宝琴が作った燈謎は全部で十。どれも古跡を題材にしたものばかりです。
が中に二つ想像上の古跡を題にしているものがありました。
「この二つは作り替えた方が良いのではないかしら。」
と宝釵が提案しますが、その必要はないだろうという黛玉と李紈の意見でそのままにすることにします。
皆で答えはなんだろうと考えますがこれがなかなか難しい。そうこうしているうちに夕食の時間になり、皆で食事をしに移動したのでした。
王夫人の元に花自芳から使いが来ました。
「母が危篤なので襲人を一度帰らせて欲しい。」
とのこと。
親子の情を絶つ権利はないと早速里帰りの準備をさせるように煕鳳に手配させます。
任された煕鳳は周奥さんを使いに出して襲人に支度をさせます。が襲人といえば慎ましく華美を好まないたち。非公認とはいえ宝玉の妾(候補)なのですからそれなりのしきたりというものが出来てきます。
連れてこられた襲人を見るとやっぱり少しおとなしめ。仕方ないからと自分の服を襲人にあげようと平児を呼ぶと、なにやらたくさん持ってきます。
「襲人さんこれを持っていきなさいな。こっちは岫烟さんに上げましょう。」
って勝手に振り分ける平児にやれやれって顔の煕鳳。
「もしお母さんの容態が悪くなる様であれば最後までいてやりなさいよ。」
襲人の性格では、大したことでも大したことなかったと言ってすぐに帰ってこようとすると知っている煕鳳はあらかじめ念を押しておきました。
見送った煕鳳は怡紅院のものを呼んで襲人がしばらく戻れないことを伝えると、襲人の代わりに宝玉の側に控える女中を決めておくように伝えます。
ちょうどそこへ周奥さんが襲人の実家から帰ってきて、やはりしばらくは帰れそうもないとのこと。王夫人にもその事を伝えると、普段襲人が使っている日用品の類をまとめて、実家の方へと送ってやったのでした。
こちらは怡紅院、襲人の代わりに晴雯と麝月が宝玉の側に控えることになりました。
が忙しく働く麝月に対し、怠ける晴雯。
麝月が晴雯に仕事を頼みますが、晴雯じゃなくて、
「ああ、良いよ。僕がやるから。」
こんな感じ。
夜も更けると、宝玉は暖かいところを晴雯に譲って自分は違うところで寝ることにします。
とはいえ一人で寝かすわけにはいかないので麝月が側で寝ることにしますが、ようやっと寝付いたかと思った頃、
「襲人、襲人。」
宝玉の襲人を呼ぶ声。
そうだ、今日は襲人はいないんだと気が付いた宝玉と、声が聞こえた晴雯が起きてきますが麝月は起きない。
彼女曰く、
「だって呼んだのは襲人さんでしょ。」
とのこと。とはいえ宝玉ののどが渇いたとの仰せに従い茶の用意をする麝月。
宝玉に飲ませて自分も飲むと、晴雯も飲みたいと言い出して仕方なく、…はい。
ちょっと外を見てきますと麝月が出ていくと、
「嚇かしちゃえ。」
とばかりに忍び足で後を追う晴雯。しかもくそ寒いのに薄着一枚。
何をやってるんだと宝玉、
「晴雯がそっちへ行ったよ!」
麝月に教えてしまい、膨れた晴雯は帰ってきました。
いつ来たの?と尋ねる麝月ですが、晴雯は薄着がたたってくしゃみばかり。
何はともあれその日は何とか寝付いたのでした。
次の日起きてみると、晴雯の具合が宜しくない。
が女中の病気は治るまで実家に下がらしてしまって、治るものも治らなくなっちゃうよと心配した宝玉は李紈に一応報告して怡紅院で医者を呼ぼうと考えます。
李紈の所に使いにいったものが帰ってきて返事を聞いたところ、
「悪くなるようなら帰らして、他の者にうつさないように。」
これを聞いた晴雯、
「他の人にうつすですって!えぇえぇ今すぐ帰りますよ。私がいなきゃここの人は病気なんかしないだろう!」
…気が短くて言葉が汚いなぁ晴雯は。って晴雯が女中の仕事してる所って見たことないような…。
晴雯をなだめて医者を呼び、診て貰いました。
園内に余所の人間を入れるなんて稀なこと。あらかじめ連絡を受けていた李紈の指示で皆隠れてしまいました。
診察が終わって医者が帰るとその処方箋を見せて貰った宝玉、
「何だこれは!劇薬ばかりじゃないか。こんなんじゃ駄目だ!何だあの医者は。」
どうも初めて呼んだ医者だったとのこと。かかりつけの医者へ使いのものを出すと、さっきの医者への礼金を渡さなければいけないのにどこにお金があるのかわからない。
とにかく襲人がいつも動いている所を探してようやく見つけますが、今度はお金が計れない。(銀塊を計って切るのよ)
麝月と宝玉二人で、
「こんなもんか?まぁ多い分に文句はあるまい。」
襲人がいないとこれだもんなぁ…。
でかかりつけの王先生に診て貰うと、今度は宝玉も納得した様子。すぐに処方箋通りに調合させました。
ごたごたも一段落した宝玉が史太君の所に挨拶をかねて食事をしに行くと、煕鳳らが来ていました。
「大観園内の方々には、あちらで食事をとれるようにしてはどうでしょう。」
煕鳳のこの提案に史太君も賛成し、早速料理人などを手配するように言いつけます。
「まったくこの子は利口すぎて不幸になりはしないかと心配ですよ。」
と言う史太君に、
「あら、おばあさまがそんなことを言うなんて。おばあさまこそまさに口も達者で利口な幸せ者の見本ではないですか。」
と切り返す煕鳳。
「あらあら、みんながいなくなってこの子と二人で長生きしたら大変そうだわ。」
二人の会話に笑わせて貰った周りの一同でした。
さてさて色々起こる宝玉の周り、次は何が起こることやら。
宝玉が怡紅院へと戻ってくると、部屋には晴雯しかいませんでした。
「病人を置いて行くなんてひどいな。」
晴雯の話では、麝月は平児が来たので裏へ行ってしまったらしいとか。
二人で自分のことを噂しているのではと心配する晴雯のために盗み聞きしに行く宝玉。
平児が麝月に話すには、先日なくした腕輪は、宝玉の所の小女、【墜児【墜児】〔ついじ〕
宝玉付きの小女。】が盗んでいたとのこと。
煕鳳は岫烟の所の小女だろうと辺りを付けていた(岫烟の所は他に比べて貧しかったので)のに、宝玉の所の者の仕業だったことに平児はびっくり。
気の短い晴雯が知っては病気に良くないという平児の思いやりからの行動だったのです。
がせっかくの平児の気配りを無にする宝玉、聞いてきたことをそのまま晴雯に話してしまいました。
「なんて奴だ!すぐに追い出してやる!」
なだめて寝かしつけた宝玉でした。
園内を歩いていた宝玉、【小螺【小螺】〔しょうら〕
宝琴付きの女中。】が歩いているのに出会いました。
聞けば宝釵、宝琴が揃って瀟湘館へ遊びに行っているそうです。
何だひどいな、誘ってくれれば良いのに!
