかしくなった黛玉が袖を振り払うと、急に宝玉が頭を抱えて苦しみ始めてしまいました。
 最初はいつものようにふざけていると思っていた黛玉ですが、その苦しみ方が尋常でないと気が付いて急いで人を呼びます。

 驚いた史太君・王夫人らがおろおろしていると、今度は煕鳳が刀を持って狂ったように暴れているとのこと。
 何とか煕鳳を取り押さえはしたものの、二人とも息も絶え絶えの様子。
 他家の者も心配して祈祷師などを紹介してくれますが一向に効果が現れず、心配の余り史太君も倒れ込まんばかり。
 その様子をみた趙氏は、

「この様子ではもうダメでしょう。いっその事早く葬送の支度をして苦しみから解放してあげた方が…。」
「貴様に何故ダメだと分かる!のぼせるな、お前らが父親を唆して、いたぶらせたからこうなったのだ!」

周りのあきらめムードを敏感に感じ取った史太君が暴れていると、外から念仏を唱える声が聞こえてきました。
 どんな病でも治してみせるというふれこみに敏感に反応した史太君と王夫人が呼び入れると、その僧は通霊宝玉の存在を示唆します。
 持ってきた通霊宝玉をかざすと、見る見るうちに二人の容態が快方に向かっていきます。
 皆が僧にお礼をしようと思っていると、いつの間にか消えてしまっていたのでした。

 外で待っていた黛玉たちは、宝玉と煕鳳がともに落ち着いて粥をすすったと聞くと、一様に安堵の息を吐きました。
 中でも一番に念仏を唱えた黛玉を見た宝釵は、

「仏様も大変だわ。説教に済度、今度のお祓いが済んだと思ったら黛玉さんの縁組みまで頼まれちゃって。」
「何て人が悪いんでしょ。何で鳳姉さんの減らず口ばかり見習うのかしら。」

 最近皆が宝玉との婚姻をほのめかす様なことを言ってからかうので、黛玉は顔を赤らめて出ていってしまったのでした。

 

蜂腰橋にて言を設けて心事を伝え 瀟湘館にて春に倦んで幽情を発す

 さて宝玉、病気も治って怡紅院に戻りました。
 一方小女の小紅、宝玉の看病で大わらわな中で賈芸の事が気になってしかたありませんでした。
 賈芸の方も小紅のことが気になっているらしく、時々目が合ったりします。

 そんなある日、小紅が小用で出かけたとき、別の小女に連れられてやってくる賈芸と出会いました。でも自分の方にも用事があったので、あまり長く話し込むわけにもいかずすぐに分かれてしまいました。

 怡紅院へ連れてこられた賈芸、先日来の事で宝玉に謝られ、世間話をして出てきました。
 賈芸が帰る途中小女に自分がハンカチを拾っているというと、小紅が探していた、というので小女に渡しよろしく伝えて貰うことにしたのでした。

 賈芸が帰った後の宝玉、暇だったので散歩に出かけました。と瀟湘館へ行くと黛玉が物憂げにしています。
 話しかけて遊んでいると、急に襲人が呼びに来ました。なんと賈政が呼んでいるとのこと。
 急いで支度をし、茗烟と出かけるとそこには薛蟠が。
 どうも宝玉に用があったらしく茗烟と図って、賈政の名をかたったとのこと。
 一応やめてくれと釘を刺しておきますが、聞く薛蟠ではありません。でどうも献上品が余っているので一緒に食べようと誘いに来たらしい。
 薛蟠の部屋へ行くと、既に賈家の太鼓持ちたちが集まっていました。
 酒と料理に打ち興じていると、そこへ馮紫英がやってきました。当然引き留めて楽しもうとしましたが、どうしてもはずせない用事があるとの事で、次の機会を約して帰ってしまいました。

 楽しんで帰ってきた宝玉ですが、楽しくなかったのは襲人の方。賈政に呼ばれてなかなか帰って来ない宝玉を心配して気が気じゃなかったというのに見れば酒を飲んで上機嫌。襲人も嫌になってしまいます。

