大観園 月夜の幽魂に戦き 散花寺 神籖の異兆に驚く

 探春の嫁入りの準備を命じられた煕鳳、部屋に帰ってみるとまだ賈璉は帰っていなかったので自分で人に命じて準備をさせました。
 探春の様子を見ておこうと思った煕鳳は、小紅と豊児を連れて月明かりの中大観園へと入っていきます。
 途中小部屋で騒ぐばあやたちを叱るために小紅を送り、寒くなったので上着を取りに豊児を帰らせると、煕鳳は一人になってしまいました。

 くんくんくん。

 いきなり背後から聞こえてきた音に驚いた煕鳳が振り向くと、爛々と光る二つの目の黒い塊が近づいていました。
 驚いた煕鳳が飛びすさると、にわかに走って逃げたその影は実のところただの犬だったのでした。

 誰か早く帰ってこないものかと身震いしていると、向こうの方に人影が見えました。

(どこかの女中だろう。)

と思った煕鳳が声をかけますが、返事がありません。
 またお化けかと震えているとにわかにその影が近づいてきてしました。

(見たことがあるような気がするけど、…誰だろう。)

 するとその幽霊、

「昔はあんなに良くして下さったのに、私のことも忘れ、私の言ったこともお忘れになるなんて…。」

 言われて可卿だと気が付いた煕鳳でしたが、後ずさった拍子に石に躓いてしまい転んでしまいました。
 体を起こすと既に可卿は消えており、体中汗でびっしょりになっています。
 その後すぐに小紅と豊児が戻ってきましたが、気が滅入った煕鳳はすぐに部屋に戻ることにしたのでした。

 次の日のこと。
 前の日から機嫌が良くなかった賈璉でしたが、朝早く準備をすると、どこかへと出かけていきました。
 やっとこさ起きた煕鳳、どういった心境か、平児を見ると、

「私は今までに人が一生かけても出来るか分からないほどの栄華と自由を楽しんだわ。でも寿命というものだけはどうともならないものだわね。」

 驚いた平児が泣き出すと、微笑んだ煕鳳、

「もしお前が私のことを思ってくれるなら、巧姐のことを良く可愛がっておくれね。」

 突然のことにどうしたものかと思った平児は慰めながらマッサージをしてあげ、次第に落ち着いた煕鳳はまた眠りについたのでした。

 出かけてすぐに帰ってきた賈璉、煕鳳を始め多くのものがまだ寝ているのを見て、疲れも手伝って怒鳴り散らします。
 驚いた煕鳳が飛び起きて宥めると、何でも煕鳳の兄王仁の事でまた厄介ごとを頼まれたとのこと。
 平児と二人で宥めながら、不出来な兄のせいで自分まで辱められるのに耐えた煕鳳でした。

 煕鳳の所に王夫人から使いが来ました。
 王子騰の後、王家を継いだ【王子勝【王子勝】〔おう・ししょう〕
王家の三男。王子騰の死後家督を継ぐ。
】の誕生祝いに出席するかとのこと。
 用事があった煕鳳は断りますが宝玉と宝釵は行くということなので、それなら準備を手伝おう、と宝玉の部屋へと向かいます。

 煕鳳が行ってみると、宝釵の着替えを寝転がって眺めている宝玉がいました。
 煕鳳が入ってきてからかうと二人とも赤くなってしまい、

「いえね、この服がどうも気に入らなくて。雀金裘ほどよくないんですよ。」

 そう言う宝玉の言葉を聞いた煕鳳が、じゃぁそれを着ればいいじゃない、と言いますが、

「いえ、昔晴雯ちゃんが繕ったのを思い出すので、着ないことにしているんですって。」

とお茶を持ってきた襲人に説明された煕鳳は、

「晴雯といえば可哀想なことをしたけれど、今度あの子にそっくりな柳の五児をこちらに入れようと思っていたのよ。」

 これを聞いた宝玉は大喜びで、先に史太君の所に挨拶に行ってきなさいと言われるとそのまま出ていってしまいました。

 宝釵と煕鳳も史太君の所に挨拶に上がっていると、先に出かけた宝玉から使いが来ました。

「いらっしゃるなら早めに来て下さい。これなくなったのなら体を壊さぬように。」

 これを聞いた史太君と煕鳳は大笑い、宝釵は恥ずかしくて真っ赤になってしまいます。
 伝言を頼まれてきた茗烟は、言ったら言ったで宝釵に怒られるし、言わないと宝玉に怒られるしどうしようもないじゃないか、と愚痴をこぼしたものでした。

