宝蟾 淫心を燃して巧みに計を設け 宝玉 疑陣を布きて妄りに禅を談ず

 さて、薛蝌が金桂からの貰い物に困惑しているところに、外からなにやら押し殺した笑い声が聞こえてきました。
 もしや金桂か宝蟾が…、と思った薛蝌は、貰った物には手を付けずにその日は休んでしまったのでした。

 次の日の朝早く。
 薛蝌が起きると外から戸を叩く音が聞こえます。
 開けるとそこにはあられもないあだっぽい姿の宝蟾がいました。
 なにやら機嫌が悪そうな宝蟾は、薛蝌が手を付けなかった金桂の贈り物を持ち帰ってしまったのでした。

 さて、金桂には薛蝌が睨んだ通り下心があったのでした。
 そして宝蟾の方でも薛蟠が帰らない今、次の狙いは薛蝌に向かっています。
 若嫁の身で出歩けない金桂は、宝蟾と協力して薛蝌にモーションをかけることにしました。
 一計を案じた宝蟾は、自分は素っ気ない態度をとり、金桂は兄嫁の立場を利用して色々良くしてやって恩を売る事で、薛蝌を落としてやろうと提案します。
 喜んだ金桂が宝蟾の案を実行に移したため、薛家では今までの態度とは豹変した金桂によって久しぶりの平穏が訪れたのでした(表面上だけですが)。

 金桂のにわかの豹変に腑に落ちないところがあった薛未亡人が金桂を訪ねると、そこには金桂の義弟を名乗る不穏な男がいました。
 とはいえ他家の事ゆえ簡単に疑うわけにはいかず、仕方なくその男、【夏三【夏三】〔か・さん〕
金桂の義弟。
】の出入りを認めてしまったのでした。

 そんなところに薛蟠からの手紙がやってきました。
 何でも、現在滞っている裁判を、今の担当官から更に上役が担当することになってしまったとのこと。
 それじゃぁまた賄賂の蒔き直しだ、と薛蝌が急いで現地に向かいます。
 この時、宝釵は旅立ちの準備のために遅くまで走り回っていたため、次の日には熱を出して寝込んでしまったのでした。
 宝釵の容態に泣き出さんばかりの薛未亡人に、史太君や王夫人・煕鳳は薬や見舞いで慰めますが、宝玉にだけは誰も知らせなかったのでした。

 宝釵の容態も落ち着いたある日のこと。
 薛未亡人は史太君の所にやってきていました。
 薛蟠のことや宝釵のことを話していた所に、塾から食事に戻った宝玉がやってきて皆ビックリ。
 現在宝玉の前で宝釵のことは極力話題にしないようになっているので、話も何だか奥歯に物が挟まったような感じで落ち着かない宝玉だったのでした。

 夕方になって塾も終わった宝玉は、瀟湘館に遊びに行きました。
 どうも薛未亡人の様子がおかしいと訝しむ宝玉に、

「あら、あなた宝釵姉さんの見舞いに行ってないんでしょ。もう嫌われちゃったのですよ。」

これを聞いた宝玉、

「だって知らなかったんですよ。あぁ、僕なんてもう生きていても仕方がない!」

「冗談よ、宝釵姉さんがそんな心の狭い方なわけないでしょ。あなたったら思いこみすぎてあちらのおうちの事情を忘れてるんでしょ。お兄さんの方が大変なんだからあなたのことだってそうそう相手できませんよ。」

と黛玉が言うと安心した宝玉は、

「いやぁ、あなたの言うことはいちいちもっともですね。以前の禅問答で負けたときもそうでしたものね。」

 これを聞いた黛玉は、禅問答に隠して宝釵に対する気持ちについて問いただしました。
 気づいた宝玉の方も、それに答えて変わらぬ黛玉への愛情を示します。

 とそんなところに秋紋がやってきました。

「宝玉様、賈政様が塾から帰っているかとお呼びです。」

 さてさて一体なにがあったというのか。

 

巧姐 女伝を評して賢良を慕い 賈政 母珠を玩びて聚散を悟る

 賈政が呼んでいると聞かされてびっくり急いで怡紅院に戻る宝玉でしたが、実は秋紋が宝玉を連れ戻すためについた方便でした。
 何はともあれ怡紅院に戻った宝玉は、襲人に史太君から何か連絡がなかったかと尋ねます。

「明日は、毎年お婆様が消寒会を開いていた日のはずだから僕塾はお休みを貰ってきたんだけど、今年はやらないのかな。」

「連絡も御座いませんし、明日もやっぱり塾へ行った方が宜しいですわ。」

襲人のこの言葉を聞いた麝月は、

「あら、折角休みを貰ったんですから、明日は私たちだけで消寒会をやりましょうよ。」

って提案して襲人に怒られます。

「だって、私は別に姉さんみたいにいい子になってお手当を上げるつもりはないですもの。」

と麝月がやり返しているところに史太君の所から消寒会の招待がやってきたのでした。

 次の日、宝玉が史太君の元へと行ってみると巧姐が乳母と供にやってきているだけでした。
 勉強しているのに煕鳳が信じてくれない、という巧姐に、宝玉が過去の見習うべき女性たちの話を聞かせてやるとまじめな顔で聞き入る巧姐。
 あまり一度に教えても覚えきれまいと史太君が途中で止めると巧姐は、

「そう言えば、うちの小紅は以前叔父様の所にいたのを引き抜いたので、代わりに柳五児を入れようかって母が言ってましたわ。」

 これを聞いた宝玉は一人妄想モードに入ってしまい、さっきの続きを聞こうと思った巧姐は諦めるしかありませんでした。

 なかなか集まらないのに業を煮やした史太君は、催促の使いを出します。
 続々集まってくる姉妹たち。
 薛未亡人も宝琴を伴って現れ、来なかったのは宝釵と岫烟だけでした。(宝釵は賈家に、岫烟は薛家に嫁ぐので控えていたので)

 やがて王・邢夫人も現れますが煕鳳はまだ来ない。
 結局姑たちに遅れた煕鳳は、その日は辞退してしまったのでした。

 さてこちら煕鳳、旺奥さんが迎春の所からの使いが来ているというのでその応対をしていました。
 聞くと、司棋の母親に頼まれてきたとのこと。

 その使いの者が言うには、先日賈家を追放された司棋でしたが、先頃件の従兄が司棋を迎えに帰ってきました。
 反対されてもその相手に嫁ぐと言い張る司棋を母親が怒鳴りつけると、司棋は壁に頭を打ち付けて死んでしまいます。
 葬式を取り仕切った従兄もその場で自刎してしまい、母親の対応が役所に知れるとまずいので根回しをお願いしたいとのこと。

