柳奥さんが帰ってくると、園の入り口の小者がなにくれを無心してくれと駄々をこね、なかなか通してくれません。
忙しい柳奥さんが適当にあしらって入って行くと【蓮花児【蓮花児】〔れんげじ〕
迎春付きの小女。】が来ていて、司棋の注文で鶏卵を軽くゆでて欲しいとのこと。
「今は鶏卵が高くて手に入らず、出来ないので我慢してくださいな。」
柳奥さんがこう言って断ると、カッとなった蓮花児、
「余所の晴雯さんが頼んだときにはほいほい引き受けたくせに自分の時は断るのか。」
と吐き捨てて司棋の所へあることないこと告げ口してしまいました。
それを聞いた司棋の方でも馬鹿にされたとカッとなり、部屋の小女を引き連れて柳奥さんのいる料理部屋に乗り込んでそこらじゅうを荒らし回ります。
止めに入った他のばあやたちになだめられ、また柳奥さんが考え直して作っていたところだった聞いた司棋は仕方なく帰っていきました。
がその後小女が卵を持って行くと司棋は投げ捨ててしまいます。
びっくりした小女でしたが、後々のことも考えてこのことは柳奥さんには知らさないようにしたのでした。
やっと落ち着いた柳奥さんが貰ってきた茯苓霜を五児に見せると、玫瑰露のお礼に少し芳官にも分けてあげようと怡紅院へと出かけます。
怡紅院に着いた五児ですがさすがに堂々と入るわけにもいかずうろうろしていると、春燕が通りかかったので芳官への言づてとともに茯苓霜を預けて帰ろうと道を戻っていきました。
が間の悪いことに林奥さんら女房連中に見つかってしまいます。
園内は用のないものは立入禁止。しかも最近は失せものが多く、気に入らない人間に濡れ衣を着せて追い出そうと考えているものまでいる始末です。
やはり五児もとがめられ、王夫人の所でなくなった玫瑰露と茯苓霜の下手人にされてしまいました。
煕鳳の所へ連れて行かれた五児、平児が出てきて母娘共々笞打ち追放を言い渡されてしまいます。
それは濡れ衣だと泣きつく五児に詳しく問いただした平児は、詳しいことは明日調べると言ってこの件については置いておくことにしました。
これを聞いてびっくりしたのは怡紅院の面々。
芳官、宝玉、襲人が平児にこれこれと説明します。
玫瑰露については納得した平児ですが、茯苓霜の方は親戚に貰ったとはいえその親戚が職権を使ってちょろまかしたもの、他のものに示しが付かなくなります。
とはいえ実は茯苓霜を盗んだ人間は判明していました。
趙氏にせがまれた彩雲が賈環にあげていたのです。
ここで面倒な事に、事が大きくなってしまって困った彩雲が玉釧児の仕業だと言い出していました。
平児たちが彩雲を告発するのは簡単ですが、下手をすると趙氏がまた騒ぎ出して探春の顔に泥を塗ることになってしまいます。
困った面々は宝玉がやったことにして彩雲と玉釧児には後で厳重注意をすることで片付けることにしました。
呼ばれた彩雲と玉釧児に平児が遠回しに注意をすると、突然彩雲が身を乗り出して自分がやったことを白状し、どんな罰でも受けますと言い出します。
彩雲の方でもまさかこんな大事になるとは思っておらず、しつこい趙氏を断りきれなかった結果だったのでした。
反省したのならと安心した平児は、彩雲も柳奥さんも五児もお咎めなしで全部宝玉のいたずらということで片付けます。
この機会に柳奥さんを追い出そうとしていた面々は、後がまに司棋の叔母の【秦顕【秦顕】〔しん・けん〕
栄国邸の使用人。】の奥さんを勝手に据えていましたが、無罪放免でおじゃん。
結局なにがどうなる、ということもなく片付いたのでした。
さて柳奥さんの後がまを狙った【秦奥さん【秦奥さん】〔しん・おくさん〕
秦顕の妻。司棋の叔母。】、早速身の回りの品を売りさばいて周りの人たちへの贈り物を買い集め、挨拶周りを始めていました。
ところがところが柳奥さんが無罪放免されてしまい職場の移動は取りやめ、結局秦奥さんはぬか喜びでばらまいた贈り物の分だけ損しただけになってしまったのでした。
一方の趙氏は、自分が彩雲にたかって王夫人の所からたくさん盗ませていたことをばらされやしないかとびくびくしていました。
結局宝玉が全部かぶってくれたことを彩雲から聞いた趙氏は胸を撫で下ろしますが、宝玉の名を聞いて虫の居所が悪くなった賈環は今まで彩雲から貰ったものを投げつけると、
「宝玉がうまく片付けただと!どうせおまえはあいつと出来てたんだろう。なんならおまえが一人でやったって告げ口してやろうか!」
と言い出します。
これを聞いた彩雲の悔しいこと悔しいこと。
趙氏ですら賈環のあまりの態度に呆れ返り、彩雲をなだめると賈環を叱りつけます。
彩雲は投げつけられた品々を集めると池にすべて投げ捨て、ひとり泣き明かしたのでした。
そうこうしていると宝玉の誕生日が来ました。
実は宝琴が宝玉と誕生日が同じだったことが判明し、例年にない祝いようです。
宝玉が各部屋へ挨拶周りに出向きやっと帰ってくると、今度は探春たちが女中らとともにお祝いにやってきました。
とそこに平児もやってきます。
宝玉と平児、互いにお祝いの挨拶をしあっていると、襲人が横から、
「あら、宝玉様もう一回挨拶をしないといけませんわよ。」
と言い出しました。
訳が分からず聞き返すと、何と平児も一緒の誕生日だったのです。
それを見た湘雲、
「あなた達も一緒に挨拶をしあわないといけないんじゃないのかしら。」
宝琴と岫烟に向かって話しかけます。
なんだ岫烟も同じなのかとびっくりする面々、ならば自分たちだけで四人のお祝いをしようということになりました。
煕鳳の所に平児を借りると伝えると柳奥さんを呼び出して料理を支度して貰い、芍薬の咲き乱れる庭に宴席を設けます。