 史太君に急かされて宝釵が出かけると、入れ替わりに尼の【大了【大了】〔たいりょう〕
散花寺の尼。
】がやってきました。
 大家での幽霊騒ぎで忙しかったという大了の話を聞いた煕鳳は、先日の件で興味が湧き効果があったのかと訊ねます。
 当然太鼓判を押す大了を見た煕鳳は、後日散花寺に詣でることにしたのでした。

 散花寺に出掛けた煕鳳は、おみくじを引いて帰ってきました。

「王煕鳳、錦を着て故郷に帰る。」

とのこと。
 ここで言う王煕鳳は別人ですけど、まあ皆の見解は吉であり結構なことだと見ています。
 ところがここに、このおみくじの結果に皆と違う見解を持つ人物がいました。
 そう、宝釵です。
 どうしてかと訊ねる宝玉に「後で分かるでしょうが…。」と言って説明をしようとした宝釵でしたが、王夫人からのお呼びで遮られてしまったのでした。

 

寧国邸 骨肉みな災障に病み 大観園 符水もて妖魔を祓う

 王夫人から突如呼ばれた宝釵、行ってみると、

「今度探春が嫁入りのために旅立ってしまいますが、先日この話を聞いて宝玉が騒いだとか。どうかくれぐれも良く見てやってね。」

 宝釵がはいと返事すると、

「そういえば煕鳳が、そちらに晴雯に似た小女を入れると言っていました。前のようなことがないように見ておいて下さいね。」

 王夫人の宝玉と宝釵に対する信頼度の違いが良く出ている会話でした。

 いよいよ探春の旅立ちの日が来ました。
 探春が宝玉の所に挨拶をしに向かうと、案の定悲しさのあまり泣き出してしまいます。
 ところが良く心得た探春はきちんと道理を話し、教え諭したので、探春が去るときには晴れやかに見送った宝玉だったのでした。

 探春までもが去ってしまった大観園では、李紈、惜春も元の栄国邸内の部屋に戻ってしまい人気が失せてしまっていました。
 さて探春を見送りに来ていた尤氏は、夜も遅くなったので人気の無くなった大観園を通り抜けて寧国邸へと帰っていきます。
 ところが帰ってきた尤氏は、にわかに具合が悪くなり寝込んでしまいました。
 慌てた賈珍が医者を呼んで診て貰いますが、その結果はあまりはかばかしいものではありません。
 さてはと思った賈蓉は、街の易者で【毛半仙【毛半仙】〔もう・はんせん〕
街の易者。
】というものを連れてきて占って貰います。
 結果は、

「この病気は、旧宅にて夕方、物の怪にあたられたもの。しばらくすれば良くなりましょうが、この禍は賈珍、賈蓉にも及ぶやもしれません。」

とのこと。
 賈珍が報告を受けていると、にわかに尤氏が騒ぎ出し、暴れうなされ始めます。
 急いで紙銭を買い集めた賈珍が大観園で焚くと尤氏の症状も収まり、その後快方に向かったのでした。

 このことをうわさに聞いた使用人たちは園内に物の怪が出ると信じ込み、これ以来近づくものもまばらになってしまいます。
 心配した史太君が宝玉の周りに付けた女中たちも、必要以上に恐れ宝玉までも怖がらせていましたが、そんな噂を一蹴した宝釵のおかげでなんとか落ち着きを保っていました。
 とはいえ賈珍、賈蓉まで病に倒れ、また園の近くに住んでいた晴雯の従兄の、呉貴の女房が(薬を飲み間違えて)死んでしまったことで噂に信憑性が出てきてしまいます。

 園内の管理をばあやたちが厭がったために、そこからの収入が無くなった栄国邸では財政が苦しくなり、あまり噂を信じていなかった賈赦が使用人を連れて巡回をすることにしました。
 ところが雉の尾を見間違えた小者のせいで逃げ帰ってきた賈赦は、急いでお祓いをして貰うことにします。
 大勢の道士たちが香を焚き、魔を封じて貰ったことで皆が落ち着き、また賈珍、賈蓉の容態も良くなったので、園内の物の怪話は下火になっていったのでした。

 そんなある日のこと。
 賈赦の元に信じがたい情報が賈璉によってもたらされました。

賈政が重徴のかどで節度使に弾劾された!

