帰りが延び延びになっていた賈政が帰ってきました。
準備万端整えていた宝玉は賈政の帰りを喜んで迎えに行くと、何事もなく久しぶりの対面を果たすことが出来たのでした。
史太君の誕生日がやってきました。
しかも今回は八十才の誕生日ということで、お偉いさんや遠方の親類なども大勢やってきてとんでも無い忙しさです。
そんな中で某奥方に家中の才女たちを見たいと所望された史太君は、早速薛家の二宝と黛玉・湘雲、そして探春だけを呼んできて紹介したのでした。
連日続く誕生祝いのある日のこと。
一足先に仕事を終えた尤氏が一緒に食事をしようと煕鳳の所へと向かいました。
がしかし煕鳳はまだ仕事があるらしく平児しかいません。
二姐が生きていた頃、煕鳳以下のものすべてが二姐に酷くあたっていた中でこの平児だけが二姐をいたわり、尽くしてくれていたのを思い出した尤氏は、改めてお礼を言ったのでした。
煕鳳がいないのなら仕方がない、と尤氏が大観園へと行ってみると、夜も更けているというのに門が開けっ放しになっています。
不審に思った尤氏は、小女を一人奥へ走らせたのでした。
さて奥へと入っていった小女、奥で二人のばあやを見つけました。
「どうして門が開けっ放しになっているの。すぐに取り締まりのものを呼んできて。」
それを受けたばあやの返事のなんてふてぶてしいこと。
「私たちは取り次ぎの係ではありません。そんなに呼びたいなら自分で走って聞いてきなさい。」
あまりの言いように頭に来た小女は急いで帰って全部を尤氏に報告します。
その時には襲人らと休んでいた尤氏、すぐにそのばあやたちと煕鳳を呼んでくるように命じて、止める襲人を振り切ってしまいました。
言われた小女が急いで出ていくと、周奥さんにばったり会ってしまいました。
事情を聞いた周奥さん、そのばあやたちとは普段から仲が悪かった上に、ここはおべっかのチャンスと尤氏の所に駆け込んで話を合わせていきます。
尤氏の所での話を切り上げた周奥さんは次ぎに煕鳳の所へ行きました。
煕鳳は話を聞いて、
「二人のばあやは名前を調べておいて、後日尤氏に引き渡し判断を仰ぎなさい。」
と言いますが、図に乗った周奥さんは煕鳳の名をかたって林奥さんを呼び出してしまいます。
何事かと参上した林奥さんが尤氏の所へ行くと、周りになだめられて落ち着いた尤氏に追い返されてしまいました。
休んでいたところを煕鳳の名で呼び出されて、尤氏には追い返されてしまった林奥さんは、何がなにやらさっぱり判りません。
しかも帰る途中で、問題のばあやの娘たちが泣いてすがりついてくるものだからたまったものではなく、その内の一人の親類に邢夫人の陪房がいたのでそっちに頼むように言ってさっさと帰ったのでした。
話変わって邢夫人はじめ賈赦の所では、先の鴛鴦の妾の件で史太君とは気まずい空気が流れていました。
栄国邸では現在史太君がトップの存在として君臨しているのですから、その史太君との関係は自然家中全体での評価につながっていきます。
つまり邢夫人に仕えるものの評価はまさに下がる一方だったのです。
そんなところに今回の話。
邢夫人は日頃から一人うまく史太君に取り入る煕鳳のことを面白くないと思っていた上に、周奥さんのせいで煕鳳が悪者になってしまっていたのでその恨みようといった大変なものとなっていたのでした。
次の日は外からの客もなく、身内だけの宴でした。
余所からも来たたくさんの孫娘に囲まれた史太君は、中でも【喜鸞【喜鸞】〔きらん〕
傍流の親族の娘。】と【四姐児【四姐児】〔しそじ〕
傍流の親族の娘。】の二人が気に入り大観園でしばらく遊ばせることにします。
そんな中で邢夫人は、帰り際に大勢の前で煕鳳にこんな事を言いました。
「ねぇ奥さん、今はおばあさまの長寿を祝って年寄りの方々にお祝いを贈っているのに、昨夜はばあやをいたぶるとはどういう事かしら。いえねぇ私の口出しする事じゃないでしょうけど。」
自分はまったく知らないことでこんなにも大恥をかかされた煕鳳、穏やかでいられるわけがありません。
一人悔しさで泣き暮れる煕鳳の所に、琥珀が呼びにやってきました。
急いで身支度した煕鳳は史太君の前に参上すると、何事もない風を装って用事をこなします。
その様子を見て、話を聞いていた鴛鴦は史太君に耳打ちして上げました。
「鳳ちゃんはちゃんと礼を守っただけなのに、邢夫人のなんて態度だろうね。」
そんなところに宝琴がやってきたので、喜鸞と四姐児の事を訊ねた史太君は、
「どうも家中には主人を軽んじる気配があるらしいから、喜鸞と四姐児をぞんざいに扱わないように言い含めておきなさい。」
とわざわざ鴛鴦を遣わして言い渡させることにしたのでした。
鴛鴦が大観園へと行ってみると、ちょうど皆が集まっていました。
史太君の言伝を伝えると、
「おばあさまも煕鳳さんも良く気が付くわよね。」
それを聞いた鴛鴦は、
「何言っているんですか、煕鳳様もかわいそうにここ数年で敵ばかりが出来てしまって。」
「いっそのこと貧乏でも家族水入らずの方が良いんじゃないかしら。」
と言う探春、