早速自分も瀟湘館へと向かう宝玉、行ってみると岫烟も来ていました。
仲良く話していると、宝琴が外人の作ったうまい詩を知っていると聞いた宝釵らは、
「雲ちゃんと香菱にも聞かせてあげなきゃ。」
とすぐに蘅蕪院に使いを出しました。
「外国の美人さんが来たってどんな人よ。」
声は聞こえど姿は見えぬ、とばかりに元気な声とともに部屋へと入ってくる湘雲と香菱。
揃ったところで宝琴が披露した詩はなかなかのものでした。
もう良い時間だとばかりに散会する姉妹たち、宝玉は黛玉と話をしようと残っていました。
「お加減はいかがですか。」
ついでに来ただけの趙氏によって邪魔されてしまいました。
次の日は王子騰の誕生日でした。
王夫人らの代わりに出席せねばならない宝玉は、早起きして支度します。
出発の挨拶をしに史太君の所へ行くと、孔雀の毛で作ったコートを貰ってしまいました。
鴛鴦に着て見せた宝玉ですが、前回の賈赦の妾を断った件で宝玉とは絶縁してしまっていたので無視されてしまいました。
こちらは宝玉が出ていってしまった後の怡紅院。
なかなか病気が治らない晴雯がいらいらしていました。
墜児の話を思い出した晴雯は、急に墜児を呼び出して追い出してしまいます。
周りも腕輪の件がばれたのだろうと察して、穏便に墜児を追放しようとしますが引き取りに来た墜児の母親が晴雯の言葉尻をとらえて食い下がろうとして逆鱗に触れてしまいました。
「私の落ち度を見つけたと思うなら告げ口に行くがいいさ!」
またも切れかかる晴雯でしたが、麝月や側にいたばあやが皆で墜児の母親を叱りつけたので何とか落ち着いたのでした。
帰ってきた宝玉、史太君らへの挨拶もそこそこに急いで戻ってきてしまいました。
「大変だ!おばあさまに頂いたコートに焼けこげが出来ちゃったよぅ。」
貰った初日からこれじゃぁさすがにまずい、と急いで街の職人に修繕を頼みますが、素材が孔雀の毛なんて材料がなくて直せないと断られてしまいました。
病中の晴雯、どれどれと見てみて、私が何とかして見せます、と引き受けます。
病人に針仕事なんて…と思った宝玉と麝月ですが、晴雯にしか出来ない難しさで止めるに止められません。
少しでも楽にさせてやろうと色々気遣う宝玉、麝月。
痛む頭を無理した晴雯、何とか繕いを完了することが出来たのですが、終わって気が抜けたのか倒れ込んでしまったのでした。
さてさてこれからどうなってしまうのか。
精根尽きた晴雯が倒れ込むと、びっくりした宝玉と麝月は急いで介抱します。
やがて夜がしらじらと明け始めると急ぎ王先生の所へ使いを出して容態を診て貰いました。
「何かあったら僕のせいだ…。」
おろおろする宝玉に気丈に振る舞い送り出した晴雯でした。
宝玉の周りでは、襲人が実家から帰ってきていましたが、海棠詩社のメンバーが病気やなんだで集まることが出来ず、結局暮れにまでさしかかってしまっていました。
暮れも押し迫ると栄、寧両邸とも何かと忙しくなります。
こちら賈珍率いる寧国邸では、遠方の地より荘園頭の【烏進孝【烏進孝】〔う・しんこう〕
寧国邸の一荘園頭。】が上納品を持ってやってきていました。
しかし今年は不況で例年より少ない。寧国邸はまだ良い方ですが、今年は何かと出費が多かった栄国邸では大変なことです。
ぼやく賈珍におやと思った烏進孝が、
「元春妃様から陛下より御下賜品など貰うのではないんですか?」
と聞いてきたので、
「そんなものがどれほどの足しになるものか。大観園などそんなものでは補えぬほどの大出費だよ。」
華やかに見える賈家一門にもこのころには翳りが見え始めていたのでした。
大掃除とともに新年を迎えるための改装を施された両邸は華やかに輝いています。
寧国邸の側に建てられている賈家の宗祠では、賈敬を祭主に一門をあげての様々な奉納が行われました。
拝礼も終わり散会する一同、史太君が輿を呼んで栄国邸に帰ろうとすると尤氏が引き留めます。
しかし史太君は、寧国邸でも年始のごたごたで忙しかろうと煕鳳らとともにそのまま帰ってしまったのでした。
年が明けると、史太君をはじめ夫人らは礼装して参内しました。
帰ってくると今度は年始の宴が開かれます。
仙人修行の賈敬はこれらの騒ぎにはいっさい参加せず、また賈赦は史太君との間の気まずい雰囲気から敢えて身を引き、別の場所で独自に宴会を開いていました。
それ以外にもいろいろな理由で参加できないものも多くいましたが、この話の主要人物は勢揃いしてこの宴を楽しみます。
御下賜の珍品や賈家秘蔵の宝などが多く飾られ、芝居も掛けられまさに大賑わいです。
芝居を見ていた史太君は、道化役の子供の名演技に賞賛を贈り褒美を取らせるように命じました。
控えていた三、四人の者たちが銭を籠に抱えると舞台にばらまきます。
さて、賈珍や賈璉も、あらかじめ小者に命じてお捻りを用意していました。
今か今かと待っていた、史太君の褒美を取らせるように、という言葉ににわかに動き出す面々。
さてこの者たちが一体どうしたのでしょうか。
史太君の言葉に動き出した小者たちが舞台に銭を投げ始めると、史太君の喜びはいや増しました。
それに合わせて史太君の元にお酌をしに上がる賈珍と賈璉。
それを見た年少者らも後に続きます。
夫人らにつぎ終わった一同はお嬢さんらにも注いで回ろうとしましたが史太君に止められ、元の席に戻ります。
席を外そうとした宝玉に気が付いた史太君は、誰か付いていくようにと命じます。
秋紋と麝月が付いていきましたが、襲人の姿が見えないことに気が付いた史太君、
「あの子もどうしたもんなのだろうねぇ。」
とぼやきます。
それを聞いた王夫人と煕鳳、
「襲人は先日母親が死んだので、留守番をさせて喪に服させるとともに宝玉が帰った時のための用意を整えさせているのですよ。」
と弁護してやり、それを聞いた史太君は同じく先日鴛鴦も親が死んでいたので二人で楽しむようにと料理を届けさせたのでした。
さて怡紅院に着いた宝玉が覗いてみると、既に鴛鴦が来て襲人と話をしていました。
先日来、鴛鴦に避けられていることに気が付いている宝玉は、二人で話をすることで襲人の気が晴れるならと姿を見せずにすぐに出ていったのでした。
戻ってきた宝玉は、史太君にすすめられて一同にお酌をして回ります。
皆に注いで回りましたが、黛玉だけはあまり飲みたくなかったので宝玉が自分で代わりに飲んであげたのでした。
常に掛かっていた芝居ですが、さすがに疲れただろうと思った史太君は労いの品を贈るとともに少し休ませ、代わりに女講釈師を呼び寄せます。
講釈師にあらすじを話させて何を聞くか決めようとした史太君、主人公の名前が王煕鳳という貴公子と聞いて皆で大笑い。
途中まで聞きましたが、あまりにありきたりな話だったために聞くのをやめた史太君は代わりに煕鳳に笑わして貰います。
さすがに寒さが浸みてきた史太君は、別邸で続きをやろうと提案し、賈珍や賈璉ら男連中には散会を命じると、女連中と宝玉、賈蓉を連れて移動したのでした。
賈蓉とその後妻(【胡氏【胡氏】〔こ・し〕
秦可卿亡き後の賈蓉の後妻。】)夫婦にお酌をさせると、史太君はお抱えの子供芝居を呼んで簡単に演奏をするように命じます。
興が乗って上機嫌の史太君をみた煕鳳は、
「梅の花を回して太鼓を叩かせて酒令をやりましょう。」
と提案しました。
始めてみると一番最初は史太君!