 というのです。
 節度使といえば探春が嫁いだことで親戚付き合いになった長官。嘘だろうとすぐに確認させますが、どうやら本当のようです。

 ただし賈璉が聞き直した話によると、

「賈政自体の人柄は謹厳実直、申し分ないのですが、その下に付く使用人どもが手前勝手に振る舞い主人の人柄を貶めていたとのこと。今回のことは、事が重大事になる前に押さえた方が良いとの節度使様のご厚意のようです。」

 実際の処罰についても恩情が渡され、降格のみで元の職に戻っただけのようなので、賈璉を遣わして王夫人に知らせたのでした。

 

金桂 毒計を施し誤って我身を喪い 雨村 真禅に暗く空しく旧知に遇う

 賈璉から賈政の件で報告を受けた王夫人は、詳しく話を聞くとやはりそうかと納得しました。
 どうして分かるんですか、と賈璉が訊ねると、

「夫は旅立って以来お金に事欠き家からの送金を受けていたのに、その従者の妻たちのあの着飾り様。これこそ下の者が目を盗んで悪さをしていた良い証拠です。節度使様のご厚意は本当にありがたいものですよ。」

 納得した賈璉は史太君への連絡は王夫人に頼むことにしたのでした。

 そんなところに薛家のばあやが飛び込んできました。

「大変なんです、大変なんです。」

 何があったのか要領を得ないばあやに業を煮やした王夫人は、そのばあやを追い返すとすぐに賈璉に出向いて貰って処理してきてくれるように頼みました。
 追い出されたばあやは一足先に戻ると、まったく相手にしてくれない!と報告し、それを聞いた薛未亡人は姉の情の薄さを恨み、宝釵には言ったのかと尋ねます。
 そうだ、言っていなかった、とばあやが出ていこうとしたときに、賈璉がやってきました。

「叔母様から使いのばあやが来たのですが一向に要領を得ないため、心配した奥方様からすぐに様子を見て困っているようなら助けてやるようにと申し遣ってきました。」

 事情を知った薛未亡人は王夫人の好意を有り難く思い、ばあやにはすぐ宝釵の所に行くよう命じると事情を説明し始めました。

「実は先日、一方的に嫌っているはずの香菱を自分の所で使いたいと金桂が言ってきて、病中でしたが仕方なく金桂の元に行かしたのよ。
 そしたらうちの嫁ったら今までの態度が嘘のようにまめに病気の香菱を看病して、吸い物まで運んでやったの。
 最初は不注意で落としてしまったんだけど、次の日宝蟾に作らせて二人で飲んでいたら、急に金桂が苦しみだして死んでしまったのよ。」

 今は一緒にいた香菱を縛っている、という薛未亡人の報告が終わる頃に宝釵も知らせを聞いてやってきました。

 賈璉は、「香菱を縛っては私たちまで彼女を疑っている、逆に怪しいのは吸い物を運んだ宝蟾でしょう」、と主張する宝釵に、片方だけ縛るのはいけない、と注意して役所へ報告に向かいます。
 そんなところに夏家の母親と義弟が乗り込んできました。
 母親が入ってくるなり薛未亡人に詰め寄り、「娘を殺した!」と叫んで暴れ回ります。
 様子を見に来た周奥さんが止めにはいると、今度は義弟までが奥に乱入してきて二人で暴れだしてしまいました。
 周りの者がどうすればいいのかとおろおろしていると、賈璉が使用人たちを連れて帰ってきます。
 手早く夏三を押さえつけて追い出した賈璉が、すぐに役人が検死に来てくれることを告げると、

(騒ぐだけ騒いで引っかき回した後に、こっちに有利に役人に報告しよう。)

と考えていた夏家母子の思惑が外れたことが分かり、急に大人しくなってしまいます。

 とにかく当事者たちに会おうと薛未亡人や宝釵、賈璉に【夏母【夏母】〔か・ぼ〕
金桂、夏三の母。
】が香菱、宝蟾の閉じこめてある部屋へと移動しました。
 皆が入るなり香菱を弾劾する宝蟾、お前が作った吸い物だったろうと突っ込まれますが香菱だと言い張ります。
 埒があかないと思った一同が何か証拠は無いかと部屋を見渡すと、なにやら紙包みが出てきました。
 それを見た宝蟾、