尤氏や薛未亡人も誘いだして始まった誕生祝いの宴会。
早速酒令をやろうということになり、次々に順番が回っていきます。
とはいえじっとしているのが苦手な湘雲は、人の番に答えを教えたり、宝玉と別の酒令を始めたり…。
と湘雲の言葉尻から黛玉が宝玉をからかいました。
しかしそれが先日の出来事のことで、その場にいた彩雲にまでいたたまれない気分にさせてしまい、宝釵に目配せされ、自分でも気づいた黛玉は人をからかうどころではなくなっちゃったのでした。
そんな中、林奥さんが女房らを連れて見回りに来ました。
大丈夫だからと探春が林奥さんらを送り返すと、湘雲の姿が見あたりません。
皆が探していると、酔いを醒まそうと出てきてつい眠ってしまった湘雲が芍薬の花びらに埋もれてぐっすり熟睡中。
その愛らしさに眺めていた一同は、揺り起こして酔い冷ましのお茶を飲ましてあげたのでした。
さて探春が遊んでいると、林奥さんが再度やってきて落ち度のあった女房の処遇を聞いてきました。
李紈、煕鳳には聞いたのかと尋ねた後で処遇を言い渡す探春を見た宝玉と黛玉が、しきりに探春の一歩下がった態度と識見を誉めていました。
「倹約を始めたり取り締まったり、本当に探春さんはすごいわね。」
「うん、でもそんな倹約なんかしなくても僕と黛ちゃんが使う分ぐらいは何とかなるよねぇ。」
その言葉に呆れた黛玉はどっかいっちゃいました。
抜け出した宝玉が怡紅院に戻ると芳官が寝ていました。
起こして出かけようとすると春燕がご飯を持ってきたので三人で食べてしまいます。
つまらないという芳官に、後で怡紅院で飲み会をやろうと約束して二人で出ると襲人、晴雯にばったり。
「あらあら、いつの間にこの子ったら宝玉様と仲良くなったのかしら。これじゃ私たちみんな追い出されちゃいますわ。」
こんな事を言い出す晴雯に襲人は、
「あら、あなたは大丈夫よ。普段動きもしないあなたが病気の時に限って雀金裘の繕いなんかしたんですもの。」
宝玉は襲人らにも飲み会のことを話すと宴席へと戻ったのでした。
宴席の外では香菱と子供芝居の芳官らが遊んでいました。
ふざけた荳官とやり合っていた香菱は、大事な裙を汚してしまいます。
それを見つけた宝玉は、急いで怡紅院へと戻ると襲人にわけを話して似たようなやつを貰ってきて香菱に渡します。
女の子が大好きな宝玉の方でも、思わぬ所で香菱の役に立てて大喜びしたのでした。
誕生祝いの宴席がお開きになると、早速怡紅院の身内だけの飲み会の準備を始めます。
参加者から既にお金を集め、平児の所からお酒も貰って来ておいた襲人が宝玉に報告すると、
「四児や芳官ら小女は払わなくても良いんじゃないかな。」
それを聞いた晴雯、
「私たちだって別にお金持ちじゃないんですけど。まぁお祝いなんだから出せる分を出すべきですよ。」
すぐに始めたい宝玉が怡紅院の門を閉めさせようとしますが、あまり早くから閉めては逆に疑われるから、としばらく待つ事にしたのでした。
そこへ林奥さんが女房らを連れて見回りに来ました。
今日はどうしたのかくどい林奥さん、宝玉の名付け癖を注意したり襲人らに小言を言ったり…。
とはいえ怡紅院での企みに気が付かなかった林奥さんは、一通りの見回りをすると帰っていったのでした。
さあこれで邪魔者は来ないぞ、とばかりに支度を始めます。
宝玉の無礼講で行こうという言葉通りもうてんやわんや。
ちょっと酒令でもやろう、ということになったのですがいかんせん人数が少なくて面白くない。
じゃぁ呼べばいいじゃないか!とばかりに早速四児と芳官を使いに出し、また襲人・晴雯・麝月も追いかけて、結局集まるいつもの面々。
李紈・探春・宝釵・宝琴・黛玉・湘雲・香菱と集まって、順番にくじを引いてくじに書いてある命令を実行する、という酒令を始めます。
探春が引くと、
「良い婿さんを貰うこと。」
なんてものを引いちゃったり、黛玉が引くと湘雲と二人でふざけあったり…。
で麝月が引いたくじはお開きのくじ。
字を読むのが得意ではない麝月に聞かれた宝玉は、ここで終わってはつまらない、と思って他の人には見られないようにしてとにかくみんなに呑まして次へ回してしまいます。
更に続いていく酒令でしたが、薛未亡人の所から黛玉のお迎えが来てしまい余所の部屋の人たちはここでお開き、となったのでした。
皆を送った襲人たちはまた席に戻ると用意しておいた酒を飲み干すまでどんちゃん騒ぎ。
芳官はべろべろ、四児と春燕はすでに熟睡中。
襲人や晴雯、麝月ももうできあがっちゃっていて、放っておこう、という宝玉の言葉にあっちゃこっちゃでごろごろしちゃっています。
次の日起きてみると、既に日は燦々と照り輝き、寝過ごしたのは一目瞭然。
芳官なんて酔っぱらって宝玉と一緒のベットで寝てました…。
みなで昨夜の醜態ぶりを暴露しあっていると、平児がやってきました。
昨日の返宴を開くとのこと。
で襲人らが夜にも宴会をやったことを聞いた平児は悔しがり、自分が開く宴会には全員参加を言い渡して仕事に行ってしまいました。
宝玉がふと部屋の中を見ると一枚の紙が落ちていました。
見れば妙玉からの誕生祝いのカード。
こんなものいつ来てたんだ!とびっくりした宝玉、急いで返事を書こうとしますが下手なことを書いてはいけないと思って筆が進みません。
とりあえず黛玉に相談しようと出かけると、妙玉のところに遊びに行くという岫烟とばったり。
実は岫烟と妙玉は幼なじみだったと知った宝玉が岫烟に相談すると、二人のやり取りの偏屈さにおかしがりながら妙玉の好みを教えてくれて、出来た返事を妙玉の所に届けてきたのでした。