「そういえばあの趙氏、宝玉様だけならともかく、探嬢様が可愛がられているのにもケチ付けてるそうじゃないですか。」
そんなことを言われて更に身内の事で頭が痛くなる探春だったのでした。
探春が身内に泣いているのを見た宝玉は、
「そんなことを気に病んでばかりいないで、もっと富貴を楽しみましょうよ。」
あまりの気楽さに呆れる一同に、
「こんなにたくさんのお姉ちゃんたちに囲まれて暮らせる日々は最高じゃないですか。僕今すぐ死んでも悔いなんてないですよ。」
皆が嫁に行ったらどうするのかと李紈が言うと、
「みなさまがいなくなってしまったら私がおそばに参りましょうか。」
と喜鸞が言いだし、
「あんたは嫁にはいかんのか!」
と突っ込まれて真っ赤になってしまったのでした。
用事を済ませて帰途についた鴛鴦が、小用を催して木陰に潜り込みました。
とがさがさと物音がしたのにびっくりして良く見ると、そこに隠れていたのは迎春の所の司棋。
自分と同じ用を足していたのだろうと思った鴛鴦が呼ぶと、司棋は急いで駆け寄ってすがりついてきました。
なんとこの司棋、大観園内で従弟と密会していたのです。
不義は生死にも関わる重罪。
とんでもないものを見てしまった鴛鴦は、人には言わないと固く約束して急いで帰ったのでした。
人の秘密など簡単に漏れてしまうもの。厄介な秘密を握ってしまった鴛鴦に、変な濡れ衣が掛からなければ良いのですが…。
やっとこさ大観園から帰ってきた鴛鴦、あまりの出来事に気が動転してしまってしばらくの間上の空になってしまったのでした。
一方の司棋の方でも、小さい頃から惚れ合っていた者同士とはいえ初めての逢い引き。
それなのに鴛鴦に見つかってしまい生きた心地がしませんでした。
小者が一人行方不明になりました。
司棋と逢い引きしていた従弟が怖くなって失踪したのです。
どうせばれるのならいっそ一緒に死のう、と思っていた司棋にしてみれば、相手のあまりの意気地のなさに後悔の念が絶えずついに床に臥ってしまいます。
それを知った鴛鴦、人がいないのを見計らい司棋の見舞いに行くと決して人にはばらさないと天に誓い、司棋の方でもそうした鴛鴦を改めて慕ったのでした。
司棋の見舞いの帰り道、ちょうど賈璉が留守なのを思い出した鴛鴦は煕鳳の見舞いに行くことにしました。
行ってみるとちょうど煕鳳は休んだ所だというので、平児と二人で話し込んでいるとなにやら人がやってきた様子。
煕鳳は既に休んでいたので他に回って貰いましたが、孫大人とやらからの媒酌婆だったのでした。
ちょうどそこへ賈璉が帰ってきました。
二・三世間話をかわした後に、近頃の手元不如意を嘆いて史太君の所から質草を掠めてきて欲しい、と頼みだす賈璉に、早々に切り上げて帰っていった鴛鴦でした。
鴛鴦が帰った後に二人で話をしていた煕鳳と賈璉の所に、夏太監の所から使いの者が来ました。
それと悟った煕鳳が賈璉を隠して応対すると、案の定金の無期貸借の申し入れ。
前に借りた金も返していないくせに、調子のいいことを言ってまた借りに来た相手に皮肉とおべっかをうまく織り込み応対する煕鳳。
とはいえ家中でもお金のやりくりで困っているところに、こんな断りきれない申し入れは厳しい以外の何者でもありませんでした。
【旺奥さん【旺奥さん】〔おう・おくさん〕
旺児の妻。煕鳳の陪房。】がやってきました。
年頃になった自分の息子の嫁に彩霞を望んだら、断られたので口をきいて欲しいとのこと。
承知した賈璉と煕鳳が旺奥さんを帰しますが、後で林之孝から【旺児【旺児】〔おうじ〕
煕鳳付きの小者。】の息子はろくでなしと聞いた賈璉は、
「そんな奴に嫁などいらん!」
と言ってすぐに煕鳳の所へさっきの話をやめさせようとしました。
でもその時には煕鳳が既に彩霞の母を呼んで話を付けてしまっていたので、仕方なく旺児の息子が改心するのを祈るしかありませんでした。
さて彩霞、年頃になっていたので嫁に行くようにと王夫人から暇を出されていました。
賈環とは仲が良かったのですが妾になろうとは思っていませんでしたし、親がいい人を捜してくれるように祈っていました。
そんなところに旺奥さんが自分の所の出来損ないに欲しがっていると聞かされ、
「そんなことになったら私の一生はここで終わりだ。」
と思っていたのでした。
こちら趙氏の方でも彩霞をぜひとも賈環に欲しいと思っていました。
早速行動を起こす趙氏は、旦那(この呼び方はまずい、ご主人様)の賈政の所に話を持ちかけに行きます。
が賈環にはまだ早いと一蹴され、また宝玉・環、ともに妾は自分の方で辺りを付けているので余計なことはするなと言われてしまいました。
そういわれた趙氏の方では気が済まない、また余計なことを言いだします。
「あら、宝玉様の所には二年も前からいるじゃないですか。」
王夫人が非公認で襲人を妾として扱っていたことを当てこすった趙氏でしたが、初耳の賈政の方では心穏やかではありません。。
「なんだと!それは一体誰がそんなことをしたのだ。」
趙氏が答えようとしたところに、
バタン!