一杯飲むと早速小咄を一つ始めます。
次いで二番手は煕鳳の番。
小咄は煕鳳の得意中の得意。自分から提案したのだから何かあるに違いないと思った周りの者がわざと煕鳳に当たるようにしたのです。
じわじわ笑わせる煕鳳の小咄に笑う面々。
落ち着いた史太君は、次ぎにいただき物の爆竹や花火を始めます。
恐がりの黛玉を史太君が、宝玉を王夫人が抱き寄せてやりますが、薛未亡人が湘雲を呼び寄せると、
「私全然怖くなんてありませんわ。」
と湘雲が言い、
「自分からやりに行くような人ですものね。」
と宝釵にうなずかれてしまいました。
煕鳳が自分も怖いですわ、なんて言い出すと、
「私が抱いてあげましょうか。甘えちゃって何をはしゃいでるのよあんた。」
尤氏に突っ込まれました。
花火も見終わった一同は、軽く食事をするとその日は散会したのでした。
次の日から、連日のように色々なところからお呼ばれする史太君でしたが、王夫人や邢夫人、煕鳳を代わりにやって自分は行ったり行かなかったり。
宝玉も史太君が退屈しのぎにいるように、と言っていると言って王子騰の所に行った以外には出かけませんでした。
さて、元宵節も終わってしまいましたが次は一体何が起こるのでしょうか。
さて元春妃の仕える宮中では先帝の妃が病を患い、元宵節の祝いを押さえていました。
そのため、栄国邸では元春妃との燈謎のやり取りなども取りやめになり、思っていたよりも大人しい元宵節になっていました。
正月忙しさが明けた頃、いつの間にか妊娠していた煕鳳が流産してしまいました。
その養生のために引きこもった煕鳳ですが、部屋の奥からでも家政を執ろうと無理をしてしまい更に悪くしてしまいます。
一人ではとうてい捌ききれないと判断した王夫人は、奥向きの仕事の一部を李紈に任せることにしました。
が李紈はきりきり引き締めるというよりも穏やかに諭すような温厚な人。
使用人どもにいいようにあしらわれはしないかと心配した王夫人は更に探春をその補佐に付けることにします。
そして宝釵も呼び出すと、
「この邸のものたちは皆怠け者ばかり。李紈らも頑張ると思いますがどうか手伝ってやって下さいな。」
こうまで頼まれては断るわけにはいかない宝釵は引き受けることにしたのでした。
任された李紈と探春、園内の使っていない部屋を一つ掃除して執務室にすると朝から晩までそこで家政を執ることにします。
宝釵の方でも時折巡回して回って取り締まりを行っていたので、見方によっては煕鳳の時よりも厳しくなっていたのでした。
そんなある日。
趙氏の弟の【趙国基【趙国基】〔ちょう・こくき〕
賈家の使用人。趙氏の弟。】が亡くなりました。
それを伝えに来た【呉新登【呉新登】〔ご・しんとう〕
賈家の使用人。】の奥さんは、それだけ言うと何も言わずに控えています。
意地の悪い女房連中は、この件をどう捌くかで李紈と探春を品定めしようというのです。
先日襲人の母親が亡くなった時には四十両出していたことを思い出した李紈が、趙氏にも四十両出すように伝えます。
がここでまったを掛けたのは探春。
【呉奥さん【呉奥さん】〔ご・おくさん〕
呉新登の妻。古株の女房。】を引き留めると、とりあえず過去の前例を並べるように言い渡します。
すっかり忘れていた呉奥さんが忘れたので調べてくると言うと、
「あんたたちは煕鳳姉さんの時でも忘れましたで済ましてたのかい。煕鳳姉さんも存外甘い人なんだねぇ。」
探春たちを馬鹿にしようとして逆に恥をかいた呉奥さんは真っ赤になって出ていったのでした。
急いで戻ってきた呉奥さんが持ってきた帳簿を見ると、雇った使用人の家族については四十両出していましたが、元々賈家の使用人だった者については二十四両となっていました。(襲人の両親は賈家に買われた使用人ではありませんが、趙氏は賈家の使用人の子供だったのです。)
すぐに二十四両に訂正すると、その額だけの見舞金を出すように命じたのでした。
一段落した二人が休んでいると、趙氏が足音も荒くやってきました。
「他の者ならともかく、あなたまで私をあしげにするの!」
別に趙氏を舐めてるわけでなく、今までの決まり通りに処理しただけだと説明する探春に、
「王夫人に可愛がられているあなたなんだから、少しはこっちのことも気に掛けてくれたって良いじゃないの。」
厚かましい事を言い出す趙氏に、
「別にあなたを私が引き立てたりしなくても、真面目な使用人に主人は気が付いてくれます。」
と言い返す探春。ぎすぎすした雰囲気を和らげようと李紈が、
「探ちゃんも何とかしようと思ってますが、なかなか表立っては出来ませんよ。」
と言うと、
「嫂さんだって知ってるでしょ、この人たちがどんな奴か。何で私がこんな人たちを引き立てたりするもんですか!」
探春が切れてしまいました。その言葉にこっちも切れた趙氏、
「だれも他人に引き立ててくれなんて言ってないでしょ!ただあんたの権限で叔父さんのためにちょっとぐらい色を付けてくれたっていいじゃないかい!」
「私の叔父さんですって!私の叔父さんは王家の統領(王子騰)だけですわ。賈環なんかにいつもお辞儀してたのが叔父さんなの?冗談じゃないわよ、あんたちの馬鹿騒動のせいでこっちはいつも恥ずかしい思いをしてきてたんだから!」
ちょうどそこへ平児が煕鳳の使いとしてやってきました。
ばつが悪くなった趙氏が黙ると、
「趙国基の見舞金は二十四両ですが、そちらの裁量で多少色を付けても良いとのことです。」
と話し始める平児。
間の悪いときに来てしまった平児は、
「別に他を凌ぐ忠義者だったってわけでもないのに何で色付けるのよ!」
と逆ねじを喰わされてしまい、様子を察して黙ることにしたのでした。
趙氏とのやり合いで泣いていた探春が化粧直しをしていると、宝釵がやってきました。
探春の周りに侍書たちがいないのを見た平児が手伝っていると一人の女房がやってきていきなり用件を切り出します。
「あんた、どこ見てるの!手伝いもしないで切り出して、煕鳳様の時でもあんたはそうするのかい!」
一喝された女房は逃げ出してしまいました。
食事の時間になって、探春と李紈の分は用意しましたが宝釵の分がありません。