 そこへ宝釵が遊びに来ました。
 宝玉が食べたものは薛家に贈られてきたものですから、当然宝釵も知っています。宝釵の方は食べていませんでしたが、そのまま二人で仲良く話し込んでいきました。

 一方黛玉も、自分の部屋に遊びに来ているときに宝玉が呼ばれて、帰っていないと聞いていたものですから、心配して様子を見に来ました。

 ところで晴雯、その日は碧痕と喧嘩をしていて虫の居所が悪くなっていました。
 そこへ宝釵が遊びに来たので、

「お嬢さん方が遊びに来ると忙しくて、まったく夜も早く休めやしないね!」

と思っていました。
 そんなところに黛玉がやってきたのですから、晴雯も誰かも確かめずに呼ばれても扉を開けません。
 黛玉が耳を澄ますと、中から宝玉と宝釵が楽しそうに話している声が聞こえます。
 自分の天涯孤独の身を省み、また今朝少し宝玉と喧嘩していたことを思い出して、また黛玉一人悲しみに暮れていました。

 黛玉がそんなことを考え、打ちひしがれていると、急に扉が開きました。
 一体誰が出てきて、何が起こるのか。

 

楊妃 滴翠亭にて彩蝶に戯れ 飛燕 埋香塚にて残紅に泣く

 黛玉が怡紅院の門の前で一人悲しんでいると、扉が開きだしました。
 中からは宝釵、宝玉、襲人が出てきています。黛玉は出ていって宝玉をとっちめようかと思いましたが、あまり人前で男の子を懲らしめてはかわいそうだと思い直し一人寂しく瀟湘館へと帰ることにしたのでした。

 さて瀟湘館で黛玉を迎えた雪雁、紫鵑らは、黛玉がいつも何かに憂えて涙を流すことが多いものだったので、その日も主人の黛玉が涙顔で帰ってきても皆全然気にしなかったのでした。

 次の日は、散り行く花々を惜しむ祭りの日でした。
 宝釵、迎春、探春、惜春、李紈、煕鳳らは大姐児、香菱らとともに祭りを祝って楽しんでいましたが、黛玉が現れません。
 宝釵が瀟湘館へと迎えに行きますと、宝玉が邸へと入っていくのが見えました。

「今私が入っていくのはまずいわね。」

ともと来た道を戻ろうとしますと目の前を蝶がひらひら。興が入った宝釵、扇子で打ち落とそうと滴翠亭まで追い回してやって来てしまいました。
 と耳を澄ますとなにやら話し声が聞こえます。

「ほら、あなたのハンカチですよ。何かお礼を下さいな。それと拾ってくれた賈芸さんにもね。」

「ええ、いいですとも。じゃあ賈芸さんにはそのハンカチをそのままあげて下さいな。」

聞いてしまった宝釵はびっくり。声から宝玉の所の小紅だと気が付きます。

「こんな話をしてるのがばれたら大変、窓を開けておいて何気ない風を装わないと。」

小紅がそんなことを言っているのを聞いた宝釵、自分が今の話を聞いてしまったのを知られたら何を言われるかわからないと思い一計を案じました。

「がさがさっ、黛ちゃん、隠れたって無駄ですよ!」

そう、何気なく遊んでいたら今さっき迷い込んだの、別に気にしちゃ駄目よ、作戦です。
 何とかやり過ごした宝釵ですが、その言葉を信じた小紅は黛玉に聞かれたのかと心配しだしたのでした。(人にとばっちりを食わすなんて…)

 その後、外に出た小紅は煕鳳に用事を頼まれます。
 それをこなして報告に帰る途中で、晴雯、碧痕らに出会ってしまい、小言を言われてしまいます。
 これこれと説明すると、晴雯、