突然大きな物音が聞こえてきたのでした。
突然の物音にびっくりした賈政と趙氏は、急いで辺りを調べさせましたが特にこれといったものは見つかりません。
話に釘を刺された趙氏は、何とはなしに帰っていったのでした。
怡紅院では既に皆休む準備をしていました。
そこへやってきた【小鵲【小鵲】〔しょうせき〕
趙氏付きの女中。】、
「内の趙氏がまた賈政様に告げ口していたの。明日は気を付けて下さいな。」
それを聞いて魂もすっ飛んだ宝玉、せめて勉強だけでも万端こなして言い逃れようと考えて、寝るのはやめてすぐに書物の復習を始めます。
寝るつもりだった怡紅院の女中たちも主人を差しおいて寝るわけにいかず、勉強する宝玉の世話で眠い目を擦りました。
そんなところに芳官が飛び込んできました。
「だれかがあの塀から飛び降りましたよ!」
びっくりした怡紅院の者たちは、急いで様子を見に走ります。
ここで一計を案じた晴雯、
「宝玉様、これをだしにびっくりして倒れた事にしてしまいましょう。」
良い案だ、と賛成した宝玉は、芳官、晴雯と協力して騒ぎを大きくし、薬を貰いに行ったりして倒れたことを暗に宣伝して賈政をやり過ごすことに成功したのでした。
夜中に人が塀の上にいたと聞いた史太君は、この時初めて屋敷内の風紀が乱れ治安が悪くなっていることを知りました。
見回りの際などに見かけた賭場のことを探春が報告すると、
「頭だって賭場を開いていたものをすぐに連れてきなさい。」
凄い剣幕にだれも逆らえず、迎春の乳母、柳奥さんの妹、林奥さんの叔母が連れてこられました。
笞打ち四十に追放処分を言い渡す史太君に、宝釵らが許して下さるよう嘆願します。
がここで引き締めなければ乱れるばかりだと考えた史太君は聞き入れてくれませんでした。
不機嫌な史太君の所から辞去した邢夫人は、大観園へと来ていました。
そんなところに、前も見ないでふらふら歩いてくる女中が一人。
この女中、通称「【ばか姐や【ばか姐や】〔ばかねえや〕
史太君付きの小女中。】」と呼ばれる史太君の所のもの。
園内でたまたま拾った綺麗な袋が嬉しくて、つい邢夫人とぶつかってしまいました。
普段はその天然ぶりが好かれて大抵のことは笑って済まされたばか姐やでしたが、今回はそうはいきませんでした。
いや、別に邢夫人にぶつかったのが悪いわけではないのです。
問題は拾った袋の方。
良いところのお嬢様では見ることすら許されない汚らわしいものだったのですから(そのものの存在が)。
慌てた邢夫人は堅く口止めして没収すると、とにかく急いで帰ったのでした。
迎春の邸では、乳母が捕まったとのことで一騒ぎ起きていました。
お祝いの時に姉妹らがお揃いで刺す簪がなくなっていたのですが、乳母が賭場の掛け金欲しさに勝手に質入れしていたのです。
日頃から口うるさく言っていた【繍橘【繍橘】〔しゅうきつ〕
迎春付きの女中。】は、ここぞとばかりに迎春のおとなしさを良いことに蔑ろにする乳母の身内を何とかするように進言します。
とはいえ持って行かれるのを知っていても何も言えない迎春が、そんなことが出来るはずがありません。
そんなところに乳母の【王嫁【王嫁】〔おう・か〕
迎春の乳母の息子、王住児の嫁。】がやってきました。
迎春から史太君へと取りなしを頼みに来たのですが、繍橘の話を聞いて、
「内の姑もちょっと借りるつもりが忘れてしまったのです。すぐに返しますから助命の嘆願をお願いします。」
迎春をなめてこんな言いぐさの王嫁に怒った繍橘、
「勝手に持ち出した物を持ち主に返すのに、交換条件をだすとはえらい身分じゃないか!」
それを聞いて王嫁は、気の弱い迎春に向かって、
「この邸に岫烟さんがいらしてから、お嬢様方の入り用の物がないときには何くれと私たちが都合して来たんです。それはどうしてくれるんですか。」
勝手に話を迎春に向ける王嫁を呼び戻した繍橘、
「ずいぶんな言い様じゃないか!なんならあんたたちが都合したと言う物すべて書き出してここに並べなさい!」
そんな言い合いをしているところに探春ら姉妹がやってきました。
入り口で気が付いた探春は、そっと聞き耳を立てて様子を窺います。
それと感づいた探春は、すぐに侍書を平児の所に走らせると、
「あらあら、一体どうしたの。」
と入っていきました。
下手に自分のことを告げ口されてはと警戒した王嫁が黙って下がっていると、平児もやってきます。
まずいと思った王嫁が急いで入ってきて弁解しようとしましたが、
「お嬢様が話があるというのに、勝手に出しゃばって来るんじゃない!」
これこれと話を聞いた平児が、
「悪いことをしたのは本人なんだから、どうしようもないことでしょう。であの乳母は迎春様の所の者ですが、お嬢様はどうしたいのでしょう。」
実は面倒くさいと話を聞いていなかった迎春、いきなり話をふられて、
「助かるなら助けますし、助からないなら仕方ありません。他人様の事までは責任持ちかねますし、関わるのもごめんですわ。」
あまりのやる気のなさに失笑してしまった一同でした。
そんな所にまた一人、迎春の元へとやってきました。さてさて一体誰がやってきたのか。
やってきたのは宝玉でした。
柳奥さんの妹が捕まったせいで、柳奥さんを嫌っていた者たちが彼女にまで嫌疑をかけるように仕向けてきたのです。
泣きつかれた宝玉は、
(乳母が捕まった迎春ちゃんと一緒に行けば許してもらえないかな。)
と思って出向いたのですが、来てみれば大勢で集まっている。
さすがに切り出せないなと思った宝玉は、軽く話を濁して帰ったのでした。
迎春の所から戻ってきた平児が部屋に入ると、煕鳳と賈璉がいました。
賈璉がぼやいているのを聞いてみると、