急いで用意させるために外に出た平児は、ついでに皆を集めて探春を甘く見ることの愚を諭して二度としないように注意します。
宝釵の分を取りに行った小女が帰ってくると、それを持って平児は給仕をしに入っていきました。
食事も終わって、今度は自分の食事をしようとしていた平児の顔を見て探春、
「煕鳳姉さんに相談したいことがあるから、食事が終わったらあなた代わりに参加してちょうだいな。」
O.Kした平児は食事をしにひとまず部屋を出たのでした。
煕鳳の所に戻った平児がさっきあったことを教えると、
「この園内で探ちゃんほど切れる人はいないと思っていたのよ。何であの子があんな性悪の女から生まれた妾腹の子なんでしょう。これからはあの子に片腕になって貰うために私たちも協力しなければ。」
と言う煕鳳。煕鳳の片腕として遺憾なく才能を発揮している平児は、
「その点なら大丈夫ですわ。さっきもうまくやってきましたから。」
二人で笑い合うと一緒に食事を摂ることにして、平児の方はその後また探春らの所へと戻っていったのでした。
さて平児が戻ってくると件の提案を他の三人に話し始めました。
「この園内には、うまく整備して作物などを作ればお金を得ることが出来るところが多々ありますよね。これをばあやたちにやらせてみてはどうでしょう。」
「煕鳳様もそれは考えていたのですが、園内のことに口出ししては、と控えていましたの。あなた方から提案して頂けて大助かりですわ。」
早速相づちを打つ平児。それを聞いた宝釵に、
「本当にあなたは口がうまいわね、平児さん。あなたが間にはいると嫌いな相手にだって情けをかけたくなりそうだわ。」
と言われてしまいました。
一応煕鳳に確認した方が良いだろうということで平児が伝えに行くと、
「お願いします。どんどん自由にやって下さい。」
との事。ならばと園内に働くばあやたちを集めました。
集まったばあやたちに、
・園内の敷地を、部分ごとに任せる人を決めて管理させる。
・そこからの収入は年間に決められた額を出すだけで残りは自分のものにして良い。
と言うことを伝えると立候補者がたくさんたくさん。
担当者を決めて解散しようかと思ったとき、
「そうだわ、収入を入れるときに金銭方へ持っていくと上前をはねられるから、私たちで処理するようにしましょう。」
と探春が言うと、
「それならいっそ、そのお金で私たちが園内で使う日用品を賄えば良いんじゃないかしら。」
宝釵の提案にすぐにどれだけの出費が抑えられるか計算してみる平児。その額を聞いて、
「それと、残りの額から少しずつ集めて、他のものにも分け前をあげれば、貰った方は何もしないでお金が貰えるし、あげた方は他のものに後ろ暗いことなく堂々と管理が出来るじゃないかしら。」
宝釵の言葉を聞いたばあやたちはもう大喜び。口々に探春、宝釵らをたたえて感謝したのでした。
そんなところへ林奥さんが、
「甄家から上京の贈り物の品が届いております。」
使いのものたちに祝儀を渡しておくように命じ、史太君に連絡すると、三人とも来るようにと呼ばれます。
すぐに行くと、今度はその甄家の夫人らが四人で挨拶にやってきました。
史太君がその四人を相手に話をしていると、なんと甄家にも「宝玉」なる坊ちゃんがいると言うではありませんか!
それは面白いと史太君がすぐに宝玉を呼びだして四人の前に引き出してみると、まあ名前だけでなく容姿までそっくりだって。
その場にいた李紈らが大笑いしているところに、王夫人がやってきました。
史太君らは王夫人にも教えてあげますが、その後は特に何事もなく甄家の夫人らを送り出したのでした。
さてこの話を信じない宝玉は、体調が優れなくて休んでいた湘雲の所に行って愚痴をこぼします。
いてもおかしくないでしょう、と言う湘雲に、それでも納得できない宝玉は仕方なく怡紅院に帰ってうたた寝をしてしまいました。
と周りをみると見たこともない園の中。どこだろうとふらふらしていると、女中らしき女の子たちに馬鹿にされ、ここに宝玉という人がいることを知ります。
ならば見てみなければ、と探す宝玉が一軒の邸に入ると、女の子に囲まれて寝転がっている男の子が一人。
「僕、同じ宝玉って人がいるって聞いてたんだけど、今夢で知らない園に入っちゃって女の子には馬鹿にされるし、肝心の男の子はなんか…」
「僕、宝玉君を訪ねて来たんです。あなたが宝玉君ですか?」
慌てて声をかけた宝玉(賈)。びっくりした【宝玉(甄)【甄宝玉】〔しん・ほうぎょく〕
江南の甄家の坊ちゃん。宝玉と何から何までそっくりな人。】、
「あれ、あなた宝玉君ですか?これは夢じゃないですよね。」
そんなところへ宝玉(甄)を呼ぶ声が。
「待って下さい、宝玉君。」(なんかややこしい)
気が付くとそこは怡紅院。宝玉が自分で自分を呼んでいるのを見た襲人はくすくす笑ってしまったのでした。
そんな、夢だったのか、と訝しむ宝玉の所に王夫人からお呼びが掛かりました。
さてさて王夫人のお呼びは一体何事なのでしょうか。
さて、王夫人に呼ばれた宝玉が行ってみると、何でもこれから甄夫人の所へ遊びに行くので一緒においでとの事。
否やのあろうはずもない宝玉は、急いで支度をして王夫人とともに甄家の邸へと訪問したのでした。(甄宝玉のいるところとは別です)
数日後、具合も良くなった湘雲の見舞いを済ませた宝玉は、黛玉を見舞いに瀟湘館へと向かっていました。
着いてみると黛玉はお昼寝中で、側には紫鵑がいるばかり。
年も明けたばかりで風が冷たいのに、薄着で針仕事をしている紫鵑を見て心配した宝玉が、
「寒くないのかい。君まで風邪をひいてしまったら黛ちゃんが困っちゃうよ。」
と言って体をさすってあげたところ、
「宝玉様、あまり私たち女の子相手にべたべたしないようにして下さいな。皆に何と言われているかと黛玉様も心配してあまり宝玉様に近づかないようにと言っているんですよ。」
言われて逃げられてしまった宝玉は、あまりのことに惚けてしまい、瀟湘館を出ると道ばたに座り込んで泣き出してしまいました。
そこへ用事から帰ってきた雪雁が通り掛かりました。
(またお嬢様に何か言われたのかしら?)