帰ってきた宝玉は芳官を見て、いきなり男装をさせ、別に男名を付けさせます。
芳官の方でも気に入った様子。
それを知った湘雲や探春、李紈も、葵官と荳官に小者の格好をさせて大喜びしていました。
平児の返宴が始まると、尤氏が【佩鳳【佩鳳】〔はいほう〕
賈珍の妾】・【偕鴛【偕鴛】〔かいえん〕
賈珍の妾】の二人を連れてやってきます。
宝玉が芳官を男名で呼んでいるのを罵倒語と聞き違えた佩鳳と偕鴛をみた宝玉は、ありゃまずい、と別の名前に付け替えますが芳官以外には不評でした。
そんなところに賈敬の訃報が届きました。
仙人修行中だった義父の突然の死にびっくりした尤氏ですが、更に困ったのは普段この手の事務処理をしている賈珍や賈蓉、賈璉らが皆史太君らとともに出かけている、という事でした。
とはいえ今は夏で遺体は腐ってしまうし、状況如何によっては殺人かも知れないのでゆっくり待っているわけにもいきません。
意を決した尤氏は、賈珍らに使いを出すとともに自分は葬儀等の事務処理を行い、継母の【尤老母【尤老母】〔ゆう・ろうば〕
尤氏の継母。】と二人の妹、【尤二姐【尤二姐】〔ゆう・にしゃ〕
尤老母の娘】・【三姐【尤三姐】〔ゆう・さんしゃ〕
尤老母の娘】を寧国邸の留守番に呼びだしてその任に当たったのでした。
事情を知って急いで帰ってきた賈珍と賈蓉、遺体の納められた鉄檻寺に行ってとりあえず号泣すると、尤氏の妹たちが寧国邸に来ていると聞いて…ニヤリッ!としたのでした。
またまた増えた事件の種。さてさてこれからどうなっていくのか。
賈珍、賈蓉も帰ってきて、賈敬の葬儀も大忙しとなりました。
宝玉や煕鳳も参加しないわけにはいかず、寧国邸へと足繁く出入りします。
そんなある日、暇を見て抜け出した宝玉が怡紅院へと帰ってくると、芳官や晴雯らが皆で遊んでいました。
ところが襲人の姿が見えない。
晴雯に聞くと、
「襲人さんは悟りを開きにいっていますよ。」
なんのこっちゃ?と宝玉が隣の部屋へ行くと襲人が一人で裁縫をしていました。
宝玉自身があまり身の回りの品に関してうるさく言わない人間だったので、皆が忘れていた装飾品を一人で新調していたのです。
本当に親身になって世話をしてくれる襲人に感謝する宝玉は、根を詰めて具合が悪くならないように注意すると、瀟湘館へと黛玉の様子を見に出かけたのでした。
途中で会った雪雁に黛玉の様子を聞くと今はやめた方が良さそうだったので、予定を変更して煕鳳の見舞いで時間をつぶした宝玉。
もう良いかな、と瀟湘館へ行くと黛玉は何だか疲れた様子で泣いた跡まであります。
と部屋の片隅に書き付けを見つけた宝玉は黛玉の止めるまもなく懐へねじ込んでしまいました。
取り返そうともみ合っているところに、宝釵がやってきました。
仕方ないと諦めた黛玉は、二人に見て貰って感想を聞きます。
そこに書いてあったのは五人の過去の美人を詠った詩。
まぁ、良いじゃないのとべた褒めの宝釵と宝玉だったのでした。
次の日、史太君らがやっと帰ってきました。
みな一同に賈敬の突然の死を悲しみ、葬儀から帰ったのにまた葬儀という有り様に疲れ気味の様子です。
続けざまに今度は寧国邸と鉄檻寺を行ったり来たりで、どこも大わらわ。
そんな中、賈璉は尤氏の義妹たちが来ているのを知って、煕鳳や賈珍、賈蓉に隠れてちょくちょく寧国邸へと通っていました。
三姐の方は相手にしてくれませんでしたが、二姐の方はまんざらでもない様子です。
そんなわけで、賈璉はもっぱら二姐狙いで寧国邸へと出かける理由を探していたのでした。
鉄檻寺で葬儀の指揮を執っていた賈珍の所に葬儀代の集金が来ました。
賈蓉に取りに行かせようとした賈珍ですが、賈璉が自分が行くと言い出したので一緒に行って貰います。
二人で出かける賈璉と賈蓉。
道中ひたすら二姐を誉める賈璉を見て、賈蓉が一計を案じてやりました。
曰く、
「珍父さんもあなたの妾にどうかと言ってましたよ。どうです、煕鳳叔母さんに隠すのは大変ですが、ばれないように邸の外で囲ってみては。」
これを聞いて大喜びの賈璉。
まさか賈蓉が、自分が逢い引きしやすくするために策を弄しているとは思いもしない賈璉でした。
喜んだ賈璉が二姐の気持ちを確かめようとさりげなく振ってみると、ちょっとじらされたけど全然O.K。
そんなわけでトントン拍子に話が進んでいったのでした。
さてこの尤二姐、実は婚約者がいました。
とはいっても生まれる前に親が勝手に決めた相手で、本人にしてみればなんてアンラッキー、って所。
相手は【張華【張華】〔ちょう・か〕
尤二姐の元婚約者。】といって今では落ちぶれたもと役人の家柄。
何で賈家に連なる家柄である尤家のお嬢さんがそんなところと婚約しているのかというと、実はこの二姐と三姐は尤老母の再婚したときの連れ子で尤氏とは血のつながりがない。
その貧乏時代の相手だったのです。
そんなわけですから、二姐としてはこんなに良い話はまたとないチャンス。
のちに殺されることになるとは思いもせずに了承してしまったのでした。
葬儀の合間に不謹慎な裏活動を行う男三人。(賈珍、賈蓉、賈璉)
後々騒がれないように張華を探し出して離縁状を無理矢理書かせると、栄国邸の裏通りの家を買い取って小女二人、鮑二とその後妻の四人を付けて無事非公認の妾にする事に成功したのでした。
さてさて尤二姐を囲うことに成功した賈璉は、煕鳳にばれないように婚礼を済まし足繁く通うことになったのでした。
当然出かけがちになる賈璉でしたが、寧国邸の忙しさと、賈珍との日頃の仲の良さから煕鳳もまったく疑っていません。