「内の母(邢夫人)はどうして鴛鴦から貰った質草のことを知っていたんだろう。さっき会ったら金を貸せって脅されたよ。」
気にしないでいいと言う煕鳳でしたが、賈璉としては邢夫人が鴛鴦に恨みを持っているので、史太君の所から借りた質草の件で責められたらかわいそうだと思ったのでした。
煕鳳の所に王夫人が来ました。
「これはあなたの持ち物でしょう!」
と言って見せたのは先日邢夫人がばか姐やから没収した物。
濡れ衣に抗弁する煕鳳に納得した王夫人は、
「だったら誰のでしょう。こんな物が見つかるなんてゆゆしき自体よね。」
煕鳳が平児に命じて主だった女房らを集めていると、邢夫人の所から【王善保【王善保】〔おう・ぜんほ〕
栄国邸の使用人。】の家内がやってきました。
さてこの【王家内【王家内】〔おう・かない〕
王善保の妻。邢夫人の陪房。司棋の祖母。】、大観園に行っても女中たちに邪険にされるのを根に持っていた所に今回大規模に検査を行うと聞いて、自分も参加することにします。
王家内が真っ先に讒言したのが晴雯でした。
晴雯はあの性格ですから、王夫人にも目を付けられていました。
うなずいた王夫人は、皆を連れて怡紅院へと向かいます。
晴雯は体調が優れず、その日はずっと床に臥せっていました。
呼ばれて出てきた晴雯でしたが、その姿は病み上がりで化粧とは違った艶っぽさが漂っています。
王夫人の様子に勘が働いた晴雯は、
「私はあまり仕事もできない者ですので、宝玉様のお側に近寄ったことなどございませんわ。」
それを信じた王夫人は、おまえのような者など当たり前だと言い放ち一旦戻ることにします。
煕鳳としては王夫人に言いたいことも有ったのですが、王家内が側にいて邢夫人へ逐一告げ口するので何も言えません。
すると王家内、
「奥方様はお休み下さい。後は私どもで抜き打ち検査を仕掛けてやりますわ。」
賛成した王夫人は、後を任せて帰ってしまったのでした。
食事時が一段落着いた頃、怡紅院が乗り込まれました。
ともかく従う襲人・麝月らは、すぐに自分たちの持ち物を並べて見せて潔白を示します。
後は晴雯のだけとなったとき、寝ている晴雯の代わりに衣装箱を開けようとする襲人を押しのけやってきた晴雯は、箱ごと王家内に投げつけてやります。
びっくりした王家内が、とにかく調べてみると何も怪しいものなど出てこなかったため、これ以上あら探しをすることも出来ず怡紅院を後にしたのでした。
黛玉、李紈の所も捜索しますが、何も出てきませんでした。
探春の所に来てみると、既に気が付いていた探春が女中から自分の物まですべて並べて待っていました。
この様な事態を引き起こしている煕鳳や女房らに対して思うところのある探春は、
「ここにある物が全てです。信じないと言ってもこれ以上は私の責任で調べさせません。文句があるなら告げ口しなさい。」
探春の怒りに気づいた煕鳳は、
「奥方様の命令で仕方ないのよ。」
と言いますが、
「先だって他家でも、身内で家捜しなどして御上から捜査が入った家がありましたね。今日我が家でもこの様な事態を引き起こす様では先も危ういと見えましょう。」
探春の性格からしてこれ以上何も隠したりはしないと考えた煕鳳が帰ろうとすると、トチ狂った王家内は、
(どうせ箱入りのお嬢様だ。ここで取り入っておくのは損にはなるまい。)
と自分の所の迎春と同じに見てとんだ暴挙に出たのです。
バタバタバタ、ペロ!
「ほぅらお嬢様の体の中まで怪しい所などございませんわ。」
何と探春のスカートをめくってみせたのです。
あまりのことに絶句した探春と煕鳳、一瞬の後、探春の平手が王家内を襲いました。
「年寄りだからと思って大事にすればつけ上がりおって!人を甘く見てなめたことするんじゃないよ!」
そういい放った探春は、自分で着ていた服を脱ぎ払って、
「さぁ、あんなばあさんに調べられる位なら自分から脱いでやる!さぁ調べなさいよ。」
王家内を叱りつけた煕鳳は、何とか探春をなだめすかして落ち着いて貰おうとします。
「やれやれとんだ目にあった。さっさと実家にでも引きこもろうか。」
これを聞いた探春付きの女中たちは、
「さっさとそうしなさいよ!せいせいするわ。どうせする気もないんだろうけどさ!」
呆れた煕鳳がぼやくのを聞いた探春は、
「えぇ、内の者はみんな口達者ですよ。でも主人をそそのかして悪さする者など一人もいませんわ!」
さんざんな目にあった煕鳳たちは、探春が落ち着くとそうそうに引き上げたのでした。
惜春の所にやってきた一同が調べてみると、入画の持ち物から怪しい物が出てきました。
問いただすと、入画の兄が賈珍から貰った褒美を親の酒代にならないようにと預けてきた物だとか。
駄目じゃないのと注意だけで済まそうとする煕鳳に、主人の惜春は納まりませんでした。
「いけないことをしたのは事実です。すぐに連れていって下さい。」
泣きつく入画になだめる煕鳳ですが、自分の所からこんな不祥事を出したことが耐えられない惜春は引きません。
とにかく以後気を付けるように、と言って煕鳳は去ってしまったのでした。
最後に迎春の所に着いた面々は、すぐに捜索に掛かります。
実は王家内は、司棋の祖母でした。
それを知っていた煕鳳は、他人の粗は探すくせに身内のは隠しはしないかと見張っていました。
そうすると案の定ちょろっと調べた振りだけで済まそうとする王家内。
改めて調べてみると、男物の衣類に手紙が一通出てきました。
煕鳳が手紙を読み上げてみると、何と司棋宛に届いていた件の小者のラブレター。
にやにやしながら王家内を見ると、他人のあら探しに夢中で身内からぼろが出た王家内は悔しそうです。