そのぐらいにしか思わなかった雪雁が、部屋に戻って見ると黛玉はまだお休み中。
あら?じゃあどうしたのかしら?と思った雪雁が紫鵑に宝玉の様子を話すと、びっくりした紫鵑は急いで宝玉の所に行って、
「冗談ですよ。」
といって宝玉に泣きやんで貰ったのでした。
ふと最近史太君から滋養のつくものが黛玉に贈られてきていたのを思いだした紫鵑、聞いてみて実は宝玉がさりげなく史太君にお願いしていたのだと知ると、
(宝玉様は心底黛玉様の事を大事に思ってくれているのだ。)
と実感したのでした。
宝玉が落ち着いたのに安心し、また宝玉の黛玉に対する本心を確かめたいと思った紫鵑は、つい宝玉に対して、
「黛玉様も、遅くても来年ぐらいまでにはここを出て、身内に引き取られて嫁ぎ先を決めなければいけませんわね。」
なんて言ってしまいました。
そこへ多少具合の良くなっていた晴雯が宝玉を迎えに来ました。
宝玉の様子に気が付かない紫鵑は、そのまま部屋へと戻ってしまい宝玉も晴雯に連れられて怡紅院へと戻ります。
その宝玉を迎えた襲人はもうびっくり。
息はしているもののまったく反応というものが無い宝玉、まるで死人の様ではありませんか!
怡紅院のものはもう大騒ぎで、落ち着いていられるものなど一人もいない状態です。
ちょうど迎えに行ったときに紫鵑と話していたのを思い出した晴雯に言われて瀟湘館へと乗り込む襲人は、たどり着くなり紫鵑に向かって啖呵を切ります。
それを聞いた黛玉は、飲んでいた薬も吐き出して心配のあまり倒れ込んでしまいました。
そんなつもりじゃ…、と大慌ての紫鵑が怡紅院へと着いてみると、既にそこには史太君や王夫人までが来ておりその取り乱し様は冗談で笑って済むようなものではありません。
と紫鵑の顔を見た宝玉は、いきなり紫鵑に取りすがると離そうとしません。
少し落ち着いてきた宝玉の様子においおい紫鵑からいきさつを聞いた一同は、そんなことだったのかとひとまず安心し、医者を呼んで大丈夫とお墨付きを貰って胸をなで下ろします。
そこへ林奥さんが見舞いにやってきました。
「うわぁ、林家のものが黛ちゃんを迎えに来たんだ!駄目だ、黛ちゃんを帰すもんか!」
宝玉のせいで、林奥さんはこれ以降大観園内への出入りが禁止になってしまいました。
さて落ち着いた宝玉ですが、離してしまうと黛玉もどこかへ行ってしまうと思ったのか紫鵑のことを片時も離そうとしません。
史太君も仕方があるまいと、紫鵑には責任をとって最後まで看病するように言いつけて黛玉の所には琥珀を代わりに送ります。
だいぶ落ち着いた宝玉と話をしていた紫鵑は、今回の宝玉の乱心ぶりを見、かつ宝玉の黛玉に対する二心の無いことを誓われ、黛玉には宝玉しかいないと心に刻んだのでした。
もう心配いらなくなった宝玉から解放された紫鵑は、出際に宝玉から普段使っている鏡を一つ欲しいといわれ仕方なく小鏡をあげて瀟湘館へと戻りました。
戻ってきた紫鵑はしきりに宝玉の誠実ぶりを誉めると、可愛がってくれている史太君が健在なうちに身の振り方を考えた方がよいと言い出します。
帰ってくるなりどうしたのかと取り合わない黛玉は、そのままあまり体調の優れぬまま、また日々を過ごしたのでした。
薛未亡人の誕生日が来ました。
皆で祝いますが、黛玉と宝玉は体調が整わず、贈り物だけで出席は見合わせたのでした。
さて薛未亡人には一人気になっている女の子がいました。
両親は飲んだくれの甲斐性なしで、叔母は上面だけの薄情者だというのに、ひねくれたところもなく上品なお嬢さん。
そう、邢岫烟のことです。
ぜひとも身内に引き入れて可愛がってあげたい!