「それこそ毒薬の包みです。先日奥様(金桂)がねずみ取りのために夏三に頼んで手に入れて、小物入れに入れていたのを見ています。何なら奥様の小物入れを探して下さい。」

 言われて金桂の小物入れを調べると、毒薬の紙包みどころか身につける装飾品すら入っていませんでした。
 どうしてかと聞かれた宝蟾、

「そりゃ奥様が実家に持って帰っていたからですよ。」

 これを聞いて皆に睨み付けられた夏母が叱りつけると気が強い宝蟾は言い返し、ついには夏母、

「家の娘を殺したのはお前だろう!」

と言ってしまいました。

 身内にまで疑われた宝蟾、ついには、

「薛家を妬んだ挙げ句に、暴れ回って引っかき回したら、隙を見て家財を奪って逃げ出してもっと良い婿を捜そう、って言ってたのを知ってるのよ!」

 と告白してしまい、香菱は無実だから話してやれとまで言いだします。
 これを聞いて何か知っていると分かった宝釵は、宝蟾の縄も解いてやると知っていることを話してくれと頼みました。
 竹を割ったような性格の宝蟾は、請われるままに自分の知っている事情を説明し始めました。

「奥様は薛蟠様が牢に入ってから薛蝌様に色目を遣っており、邪魔な香菱を恨んでいました。そんな中、私もどうして急に奥様が香菱に良くするのかわかりませんでした。
 でも奥様の分と、あろう事か香菱の分の吸い物まで作れと言われて頭に来た私は、香菱の分に塩を多くして目印を付けたんです。
 ところがちょっと出掛けた内に奥様が自分で持っていってしまったので、慌てて様子を見に行くと案の定お椀が逆に置かれているじゃありませんか。
 奥様が部屋を出ている隙に私、目印のある方を香菱に直したんですが、その後です、奥様が苦しみだしたのは。きっと奥様が香菱を毒殺しようと吸い物に毒を入れていたんですわ。」

 全てを聞いて合点が行った一同でしたが、引くに引けない夏母と薛家での言い合いが始まってしまいます。

「役人が来るから準備しなさい!」

 賈璉のこの言葉に青ざめた夏母、役人の方は取り下げてくれるように頼みますが、そうは行かぬと突っぱねられます。
 明らかに不利な夏母は仕方なく自分の方から誓約書を提出し、役人への依頼の取り下げも、自分の方の手落ちとすることで許して貰ったのでした。

 こちら賈雨村、またもや昇進し、新任地で巡回をしていました。
 途中で荒れ果てた廟を見つけた雨村が近づくと、中では一人の道士が座禅を組んでいます。
 良く近づいてみるとなにやら見知った顔の様な気がする雨村。二、三言葉を交わすと、行方不明の甄士隠だと確信しました。
 ところがのらりくらりとかわして認めないその道士、ついには日が暮れてしまい役人が雨村を呼びに来てしまいます。
 また会えるでしょう、との言葉を背に廟を出た雨村の元に、男が一人駆け寄ってきました。
 さてさてこの男、一体何があって急いで駆けてきたのでしょうか。

 

酔金剛 泥鰌は大浪を生じ 癡公子 余痛は前情に触る

 廟を出て巡回視察に戻った雨村の所に、急いで駆けてきた小者の言うには、

「大変です、先ほどの廟が燃えています!」

 驚いた雨村でしたが、人情よりも仕事を優先することにしてその小者に事後調査を命じると、自分は視察に戻ったのでした。

 仕事を終えて自宅に戻った雨村が、夫人(もと士隠の所の女中だった)に士隠らしき人に会ったことを告げると、

「どうしてすぐに連れてこなかったのです、恩人を放っておくなんて!」

 そこへ例の小者が帰ってきて、逃げた様子はなく死んだと思われる、と報告してきました。
 さすがに夫人には伝えられず、適当に言葉を濁して話を打ち切った雨村でした。

 さて雨村が視察中に、車の前に飛び出した男がいました。
 その男とは酔金剛倪二。酒の勢いで威勢のいいことを言っていましたが、捕まって笞打たれるとすぐに音を上げ許しを請います。
 役人に対する暴言の数々、許し難し、ということで、雨村は許さず牢に投獄したのでした。