「煕鳳様に気に入られたと思ってあんた、図に乗るんじゃないよ。」

 しゅんとなった小紅ですがとにかく煕鳳に報告します。
 とそのはきはきした態度がたいそう煕鳳に気に入られ、宝玉には後で話を付けて煕鳳付きにしてしまおうという話になってしまったのでした。

 一方黛玉、昨日は泣き疲れて朝が遅くなってしまい、皆が既に集まっていると聞いて急いで身支度をして出ていきます。そこへ宝玉がやってきましたが知らんぷり。
 宝玉の方は晴雯のやったことを知らないので何で黛玉がそんな態度をとるのかわかりません。あれこれ考えていると、黛玉が宝釵、探春と合流して遊び始めました。
 と探春が宝玉を手招きして内緒話を始めます。
 お小遣いが貯まったので、街に出たときに何かいい小物や絵を買ってきて欲しいとのこと。宝玉が引き受けてあげるとお礼に靴を作ってくれると言ってくれます。
 靴と言えば、前に探春が作ってくれたときに賈政に見つかってとがめられ、また趙氏が宝玉は作って貰えるのに賈環はぼろしかない、と言っていたのを探春に話すと、前から自分の母親の卑しさに嫌気がさしている探春は自分の母親をぼろくそに罵ったのでした。

 仲良く話し込んでいる宝玉と探春を、待ちくたびれた宝釵が呼びに来ました。
 と見ると黛玉が見あたらず、散った花もそこらに置きっぱなし。宝釵と探春に別の所へと誘われますが一人そこらの花を片づけてあげようと思った宝玉は、二人を先に行かせて自分は花を服で抱えて前に黛玉と花を埋めた所へ歩いていきました。
 すると先の方から詩を詠っている声が細く聞こえてきました。
 聞けば、自分の身と散り行く花をかけたはかない詩。それを聞いた宝玉、一瞬にして呆然自失となってしまったのでした。

 

蒋玉函 情をこめて茜香の羅を贈り 薛宝釵 羞じらいて紅麝の串をはむ

 花を埋めに行こうと歩いていた宝玉が聴いた詩、詠っていたのは黛玉でした。
 その詩を聴いた宝玉、自分の周りにいる才女佳人たちもやがては散っていってしまうという事にやりきれない悲しみを覚え、声を出して泣き出してしまいました。
 黛玉の方では、一人寂しく詩を詠っていたというのに、誰が来たのかと思えばまた宝玉。やれやれとばかりに、泣き崩れている宝玉を置いてどっかへ行ってしまいました。

 泣きやんだ宝玉が辺りを見ると誰もいません。さて置いて行かれたかと気づいて、仕方なく怡紅院へ戻ろうと歩いていると前を黛玉が歩いています。

 だだだだだっ、ずざざっ!

 今度こそは逃がしてなるか、とばかりに追いついた宝玉、相手にして貰えない悲しみを黛玉に打ち明け、訳の分からないことを言って黛玉を困らせます。
 黛玉の方も宝玉の言い回しがおかしくなって、ついに昨日のことは水に流して二人で食事を摂りに部屋へと戻っていったのでした。

 部屋に戻った後王夫人のところへ出向くと、宝釵や探春、惜春らが来ていました。
 王夫人が黛玉に普段飲んでいる薬のことを聞いたとき、宝玉が割って入ってオリジナルの処方を披露します。
 でもそのいい加減な原料にだれも信じてくれず、

「薛蟠が一度試しているから宝釵姉さんなら知っていますよね?」

と聞いても、

「さぁ?」

黛玉にはあかんべえまでされる始末。
 とそこへ天の助け、煕鳳が現れて確かに薛蟠が材料を集めていたとの証言。

「さすが鳳姉さん!」

裏付け成功で調子に乗った宝玉は黛玉に同意を求めてそっぽを向かれてしまいました。

 そんなところへ史太君からお食事に呼ばれます。
 怒っている黛玉は、宝玉を置いて一人で行ってしまいました。
 宝玉の方も今日は王夫人と一緒に食べると言って黛玉を追いかけません。
 でも、気の小さい宝玉君は食べ終わってから考え直して急いで黛玉の様子を見に行きました。