 あまりの出来事にびっくりした煕鳳は、根回しの方は引き受けてやると約束してやったのでした。

 賈政は、取り巻きの一人と碁を打っていました。
 そんなところに馮紫英がやってきます。
 知り合いが持ってきた珍品を買って欲しいとのこと。
 屏風と置時計、帳と珠の四点で二万両。
 中でも珠は母珠といって、盆に置くと大玉の周りに小玉が集まるという珍しい物でしたが、いかんせん先立つ物がない。

 賈璉を呼び寄せ史太君にも見せるように伝えると、史太君の方でも珍しいとはいえ金がない。
 そんなものを買うぐらいなら祭祀用の土地を買って子孫への財を考えた方がよいという煕鳳の案に賛成した史太君は、四点は持ち帰って貰うように伝えたのでした。

 史太君の返事を聞いた馮紫英は賈家では買い取って貰えず、仕方なく別へと向かうことになったのでした。

 

甄家の僕 賈家の門に身を寄せ 水月庵の尼 色恋沙汰を発かる

 さて馮紫英が帰った後、賈政は招待を受けていた他家の宴をどうするか賈赦に尋ねました。
 明日行こう、と言っているところに、役所の方から賈政に明朝出勤するようにとのお達しが来てしまいます。
 さらに間の悪いことに、荘園からの上納品を積んだ荷車が役所の人間に徴発されて動けなくなったとの連絡まで入ってしまいました。

 賈政は仕方なく、宴には賈赦に宝玉を連れて行って貰い、荷車の方は賈璉に任せて役所に出ることにしたのでした。

 さて仕事を任された賈璉は、早速詳しく話を聞いて周瑞を呼びました。
 ところが出かけていないというので、代わりに旺児を呼びますが…、こいつもいない!

 怒った賈璉はすぐに下人に探しに行かせたのでした。

 こちらは賈赦、賈政に頼まれて宝玉を連れて宴に出席することにします。
 喜んだ宝玉が行ってみると、そこには何とあの蒋玉函が座頭として劇団を率いて控えていました。
 とはいえ周りの目があるためおおっぴらに再会を喜び合えない宝玉と蒋玉函、何ともぎこちない挨拶になってしまいます。
 当たり障りのない挨拶でさがる蒋玉函、彼に対する周りの人間の噂話が宝玉にも聞こえてきました。
 なんでも蒋玉函は財産もできたのに未だ独り身で、結婚は一生のこと故身分器量ではなく、自分と一番合う女性とするべきだ、と常々言っているとのこと。
 そんな話を聞いて、

(あの蒋玉函と添い遂げる女性は生まれた甲斐もあったものだろうなぁ…。)

と思った宝玉でした。

 賈赦と宝玉が帰ってくると、ちょうど賈璉が役所から帰った賈政に荷車の件を報告していました。
 報告を終えた賈璉は、昨日の事を思い出して使用人を集めます。
 必要なときに控えていなかったことを厳しく注意すると、頼大を指名して監督を厳命したのでした。

 賈家に客がやってきました。
 聞けば元甄家の使用人で【包勇【包勇】〔ほう・ゆう〕
元甄家の譜代の使用人。甄家が罰されて傾いたため、賈家にやってきた。
】という名であるとのこと。
 賈家でも人が余っている折りに、甄家の衰退のために一人雇ってやって欲しいとの手紙付き。
 他でもない甄家の頼みゆえ断るわけにもいかず側に呼んだ賈政は、甄家の子息の事を訊ねるとそのうち仕事を与えるので控えているようにと命じたのでした。

 ある日のこと、賈政が役所に出ようとしていると門番たちが話しかけたそうなそぶりをしています。
 賈政がどうしたのかと訊ねると、何でも今朝門に張り紙がしてあったとのこと。
 その内容は、

「賈家お抱えの水月庵では賈芹という男が多くの女と戯れており、甚だ風紀が乱れている。」

といったもの。

 驚いた賈政が事の真偽を怪しんでいると、賈蓉までもが同じ内容の物を持ってやってきます。
 怒った賈政は頼大を呼びつけると、すぐに水月庵に行って秘密裏の内に尼と女道士を連れてくるよう命じたのでした。

 賈芹という男、最初は芳官が出家してきたと聞いて、彼女に手を出すつもりでした。
 ところが思いの外芳官の決心は固く、賈芹ごときの誘惑には見向きもしません。
 つまらない賈芹は、【沁香【沁香】〔しんこう〕
水月庵の小尼。
】や【鶴仙【鶴仙】〔かくせん〕
水月庵の女道士。
】といった他の小尼や女道士に手を出し始めていたのでした。

 賈政が大怒りで頼大を派遣していた頃、賈芹は月当の配布を理由に水月庵に訪れ、尼や女道士とともに酒を飲んで戯れていました。
 そんなところに頼大が現れます。
 賈芹らの様子を見た頼大は内心腑煮えくり返る思いでしたが、秘密裏に、と言われていたので極力何事もないように、

「突然の元春妃からのお呼びですので、すぐに小尼と女道士は皆支度して車に乗って下さい。」

と伝え、賈芹も供に連れて栄国邸に戻ってきます。

 頼大が戻り次第厳罰に処すつもりでいた賈政、ところがまた役所から急な仕事を仰せつかってしまいました。
 仕方なく後を任された賈璉は、女たちは明日まで園内に監視付きで置くよう提案して賈政を送り出したのでした。

 面倒なことになったと思った賈璉は、煕鳳が余計なことをしたせいだとくさくさしてしまいます。(当初尼たちは解放するつもりだった王夫人を、賈芹に仕事を与えるために説得したのは煕鳳。)

 煕鳳の方でも平児が仕入れてきた曖昧な情報を病臥の中で聞き、自分に関係するのかと気が気でなりませんでした。

 そんなところに頼大に連れられてやってきた、何も知らない賈芹。
 賈璉に張り紙を見せられびっくり仰天、泣きついて讒言だと叫びました。
 さすがに普段からなれ合う仲間のこの様子を見て可哀想だと思った賈璉は、なるべく穏当に済ませてやろうと頼大と相談します。
 確かにあまりきつい処分をすれば噂になって恥が洩れると思った頼大は、賈璉の提案に乗ることにして賈政の前で口裏を合わせる約束をしました。

 二人で賈璉の前を退出する頼大と賈芹。
 頼大はどこでこんな密告を受けるような恨みを買ったのかと賈芹に尋ねますが、一向に思い当たる節のない賈芹だったのでした。

 