賈璉付きの小者である【興児【興児】〔きょうじ〕
賈璉付きの小者。】と【隆児【隆児】〔りゅうじ〕
賈璉付きの小童。】もごまかしに参加していたのは言うまでもありませんでした。
そんなある日のこと、賈珍はふと思い立ち賈璉がいないことを確認して尤二姐たちの住む外邸へと訪れました。
それを迎えた尤家の三人は賈珍を部屋にあげると、気を利かした二姐によって賈珍と三姐二人きりになって飲んで戯れて…と始めました。
そんなところへ賈璉がやってきます。
何とも気まずい尤二姐と尤老母は、賈璉に気づかれないようにと気が気でありません。
それと察した賈璉は、
「何、私と兄さんの間柄は知っていよう。何も気にしてはいないさ。」
そう言ったかと思うといきなり三姐と賈珍がいる部屋へと乗り込んでいきました。
突然の賈璉の出現に驚き、かつ気まずい賈珍でしたが、賈璉が気にしていないことを知ると二人で三姐をからかおうとしはじめました。
これが実は大間違い。
二姐は賈珍と密通していたという不貞をしてはいましたが、その本質は「慎ましく、夫を立てる。」という煕鳳と比べて何倍も出来た妻、一歩下がった控えめな女性。
が三姐は全くの反対でとんでもなく気の荒い、男なんか平気で扱き下ろす様な女性だったのです。
しかも困ったことに自分の器量の良さを理解して使ってくるものですから、まったく男にしてみれば手を出したいのに出せやしない。
当然賈珍と賈璉もこんな性格だったとは知らなかったため、ふざけたことがこの怒気にふれ逆らえなくなってしまったのでした。
とはいえ賈璉と二姐は、本当に煕鳳よりも先に会っていればと悔やまれる位仲良くうまくやっていたのでちょくちょく会っていました。
三姐の身の振り様のことを心配した二姐が賈璉に相談すると、
「三姐の気持ちを確認して嫁入り先を探してやろう。」
ということになり、二人で三姐との相談の場を設けました。
二人の改まった態度に気が付いた三姐は、今までのあばずれぶりを改めると、
「私には心に決めた人がいます。どんなに優れた人が相手でも、その人以外と添い会うつもりはありません。」
そういう心づもりならば言うことはない、して相手は?というところで栄国邸から賈璉にお呼びが掛かってしまい、この話は一時取りやめになってしまったのでした。
賈璉の代わりに用事を受けるようにと残された興児ですが、二姐に聞かれるままに邸のことを話していきます。
「煕鳳奥様は恐ろしい方で、恨まない人はいません。」
「うまい汁は自分で吸って、苦いところは人に擦り付ける極悪人です。」
「史太君と王夫人をだまして機嫌を取り、その寵を頼んで好き三昧やっているどケチです。」
「ただ、片腕の平児姉さんだけは煕鳳奥様も頭ごなしに怒鳴れない公平で目下の者思いの出来た人ですけど。」
さすがに面と向かっては言えないことでもばれないと思えば出てくる出てくる…。
「でも私だって、礼を尽くして接すれば大丈夫じゃないかしら。」
こんなのんきな事を言う二姐にびっくりした興児は、
「それは絶対駄目です。あの奥様は嫉妬が服を着たような人で、笑って包丁を隠す恐ろしい人ですから、二姐奥様なんて絶対に喰われてしまいますよ。」
これを聞いて、邸内で過ごしている他の女性たちはどんな人たちなのか聞くと、
「李紈様は控えめで大人しく、お嬢様たちの教育を受け持って表には出てきません。」
「元春様はご存じの通り妃として栄達していらっしゃいます。」
「迎春様は何というか…、感情が薄くてずれていらっしゃいますし。」
「探春様は才気煥発で出来が良いのですが、いかんせん妾腹なのです。」
「惜春様はまだまだ子供でいらっしゃいます。」
ここまで言い終わって一息ついた興児は更に、
「がしかしまだいらっしゃるのです。」
「吹いたら飛んでしまうようなか細い美人、父方の従妹の黛玉様は詩才の天才ながらも病身で、」
「雪のように白く美しい、母方の従妹の宝釵様は詩才もさることながら万事をこなす出来た方なのです。」
「もう私たちはこの方たちが現れると、隠れるのは当然ながら、息をして黛玉様を吹き飛ばしてしまいはしないか、宝釵様を溶かしてしまいはしないか恐ろしくなる位なんですから。」
これを聞いた尤家の三人は、そのあまりの大げささに大笑いしたのでした。
あまりの興児の言いように、話半分で聞き始めた三姐が今度は宝玉について聞きました。と興児は、
「あぁ、あの人は駄目ですよ。勉強もしないで遊んでばかり、人と会うのが嫌いで女中と遊んでいれば幸せって人です。私たちだってあまり相手にしません。」
それを聞いた二姐が、
「あら、お会いしたときにはとっても出来た方だと思ったんですけどねぇ。」
それを受けて三姐は、
「まぁ、小者っていうのは、主人が甘いとつけあがって、きついと恨む扱いにくいものなのねぇ。でも姉様、宝玉様って他の人と考え方が少し違うだけで決して馬鹿ではありませんよ。」
フォローする三姐をみて、やっぱり三姐が好きなのは宝玉なんじゃないかと二姐が言うと、
「あぁ宝玉様の相手はとうに決まっていますよ、黛玉様です。もう少し大きくなって史太君様がお言いになればすぐ結婚でしょう。」
小者にまでばればれの宝玉と黛玉なんですが…、もっと素直になれていれば。
そこへ隆児が帰ってくると、
「賈璉様は半月ほど出張する事になったので、その準備の為に今日はもうこれないそうです。」
とのこと。で興児も急いで帰り、賈璉の支度を手伝うことになったので、この噂話もこれで終わりとなったのでした。
次の日、賈璉が改めて出発の挨拶をかねてやってきて三姐の思い人の事を訊ねると、