慌てない司棋におや、と思った煕鳳は、とりあえず自殺などしないように見張りを付けると後の始末は明日に回すことにしたのでした。
次の日になりましたが、煕鳳は体調を崩して起きることが出来ません。
おかげで司棋らの処分はしばらく保留になったのでした。
その日は尤氏が惜春の所に遊びに来ました。
先日から怪しい騒ぎが多い寧国邸や、昨日の入画の件で恥ずかしく悔しい思いをしていた惜春は、これは良い機会と苦情を叩きつけました。
最初は笑って聞き流していた尤氏ですが、二姐・三姐などの件で脛に傷持つ身では笑い流すこともできなくなり大喧嘩となります。
そしてついには惜春が寧国邸との絶縁を宣言するに至り、入画を引き取って尤氏が帰宅することになったのでした。
惜春の所を去った尤氏は、病で床に臥せっていた李紈の見舞いに向かいました。
それを迎えた李紈でしたが、どうも尤氏の様子がおかしいと感じます。
普段なら煕鳳に劣らぬ位口が回り、いつもはきはきしている尤氏ですのに、今日に限ってどうも上の空。
実は惜春とのやり取りで惚けていたのでした。
そんなところに宝釵もやってきました。
薛未亡人が病気で園から出ているというので、宝釵もその看病のためにしばらく園内から去るというのです。
まあ二、三日位のことだろうから、と李紈と尤氏が話していると、探春と湘雲までやってきました。
宝釵がしばらく園を出ると聞いた探春は、
「しばらくなどと言わず、もう戻ってこない方が宜しいですわ。」
いえ別に宝釵を嫌ってのことではなく、昨夜の気違いな出来事で機嫌が悪い探春が、自分が受けた辱めを話して宝釵もそんな目に遭う前に消えた方がよいと助言したのです。
李紈と尤氏は二人でなだめて、
「王家内も出しゃばるな、とさんざん叱られたみたいだし、もう気にしなさんな。」
と言いますが、
「結局は目に見える所を押さえ込んだだけで根本的に何も解決してませんわ。」
と冷笑して探春は言い放ったのでした。
史太君の夕飯の手伝いをしてから自分の家へと帰った尤氏。
夜も更けて寧国邸の門の所まで来ると、家の前にはたくさんの車が止まっていました。
賈敬の喪中で楽しみが少なかった賈珍は、弓の鍛錬と称して他家の馬鹿息子たちを呼び集め、夜な夜な博打大会兼飲み会を敢行していました。
ただ表向きは弓の鍛錬ですから、賈赦や賈政は感心して宝玉や環、蘭にも参加させようとします。…さすがに賈珍が夜の方までは参加させませんが。
で良い機会、とその様子を覗き見した尤氏ですが、その汚らしさと言ったら言い様もないほど。
道楽息子の薛蟠に邢夫人の弟【邢徳全【邢徳全】〔けい・とくぜん〕
邢夫人の実弟。】までが参加して、二人の稚児を交えて大人数の博打大会。
負けた邢徳全が叫んでいるのを聞いてみれば、
「別に家だって貧乏じゃねぇんだ!ただ姉ちゃんが嫁入りで有り金もって行っちまって、俺たちじゃ自由に出来ないだけだ!」
実の弟にまであんな風に言われる邢夫人がちょっと可哀想になりましたが、逆に身内にまでこんな事を言われては他人に何を言われても仕方ないかと思い直したのでした。
それにしても下品で汚かったので、早々に覗き見を切り上げて休むことにした尤氏でした。
お月見の前日のこと。
賈珍は尤氏や賈蓉、その他妾たちを集めて宴を開いていました。
すると寧国邸の隣、祠堂の方からなにやら物音が聞こえてきます。
幽霊かと驚く一同が調べますが何もありません。
せっかくの興が冷めて途中で打ちきりになってしまったのでした。
さてお月見の日が来ました。
史太君は主に男連中を連れて、園内の見晴らしの良い丘でお月見を楽しみます。
早速一同は当たった人が笑い話をすることにして酒令を始めました。
最初は賈政。
賈政の笑い話など皆初めて聞きますから、興味津々。
お月見にちなんだ恐妻家の話して受けをとった賈政でした。
次は宝玉。
が賈政の前では、うまくできれば、
「そんな為にならんことばかり身につけおって。」
と言われるし、失敗すれば今度は、
「そんなものもできんのか!」
と言われるような気がしてやる気がしません。
そこで宝玉が別の物にしてくれ、と言うと、賈政は詩を作らせることにしました。
出来た詩を見た賈政は、史太君の手前もあり宝玉に褒美を取らせたのでした。
三番手は賈赦。
孝行者の親子の話をした賈赦は史太君に切り返されて、
(しまった、自分からこんなネタを振って首を絞めてしまった。)
と後悔したのでした。
最後は賈環が当たりました。
実は宝玉が褒美を貰ったときに自分も作って見せたかったのですが、出しゃばるわけにいかずうずうずしていました。
喜んだ賈環がすぐに詩を作って賈政に見せると、
「まったく、お前も宝玉も勉強を嫌って邪道を用いおる。先々が思いやられるわ。」
それを聞いた賈赦が賈環の作品を見て気に入ったらしく、
「大した心構えを詠っているではないか。これならここの跡継ぎにはお前がなることになろう。」
などと跡継ぎの話まで持ち出して褒めちぎってしまいます。
あまりの賈赦の言い過ぎに、
「所詮口先ばかりのこの馬鹿に、そんな先のことまでいい加減に言わないで下さい。」
止めに入る賈政でした。
酒令が終わった後のこと、賈政ら主立った男連中はそれから何事もなく散会したのでした。
賈政ら男連中が帰った後の史太君はまだまだ楽しみ足りず、別の所で楽しんでいた奥方連中を呼び出して続きを始めました。
ふと見渡した史太君は、何だか人が減っているのを見て悲しい気分になります。
やっと賈政が任地から帰ってきたのですが薛未亡人が病気のため宝姉妹が去ってしまい、李紈、煕鳳は病が癒えず表にはなかなか出てきません。
そんなところに賈赦が帰り際に足を挫いたとの連絡が入ります。