賈母 海棠に宴して花妖を賞し 宝玉 通霊を失いて奇禍を知る

 園内に小尼と女道士が連れてこられた次の日のこと。
 すぐにでも家に戻って事の始末を付けたかった賈政でしたが、またもや急な仕事が入ってしまい帰れなくなってしまいます。

 仕方なく賈璉の一存に任せる旨の連絡を送って仕事に戻った賈政でしたが、任された賈璉はやりやすくなったと大喜び。
 王夫人に相談して処分を訊ねると、女たちは解放し、賈芹は以後賈家への自由な立ち入りを禁ずるように、とのこと。
 王夫人の案なら賈政も文句は言うまいと考えた賈璉は言われた通りに処分したのでした。

 さて紫鵑、園内に小尼らが来ていると聞いて、何事かと史太君の所に偵察にやってきていました。
 バッタリ会った鴛鴦に尋ねますが、彼女も知らないとのこと。
 二人で世間話をしていると、二人のばあやがやってきて史太君のご機嫌を窺いました。
 鴛鴦が、史太君様は昼寝中です、と答えるとばあやたちは帰っていきましたが、見送る鴛鴦は嫌そうな顔をします。
 紫鵑がどうしたのかと訊ねると、

「あれは【傅試【傅試】〔ふ・し〕
傅秋芳の兄。通判に就いている成り上がり。
】様のところのばあやなの。最近よく来て、自分の所の娘の良さを自慢して宝玉様にと押しつけがましいのよ。しかも悔しいことに史太君様も宝玉さんも楽しそうに聞いているんですもの。」

 急用で席を立った鴛鴦、残された紫鵑は帰り道あれこれと考えていました。

「男なんてたくさんいるのに、何でみんな宝玉さんなんでしょう?黛玉様とは好きあってるはずだから大丈夫だと思うけど、これから大変だわ。」

 なんて疲れていた紫鵑ですが、

「ああっ、もう良いわ。このことに首を突っ込むのは終わり。とにかく黛玉様のお世話をちゃんとしなくちゃ。」

 考えるのをやめた紫鵑は元気に瀟湘館に帰ったのでした。

 紫鵑が黛玉にお茶を入れてあげていると、外が騒がしくなりました。
 何事かと思えば、怡紅院で枯れたはずの海棠が今頃咲いたとのこと。
 物珍しさに史太君や王夫人も見に来ているとか。
 それなら私も行かなくちゃ、とばかりに身支度をして黛玉も見に行きます。

 さて、皆が吉兆と言う中で、探春だけはこの怪事を凶兆と見ていました(さすがに口には出しませんが。)。
 李紈のおめでたという言葉に触発された黛玉が、

「宝玉さんが真面目に勉強を始めて賈政様も喜んでいるので、親子の情に喚起されたのでしょう。」

 これには大喜びの史太君に、凶兆と見ていた賈政、賈赦は機嫌を損ねて追い出されたのでした。

 早速宴を始める史太君は、皆で楽しみます。
 ちょうどお開きにしようとしたところに、病身の煕鳳の代わりに平児がやってきてお祝いを述べます。
 しかし平児は襲人にだけはこのことを、怪事と見て今後はあまり他には知られないように煕鳳が言っていたと伝えたのでした。

 宝玉の方では、突然咲いた海棠を見ていると史太君や王夫人がやってきたと聞いて急いで着替えて出迎えていました。
 皆が帰って一休みしていると、いつも首に下げている宝玉が無くなっていることに気が付きます。
 それを知った襲人は麝月に、ふざけるのはやめて、と言いますが麝月も知らないとのこと。

 にわかに青ざめる襲人以下怡紅院の面々。
 どこを探しても見つからない有り様に、ついには園内の姉妹にも連絡を取ります。
 やってきた李紈や探春も急いで探しますが見つかりません。
 急いで園の門を封鎖する探春と、皆の身ぐるみを剥いで点検しようと提案する李紈。
 さすがに李紈の提案には呆れた探春(昔王家内に裾をめくられたのを思い出した。)は、

「こんな意地悪、どうせ賈環じゃないかしら。」

 もっともと思った一同は、何気ない様子で賈環を呼びだし、平児が代表で訊ねました。
 自分が疑われたことに頭に来た賈環は、あること無いこと言い散らし、家に帰ってしまいました。
 皆がじゃあどこにいったんだ、とおろおろしていると、趙氏が賈環を連れて乗り込んで来ました。

「何ですぐにうちのを疑うんだい!さあ連れてきた、好きにするが良い!」

 そこへ王夫人もやってきました。
 さすがに黙り込む趙氏を後目に王夫人が襲人を問いただしていると、いきなり口を出した趙氏を黙らせて他の者にも事情を聞き出します。
 そこへ話を聞いて病身をおしてやってきた煕鳳、

「そんなに取り締まりを厳しくしては、よもや犯人が証拠隠滅を計って宝玉を壊したりしかねません。いっそ何事もないように装って自然に出てくるのを待った方が良いかと思います。」

 そんな悠長なことも言っては居れまい、と答えた王夫人は、些細なことで騒ぎ立てる賈環と趙氏を叱りつけて襲人に三日の猶予を与えて犯人探しを命じたのでした。

 とにかく外に出られてはまずいと思った一同は、すぐに林奥さんを呼んで改めて園内の出入りを禁止して貰います。
 話を聞いてすぐに手配した林奥さん、そう言えば先日家でも…、と下町の占い師の話を切り出しました。
 藁にもすがる思いの襲人は、

「そんなに良くあたる人ならお願いです。すぐに人をやって占って貰って下さい。」

 林奥さんが出ていくと、岫烟が、

「街の占い師よりも、妙玉さんの方がきっと良くあたりますわよ。」

と言うのを聞いて、今度は麝月がすがりついて頼みます。
 言い出した以上仕方なく、古い付き合いの岫烟が頼みに行くことになったのでした。

 岫烟が櫳翠庵に行っている頃、林奥さんが結果を持って帰ってきていました。
 その占い師の名前は【劉鉄嘴【劉鉄嘴】〔りゅう・てっし〕
街の凄腕占い師。
】、話す前から用件を言い当てたなかなかの人物とのこと。
 彼が言うには、質屋を探せばその内出てくる、と言うのです。
 急いで近在の質屋に人を手配した李紈たちは、今度は岫烟の帰りを待ったのでした。

 そんなところに茗烟が裏の隅から小女を手招きします。
 なんと宝玉を見つけてきたというのです。
 はてさて一体本当なのか。

 