そう思う薛未亡人ですが、薛蟠の嫁に貰っては、よけい不幸になるのは火を見るより明らか。
とそこへ自分の誕生祝いなどで頑張ってくれていた薛蝌を思い出しました。
思い立った薛未亡人は、早速煕鳳に相談に行きます。
相談された煕鳳の方では、自分の義母の性格を知り抜いており、薛未亡人直々に邢夫人に話を付けに行かせるのは避けて貰い、何気なく史太君の耳に入れることにします。
史太君も大喜び。
宝琴を貰おうとしたら断られたのに、今度は自分の所から嫁が持って行かれたなんて冗談がでるほどです。
薛未亡人と邢夫人を呼び出すと、良きように取りはからうように命じ、尤氏に万事を任せたのでした。
さて大観園内では、この話がまとまる前から宝釵の方で岫烟を出来た人だと感じており、その不運な境遇(貧乏の他に探春同様、身内問題で)に同情して色々陰で支えてあげていたのでした。
そんな宝釵が、偶々黛玉を見舞いに瀟湘館へと向かっていると、岫烟と一緒になりました。
見るとこのくそ寒いのに上着を着ていません。
「どうしたの。月々のお手当は貰っていると思うのにそんな薄着で。」
宝釵がたずねると、
「確かに月に二両の手当を貰っているのですが、叔母からそんなに使うまい、と言われて半分両親の酒代に持って行かれ、また余所様の邸に居候している手前(迎春と同じ)そこの使用人たちを使うにも色々駄賃を上げぬわけにも行かずついに手元不如意で上着を質草にしてしまったのです。」
それを聞いて憤る宝釵、もうそんなことをするな、気にするなと諭すと、服を取り戻そうとその質屋をたずねました。
それが実は自分の所で経営している質屋だったので、
「あら、それじゃ口の悪い人に「嫁の前に嫁入り道具がやってきた」なんて言われちゃうわね。」
何とも笑うに笑えない話ではあったのでした。
岫烟と別れて瀟湘館へと向かった宝釵、着いてみると既に薛未亡人が来ていました。
薛未亡人と宝釵の仲の良さに自分の境遇を悲しむ黛玉は、薛未亡人の養女にしてくれと頼みます。
それは出来ないわと言い出す宝釵、
「だって、お母さまは黛ちゃんのことを兄の嫁にしようととっておいているんですものね。」
それはないよ、ってからかわれた黛玉は宝釵に怒ります。
とそれを受けて薛未亡人は、
「そんなことしやしませんよ。岫烟ちゃんだってかわいそうと思ってわざわざ薛蝌の相手にしたのに、黛ちゃんをそんな目に遭わせるもんですか。」
「それより、先日宝琴で残念がったおばあさまのために、宝玉ちゃんには黛ちゃんを添わせた方が良いんじゃないかと思うの。」
女の子しかいないはずの瀟湘館に響きわたる豪快な足音!駆け込んできたのは誰あろう紫鵑でした。
「奥様、そんな考えがおありでしたらすぐにご隠居様にお話下さいませ!」
あまりのことにびっくりする一同の所にまたまた足音高らかに聞こえてくる良く通る声が!
「これって、何なのかしら~。」
宝釵が見ればそれは岫烟から預かっている質札(質草を取り戻すための識別札)ではありませんか!
薛未亡人にはお茶を濁してご退場願った宝釵は、湘雲と黛玉には岫烟の置かれている状況を説明してあげます。
思わず溜息をついたのは黛玉。
じゃあ湘雲は、と言えばやにわに立ち上がると、
「迎春ちゃんの所の馬鹿どもにねじ込んでやる!」
そりゃよけい立場が悪くなる、と言って宝釵と黛玉で引き留めているところに、探春と惜春がやってきたのでした。
探春らが来たのを知った宝釵たち、ここで下手にこれ以上話を広めると逆に岫烟を辱めてしまうと考えて口を紡ぐと、適当な世間話でやり過ごしたのでした。
さて、宮中で病臥に伏していた先帝の妃がついにお隠れになってしまいます。
史太君ら主立った面々はうち揃って参内し、何日も続く葬儀に参加しなければならなくなっていました。
薛未亡人は直接的な元春妃の身内ではなく参加する必要がなかったので、残って留守を預かってくれるように頼まれます。
両邸の窮状を見て断るわけにはいかなくなった薛未亡人は、梨香院から大観園内の黛玉の居室、瀟湘館に移り奥向きを管理することにしました。
黛玉の方ではかねてから薛家の一同と仲良くしていましたので、これを機にさらに宝釵や宝琴とも実の姉妹のように接するようになったのでした。
ちょうどそのころ、他家でも今回のご不幸を機会にと雇い役者らを解雇する動きが出ていました。
なかなかに苦しい大観園でも子供芝居の役者らを解雇して、再就職を望むものは園内の小女として残すことにしました。
そんなある日。
病明けで何となくだるさが残る宝玉は、だるそうにしているのを見た襲人に勧められて散歩がてらに黛玉の見舞いに出かけました。
と床に伏している間に盛りを見損なった杏の花の、咲き散った様を見た宝玉はやがて来る姉妹らとの決別と、時とともに来るであろう衰退に思いを馳せ涙を流してしまいます。
そんな宝玉の目の前にいきなり火の光が飛び込みました。
何事かと宝玉が行ってみると、黛玉の所に配属された【藕官【藕官】〔ぐうかん〕
大観園、子供芝居の小生。黛玉付きの小女に配属。】が園内で紙銭を焚いていたのをばあやに見つかって引っ立てられているところでした。
良くわからないながらも藕官を庇ってばあやを追い払った宝玉がどうしてこんな事をしていたのか聞いてみると、自分の口からは言いにくいので宝玉の所に配属された【芳官【芳官】〔ほうかん〕
大観園、子供芝居の正旦。宝玉付きの小女に配属。】から聞いて欲しいと言われて逃げられてしまったのでした。
黛玉の見舞いを済ませて帰ってきた宝玉が、いつ芳官に聞こうかと思っていると表の方から芳官とその義母が、
「人の義母面して給金だけ巻き上げて、自分の娘よりも明らかにぞんざいに扱うとはこの盗人め!」
「なんだい、折角引き取ってやったのにその態度。まったくこの気違いが!」
と言い合いしている声が聞こえてきました。
何をやっているんだとあきれる襲人や晴雯でしたが、宝玉だけはなんだあの義母は、と芳官を弁護します。
人をやって仲裁させた襲人ですが、気の短い晴雯などは芳官の義母を怒鳴りに行きました。
下手に仲裁に入られた芳官の義母の方でも、
「たとえ義母でも一度親と呼べばそれは親です。私が躾をするのに何がありましょう。」
と言い返すと、それを聞いた麝月が、
「主人を持った以上はここでの躾は主人である宝玉様と私たちがするものです。例え親であっても口出しは許しません。最近のあんたたちの態度のあまりの酷さ、史太君様が帰ってこられたら全部言いつけますよ!」
あまりの恥ずかしさに芳官の義母が黙り込むと、食事の用意が出来たとの知らせが来ました。
すぐに襲人らが支度を始めると、芳官も少しは覚えるようにと宝玉の側で給仕をさせてみます。