心配した史太君は邢夫人に一緒に帰るように言い、送り出してやったのでした。
良い景色とおいしいお酒に心地よくなった史太君は、離れたところから趣のある笛の音を奏でるように命じました。
場を盛り上げようと尤氏が笑い話を始めると、史太君がうとうとしはじめました。
気が付いた尤氏は王夫人と二人で史太君を連れて帰ろうとしますが、
「まだ私は寝てなんかいませんよ。さぁもっと楽しみましょう。」
と言ってまだ頑張るつもりです。
が周りを見てみると、夜も更けてしまい眠気に耐えられなくなったお嬢さんたちは皆帰ってしまっており、残っていたのは探春だけだったのでした。
それを見た史太君、さすがに疲れが出てしまい、その日はここで終わりにすることにしたのでした。
後片付けをしていたばあやたち、食器が足りなくなっていることに気が付きます。
翠縷が持っていたのを見た気がしたばあやが翠縷を探しに行くと、逆に翠縷と紫鵑が主人を捜してやってきます。
茶碗どころじゃない翠縷は、後で取りに来ればいいじゃない、と言って主人探しに行ってしまったのでした。
さてその二人の主人、湘雲と黛玉はどこに行ったのでしょうか。
黛玉は、史太君の、
「何だか人が減ってしまって寂しくなったものだ。」
という言葉と月の景色を見て、
(あぁ、自分こそなんて寂しい身の上なんだろう…。)
とまた例の如く一人で落ち込んでいました。
いつもはすぐに気が付いて寄ってくる宝玉ですが、その日は晴雯の事が心配で上の空になっていて、早々に帰ってしまっていました。
で宝玉の代わりに黛玉の様子に気が付いたのは湘雲でした。
落ち込んだ黛玉の気持ちを察した湘雲は、黛玉を連れ出すと二人で池の畔の月がよく見える場所へとやってきます。
史太君が命じた笛の音まで聞こえてきて興が乗った湘雲は、黛玉を誘って聯句を始めることにしました。
交互に作っては、
「ここがちょっと無粋だわね。」
とか、
「これ、凄いじゃない、良く思いついたわね。」
なんて言いながら作っていると、
「それは悲壮すぎてあまり宜しくございませんわ。ここら辺で終わりにするのが宜しいんじゃないかしら。」
と言ってやってくる人影が一つ。
誰かと思えば妙玉でした。
史太君らが既に散会したことを知らせた妙玉は、二人を櫳翠庵へと誘います。
着いて早速今まで作った聯句を紙に書き出した湘雲と黛玉が、妙玉に渡すと、
「もしお二人の作を汚してしまったら申し訳有りませんが、私が続きを作っても宜しいかしら。」
妙玉が詩を作った所など見たことがなかった二人は、ぜひにとお願いします。
さらさらと書き付ける妙玉。
しばらくして見せてもらうと、それはすばらしい出来で、妙玉の詩才の一端を見せて貰った二人だったのでした。
翠縷と紫鵑も二人のことを捜しに来たので帰ることにした湘雲と黛玉。
宝釵がいなくて李紈の所に厄介になっていた湘雲は、こんな時間に帰っては迷惑だろうと今日は黛玉とともに瀟湘館で寝ることにしたのでした。
中秋節も過ぎて一段落着いた王夫人は、うやむやになっていた園内の風紀取り締まりを再開することにしました。
まず最初のターゲットが司棋。
主が迎春では弁護もままならず、周奥さんに引きずられて追放されてしまいます。
途中他の女中らに挨拶に行きたいと願い出た司棋でしたが、普段女中らからぞんざいにされて好意のかけらも持っていなかった周奥さんは、
「いまさら自分の恥を宣伝しに行ってどうするんだい。さぁさっさと出て行きなさい。」
そうまで言われてやむなく園の入り口まで連れてこられた司棋でしたが、そこでバッタリ宝玉と会ってしまいました。
あの宝玉ですから、園内から女の子が減ってしまうのをむざむざ見過ごすわけがありません。
だだをこねて引き留めようとする宝玉でしたが、いかんせん王夫人の命令で動いていた周奥さんは意に介さずそのまま連れ去ってしまったのでした。
入画に続き司棋までいなくなって呆然としていた宝玉に、更に追い打ちをかける出来事が起こりました。
怡紅院で王夫人が暴れているというのです。
急いで宝玉が帰ってくると、既に王夫人が仁王立ちで検分を始めていました。
床に臥せ続けたせいでやつれていた晴雯も引き出され、着の身着のままで従兄夫婦に引き取られて行ってしまいます。
更に、身内しか知らないはずのふざけ合いをいちいち並べ立てて四児と芳官までが追放されてしまいました。
何とか引き留めたい宝玉でしたが王夫人の剣幕すさまじく、しかも誰もわからないと思ってしでかした冗談まで引き合いに出されては何も言えず、指をくわえて見ているしかありませんでした。
王夫人が去った後のこと。
晴雯は兄の【呉貴【呉貴】〔ご・き〕
晴雯の従兄。】に連れて行かれてしまい、四児と芳官もそれぞれ義母に引き取られて何とも寂しい怡紅院となってしまいました。
後で聞けば王夫人は芳官以外の子供芝居も全て追放したとのこと。
晴雯を諦めきれない宝玉は、密かに見舞いに行くことにしました。
着いてみると晴雯が寝かされているきりで誰もいません。
急いで駆け寄った宝玉に気が付いた晴雯は、宝玉にお茶を飲ませて欲しいと頼みます。
言われて用意する宝玉ですが、その部屋のあまりの怡紅院との落差に、
(これでは治る病気でも回復することなど出来はしまい。)
と悟り、やるせない気分になってしまいました。
宝玉を誘惑し、いけない道に引き込んだなどと濡れ衣を着せられた晴雯は、これが自分の最後と悟り自分の上着と伸ばしていた爪を宝玉に形見として渡します。
そんなところに【呉姐さん【呉姐さん】〔ご・ねえさん〕
呉貴の妻。俗に言う淫女。】が乗り込んできました。