 食べ終わった黛玉は、女中達と裁ち物をしていました。話しかけても相手にしてくれません。と外から宝玉にお呼びがかかります。
 馮紫英が宴席を設けているので来てくれとのこと。
 行けば馮紫英自らが入り口まで迎えに来て、薛蟠、妓女の【雲児【雲児】〔うんじ〕
妓楼の妓女。
】、役者の【蒋玉函【蒋玉函】〔しょう・ぎょっかん〕
役者。宝玉失踪後、襲人の夫となる。
】が来ていました。
 ただ酒を飲むのもつまらない、皆でお題を決めて詩を作ろうということになります。ここで反対するのが薛蟠。遊んでばかりいて本なんて読んでいない彼には詩を作るにも知識がない。でも雲児も参加するのに逃げるのかと言われて仕方なく参加することにしました。

 宝玉、馮紫英、雲児がうまく作って、今度は薛蟠の番。ちんぷんかんな詩を作って、当然罰杯。
 最後に蒋玉函の番です。
 作り終え、最後に、

「花気人を襲いて昼の暖かきを知る。」

というと、薛蟠が、

「罰杯だ、罰杯だ!」

と叫びだします。馮紫英、蒋玉函には訳が分かりません。この時のお題は部屋にある宝物、が題だったのですが、襲人の事を詠っているじゃないかという言い分だそうです。…って、詠うも何も蒋玉函が襲人を知っている訳ないんですけど…。
 判定は原告敗訴。薛蟠の意見は認められず玉函は成功という事になりました。
 宝玉がトイレに立ったときに、蒋玉函も一緒についていきました。知らなかったとはいえ大家の女中の名を詩に出したことをわびに行ったのですが、元々宝玉も詩をもとに付けていたのですから気にしていませんでした。
 少し話をしていると、宝玉が昔ファンだった子役の役者が実は蒋玉函だったと知り、二人で腰帯を交換して親交を深めたのでした。

 帰ってきた宝玉、襲人に手伝って貰って着替えていると腰帯が違うことに気が付かれます。しかもその日宝玉が付けていたのは襲人の腰帯を借りていた物。って借り物をあげちゃまずいでしょう。
 襲人には代わりを出すからと謝って、襲人が夜寝ている間に蒋玉函から貰った腰帯を代わりに付けてみますが、襲人何も言わずに着けておいて、宝玉が出かけた隙に元に戻してしまいました。
 宝玉も帰ってきて襲人の腰帯が戻っているのを見ても別に気にせず、自分がいない間何かあったか尋ねます。
 まず煕鳳から小紅の引き取りの了解を尋ねられたので、O.Kを出しておきます。
 また、何でも元春妃がら贈り物が届いているとのこと。内容を確認し、他の姉妹達も一緒なのか、と尋ねると宝玉と宝釵だけが特別で、黛玉は迎・探・惜春らと同列であったと言われます。
 じゃあ、と紫鵑を呼んで自分の貰った物から欲しい物があったら取っていいよと黛玉に知らせますが、

「いりません。」

とのこと。で史太君の所へ出かける途中で黛玉とばったり会いました。

 やっぱりなんだか不機嫌な黛玉をみて、あなたが一番ですよと誓いを立てていると宝釵が通りかかって黛玉、宝玉ともに何ともばつが悪い。
 宝釵の方であるが、今回元春妃からの贈り物が自分だ宝玉と同列だったのに困惑気味。しかも薛未亡人から、史太君が自分の掛けている首飾りの履歴と将来玉持つ人と結婚すると言われたことを聞いてしまっていてやりにくい。
 宝玉が黛玉に夢中で自分はそういう目で見られていないのが唯一の救いだったのでした。

 宝釵が史太君の所へ出向くと、宝玉が来ていました。宝釵が贈られた赤麝の腕輪を見たい、とせがんでくる宝玉のために腕輪をを外そうと腕をまくったとき、そのふくよかな腕を見た宝玉は改めて宝釵を観察すると黛玉とはまた違った美しさがあることを再認識してしまい、ついつい見とれてしまいます。

 と、扉の所に誰か人影が!