熱い吸い物でびっくりした宝玉のために芳官に吹いてさましてあげるように襲人が言いました。
さてこの芳官の義母、実は芳官のつてで賈家に仕え、今回初めて芳官とともに怡紅院に配属されたばあやでした。
ここで下手に芳官から絶縁でもされたら大変と思った芳官の義母は、これは名誉挽回のチャンス!と宝玉らの部屋に飛び込みました。
「どれ、私がお手本を見せてあげましょうか。これこの様に…。」
いきなり芳官の手から吸い物椀を取り上げた芳官の義母、今度こそ襲人たちの逆鱗に触れてしまいました。
「あんたみたいのが出る幕じゃ無いと言っているでしょうが!あんたが入っていい場所など限られているのです。のこのこと目障りなんですよ!」
ついに他のばあやたちに連れられて追い出された芳官の義母、悔しくて悔しくて仕方がありませんでしたがこれ以上口答えしてクビになるわけにはいかず渋々帰っていったのでした。
宝玉の食事も終わって、今度は襲人らが食事をするために席を外そうとしました。
ここで宝玉が芳官に目配せをすると、心得た芳官は、食欲がないと言って残ることにします。
早速宝玉から藕官とのいきさつを聞かされた芳官が語るには、
「実はあれは【薬官【薬官】〔やくかん〕
大観園、子供芝居の小旦。故人。】の供養なんです。あの子ったら役柄の夫婦関係を引きずって芝居以外でも夫婦のようにしていたんですもの。」
「でもその後きた代わりの子とも同じように仲良くやっていたのでからかったら、「ただ義理立てするのではなく、本心から供養し心の底で決して忘れない事が大事」なんて言ってたんです。」
それを聞いた宝玉は、
(僕と同じように考える人がいたなんて)
感動しきりの宝玉は、藕官への忠告を芳官に頼みます。
「紙銭なんて形ばかりで意味がないんだ。これからは香を焚き、一心に祈れば必ず通じるはずだよ。」
承知しましたと芳官がうなずいているところに、史太君帰宅の知らせがやってきたのでした。
やっと帰っていた史太君、それを迎えに行く宝玉ですが、まだまだ葬儀が終わったばかりでまたすぐに今度は野辺送りにも参加せねばならず、賈璉に諸々の支度をさせると休む間もなくまた出かけてしまいました。
残った大観園内では、宿直のものをいつもより増やし、また使用する門も制限して問題が起きないように警戒します。
そんなある朝、湘雲は起きてみると顔に出来物が出来ているのをみて薔薇硝を塗ろうと探しますが、あいにく切らしていました。
前に黛玉がたくさん持っていたのを思い出した宝釵が、鶯児を使いに出して貰ってくるように頼みます。
すると、藕官に会いたくなった【蕊官【蕊官】〔しんかん〕
大観園、子供芝居の小旦。宝釵付きの小女に配属。】が一緒についてきました。
二人で瀟湘館まで向かう鶯児と蕊官、途中で柳の枝がきれいに茂っているのをみた鶯児は、その枝を手折って即興で簡単な籠を作って見せ、黛玉へのお土産にします。
鶯児が薔薇硝を貰って帰ろうとすると、蕊官と藕官は二人ともまだまだ離れたくなさそう。
それを見た紫鵑は、
「そんなに離れたくないなら、これから黛玉様は蘅蕪院へ一緒に食事をしに行きますから、と伝えに行って来なさいな。」
と言ってやり、喜んだ藕官は二人について一緒に蘅蕪院へと向かったのでした。
帰り道でも二人に請われて籠を作ってあげる鶯児ですが、そんなところへ【春燕【春燕】〔しゅんえん〕
宝玉付きの小女。】がやってきました。
「あら、藕官じゃないの。この間は大変だったわね。」
この春燕、実は先日藕官が紙銭を焼いていたときに掴みかかっていたばあやの姪。
しかも怡紅院で芳官と喧嘩したばあやの娘でもありました。
「宝玉様もよく、「女の子は折角きれいな珠なのに、結婚するとどうして魚の目の様になっちゃうんだろう。」なんて言ってますけど、うちの年寄りたちこそまさにその典型だわ。」
ここのところ騒ぎ立てている者たちが皆身内のものばかりでまったく肩身の狭い思いをしている春燕、ふと鶯児の手元をみると、
「ここら辺の柳の木は、うちの伯母が管理してるのよ。そんな折ってるのが見つかると怒り出すわよ。」
そういわれた鶯児は、
「あら、うちの宝釵様はいつも配達してくれる草花を断っているので、私たちには必要になったときに取ってくれと言われてるのよ。大丈夫でしょ。」
そんなところへ、噂の春燕の伯母がやってきました。
鶯児が柳を折っているのを見つけますが、宝釵付きの女中である鶯児には何も言えない伯母は春燕に八つ当たりを始めました。
そこへ鶯児が冗談で春燕のせいにすると、まるで我が意を得たかのように殴り始めたのです。
あまりのことにびっくりした鶯児が止めに入りますが、さらに間が悪いことに春燕の母親まで来てしまいました。
この二人のばあや、ともに子供芝居の役者たちには腹に一物もつ身。
鶯児と一緒にいる蕊官、藕官をみて恨みが蘇り、それを春燕にぶつけ始めてしまったのでした。
あまりの仕打ちに耐えられなくなった春燕は、全力でダッシュして怡紅院にすがります。
娘が宝玉にすがりついて自分が責められては大事と急いで追いかける母親。
怡紅院では、それを見た襲人が、
「先日は義娘を殴り、今度は実の娘を殴り…、いい加減にしなさい!」
が普段から大人しい襲人のことをなめていた母親は反論すると更に追いすがろうとします。
更に何か言おうとした襲人を止めると春燕に目配せをする麝月。
心得た春燕は奥にいた宝玉に泣きすがりました。
母親が、宝玉にすがっている娘はさすがに殴りに行けずにいると、
「私たちの躾が納得できないと言うのなら、もっと躾の得意な人を呼んできましょう!」
と皆の前で麝月が大きな声で宣言し、すぐに平児を呼んでくるように言いつけます。
それを聞いたまわりのばあやたちはすぐに謝って逃げるように言いますが、平児のことを良く知らない母親は平気な顔。
やがて帰ってきた使いのものが、
「今忙しくて行けないが、そんなばあやはすぐに追放して外で笞打ち四十。そのまま打ち捨てなさい、とのことです。」
これには魂も飛び出す思いの母親は、一転して平謝りに謝り、襲人らのお情けにすがって二度としないと宣言し、何とか許して貰ったのでした。
二人(春燕と母親)が出ていくと、入れ替わるように平児がやってきます。
もう良いですよ、と言われた平児は、
「たしかに許せることなら許した方が良いわね。それにしてもここ数日、あっちでなんだこっちでああだ、って何なのかしら!」
煕鳳が倒れてにわかに忙しくなった平児は、まったくぼやきの一つも言いたくなってしまったのでした。
「それにしてもここ数日、あっちでなんだこっちでああだ、って何なのかしら!」