訛伝は事実と成りて元妃薨逝し給い 仮をもて真と混じて宝玉瘋癲となる

 宝玉を見つけてきたという焙茗ですが誰も信じません。
 そんなところに岫烟が妙玉の所から帰ってきたのでした。

 岫烟はどうしていたのか。
 あの後急いで櫳翠庵へと向かいますが、行ってみれば妙玉は嫌そうな顔。
 とはいえ自分から言い出した以上手ぶらでは帰れない岫烟が詳しく事情を話すと、妙玉も可哀想に思ったらしく重い腰を上げてくれます。
 おもむろに紙と筆を取り出した妙玉、瞑想にはいるとさらさらと何かを書き付けました。(こっくりさんですか(古い?))
 岫烟にはなにやら良くわからなかったのですが、とにかくその紙を持って皆の所へと急いで戻ったのでした。

 妙玉の書き付けた紙をのぞき込む一同。
 皆で解釈した結果、

 「すぐには出ない、しかし失したわけではないのでそのうち出るだろう。」

 これ以上はどうしようもないと思った一同は、その日はこれで解散することにしたのでした。

 さて黛玉の方では、実は内心ほくそ笑んでいました。
 なぜって、この所の金だ玉だ、の噂の元が失われたのです。
 これこそ、その縁が失われたのだと証明された様な気がしていたのですから…。

 さて王夫人、部屋に戻りますが、史太君にも賈政にも恐くて報告できません。
 そんなところに賈璉がやってきます。

「叔父殿の王子騰様が出世なさって都に帰京なさるそうです。」

 これを聞いた王夫人の喜ばないことか。
 嫌な話が多かったものですから、こんな良い事ったらありません。
 とにかく早く戻ってこないかと待ち遠しくなる王夫人だったのでした。

 そんなある日のこと。
 栄国邸に元春妃が危篤との連絡が入ってきました。
 あまりのことに気を失いそうな王夫人でしたが、史太君と供に急いで見舞いに参内します。
 着いてみると既に顔色も変わってもはや助かる術のない元春妃。
 しかも皇帝以下、他の貴妃たちもやってくるとのことで、身内であるはずの史太君らも退出させられ、最期を見とることもできなかったのでした。

 宝玉の宝玉探しでも忙しかった栄国邸でしたが、元春妃逝去の報にさらに仕事が増えてしまいました。
 奥向きの方は何とか回復してきた煕鳳が見ることになったので助かったのですが、宝玉の方がなかなか進みません。
 皆が皆忙しくて、宝玉を失って惚けていく宝玉にかまってやる余裕のある人物がいなかったのでした。

 可哀想なのは襲人です。
 日に日に酷くなる宝玉の惚けぶりを目の当たりにしながら何もできないもどかしさ。
 黛玉に遊びに来てくれるように頼んでも、

(自分はきっと宝玉に嫁入りするのだから、今会うのは気まずかろう。)

と思いこんでうんと言ってくれません。

 探春を呼んでも、

(海棠の狂い咲きに宝玉紛失、元春妃の逝去と、これは賈家の不祥の予言に違いない。)

と思っていてあまり乗り気ではない。

 さらに宝釵も、薛未亡人に宝玉への輿入れを相談されたとき、

「婚儀の話は親が決め、本人が口出しするべき話ではありません。」

 と答えた手前、あまり深く詮索したり直接会ったりとは出来なかったのでした。(でもこれって、黛玉の気持ちを知っていながら親の言には逆らえないと責任逃れしているような…。)

 元春妃の葬儀に一段落着いた史太君は、宝玉の様子が気になって王夫人と供に様子を身にやってきました。
 ここで始めて事情を知った史太君は、すぐに知らせなかった非を責めると人に命じて懸賞金かけるというおふれを配らせます。
 惚けて何も反応しない宝玉に、

「宝玉様、ありがとうございますって言って下さいまし。」
と襲人が囁いて、

「ありがとうございます。」

と言う宝玉を見た史太君と王夫人は、襲人の健気さと、宝玉の容態に涙したのでした。

 史太君が襲人と秋紋を付けて宝玉を一時自分の手元に置くことにしたので、自分の部屋へと戻った王夫人。
 しごとから帰った賈政に怒られました。
 仕事の帰りに、史太君がばらまいた懸賞金の話を知ったのです。
 が詳しく聞いて史太君の発案と知った賈政はこれ以上は何も言えなくなり、この浅慮の暴挙を悔しがったのでした。

 玉を見つけたという人間が現れました。
 門番は急いで賈璉に取り次ぎ、賈璉は確認の間よくもてなすように命じると、奥へと取り次ぎます。
 にわかには見分けがつかない一同でしたが、宝玉に渡してみるとポイと投げ捨ててしまいました。
 この様子に偽物と気が付いた賈璉が、とっちめて追い出してやると息巻きます。
 がそれはいけないと止めた史太君、

「きっとお金に困ってこんな事したのでしょう。ここで酷い目に遭わせては、本物を見つけた者ですら怯えて来にくくなってしまう。」

 分かりました、と答えて出ていった賈璉でしたが、その様子は怒りのあまり震えています。
 この後かの男はどの様な扱いを受けたのか。

 

煕鳳 消息を秘し隠して奇謀を廻らし 顰児 機関を洩れ聞きて本性を迷わす

 やっと戻ってきた賈璉の様子にただならぬ気配を感じた男でしたが今更冗談でしたでは済みません。
 立って賈璉を迎えようとしますが、賈璉は部屋に入るなり使用人たちに命じて縛り上げて役所に突き出そうとします。

 …がこれは実は演技。頼大が後からなだめるようにやってくると、今後二度と舐めたまねをするなと追い出したのでした。

 喪中のため質素に元宵節が過ぎると、弟(王子騰)の帰京を心待ちにする王夫人の元に訃報が届きました。

「王子騰、帰京の途路で急病のため死去。」

 あまりのことに事の真偽を賈璉に確かめさせた王夫人ですが、やはり間違いないとのこと。
 自分の代わりに、賈璉に現地に行って葬儀などの手伝いをして貰いますが、息子・宝玉の急病に娘・元春の死、そして今度は弟の死というあまりの不幸の連続に体が保たない王夫人は胃のあたりに痛みを感じ始めてしまったのでした。

 そんな折り賈政は史太君に呼び出されました。
 今までの仕事ぶりを評価され、次の出世が決定した賈政は、今度の赴任先への準備や友人らからの祝いの応対で身内のごたごたに対応しきれていませんでした。

 史太君の用事とは宝玉の婚儀の件でした。
 街の占い師に聞けば、「金」との縁を結べば良くなると言われたとのこと。
 史太君にしてみれば、宝釵の「金」と宝玉の「玉」が引き合って病も治り、玉も出てくれば万々歳、宝釵の様な良妻を貰えれば二重に嬉しい。
 ところが賈政にしてみればあまり賛成は出来ません。