見れば黛玉が颯爽と登場しています。
どうしたんですか?と宝釵が聞くと、

「阿呆雁を見つけたので見にきました。」

といいながらせせら笑って、宝釵に見とれて惚けている宝玉にハンカチを投げつけたのでした。
 びっくりした宝玉、声を上げます。
 さてさて、黛玉を放っておいて宝釵に見とれてしまった宝玉、一体どうなりますことやら。

 

福ある人は福深くしてなおも福を祈り 癡情のある女は情重くしてさらに情を斟む

 いきなり顔にハンカチをぶつけられた宝玉ですが、宝釵に見とれていたのを黛玉に見られてばつが悪く、何も言い返せませんでした。
 そこへ煕鳳がやってきます。何でも今度お寺で法要の際に芝居をかけるとの事。最初宝釵は暑いからと行きたがりませんでしたが、史太君にも進められとりあえず行くことにしました。

 史太君は、王夫人や薛未亡人、また多くの姉妹達にも声をかけます。
 しかし王夫人は用事があって出られなかったので、皆が楽しんでこれるようにとその日に限り屋敷中の女達に外出許可を出すことにしたため、女中達は自分たちの主人が出席するようにと働きかけ、結果皆が出席することとなったのでした。

 さて当日、何せ大家のお嬢様、お坊っちゃん、女中から使用人までの大人数でお出かけです。混乱しないはずがない。しかもその人数のあまり後方からは先頭が見えないという有様。
 史太君が到着したとき、あいにく鴛鴦ら史太君付きの女中が遅れていたため、煕鳳が自ら史太君を扶けようとかごを降りて出ました。

ドンッ!!

誰かにぶつかられて驚く煕鳳、見れば小道士で相手もびっくりしている様子。
「何やってんだあんたは!こら、逃げるな、捕まえろ!捕まえろ!」

何事かと覗いた史太君にこれこれと説明する煕鳳ですが、史太君に許してやれと言われます。
 捕まえられてきた小道士、史太君のおかげで賈珍に連れられて小金を貰って放してもらえたのでした。

 小道士を放してきた賈珍、ふと見ると暑さに負けてだらしない格好で涼んでいる賈蓉を見つけてしまいます。

「父親の儂が我慢して働いておるのに、きさま、何をやっておるか!」

驚いた賈蓉、言い訳もせずあわてて賈珍に命じられた仕事に就いたのでした。

 賈珍に連れられて史太君の前に一人のおじいさんが現れました。このお寺、清虚観の【張道士【張道士】〔ちょう・どうし〕
清虚観の道士。栄国邸の者達の代わりに出家している。
】です。
 史太君や煕鳳、宝玉らが挨拶をかねて近頃の近況を話しています。
 宝玉、張道士が話の途中でちょうど良い機会、皆に宝玉の宝玉を見せてやりたい、と言うのでちょっと貸してやると、代わりにいろいろな物を貰ってしまったのでした。

 芝居が始まると、宝玉はさっき張道士が持ってきた物を眺めて遊んでしました。
 と純金に翡翠をちりばめた麒麟を見つけ、史太君に見せます。

「おや、見たことがある気がするけど…。」

「史湘雲ちゃんが下げてましたわ。」

と宝釵が答えます。

「あら、人の下げている物には良く気が付くのですね。」

黛玉の皮肉が飛んできてしまいました。

 じゃあ自分でもって帰ろうと懐に隠す宝玉ですが、黛玉に見つかってしまいます。…それにしても、宝玉の行動って黛玉にはお見通しなんですかねぇ。いつも黛玉に見つかってますよ、って黛玉がいつも宝玉を見てるのか。
 ばつが悪い宝玉、黛玉にあげようと思ったんですよ、と言うと、