自分たちの所だけ大騒ぎしていると思っていた襲人は何があったのかと気になって平児に訊ねますが、李紈の所からお呼びが掛かって平児はまた今度、と言って行ってしまいました。
宝玉の方はというと、帰っていく春燕とその母親を呼び止めると、
「二人ともすぐに鶯児ちゃんの所に謝りに行きなさい。あっ、でも宝釵姉さまには知られないようにしなさいな。」
謝りに行くとちょうど鶯児が一人でいたので、二人して頭を下げて許して貰います。
鶯児の方でも怒っていたわけではないので、何事もなく帰ろうとした二人。
そこへ蕊官がやってきて、自分も分けて貰った薔薇硝を、芳官にお裾分けしたいので渡して欲しいと頼みます。
承知した春燕が怡紅院に戻ってみると賈環が見舞いに来ていました。
芳官を見つけて春燕が包みを渡すと、気が付いた宝玉が中身はなんだい?と聞いてきました。
芳官が宝玉に見せてあげると、横から賈環も覗いてきて、
「いい匂いだなぁ。僕に少し分けてよ。」
せっかくの蕊官からのお裾分けを人にはやりたくない芳官は、自分が元から持っていた分をあげようと急いで奥へと走ります。
がいくら探しても見つからない。分かりゃしまい、と言う麝月の言葉に仕方なく、手元にあった茉莉粉を賈環にあげて帰って貰ったのでした。
良いものを貰ったと喜ぶ賈環が【彩雲【彩雲】〔さいうん〕
王夫人付きの女中。】を訪ねると、ちょうど趙氏も来ていました。
彩雲がみればそれは薔薇硝ではなく茉莉粉。
茉莉粉の方が少々劣っている品だったので、小女ごときに馬鹿にされたのか、と趙氏が怒りだしました。
いつも自分を焚き付けておいて、いざ怒られると弁護の一つもせずに黙っている母親に嫌気がさしていた賈環はあまり趙氏を相手にしません。
側にいた彩雲もなだめますが、賈環の一言、
「自分だって自分の子の探姉さんには言えないくせに。」
この言葉で頭に血が上った趙氏が駆け出したところに、ちょうど【夏ばあや【夏ばあや】〔か・ばあや〕
藕官の義母で、嬋姐児の祖母。】がかち合いました。
子供芝居の役者たちには恨み嫉みで一杯の夏ばあやは、これは良い腹いせができる、とばかりにあることないこと趙氏に吹き込んでしまいます。
味方がいると知って更に強気になった趙氏は、居丈高に怡紅院へと乗り込んだのでした。
そのころ宝玉は出かけていました。
乗り込んできた趙氏は襲人の挨拶も無視して芳官に茉莉粉を投げつけると、
「私に買われた分際で、宝玉とは兄弟の賈環に舐めたことしてくれるじゃないの!」
やられた芳官も負けてはおらず、
「あんたに買われた覚えなどないわ!あんただって私ら同様買われた女だろうが!」
襲人が止めに入りますが、歯止めが利かない趙氏は芳官に平手を喰らわせました。
それで引っ込むわけにはいかない芳官も殴りかかり、周りが止めに入るのも大変な状況になってしまったのでした。
さて芳官の窮地を知った仲間の【葵官【葵官】〔きかん〕
大観園、子供芝居の大花面。湘雲付きの小女に配属。】と【荳官【荳官】〔とうかん〕
大観園、子供芝居の小花面。宝琴付きの小女に配属。】は、藕官と蕊官とともに助太刀に向かいます。
この四人も加わってまさにてんやわんやの怡紅院。
「いっそのことここで気の済むまでやらせちゃいなさいよ。」
なんて無責任なことを言っていた晴雯でしたが、頃合いをみて探春の所に知らせを走らせます。
探春、李紈、宝釵らが平児とともにやってくると、芳官らに厳重に注意して趙氏を連れて去っていきました。
こんなばかげたことで騒ぎを起こすな、と諭す探春。
言い返す言葉もない趙氏はとぼとぼと帰っていったのでした。
あまりの恥ずかしさに狂いそうな探春は、趙氏を焚き付けたものはいないかと捜索を開始します。
とはいえ知っていても告げ口するわけにはいかないばあやたちが口をつぐんでいると、【艾官【艾官】〔がいかん〕
大観園、子供芝居の老外。探春付きの小女に配属。】が夏ばあやが直前まで話し込んでいたことを密告したのでした。
夏ばあやの外孫に【嬋姐児【嬋姐児】〔せんそじ〕
探春方の小間使い。】というのがいました。
翠墨はこの嬋姐児に艾官が告げ口したから気を付けなさいと夏ばあやに教えてあげるようにと知らせてあげます。
それを知った嬋姐児は急いで夏ばあやの所に行きますが、聞いた夏ばあやは気を付けるどころか逆に飛び出そうとしたので、これを急いで止めたのでした。
そんなところへ、【柳奥さん【柳奥さん】〔りゅう・おくさん〕
大観園の料理部屋の女房。】を訪ねて芳官がやってきました。
嬋姐児が蒸し菓子を持っているのを見た芳官は、欲しいと言い出します。
柳奥さんが奥から出してきて芳官にあげると、それを手にとって嬋姐児を馬鹿にしだしました。
あまりのことに言葉も出ない嬋姐児は、一言二言言い返してそのまま出ていってしまったのでした。
柳奥さんと話をして帰ってきた芳官は、柳奥さんに以前一度あげたことのあった玫瑰露というお酒を宝玉に頼んで貰います。
宝玉は襲人に探してきて貰うと、残りもそれほどなかったので瓶ごとあげてしまいました。
喜んだ芳官は急いで柳奥さんの所へと戻ったのでした。
さて柳奥さんは、日頃から娘の【五児【五児】〔ごじ〕
柳奥さんの娘。結構な器量好しだが病弱。】を宝玉の所の小女として雇って欲しいと思っていました。
宝玉の所では、女の子を労ってつらい仕事が少なく、仕えている女の子たちはそのうち無償で自由の身にしてあげると約束していると知ったからです。
前々から子供芝居の子たちと仲良くしていた柳奥さんは、これを機会にと芳官をつてに頼んでいたのでした。
芳官が玫瑰露を持ってやってくると、ありがたく受け取るとともに五児の雇用の件の進み具合を訊ねます。
今は忙しい上に、探春が無駄を省こうと目を光らせているので待ってくれと言う芳官は、必ず何とかすると約束して帰っていったのでした。
瓶ごと貰ってしまった玫瑰露。
五児の従兄も病気だったことを思い出した柳奥さんは、分けてあげようと出かけます。
それを見た五児は、
「下手にそんな高価な物を持ち出して難癖付けられたら大変だからやめましょう。」
と言いましたが、聞いて貰えませんでした。
柳奥さんが兄の家に行くと、そこへちょうど【銭槐【銭槐】〔せんかい〕
五児につきまとう賈環付きの小者。】という者も来てしまいました。
この銭槐、五児に惚れているのですが相手にして貰えず、そんなに拒まれては意地でも自分のものにしてやると腹の底で考えていた男です。
そんなわけで居心地が悪くなった柳奥さんが慌てて帰ると、追いかけてきた兄嫁に茯苓霜という薬を貰ってしまいました。
さてさてやっとこさ帰ってきた柳奥さんが家にたどり着くと、既に何人かの小女が来て柳奥さんを探していたのでした。