 一つに宝玉が病中であること。病中に婚儀など宜しくない。
 一つに元春妃の喪中で、弟である宝玉は喪に服し慎むべきである。
 一つに薛家では現在当主にごたごたが持ち上がり、正式な取り決めが行えない。

 とはいえ、王夫人の心労や史太君の年齢、実際問題として良くならない宝玉の容態を考えると、渋々ながらも賛成せざるをえなかったのでした。

 この話を隣の部屋で聞いていた襲人(宝玉は今史太君の側で生活しているので)は、賈政が帰ると急いで王夫人の所へ進言に向かいました。

「宝釵様を嫁に迎えること、大変に喜ばしいことで御座いますが、実は宝玉様は黛玉様以外嫁に貰う気がないのです。」

更に今までに自分が知っている黛玉と宝玉に関する経緯を説明すると、宝玉の今までの病気がほとんど黛玉を思ってのことと知った王夫人は大変なことだと史太君に相談を持ちかけます。
 王夫人から相談されて困ってしまった史太君に、煕鳳が一計を案じて見せました。
 煕鳳も王夫人も、宝玉と黛玉の気持ちを知っているのに史太君に逆らえず結果邪魔をしてしまいます。
 年輩三人の手で暗黙の内に進められていく宝玉の婚儀の相談、しかしこの後の悲劇にだれ一人思い及ばなかったのでした。

 さて黛玉、紫鵑と供に史太君の元に挨拶に行こうと思いました。
 ところが途中で紫鵑は忘れ物を思い出して取りに戻ってしまいます。
 一人で歩いていた黛玉、すすり泣く声を聞いて道を外れると一人の女中が泣いていました。
 その女中、史太君の所の馬鹿姐やでしたが、何でも口を滑らせて先輩に叩かれたとか。
 話を聞いてくれる黛玉に事情を説明し始めますが、それが何と、

「宝玉様が、宝釵様をお嫁に貰うことに決まったって事をちょっと口にしただけなのに、決して喋るなっていきなり叩いたんです。」

 これを聞いた黛玉は、あまりのことに愕然となってしまい、呆然と立ちつくしてしまいました。
 頭が回って足も重く、ただふらふらと流れていく黛玉。
 そんなところに忘れ物を取りに行った紫鵑が帰ってきました。
 黛玉の様子に驚いた紫鵑ですが、

「宝玉さんに会わなくちゃ…。」

という黛玉に肩を貸しながら史太君の所へと向かったのでした。

 宝玉の所にたどり着いた黛玉、正面に座るとただ笑っているばかり。
 襲人と紫鵑が困っていると、

「あなたの病気の原因は何かしら。」

「林のお嬢様のために起こったものですよ。」

慌てた襲人と紫鵑を無視して微笑み続ける二人でしたが、やがて黛玉は周りに言われて瀟湘館へと戻ります。
 今までの病気が嘘のようにしっかりした足取りで瀟湘館へと戻る黛玉でしたが、着いてほっとした紫鵑の側で、

がはっ!

 突然血を吐き前のめりに崩れ落ちてしまったのでした。

 

林黛玉 稿を焚きて癡情を絶ち 薛宝釵 閨を出でて大礼を成す

 宝玉のもとから帰ってきた黛玉、瀟湘館に着くなり血を吐いて倒れてしまいました。
 慌てた紫鵑は供に来ていた秋紋と二人で、急いで黛玉を部屋にあげて寝かしつけます。
 紫鵑はすぐにも史太君に知らせようかと思いましたが、騒ぎ過ぎと思われてはと懸念して、連絡を避けたのでした。

 瀟湘館から戻った秋紋は、史太君らに黛玉の様子を聞かれて倒れたことを知らせました。
 びっくりした史太君は王夫人、煕鳳を伴って見舞いにやってきます。
 そのやつれた姿に驚いた史太君でしたが、それ以上に宝玉と黛玉の二人の思いの深さを知ってにわかに不快感を露わにしました。

「確かに幼い頃から仲が良かったのはわかりますが、長じてもそのままで、男女の別をわきまえず下心を持つとは今まで注いだ愛情を無駄にされた気分だね。」

 この一件で史太君の黛玉に対する愛情は薄れ、身よりのない黛玉は賈家ですら孤立することになってしまったのでした。

 ところで煕鳳が考えた一計とは何か。
 実は宝玉だけには、

「黛玉を嫁に取ることになった。」

と伝えておいて、式当日に宝釵と入れ替えてしまうというものでした。

 黛玉を嫁に迎えられると聞かされた宝玉はすぐにでも黛玉に会いに行こうとしますが、煕鳳に、

「黛玉ちゃんも恥ずかしがって会ってくれませんよ。」

と言われて、未だ病気でぼけたままの宝玉ではありましたが、当日を楽しみに待っていたのでした。

 話が進んできた賈家では、薛未亡人を迎えて最終打ち合わせが行われました。
 あまりに乗り気の史太君に嫌とは言えなくなった薛未亡人は、宝釵を説得し、薛蝌を派遣して薛蟠の同意を求めます。
 数日後薛蝌からの報告を聞いてみると、薛蟠の出所の目処も立ち、婚儀にも賛成とのこと。
 すぐに史太君に連絡をすると、さらに結納などの相談で忙しくなったのでした。

 人の足も遠のいた瀟湘館では、紫鵑が一人黛玉を励ましながら頑張っていました。

 側に紫鵑しかいないのに気が付いた黛玉は、

「ねぇ紫鵑。お婆様はあなたを召使いとして付けて下さったけど、私、あなたのことを自分の血を分けた姉妹だと…。」

 そこまで言って咳き込む黛玉を見て、言い様のない悲しみに襲われてしまう紫鵑。
 と、黛玉が今までの詩稿と宝玉から貰ったハンカチを欲しがります。
 もしやと思った紫鵑が止める間もあらばこそ、黛玉はそれらを火にくべて燃やしてしまったのでした。

 あまりに悪くなった黛玉の容態に、急いで史太君の所へ連絡に行った紫鵑でしたが誰もいません。
 そこで宝玉が今どんな顔をしているのかと思った紫鵑は宝玉を捜しますが宝玉も見あたらない。
 とそんなところに墨雨が通りかかったので訊ねると、なんと今日宝玉の婚儀を行うために皆別邸に移動していると言うではありませんか。
 あまりのことに宝玉を恨んだ紫鵑でしたが、黛玉の事が心配になって瀟湘館に戻ります。