「いりません。」

はい、そうですね。じゃあ僕の物にしちゃいます。

 皆で芝居を見ていると、馮家をはじめ多くの家から贈り物が届いてしまいました。
 一家総出で法要(既に当初の目的を忘れていた)に来たものだから、大事だと思われたらしいのです。
 何ともばつが悪くなった史太君は、午後には切り上げて帰ってしまったのでした。

 次の日もあったのですが、史太君は出かけるのはやめました。煕鳳にさんざん勧められたのですが、宝玉が、張道士との話の際に婚儀の話が出たことに怒って行きたがってないことと、黛玉が暑気あたりして具合が悪かったことが気になったのでした。
 他の者は煕鳳が連れて出かけたのですが、黛玉が心配な宝玉、それからちょこちょこ見舞いに行っていました。

「私にかまわず芝居に行けばよいのに。」

 自分が縁談話に腹が立って欠席しているのに、その事を知っているはずの黛玉にその様に言われて黛玉は自分の気持ちをわかってくれていないのかと怒ってしまいます。

 この二人、小さい頃から一緒に育ち、お互い以上の人物を今まで見いだせずこの人こそ最高の人だと思っていながら、疑り深く直ぐに相手の心を探ろうとしてしまって見当違いな話になってしまうのです。
 そして今回ついに互いに互いが信用できず、宝玉は自分の宝玉を割ろうと暴れるし、黛玉は黛玉で、さっき飲んだばかりの薬を吐き出してしまいます。
 止めに来た襲人と紫鵑、二人が自分の主人にかける優しい言葉を聞くと、また宝玉と黛玉は、自分の本当に言いたいことを言ってくれている女中と、それをわかってくれない相手を比べて悲しんだのでした。

 近くにいたばあやや小女達は巻き込まれては大変と、史太君や王夫人に知らせてしまいました。
 事を大きくするまいと頑張っていた襲人と紫鵑でしたのに、結局最後にはこの二人が駆けつけた史太君に大目玉をくらってしまったのでした。

 さて薛蟠の誕生日が来ました。
 宴席を設け、賈家の人々を招待します。しかし先日の喧嘩で気を落とし、酒を飲んで騒ぐのもばつが悪い二人は、病気と称して欠席します。
 史太君まで二人があまりに喧嘩することに頭を痛めていることを聞いた襲人が、宝玉を諌めます。

「あなたはいつも小者と女の子の喧嘩の時、小者にもっと女の子の気持ちをわかってやって、大切にしなさいと言っているじゃないですか。さあ、仲直りしましょう。」

 さて宝玉、襲人の諫めを聞いてきちんと仲直りできるのでしょうか。

 

宝釵 扇子を借りて一石二鳥を狙い 齢官 薔字を書きて癡は局外に及ぶ

 黛玉の方でも昨日は言い過ぎたかと後悔していました。でも黛玉を諌める紫鵑が、宝玉の肩を持つといって素直にならない黛玉。

 そこへ宝玉がやってきました。

「下手に他人に仲裁に入られると、これから二人気まずくなってしまいますから今の内に仲直りしましょう。」

それから二言三言と会話する内に、またもや宝玉の言葉が黛玉の逆鱗に触れてしまいました。
 もう二人して涙に暮れるばかり。

「おや、もう二人仲直りしたのですか。」

 そこへ煕鳳がやってきました。

「もう、おばあさまが見てこい見てこいってうるさくて。ちゃんと仲直りしてるじゃないですか。」

…どこを見て言ってるんでしょうか?
 煕鳳はそう言うと、黛玉、宝玉を連れて史太君の所へとやってきます。
 そこには宝釵も来ていました。黛玉には話しかけにくい宝玉は、宝釵に薛蟠の誕生日に行かなかった事を謝るとともに、宝釵がどうして芝居の時などすぐに退席してしまうのか尋ねます。
 すると宝釵、暑がりで、芝居などは暑くてあまり見ていられないとのこと。
 でさっきも黛玉にうっかり口を滑らせて機嫌を損ねたばかりなのに、宝釵に対してもまたやってしまいます。