この世の男を片っ端から手込めにしようと企む呉姐さんは、宝玉を籠絡しようと抱きついてきます。
女の子は大好きでもこの手の手合いは苦手な宝玉、おたおたあわあわするばかりであらがうこともままなりません。
すると外から呼び声が聞こえてきました。
柳奥さんが五児を連れて、襲人に密かに頼まれた晴雯の身の回りの品を届けに来たのです。
何事もない風を装う呉姐さんに気が付かない柳奥さんでしたが、五児の方は奥に宝玉がいることに勘づき、
「そういえば襲人姉さんが宝玉様を捜してらしたわよね。もうすぐ門も閉まってしまうしどこに行ったのかしら。」
これを聞いた宝玉、また呉姐さんに絡まれてはたまらん、と、
「おばちゃん待って、僕も一緒に帰るからさ。」
と言うと呉姐さんを押しのけ飛び出してきて、急いで帰ったのでした。
その日の夜。
いつもは晴雯が夜番をしているのですが、彼女が追放されたので襲人が代わる事になりました。
案の定夜中に晴雯を呼ぶ宝玉。
心得た襲人がすぐに起きて世話してあげます。
落ち着いた宝玉がもう一度寝ようとすると、枕元に晴雯が現れました。
別れの挨拶をする晴雯に、彼女の最後を悟った宝玉は夜明けとともにすぐに使いを出して確かめようとします。
ところが賈政からお呼びがかかってしまいました。
先日の宝玉の詩が気に入った賈政が、環と蘭とともに連れて出かけるというのです。
いつもは叱るばかりの賈政が、珍しく宝玉を誉めるのを聞いた王夫人は、大喜びで四人を見送ったのでした。
そんな王夫人の元に、子供芝居の義母たちがお願いにやってきました。
引き取ったのは良いが、死ぬだの出家するだの言って手が付けられないとのこと。
その時ちょうど王夫人の所にお邪魔していた二人の尼が、
(ここで適当なこと言って貰っちゃえば小間使いが手に入ってちょうど良いや。)
と、
「それならば私どもで引き受け、功徳を積ませるとしましょう。」
と提案します。
それは良いとあっさり承知した王夫人によって、芳官、藕官、蕊官の三人は出家することになったのでした。
大観園の大掃除が終わった王夫人は、史太君にその旨を報告に行きました。
元々史太君のお声掛かりで宝玉付きになっていた晴雯の始末を聞いた史太君は、
「いい子だったと思ったんだけどねぇ。」
と言うだけで王夫人のするに任せてしまったのでした。
さて史太君が最近姿を見せない宝釵を不思議に思っていると、その宝釵が挨拶にやってきました。
今までは母の看病という名目で不在になっていたのが、今回園を出るとのこと。(瀟湘館に住んでいた薛未亡人は、王夫人らの帰宅とともに留守居を終えて園を出ていたんです。)
引き留めようとする史太君や王夫人でしたが、
「いえ、この家でも家計は余裕なく、奥では首が回らぬ状態です。薛家では身内を養う備えぐらいありますし、こちらへの負担は減らすべきでしょう。」
とまで言われては引くしかなく、次の日から蘅蕪院の荷物を引き払い園内から宝釵の姿が消えることになったのでした。(といってもすぐ近くに移るだけですが。)
賈政とともに出かけていた宝玉らが帰ってきました。
どうだったのか王夫人が聞くと、褒美まで貰って誉められたとのこと。
話を聞きたがる史太君と王夫人ですが、晴雯の事が気がかりな宝玉は、疲れたのでと言ってすぐに退出してしまいました。
迎えに来ていた麝月と秋紋に荷物を持たせた宝玉は、途中で小用を催したと言って二人を先に帰らしてしまいました。
後に残されたのは二人の小女。
晴雯の所に出した使いのことを問いただす宝玉に、一人の小女が機転を利かせてこう答えました。
「私が見舞いに行きましたところ晴雯姉さんは、息を引き取る際に、
「私は今度花を司る花仙に選ばれ、直々に神仙が迎えに来るため宝玉様に会うことはかなわなくなりました。このことは漏らすべからざる天機ですから、宝玉様以外には言ってはなりませんよ。」
と申され、予言した時間通りに息をお引き取りになりました。」
それを聞いた宝玉、ではなんの花を司ることになったのか訊ねます。
口から出任せを言っていた小女は、脇に咲いていた芙蓉の花を見てとっさに、
「姉さんは芙蓉の花を司るんだそうです。」
それを聞いた宝玉は、疑うどころか、
「それはもっともだ。姉さんほどの女の子こそそういう役がふさわしいんだ。」
と喜び、すぐに帰って晴雯の霊前を拝みに行こうと考えたのでした。
宝玉が晴雯の従兄の家に行ってみると既に遺体はなくなっているどころか誰もいません。
晴雯は前に煩った肺病で亡くなったため、死後すぐに火葬にされてしまいみな野辺送りに出払っていたのでした。
空回りの宝玉が仕方なく園に帰ってくると、蘅蕪院では引っ越しが行われ閑散としていました。
その場にいたばあやに訳を聞いて愕然となった宝玉がとぼとぼと怡紅院に戻ってくると、遅れて帰宅した賈政が呼んでいるとのこと。
気乗りしませんが仕方なく行ってみると、食客らを集めて詩を作っています。
既に環と蘭は作り終わり、宝玉の番になりました。
最近年をとった賈政は宝玉の勉強に対するやる気のなさを諦め、逆に詩歌に対する才能の方を認めてやるようになっていました。
その期待に応えるように壮大な長歌を作って見せた宝玉は、賈政の機嫌が良いうちにさっさと退散したのでした。
怡紅院に戻って、晴雯に対して誠意を果たしきっていないと考えた宝玉は、先の小女と庭に咲く芙蓉の花を祭っての祭祀を行うことにしまいした。
世にはびこる型にはまった様式では晴雯に顔向け出来ないと思った宝玉は、自分なりに考えた形式と祭文を用いて祭り、詩を一編捧げました。
全てを読み上げ、感無量の宝玉。
となにやらがさがさと物音がします。