「それが、五年ほど前に会った柳湘蓮という役者だそうです。」
と言うではないですか。
「その人なら知ってますよ、うん、あの人ならお似合いだろう。」
ということで柳湘蓮の行方を知らないかと仲の良かった宝玉の所に聞きに行きますがあいにく知らない。
それでも彼以外は相手にしないと誓いまで立てる三姐の決意に仕方なくもう少し調べてみる、ということにして賈璉は出張の旅に出たのでした。
出発した賈璉が、しばらく行って向こうから来る一団におやと感じて目を凝らすと、なんと薛蟠が柳湘蓮と連れだってやって来るではありませんか。
柳湘蓮と会ってしまう偶然にも驚きですが、薛蟠と一緒ということにもびっくり。
聞くと薛蟠が強盗に襲われたときに柳湘蓮が助けてくれたとか。
まぁとにかくここであったが幸いと湘蓮に三姐のことを話して(彼女が誓いまで立てて待っていることは伏せてますが)嫁にどうかと訊ねます。
常々自慢できる美人を妻にしたいと考えていた湘蓮は、話を聞いて二つ返事でO.K。
じゃあ結納の誓いに何かくれ、と賈璉が言うので、
「では、この家宝の鴛鴦剣をおあずけします。」
これを見た薛蟠も、では新居は僕が用意しようと大喜びです。
話がまとまって大喜びの三人は、それぞれ用事があったので三方に分かれ、後日を約したのでした。
一足先に帰ってきた賈璉はこの話を三姐に話し、鴛鴦剣を渡して喜ばしてあげます。
それからはこの剣を眺めて約束の日が来るのを心待ちにする三姐。
尤老母と二姐も三姐が幸せになれるとその日を待っていたのでした。
さてやっと帰ってきた柳湘蓮、挨拶にと薛蟠の所へ向かうと旅の疲れで寝込んでいるというので宝玉の所に向かいます。
賈璉の紹介で妾の妹を妻に貰うことになったと言うと、
「妾の話は知りませんでしたが、三姐さんならあなたにぴったりですよ。」
宝玉のその言葉に引っかかった湘蓮が、どうして相手のことを知っているのかと聞くと、
「三姐さんは尤氏の義妹で私たちの身内ですから。」
この言葉に、
「しまった!この家で汚れていないものなど門の獅子飾りぐらいだ!とんだあばずれを掴まされた!」
とっさに叫んでしまった湘蓮は、目の前の宝玉の顔を見て今の失言に気が付きます。
謝って改めて三姐の人となりを訊ねますが、
「そんなものはあなたの方が良くわかっているんでしょう。」
と機嫌を悪くして、宝玉は何も教えてくれませんでした。…って当たり前だよな。
断ろう、と決めた湘蓮が賈璉とともに尤老母らがいるところへ向かいますが、着いて早々なかったことにして欲しいと言いだしたので賈璉もびっくり。
何とか説得しようと賈璉が湘蓮を外に連れ出すと、その話を隣の部屋で聞いていた三姐は湘蓮を呼び止め、
「この剣はお返しします。」
と言ったかと思うといきなり自分の頸に押し当てて自刎してしまったのです。
あまりに突然のことに騒然となる尤老母と賈璉。
その二人を二姐がなだめていると、一人湘蓮はその三姐のあまりの潔さに自分が早まった事を後悔し、遺体にすがって号泣すると葬儀の準備を手伝ったのでした。
がしかしそれ以来湘蓮は自宅に帰ってもただ呆然としているだけとなってしまったのでした。
その湘蓮、薛蟠の所の小者に新居が出来たと連れられてある家に来ました。
湘蓮が呆然としていると、突然三姐が現れます。
「この度仙界において役目を命じられたので、今日はお別れを言いに参りました。」
何とか引き留めようとする湘蓮ですが、仙女となった三姐はそれを振り払って消えてしまったのでした。
ふと気が付くと湘蓮は知らない古廟にいました。
傍らにいたびっこの道士にどこかと訊ねた湘蓮は、その道士の返事の言葉から何かを悟り、にわかに自分の髪を切り落とすと俗世との縁を切ってその道士とともにいずこかへと消えていってしまったのでした。
湘蓮が出家した後の薛家では、薛未亡人を始め皆がどうしてなのか怪しみ、また三姐の突然の死を悲しんでいました。
そんな中一人平然とした宝釵は、
「これもきっと前世からの因縁だったのでしょう。それより、兄様とともに出かけていた使用人たちに労いの宴席を設けてあげないと。」
それもそうだと思った薛未亡人は、薛蟠とともに宴席を設け皆を呼んで労います。
しかし呼ばれた面々が、命の恩人の湘蓮が来ていないのはどうしてかと訊ねてきたので、また悲しくなった薛蟠がべそをかきだしてしまい、白けた宴席は早々にお開きになったのでした。
薛蟠は母親と妹にお土産をたくさん買ってきていました。
それなら皆にもお裾分けしなければ、と二人とも早速分けて皆に贈ります。
さて貰った方の黛玉、宝釵からのお土産をみて涙がぽろぽろ。
(ああ、私にも土産を買ってきてくれる身内がいればこんなに面目ない思いをしなくて良いのに…。)
そんな黛玉をみて長い付き合いから察した紫鵑は遠回しに慰めます。
それでも一向に気が晴れない黛玉に困った紫鵑でしたが、そこへちょうど宝玉がやってきました。
やってきてすぐに黛玉の気持ちを察した宝玉は、
「なんですか黛ちゃん、お土産が少ないからって泣かなくても良いじゃないですか。」
わざとこんな事を言って黛玉を笑わせ、泣きやませることに成功したのでした。
とにかくお礼を言いに行こうと二人で宝釵の所に行くと、宝玉は早速黛玉が土産を見ながら泣いていたと教えてしまいます。
つい口が滑った宝玉が黛玉を見ると、余計なことを言わないで良いのに、って顔。
で急いで来年のお土産のおねだりなんかして見せて話題を逸らそうとする宝玉でしたが、黛玉の体の心配をする宝釵は、少しでも気を紛らわして思い詰めたりせず、ちゃんと体を大事にするようにと諭したのでした。