「なるほど、楊貴妃にたとえられるのは太っているからなんですね。」

…それは怒ると思うぞ。
 さすがにむっときた宝釵が言い返そうとすると、小女が一人やってきて、私の扇子を隠したでしょう出して下さいな、と言ってやってきました。
 機嫌の悪い宝釵、

「普段から私がそういうことをしているならいざ知らず、何を根拠にそんなことを言いに来たのか!探すなら普段自分がふざけあっている仲間の所へ行きなさい!」

宝釵でも怒ると怖いんですねぇ。
 宝玉にからかわれて(宝玉にそんなつもりはない)いる宝釵を見て悦に入っていた黛玉、芝居について話しかけます。それに気づいた宝釵はわざと内容で説明すると宝玉が嬉しそうにその題名を言ってあげます。
 その題名が「荊を負うて罪を請う」。そう、まるで宝玉と黛玉のことを当てこすっているよう。ってそのつもりで宝釵は言ったのですが…。
 気が付いた宝玉と黛玉、二人とも気まずくなります。
 それに気づいた煕鳳がさらにからかいます。
 宝釵も追い打ちをかけてやろうかと思いましたが、宝玉があまりにも恥じているのを見て許してあげたのでした。
 煕鳳と宝釵が帰った後、黛玉にまで、

「私よりもすごい宝釵姉さんに、手を出すなんて命知らずですねぇ。」

宝釵にやり込められ、黛玉にまでこんな事を言われた宝玉は一人しょんぼり帰ったのでした。

 次の日、日中蒸し暑く皆お昼寝中で暇な宝玉は、王夫人の所へ行きます。
 すると王夫人は寝ていてその側に金釧児がいるばかり。興が乗った宝玉は金釧児と戯れます。と眠っていたと思った王夫人ががばっと起きたかと思うなり金釧児を平手打ちし、おまえのような奴が周りを駄目にするのだと言って追放してしまったのでした。…宝玉は王夫人が起きた途端に逃げてしまっていました。

 宝玉が大観園に戻ると、木陰で屈んで字を書いている女の子を見かけます。
 ああ、芝居の女の子だなと気づいて近づき、そっと覗くと書いているのは「薔」の字ばかり。とそこに雨が降ってきたので一声かけて直ぐに怡紅院へと戻ったのでした。

 さて、怡紅院ではちょうど、休みを貰って遊びに来ていた芝居の【宝官【宝官】〔ほうかん〕
大観園、子供芝居の小生。
】と【玉官【玉官】〔ぎょっかん〕
大観園、子供芝居の正旦。
】が襲人らと笑いあっていました。
 急いで帰ってきた宝玉ですが、雨のため門が閉められており何度も戸を叩いて開けるように言います。しかし中では楽しそうに笑ってるばかりで皆気が付きません。
 やっと気が付いた襲人が誰だろうと覗いてみると、なんと主人の宝玉ではないですか!
 慌てた襲人、急いで戸を開けたのでした。
 宝玉の方では、いつも手を抜く小女中だろうと思いこんでいて、開けたら一発蹴ってやろうと思っていました。
 戸が開いた途端誰かも見ずに思いきり蹴飛ばします。
 声を上げて倒れて泣いているのは誰あろう襲人。もう間違えた!とびっくりして助け起こし介抱する宝玉ですが、襲人の方も間違われたと気が付き何も言わずに普段のように振る舞おうとします。
 何とか一日の勤めを終えて床についた襲人ですが、宝玉に蹴られたところがずきずき痛む。いきなりうめいてごほごほせき込むと吐いてしまいます。
 とんでもないことをしてしまったと後悔していた宝玉は襲人の様子に気を付けていました。するとなにやらうめき声が聞こえたかと思うと咳き込んで吐いている様子。急いで近づいてみるとなんと血を吐いているではないですか!さてさて襲人、一体どうなってしまうのでしょうか。