 騒がしい瀟湘館にもしやと思った紫鵑が駆け込むと、虫の息の黛玉。
 はっ、と思い当たった紫鵑は、急いで李紈の所に使いを出します。

 駆けつけた李紈ですが、園内でも一、二を誇った黛玉を襲うこの悲運を嘆き涙がこぼれてしまいました。
 と紫鵑が見あたらないので探してみると、別の部屋で泣いています。
 紫鵑を励ましているところに、平児と林奥さんがやってきたので葬儀の準備を進めるように命じますが、何でも婚儀の式に紫鵑を借りたいとのこと。
 ところが黛玉の大事に離れないと言う紫鵑に困った林奥さんは、雪雁の方を連れて戻っていったのでした。

 さて雪雁、自分が式で何をやらされるか良くはわかりませんでしたが、自分の主人の大事に宝玉がどんな顔をしているのか見てやろうと思います。
 そっと覗いてみれば、うきうきと待ち遠しそうな宝玉。
 宝玉の心うちを知らない雪雁には、宝玉の態度があまりに薄情に過ぎると映ったのでした。

 宝玉の方ではやっと黛玉と結ばれると思いこみ、待ち遠しくて待ち遠しくて仕方がありませんでした。
 しかも式場で雪雁の姿を認めると、

(あれ、何で紫鵑じゃないのかな?そうか、雪雁は黛ちゃんが実家から連れてきた女中だものな。)

と納得して更に確信を持ってしまいます。
 嬉しくなった宝玉は、いきなり花嫁に近づいてかぶりものを取ってみますがどうもその顔が黛玉には見えない。

(おや、どうも宝釵姉さんに見えるのだけれど…。)

 改めて雪雁の方を見てみると、そこには鶯児がいるではありませんか。
 何がなにやらわけが分からなくなった宝玉が、

「僕は一体どこにいるんだい。これは夢なのだろうか。」

と襲人に尋ねてしまいます。
 今まで相手が黛玉と聞いて楽しみにしていた宝玉は、それがいつの間にか宝釵に入れ替わってしまって気が動転してしまい、

「黛ちゃんに会いに行くんだ!」

と騒ぎ出してしまい、周りに押さえられてそれすらも阻まれてしまったのでした。

 宝釵にしてもいたたまれないものです。
 薛未亡人や史太君の話し合いで事が進んでしまい、気が付けば宝玉のと婚礼。
 先に雪雁を伴って式に赴き宝玉をたばかると、鶯児に入れ替えて式を挙げてしまおうという詐欺まがいの片棒を担がされていました。
 仮にも新婦でありながら、騒ぎ出した宝玉を避けて奥の間へ移され惨めな思いをさせられた宝釵だったのでした。

 宝玉の婚礼の次の日、賈政は任地へと旅立っていきました。
 式の最初の方しか見ていなかった賈政は、黛玉と信じて喜んでいた宝玉しか見ておらず、その後の泣き叫ぶ宝玉は見ていなかったのです。

 さてその宝玉、式の後に部屋に戻ってから件の病気が再発し、さらには飲食さえものどを通らない状態になっていました。
 さてさて宝玉と黛玉、この二人の命は一体どうなってしまうのでしょうか。

 

苦しむ絳珠 魂は離魂天に帰り 病める神瑛 涙は相思地に洒ぐ

 婚礼の式を終えた宝玉ではありましたが、その病は重くなる一方でした。
 宝釵が不憫になった薛未亡人は早まったかと後悔し始めていましたが、それを口にするわけにもいきません。

 さて様々な名医と呼ばれる人の見立てでも良くならない宝玉でしたが、ある荒れ寺に住む【畢知庵【畢知庵】〔ひっちあん〕
郊外の荒れ寺に住む貧乏医者。
】なる貧乏医者の見立てた処方を与えると、幾分回復の兆しが見えてきました。
 幾分正気を取り戻した宝玉は、傍らの襲人に尋ねました。

「僕がお嫁さんに貰うのは黛ちゃんのはずなのに、どうしているのは宝釵姉さんなんだい。あぁ、黛ちゃんは今頃どうしているのだろう。」

 これを受けた襲人が、黛玉は病中だ、と言うと、宝玉はすぐに見舞いに行くと暴れ始めます。

「あぁ、僕はもう死にたい。きっと僕も黛ちゃんも死んでしまうのだから、いっそ一緒の部屋に移すことで彼女の側に置いてくれ。」

 こんな事を言われた襲人が泣いていると、宝釵が鶯児と供に部屋に入ってきました。
 宝玉の言葉を聞いていた宝釵は、

「あなたは病を治すことを考えず、死ぬことばかりを考えています。そんなことで今まで可愛がって下さったおばあさまやお義母様に申し訳ないとは思わないのですか。」

と良い諭します。が、びっくりした宝玉は、

「この間まで顔すら見せて下さらなかったのに、今日はどうしたのですか。」

と問いかけます。意を決した宝釵は、

「黛玉さんは、あなたの気が違っていた間にすでに亡くなってしまいました。」

これを聞いた宝玉は、にわかに目の前が暗くなると気を失ってしまったのでした。

 ふと宝玉が気が付くと、目の前に人が一人立っていました。
 ここはどこかと訊ねると、冥界への道だとのこと。

「では林黛玉という人はいませんか。」

と宝玉が訊ねると、

「そのものは、生きては人にあらず、死しては霊にあらぬ者。まして人の身で死した者を探すものではない。」

更に、

「この冥界ではみだりに自らの命を絶つものを戒めている。既に大虚幻境に旅した黛玉に会いたければ、おかしな事は考えず、心潜めて身を修めるが良い。」

言い終わるとその人に急に袖口から取り出された石を投げつけられ、急いで逃げた宝玉は聞こえてくる呼び声に誘われて意識を取り戻したのでした。

 宝玉が目を覚ますと、襲人や史太君、王夫人らが心配して見守っていました。
 みな一様に黛玉の死を伝えてしまった宝釵の行動を早計であったと思っていましたが、宝釵ただ一人は別のことを考えていました。

(宝玉さんの病気は黛玉さんを思ってのこと。荒療治でもこれで良くなるはずだわ。)

 急に呼ばれた畢医師は、宝玉の病状が落ち着いているのに驚き、今後の投薬で完治できようと診断します。

 この後襲人は落ち着いた宝玉に事の真相を少しずつ伝え、宝玉の方でも、夢で聞いた言葉から自殺は思いとどまったのでした。

 宝玉婚礼の日、昏睡状態に陥っていた黛玉は、その後幾分持ち直していました。
 一息ついた李紈が稲香村に戻っていると、気が付いた黛玉が見回したときには紫鵑と何人かのばあやがいるばかりでした。