さてこちら趙氏。
宝釵からのお土産が賈環にも届いたのを見て有頂天になります。
「やっぱりあの宝釵嬢さんは違うねぇ。黛玉なんかじゃこんな気は回るまい。そうだ、王夫人は宝釵さんの伯母だし薛未亡人からも貰っているはず。どれ行ってみようか。」
宝釵から貰った土産を持って王夫人の所に行った趙氏でしたが、王夫人は全然相手にしません。
王夫人にしてみればどうといった事でもないのに、ことさらおべんちゃらを言いに行った趙氏こそ良い面の皮。
で帰ってくると今までの上機嫌はどこへやら、ぶつぶつぶつぶつ愚痴を並べ始めたのでした。
宝玉が怡紅院に帰ってくると、襲人が入れ替わりに出かけました。
何でも日頃良くして貰っているお礼に、全快した煕鳳のお祝いに出かけるとのこと。
襲人が煕鳳の所へ着くと、折しも二人でひそひそ話をしていた煕鳳と平児が急いで襲人を迎えます。
やってきた襲人をからかうのは煕鳳の常、平児がお茶を持ってくるのを見て長居はせずにすぐに襲人は帰っていったのでした。
さて煕鳳と平児は何を話していたのでしょうか。
「まったく、うちの旦那が外に妾を囲っているですって。ふざけんじゃないよ!」
「本当に、奥様がいるのに何をやっているんでしょう。」
とりあえず興児を呼び出して詰問する煕鳳。
ここで庇っても割をくうと思った興児はありのままを話してしまいます。
すべてを聞いた煕鳳は、やっと全快したというのにまた倒れ込まんばかりの怒り様。
何とかなだめて穏便に済まそうと頑張る平児に、判ったように一変した態度をとった煕鳳は、その胸の内に暗い炎を燃やしています。
一計を思いついた煕鳳は、すぐに使用人を呼んで離れの一室を掃除して部屋を整えるように命じたのでした。
さて掃除させた部屋を自分の部屋とそっくりに飾り付けさせた煕鳳は、平児、周奥さんらを連れて二姐の住む外邸へと向かいました。
いきなりの来訪を告げられてひっくり返らんばかりの驚き様の一同を尻目に、つかつかと二姐に近づいていく煕鳳。
二姐にしてみればやばい噂ばかりの煕鳳にいきなり来られてたまったもんではありません。
張りつめた空気の中、すぐ側までやってきた煕鳳はいきなり、
「夫が隠していたものですから挨拶が遅れてしまいましたわ。私も跡取り息子が生まれず、妾を持ってはと勧めていたのに、普段の放蕩と同じ考えでこんなひどい扱いをしてしまうなんて…。」
へりくだって礼をとる煕鳳にびっくり。
当然裏があるわけですが、あらかじめ煕鳳から言い含められていた平児や周奥さんは口裏を併せつつ、煕鳳のことを褒めちぎります。
(こんな出来た奥様を悪く言っていたのは、きっと使用人の主人へのやっかみからだったのね。)
煕鳳のことを少しでも知っている人(で煕鳳が怖くない人)がいれば、その場ですぐにつっこみを入れたくなるような楽観論を持ってしまった二姐は、すっかり煕鳳のことを信用してしまい言われるままになってしまいます。
「喪中に結婚したと知られては夫が責められてしまいますから、もう少し待って史太君様や王夫人に連絡しましょう。」
という煕鳳の言葉にそれもそうだと納得し、しばらく大観園内で世話になることになったのでした。
園内に連れてこられた二姐を見た姉妹らはびっくり(今回こればっかりだ。)。
あの嫉妬深くて蛇よりねちっこい煕鳳が、賈璉が隠れて娶った二姐を連れてにこやかにしているのです。
とはいえ二姐の穏やかで人当たりの良い人柄に好意を持った一同は裏がどうあれ暖かく迎えてあげたのでした。
さて煕鳳はここで二姐いびりの第一歩として、今まで二姐に仕えていた女中を追い出してしまい、自分の息の掛かった女中に変えていました。
そうとは知らない二姐は、新しくやってきた女中の【善姐【善姐】〔ぜんそ〕
二姐付きの女中。その実体は煕鳳の手先。】に用事を頼みました。
「すいません、ちょっと白粉が切れてしまったので、煕鳳様にお願いして貰ってきて下さいな。」
「そんなことを煕鳳様に頼まないで下さい!ただでさえ忙しい煕鳳様の仕事を増やして楽しいんですか!」
これを手始めにまったく言うことを聞かなくなる善姐でしたが、たびたび訪れる煕鳳の自分に対する下にも置かぬ態度に感動していた二姐は、煕鳳に告げるどころか逆に庇う始末だったのでした。(告げ口しても効果が出るはずはありませんけど。)
二姐の方の仕置きは開始し始めた煕鳳でしたが、賈璉と寧国邸の面々に対しても仕返しをしないわけにはいきません。
ここで興児の話からもう一つの作戦を考えつきました。
二姐の元許嫁の張華ですが、彼を焚き付けて告訴状を書かせようというのです。
こうすれば自分がまったく知らなかった内にこんな騒ぎになってしまったと寧国邸になぐり込める案配。
しかも自分で焚き付けるのですから実質的な損害は受けなくても済む。
そうと決まればすぐに旺児を呼び出し、張華と話を付けて「賈璉が無理矢理離縁状を書かせ、喪中に嫁をとった。」と告訴させます。
当然裁判官には袖の下を渡して置いたのは言うまでもありませんでした。
告訴させた煕鳳は、すぐに寧国邸へとなぐり込んでいきます。
賈珍をなじり賈蓉を殴り、尤氏に抱きついて大泣きしながら責めまくる。
やっぱりえらいことになったと後悔した尤氏が賈珍と賈蓉のせいにしますが、一言でぶった切って言い訳させない煕鳳。
当主である賈珍が関わっていたことがばれては大変と全部自分の企みだったと弁解する賈蓉は、張華の告訴に対する処理はすべて自分でするから許してくれと頼みます。
十分痛めつけただろう、と気が済んだ煕鳳が今度は史太君と王夫人になんていうかと尤氏に押しつけました。