目を凝らしてみると、祭った芙蓉の花の奥から人影が現れて来ました。
「ひゃぁ、晴雯姉さんのお化けが現れたぁ~。」
と叫ぶ小女でしたが一体誰が現れたのか…。
宝玉が晴雯を祭っているときにいきなり現れたのは一体誰か。
はたしてそれは黛玉その人でありました。
宝玉の試みに手を打って喜ぶ黛玉は、宝玉に問われるままに変えた方が良い点を指摘し、二人で仲良くふざけあいます。
と黛玉が咳き込むのを見た宝玉は、夜風が冷たいのに気が付いてお開きにしたのでした。
次の日のこと。
王夫人に言われて賈赦の所へ出向いた宝玉が聞いたのは、何と迎春の嫁入りでした。
が史太君は気が乗らず、賈政は相手が裁判沙汰で泣きついたごろつきの息子である点が不服で反対していたのです。
とはいえ賈赦の方では相手の【孫紹祖【孫紹祖】〔そん・しょうそ〕
賈家の門下生の息子。粗野で短気、乱暴な男で迎春を嫁に貰う。】の家柄・人品が気に入り、先代の門下生(裁判沙汰の時に組み入れて貰った)の息子でもあったので一も二もなく賛成してしまいました。
父親が賛成してしまっては二人には強いて反対することが出来ず、そのまま嫁に出すことになってしまったのでした。
迎春までもが大観園から去ってしまうと知った宝玉は、悲しみのあまり紫菱州の辺りを徘徊していました。
と向こうからやってくるのは香菱。
最近薛蟠の嫁取りで忙しいと喜ぶ香菱を見た宝玉が、
「あの薛蟠が新しい嫁をとったら、あなた相手にして貰えなくなっちゃいますよ。」
と言ってしまいます。
これには頭に来た香菱は、今後宝玉に関わるのは出来るだけ避けようと心に決めて去っていってしまったのでした。
薛蟠が嫁にとった人物とはどんな人なのでしょうか。
なれそめは薛蟠が旅に出ていたときのこと。
親戚への挨拶もかねていた薛蟠が、立ち寄ったのがきっかけでした。
一目で気に入った薛蟠は、今まで受け取っていた嫁候補の話を全部蹴ってこの女性にしたのでした。
その女性の名は【夏金桂【夏金桂】〔か・きんけい〕
薛家の親戚の一人娘。薛蟠の妻。】。
見た目は大変な器量好しで大事に育てられたお嬢様です。
がしかしこれがいけなかった。
嫁にやってきた金桂は、父を早くに亡くして母親一人に育てられたため、やりたい放題、我が儘一杯に育てられていたのです。
早速薛蟠を尻に敷くと、良妻の振りをして人の良い薛未亡人も取り込んでしまいました。
次は宝釵、と意気込みますが相手が宝釵では金桂ごときでは相手にならず、結局宝釵に対してだけは下手に出ることにしたのでした。
ある日のこと。
金桂が香菱と世間話をしているとき、父母のことを訊ねました。
「憶えてないんです。」
と答える香菱、馬鹿にされたと思った金桂に、
「じゃぁ、その名前は誰が付けたの。」
と聞かれて宝釵様です、と答えると、
「変な名前を付けたもんだねぇ。」
これを受けた香菱が、
「あら、宝釵様の学は賈政様にも誉められるほどですよ。」
これを聞いた金桂が一体どんな反応をするのか。
とにかく香菱という名前が好かないと言って、香の字を秋の字に換えさせた金桂でしたが、いざ香菱を追い出そうと思っても宝釵同様隙がありません。
そこで金桂、自分の陪房の【宝蟾【宝蟾】〔ほうせん〕
夏金桂付きの女中。金桂に劣らぬあばずれ。】に薛蟠が色目を使っているのを利用してやることにしました。
さりげなく隙を作って薛蟠と宝蟾に逢い引きをさせた金桂は、何気ない風を装って香菱に用事を言いつけて乱入させたのです。
何も知らなかった宝蟾があまりのばつの悪さに逃げてしまい、今一歩で失敗した薛蟠は香菱に殴る蹴るの暴行を加えます。
それ以来ことあるごとに香菱に当たり散らすようになった薛蟠。
さらに追い打ちをかけるように金桂は一計を案じました。
宝蟾を薛蟠にくれてやり香菱を自分の陪房にして、夜の側寝の際に仕事を言いつけて寝かせないようにしたのです。
しかも仮病を使って寝込んだ後、自分の枕の下に呪いの形代まで置いて薛蟠が香菱の仕業と思いこむように仕向けたのでした。
さらに暴行を加える薛蟠に見かねた薛未亡人が間に割って入り、香菱を引き取って薛蟠夫婦との交流を絶ってしまいます。
これで金桂の天下かと思われた薛家でしたが、実は宝蟾が金桂並のあばずれで、薛蟠の寵を頼んで金桂に喧嘩を売ったのです。
金桂VS宝蟾の間に一人残された薛蟠は、おろおろするばかりで恥は外へ漏れ放題になってしまったのでした。
そんな話を他人事で聞いていた宝玉は、史太君の言いつけでお寺へお参りに行くことになりました。
用事を済ませた宝玉が、薬屋も営む【王道士【王道士】〔おう・どうし〕
王一貼とも呼ばれる膏薬売り。天斎廟の道院の主。】にある症状に効く薬はないかと訊ねます。
何でも治すが売りの王道士は聞く前に安請け合いしましたが、
「女の嫉妬を治す薬。」
と言われて降参したのでした。
宝玉が帰ってくると、嫁に行った迎春が里帰りをしていました。
迎春は帰ってくるなり王夫人に泣きつきます。
「お前は自分が奥様だと思っているようだが、昔賈赦に預けた五千両のかたに貰っただけだ。その内女中部屋にたたき込んでこき使ってやる。」
などと言い放つ孫紹祖に、賈政が反対した事の正しさを今更ながら痛感し、泣き寝入りするしかない迎春と王夫人でした。
しばらくはいられるということで大観園の部屋に戻って姉妹共々昔を懐かしんだ迎春でしたが、迎えの人間に連れられて二度と戻れぬ懐かしい幸せと決別したのでした。
ちなみに、一応義理とはいえ母親にあたる邢夫人は迎春の事などお構いなしで、ただ自分の世間体が傷つかないようにしているだけだったのでした。(これだから実の息子夫婦の賈璉・煕鳳にまで相手にされないんだと思うけど…。)