 紫鵑の袖を掴んだ黛玉は、

「あなたとはずっと一緒にいたいと思っていたのに、それもできなくなってしまったわ。…身内のいない私です、死んだら郷に運んで下さるようにお願いしてちょうだい。」

 それを聞いた紫鵑が泣き出していると、探春がやってきます。
 李紈も帰ってきて、冷え切った黛玉の体を必死で温めていると、

「あぁ、宝玉さん!宝玉さん!あなたは良く…。」

と叫んだかと思うと周りの努力もむなしく帰らぬ人となってしまいます。
 涙に暮れる一同がふと気が付くと、そこには人の世のものとは思われぬ学の音色が響いて消えていきました。
 そして奇しくもそれは宝玉が宝釵を娶ったときだったのでした。

 李紈らは、すぐに林奥さんを呼んで葬儀の準備をさせると、煕鳳に連絡しました。
 が煕鳳の方でも、宝玉だけでも大変な今の史太君に、黛玉の死を知らせては悲しみのあまり体調を崩すのではないかと懸念します。
 とにかく様子を見ようと思った煕鳳が、宝玉の所にいる史太君のもとへと走ると、ちょうど宝玉も落ち着いたところだったのでそっと耳打ちしました。
 黛玉の死を聞いた史太君と王夫人はびっくりして涙を流して悲しんでしまいます。
 二人があまり悲しんでは体に悪いと思った煕鳳は、小女に宝玉が史太君を呼んでいる、と嘘を言って貰って気を取り直して貰いました。
 黛玉の方は王夫人に任せた史太君が宝玉の枕元によって訊ねると、

「おばあさま、昨晩黛ちゃんが現れて郷に帰りたいって言うんです。おばあさま以外には出来ませんから、どうか黛ちゃんを引き留めて下さい。」

 これを聞いた史太君は涙を隠して了解すると、宝玉を安心させてやったのでした。

 宝釵と襲人はこの時に黛玉の死を知っていたのですが、どうすることもできませんでした。
 なかなか良くならない宝玉の様子を見た畢医師が、

「これは心の鬱屈からくる病です。それさえ取り除ければすぐに快方に向かうでしょう。」

と言うのを聞いた一同は、宝玉の願いを聞いて瀟湘館に安置している黛玉の霊柩を弔いに訪れました。

 さて紫鵑は宝玉の無情を恨んでいましたが、やってきた宝玉の嘆き悲しむ姿を見て思い直すと、問われるままに臨終の際の様子を聞かせてあげます。
 史太君や王夫人は、二人の体を心配した煕鳳が気を回してすぐに帰りました。
 宝玉の方は悲しみが深く、にわかには離れられまいと見た宝釵によってしばらくはその場で悲しみに暮れていたのでした。

 その後の宝玉は、宝釵の手前黛玉ばかりを悲しむわけにはいかず、少しずつ体調も良くなってきていました。
 安心した史太君は薛未亡人を招いて、

「元春妃の喪も明け、宝玉の体調も持ち直したので、正式に二人の婚礼の式を行いたいのだけれど、いつが良いかしら。」

と相談します。
 新嫁である宝釵の話をしていると、自然黛玉の話題に触れてしまい、悲しみが蘇ってきた二人の所に煕鳳がやってきました。
 その場の雰囲気を察した煕鳳は努めて明るく振る舞うと、

「実は今さっき、面白い話を仕入れてきたんですよ。」

 さてさて煕鳳が話す話とは一体どんなものであったのか。

 

官規を守りて悪奴の策謀に陥り 邸報を閲して事態の急変に驚く

 黛玉を思いだして暗くなっていた薛未亡人と史太君に気が付いた煕鳳は、面白い話があるんです、と場の雰囲気を変えるために一つ話を始めました。

「今度の新しい花婿と花嫁なんですけど、一人がこうすると、もう一人がこうして…。」

身振りを交えて話し始めた煕鳳ですが、誰のことか気が付いた史太君が釘を刺し、薛未亡人は、

「宝釵もあなたと賈璉の二人のように仲良くすればいいのにね。」

などと言いだして逆に赤くなる煕鳳だったのでした。

 さて体調の方は落ち着いてきた宝玉でしたが、頭の方はなかなか元には戻りません。
 それを見た宝釵は、

(あれはおそらく通霊宝玉が戻らなければ元には戻るまい。)

とあきらめていました。

 しかし襲人にしてみれば、長年使えた主人の姿に耐えきれずつい愚痴の一つも出てしまいます。
 そんなところに泰然自若と存在する宝釵は頼りがいがあり、また日頃から知れ渡る人となりで、周りは皆宝釵に従って過ごしていたのでした。

 時折大観園へと遊びに行きたがる宝玉でしたが、史太君からはお許しが出ませんでした。
 もし宝玉が瀟湘館を見て亡き人を思いだして病気がぶり返しては大変ですし、何より園内には人がほとんどいなかったのです。
 迎春は嫁入りし宝琴は薛家へ、湘雲は史家が都に戻ったので引き取られ、岫烟は邢夫人の所に移り、李紋・李綺も李未亡人とともに園外で暮らしている、という状態。
 そして今回宝釵が嫁入りし、黛玉が亡くなったため、残っていたのは李紈と探春・惜春の三人だけだったのでした。

 意気揚々と赴任先へと旅立った賈政は、着任早々賄賂などを取り締まり、役人の腐敗を正そうとおふれを出しました。
 賈政についてやってきた使用人や、大金はたいて役を賈って着いてきた雑役係は地方職なら監視も緩くて懐が暖まると思っていた矢先の事で大弱りです。
 耐えきれなくなった雑役係の者たちは暇乞いをすることでおふれを撤回して貰おうと思いましたが、あっさり暇乞いを承認されてストライキするどころか失業して帰ってしまいました。

 帰りたくても帰れない使用人たちは、困り果てしまいました。
 実入りはないのに出費はかさみます。
 そんなところに【李十児【李十児】〔り・じゅうじ〕
賈政の使用人。赴任に伴い地方へ着いてきていた。仕事は門番。
】という男が先頭を切って動き始めました。

 ある日賈政が出かけようとすると、準備は滞り、行く先々でも不備をきたしてしまうばかり。
 問いただしてみても、色々と言い訳をするばかりで埒があかなく諦めてしまいます。

 ある日手元不如意になった賈政が、実家に無心しようと李十児を呼びつけました。
 呼ばれた李十児、某節度使が誕生祝いを行っていて祝いが必要だったと告げて見せます。
 慌てた賈政に、おふれを撤回して皆の懐が潤うようになれば、今回のことも皆が進んで教えに来るのにと囁きました。
 頑としてはねつける賈政でしたが、こんな事で職を奪われでもしたら史太君や王夫人が悲しむと言われて心が揺れ動いてしまうのもつらいところ。
 結局どうするとも決まらず奥に引きこもってしまった賈政でした。