尤氏としてはこれ以上恥をかきたくない。っていうか二人とも親煕鳳派なんで一方的に責められることが見え見え。
せっかくの妾だから大切にしたいなんて言い出す煕鳳を見て、
(嘘だ!あれは絶対嘘だ!煕鳳姉さんがあんな事思うわけがない。内心では絶対すぐにでも追い出したいはずだ。さては何か企んでるんだな。)
と察しがついていた賈蓉ですが、一方的に非がある立場では何とも言えずただただ煕鳳の言いなりになるしかなかったのでした。
とにかく今回の事は、自分が二姐の人柄に惚れ込んでどうしても夫の妾にと望んだことだ、ということにして史太君と王夫人に報告することにした煕鳳は、尤氏を連れて二姐を迎えに行くとそのまま史太君らの所へ報告をしに向かったのでした。
尤氏と二姐を従えた煕鳳は、史太君の所へと乗り込んでいきました。
ちょうどその時、史太君は園内の姉妹たちと遊んでいましたが、煕鳳と尤氏に従って入ってきた見慣れない女の子をまじまじと観察します。
実は二姐は寧国邸の嫁の妹なので、栄国邸の史太君とは初対面だったのです。
一通り値踏みした史太君はその器量の良さに、煕鳳に聞かれるままに煕鳳よりも優れていると答えてしまうほど。
来る前に作っておいた嘘を並べ立てる煕鳳の言葉を信じた史太君は、今すぐでは世間体もあるので一年後に正式に輿入れしようという煕鳳の提案も二つ返事で了解してしまったのでした。
史太君との目通りも果たし、晴れて栄国邸の一員となれた二姐でしたが、また煕鳳が裏で焚き付けた張華によって不評を買ってしまいます。
また金を掴ませて黙らせた張華でしたが、煕鳳としては利用するだけ利用して、下手にまた強請にでも来られては面倒になると旺児に暗殺指令を下しました。
何も殺すことはあるまいと情け心を出してしまった旺児は、二・三日して復命すると張華を見逃してしまったのでした。
さて帰ってきた賈璉が外邸に行ってみると誰もいません。
しまった!と思ったのですが、とにかく仕事の復命をしなければなりません。
賈赦の所へ報告へ行くと、何とご褒美に賈赦の妾の一人、【秋桐【秋桐】〔しゅうどう〕
賈璉の妾。元は賈赦の妾。】を貰ってしまいました。
こんな事は滅多にないと大喜びの賈璉が家に帰ると、何とあの煕鳳が賢夫人の様に二姐と迎えに出て来るではありませんか。
秋桐を貰い、二姐とも当たり憚ることなく仲良くできると知った賈璉の喜びようはいかほどのものでしょうか。
がここで楽しくないのが煕鳳の方。
二姐一人でさえどう料理してやろうと考えていたのにまた義父から秋桐なんて厄介なものが来てしまったのです。
ところがこの秋桐というのが煕鳳にとって打ってつけの人間でした。
賈赦の妾で下されもの、ということでプライドが高く、事あるごとに二姐のことを貶し、蔑み、扱き下ろすのです。
まさに煕鳳は賢夫人の「振り」さえしていれば勝手に事を運ぶことが出来るようになったのでした。
秋桐に扱き下ろされ、煕鳳にも裏では酷い目に遭わされていた二姐は、既に女中やばあやたちにまで軽く見られぞんざいな扱いを受けていました。
そんな中でただ一人二姐の事を気にかけて色々と影から支えてあげている女中がいました。
それこそ誰あろう、興児の話でも一人この人だけは違うと言われた平児でした。
しかしこの平児も秋桐に二姐を励ましているのを知られ、煕鳳に告げ口をされてしまい容易には近づけなくなってしまいます。
まだまだ生ぬるい!と煕鳳は秋桐を焚き付けて、史太君の所に、
「二姐は自分一人が賈璉の寵を得られるように、と煕鳳と私を呪っているのです。」
なんて事を告げ口させ、ついに二姐は史太君からも不興を買ってしまうことになったのでした。
このころ賈璉は何をやっていたのでしょうか。
煕鳳の賢夫人ぶりにすっかりだまされた賈璉は、新しい女秋桐にぞっこんになっていました。
その煕鳳と秋桐が、二姐をいじめ抜いているなんて露とも思ってないすっとぼけた賈璉でした。
いじめに耐えかね日々弱っていく二姐の夢枕に三姐が現れました。
煕鳳を殺して自殺しなさい、と諭す三姐ですが、これも定めと耐えることを選ぶ二姐。
諦めた三姐は溜息を残して消えてしまったのでした。
弱り切った二姐に気が付いた賈璉が見舞いに現れました。
とはいえ二姐はここで告げ口をするような女性ではありません。
自分の命も長くはあるまい、と悟っている二姐でしたが、自分のお腹の中に赤ちゃんがいることに気が付いていてその事だけが気がかりでした。
二姐の体調を心配した賈璉は、すぐに医者を呼んで診て貰うように命じます。
しかしやってきたのは依然宝玉が追い返したあの藪医者。
賈璉には宝玉のように薬の雑学などありませんから、言われるままに二姐に薬を与えてしまいます。
するとそれを飲んだ二姐は突然苦しみだし、何と流産してしまったのでした。
心の中ではほくそ笑む煕鳳、残念なふりだけして秋桐が呪いでもかけているのでは、とあらぬ疑いをかけてやります。
案の定ムシャクシャした秋桐は、さらに二姐に酷い仕打ちを繰り返しました。
そんなある日のこと、平児は周りの目を盗んで二姐を慰めに来ました。
実は自分が煕鳳の耳に二姐の話を告げてしまったことを告白し、こんな事になってしまったことをひたすら謝る平児に遅かれ早かれこうなる運命だったのです、とすべてを諦めた二姐は二人で泣き明かします。
平児が帰って一人になった二姐は、
(お腹の子供もいなくなって思い残すこともない。いっそここで死んでしまおう。)
と考え、たった一つきりの晴れ着を着て飾り付け、地金を飲んで自殺してしまったのでした。
翌朝のこと。
起きてこない二姐にこれ幸いと、誰一人二姐の所に行くものはありませんでした。
そのあまりのことに業を煮やした平児に怒鳴られて慌てて部屋に上がった女中たちが見たものは、きれいに着飾って穏やかな死に顔で横たわる二姐の姿だったのでした。
二姐の死を知った賈璉や賈珍、賈蓉は、少しでも盛大に弔ってやろうと考えました。
それと察した煕鳳は、賈璉らが遺体を寺に運んでいる間に仮病を使って家に残って、史太君に告げ口に向かいます。
まだ正式には婚礼をしていなかった二姐の葬儀は、決まり通りに行え、との言葉を貰った煕鳳は、賈璉が葬儀代の出金を求めに来ても出し渋り、最後の最後まで二姐を踏みつけにしたのでした。
お金が集まらなくて難儀する賈璉。
仕方なしに二姐の持ち物をいじっていた賈璉が見たものは、普段二姐が身につけていた粗末な装飾品しか入っていない寂れた衣装箱だったのでした。
そんな様子を見た平児がいたたまれなくなり、こっそりくすねてきたお金を賈璉に渡してやります。
それを真からありがたく思った賈璉は、二姐の衣装箱に入っていた一着きりの裙を平児に渡すと、
「どうかおまえが俺の代わりに彼女の形見を持っててやってくれ。」
と言ったのでした。賈璉がもう少し頭が回って、煕鳳の演技を見抜けていれば…、とはいえ過ぎてしまったことは元には戻らず、これが二姐の定められた運命だったのでしょうか。
さてさて主人公の宝玉君、柳湘蓮の出家に二姐・三姐の相次ぐ自殺、果ては出仕してくると思っていた柳の五児も濡れ衣で軟禁されたせいで病気になってしまい、まったくもって心晴れない日々を送っていました。
そんなある日のこと。
宝玉が起きてくると女の子たちの笑い声が聞こえてきます。
「あらあら、晴雯と麝月が二人がかりで芳官をおもちゃにしてますよ。」
行ってみると二人に組み敷かれてくすぐられている芳官が大笑い。
二人がかりなんて卑怯だぞ、っとばかりに宝玉が参戦すると、襲人が一人呆れ顔。
そんなところに湘雲の所から翠縷が呼びにやってきます。
なんだろうと宝玉が行ってみると、皆が集まっていてみんなでなにやら見ていました。
自分も見せて貰った宝玉は一目で黛玉の作だと気が付きます。
そんな宝玉を周りのみんなはだましてやろうと色々言いますが、宝玉にとっては右から左でした。
最近ご無沙汰の海棠詩社。
秋に始めた詩社では後が続かない、と名前を桃花社に改めて黛玉を社主に次回の開催日を決めて解散したのでした。
それにしてもなんて間の悪いことでしょう。
久しぶりに開こうとした詩会の開催日が、探春の誕生日と重なっていたのでした。
仕方なく別の日にずらしましたが、今度は王子騰の娘の嫁入りで宝玉や宝釵が出かけなくてはいけなくなってしまい、ついには賈政からの手紙で近日中に帰ってくるとのこと。
今まで遊びまくっていた宝玉、賈政が帰ってきて何もやっていなかったのがばれると一大事、とばかりに急いで習字や読書を始めなければならなくなってしまいました。
社主の黛玉もその忙しさを判っていたので詩会のことはおくびにも出せません。
宝釵と探春にも手伝って貰って習字の書取りを書き貯めた宝玉が一息ついていると、黛玉や湘雲、宝琴もいくらかの本の写しを持ってきてくれてやっと安心出来たのでした。
久しぶりに頑張った宝玉が賈政の帰りを今か今かと待っていると、何と賈政にまた新たな仕事が命じられてしまい帰りが延期になってしまいます。
気が抜けてしまった宝玉は、今までの頑張りはどこへ行ったのかまた遊び回る毎日に戻ってしまったのでした。
ようやく落ち着いた大観園の面々は、久しぶりに詩会を開催することが出来ました。
「柳絮」のお題で各々副題を選び、次々に作っていきますが探春と宝玉はなかなか出来ない。
時間切れで半分しか出せなかった探春と、まったく出来なかった宝玉。
負けを認めた宝玉が探春の作りかけを眺めていると、急に何かをひらめいて急いで続きを書き足します。
とはいえ宝玉、やっぱりまた女の子たちに負けてしまったのでした。
皆で作品の出来を批評していると、いきなり外で物音がしました。
見てみると糸の切れた凧が落ちてきています。
急に凧上げがしたくなった一同は、急いで自分の部屋から凧を持ってこさせると思い思いにあげ始めました。
宝玉がしまってあった凧を急いで持って来るように小女に命じると、その凧は先日晴雯が使ってしまってもうないとのこと。
じゃぁあれだ、と別のを言うと、今度はこの前賈環にあげてしまったのでこれを使って下さいと別のがやってきます。
仕方なくそれをあげていると、これがまたなかなか上がらない。
何とも面白くない宝玉でしたが、その凧が美人凧だったので踏んだり破ったりするわけにもいかず、別の凧を揚げることにしたのでした。
黛玉があげていた凧が、嫌なことや病気を全部持っていって欲しい、と厄払いのために糸を切って飛ばされました。
それを見た宝玉、
(あぁ、あの凧も一人では寂しい思いをすることだろう。そうだ、僕のこの凧も一緒に切って、あの凧の道連れに付けてあげよう。)
と思い立つと自分の分も切って飛ばしたのでした。
探春が自分も厄払いに切ってしまおうとしていると、どこからか同じ凧がやってきて絡まってきました。
面白い面白い、と周りが喜んでいると更にもう一つやってきて絡まって来ます。
結局は三つとも切れてしまい飛んでいってしまいましたが、皆存分に楽しみました。
そんなこんなで全員があげていた凧を切って飛ばしてしまうと、今回の詩会はやっと散会となったのでした。(いつも詩会よりもそれ以外のことの方が賑やかになっているよなぁ…。)