 図に乗った李十児は、勝手に取り仕切り始めました。
 とはいえ全てがスムーズに行くようになって嬉しくないはずがない賈政は、李十児の独断に気が付かず、周りの好意からの忠告にも耳を貸すことが出来なくなっていました。

 そんなところに手紙がやってきます。
 開けてみると、昔周家が都に来たときにした縁談の約束を、賈政が今回近くに来た折りに確認したいという手紙がやってきました。
 思い出した賈政は、探春と周家の息子なら問題あるまいと心の中でうなずいていました。

 そんなときにふと邸報に目を落とした賈政は、びっくりしてしまいます。

「某の地で起こりし薛蟠なるものの殺人事件、役人証人を買収した虚偽の判決であるため再審、死罪に処すべし。」

 頼まれてとはいえ役人に口をきいてやっていた賈政は、よもや自分の身にまで及びはしまいかと気が気ではありません。
 そんなところに李十児が、長官がお呼びです、と呼びに来てしまいます。
 話を聞いた李十児は、

「薛蟠殿は昔都でも同じ様な事件を起こして無罪にしています。一度後ろめたいことをした中央の役人なら、何とかしてうやむやにしようとしますから大丈夫でしょう。」

 そううまく行くかと叱りつけた賈政でしたが、長官のお呼びとなれば無視するわけにもいかず、慌てて出かけることにしたのでした。

 

香菱 好事を破りて深恨を結び 宝玉 遠稼を悲しみ離情を感ず

 何事かと急いで長官の所へ出かけた賈政でしたが、もしや薛蟠の件での事を気づかれて咎められはしまいかと気が気でありませんでした。
 李十児にしても、賈政の帰りが遅いことから心配して、もしやと考え始めてしまいます。
 ところがやっと出てきた賈政を見ると、別にどうしたということもなかったようでした。
 聞けば何と長官も周家と知り合いで、今回の縁組みの進み具合を訊ねられただけだったとのことです。
 長官までも薦めるのであれば、と話を進めることに決めた賈政は、史太君の元に薛蟠の裁判の状況と、探春の縁組みの件で急いで手紙を出したのでした。

 薛未亡人の方では、やっと落ち着くと思っていた薛蟠がまたもや大変なことになってしまって泣き暮れていました。
 見かねた宝釵がやってくると、

「お母さま、泣くのはやめて下さい。一度で反省せず何度も人を殺めるなど、やはりお兄さまはそういう運命だったのです。ここでお母さまが心配のあまり体を壊してはお兄さまは更に不孝を積んでしまいます。」

 続けて家財の整理をしましょうと宝釵が提案すると、

「持っていた店は皆赤字や使用人の横領で潰れてしまい、家財も薛蟠の裁判に使ってしまって、もうまとめるようなものなど無くなってしまっているのだよ。」

 そう言われて宝釵がびっくりしていると、

「ええい、もう亭主も助かる見込みがないなら、一家揃って仕置き場で暴れちまえば良いんだ!」

と叫んで金桂が暴れ込んできました。
 立ち尽くす薛未亡人を押さえて、実家へ帰ると言い出す金桂を宝釵を始め使用人たちで取り押さえ宥めましたが、宝琴などは恐くなって二度と近づかなくなったのでした。

 さてこの金桂、薛蟠がいなくなってから、薛蝌を誑し込もうと色々企んでいました。
 世話を焼いて恩を売ろうと手ぐすね引いていた金桂でしたが、薛蝌が常に香菱に頼むのを見て更に香菱への怨みを募らせています。

 ある時、金桂からのお酒の誘いを常に下戸だと避けてきた薛蝌が酔っているところを宝蟾が見つけてきます。
 早速宝蟾と二人で薛蝌に言い寄ってきた金桂でしたが、良いところで気づかずに歩いてきた香菱に見つかってしまって逃げられてしまいました。
 毎度毎度邪魔される金桂、沸々と心に沸いてくる怨みが爆発寸前になっていたのでした。

 宝釵が史太君の部屋にいたときに、王夫人から探春の縁組みの話が出てきました。
 遠方の地という事で最初は難色を示していた史太君でしたが、いい加減な賈赦のせいで近くにいても幸せになれない迎春をあげて仕方がないことだといい含められます。
 父親である賈政がきちんと見込んで決めているならば、と了解を示した史太君、賈政にはそう伝えるようにと王夫人に命じたのでした。

 この話を聞いた趙氏は今まで探春に受けた怨みを思い出して(逆恨み!)、やっとあいつがいなくなる、迎春のように酷い目にあってしまえ、と心中密かに考えました。
 よく考えずに行動し、とんちんかんな事ばかりする趙氏、今回もいらないのに探春の所にやってきて自分勝手なことをのたまわり、無視されて怒って帰っていったのでした。

 腹が立った探春は、宝玉の所に遊びに行きました。
 すると宝玉はどこから仕入れたのか、

「黛ちゃんが亡くなるときに、不思議な楽が聞こえたってホント?」

と聞いてきて、あったと答えるとまたもや宝玉は一人妄想の世界へと旅立ったのでした。

(やっぱり黛ちゃんは仙女になったに違いない。)

と考えていて探春が帰ったのも気づかないでいると、襲人と宝釵が探春の縁談の話をしているのを聞いてしまいます。

(そんな、黛ちゃん、元春姉さん、迎春姉さんに続いて探ちゃんまでいなくなっちゃうなんて!)

 もう死んでしまいたいと駄々をこねる宝玉に、

「あなたの姉妹たちは結婚も出来ないんですか。そんなに言うなら私と襲人はどこかに行ってしまいましょ。」

宝釵にここまで言われた宝玉は、納得して諦めたのでした。

 黛玉に使えていた紫鵑は宝玉にせがまれて彼に仕えることになりましたが、宝玉の心変わりが許せずうんともすんとも言いません。
 黛玉への忠義からと気が付いた宝釵は、何も言わずにするがままにさせておきます。

 一方雪雁については、宝玉の婚儀の際に一役買ったことなどから宝釵に疎まれ、小者と娶せられて賈家から出されたのでした。

 宝玉の様子から探春に嫁入りの際には挨拶に来ないようにと伝えに行こうとした襲人でしたが、逆に宝釵に、

「宝玉さんももうしばらくすれば頭もすっきりするでしょう。そうすれば、逆に探春さんに来て貰って良く諭していただいた方が効果的ですわ。」

 それもそうだと思った襲人は、宝釵に従うことにしたのでした。

 さて煕鳳は史太君からじきじきに探春の旅立ちの準備を頼まれます。
 了解した煕鳳、さてさてどの様に処理していくのか。