 話を聞いた倪二の妻と娘は、雨村が賈家の縁者と聞いて昔の恩を頼りに賈芸に話を付けて貰おうと考えました。
 二つ返事で引き受けた賈芸でしたが、賈芸にしても前に煕鳳に袖にされてから栄国邸とは疎遠になっています。
 結局賈芸は役に立たず、金を使って倪二を釈放して貰った妻と娘はこのことを倪二に話しました。
 賈芸の恩知らずを知った倪二は怒り狂い、以前から自分が見聞きした賈家の悪事を並べ立てると、これを役所にばらしたらどうなるか!と息巻きます。
 とはいえその夜は、また酒の勢いで暴れられてはたまらんと思った妻と娘に止められた倪二でした。

 都に戻ってきた賈政は、すぐに陛下の御前に出頭しました。
 雨村を始め親賈政の面々は、どうなるものかと冷や冷やしながら賈政が出てくるのを待ちます。
 さて賈政、天子より話しかけられました。

「さて、賈化というのは君の先祖か?賈範というのは君の身内か?」

 二人とも近親の者ではありませんでしたが、両者とも近頃重い罰を犯した者たちとのこと。
 下手に賈姓の者が悪いことばかりすると、天子の覚えが悪くなると冷や冷やものだった賈政でした。

 出てきた賈政に挨拶する友人たちは、無事を喜びつつ最近の寧国邸の悪い噂を忠告し、賈珍、賈璉ら次代の賈家を危ぶみます。
 有り難く拝聴した賈政は、心に留めると急いで栄国邸へと戻ったのでした。

 賈政が帰ると、史太君を始め皆が出迎えました。
 史太君が賈政に探春の様子を聞くと、夫婦仲良く幸せにやっているようです、との返事が帰ってきたので喜び、賈政を下がらせます。
 賈政にしても宝玉の見た目だけは元に戻っていること(まだ頭はちょっと呆け気味)、宝釵の妻としての落ち着きぶり、賈蘭の文武ともに上達していることを見て喜びました。
 ただし賈環を見たときだけは、その以前と変わらぬ出来損ないぶりに落胆した賈政でした。

 その後賈珍、賈璉を近くに呼んだ賈政は、役所で聞いた話を思い出して良く自重して後ろ指を指されるようなことをしないようにと注意します。
 賈珍らも言い返すことも出来ず、ただ「はい。」と返事して引き下がったのでした。

 久しぶりの帰宅にくつろいでいた賈政でしたが、一人足りないと気が付きました。
 すぐに黛玉のことだと気が付いた王夫人でしたが、帰宅早々訃報を知らせるのも、と思い、病気と言いつくろいます。
 これを聞いた宝玉は心穏やかならず、散会した後も気が晴れません。
 部屋に戻っても黙り込んでいる宝玉を見た宝釵は、

(義父さまが戻ってまた勉強と口やかましく言われると心配しているのでしょう。)

と思ってそっとしておきます。
 お茶を運んできた襲人を引き留めた宝玉は、宝釵には先に寝るように言うと、襲人に、

「すまないが紫鵑ちゃんを連れてきてよ。」

と頼みます。
 紫鵑といえば黛玉が死んで以来宝玉には冷たい態度。
 ぐずる襲人を見た宝玉は、

「黛ちゃんを裏切る気なんて毛頭なかったのはお前だって知っているだろう。僕はお前らのせいで裏切り者にされたんだ。せめて臨終の前に一目でも会えれば彼女も僕を恨んで死んだりしなかったのに…。」
「僕は晴雯が亡くなったときも祭文を作って祭ってやったんだ。黛ちゃんにはまだそれすらもしてやれてないんだ。」

 それを聞いた襲人、

「祭ることぐらい、したければすぐすればいいじゃないですか。」

「それが病気以来頭が回らないんだ。だいたい前にお前に黛ちゃんの様子を聞いたら良くなった、って言っていたのにどうして死んだんだ。せめて臨終のときの様子はどうだったんだろう。」

 根負けした襲人が、

「分かりました。でも、それなら直接聞かず、私が一度聞いてきてからお話ししますわ。」

 宝玉が了解していると麝月がもう遅いから寝るようにと言いに来ます。
 続きは明日、と襲人が言っていると、

「あら、そんなこと言わずに若奥さま(宝釵)に、今日は襲人と一緒に寝ます、って言ってくればいくらでも話なんて出来るじゃない。」

と麝月に言われ、

「こんな事言われるのも宝玉さまのせいですわ。」

と恥ずかしがって逃げていった襲人でした。

 次の日のこと。
 賈政の所から使いの者がきました。

「親戚友人らが賈政さまの帰還を祝って芝居を掛けるつもりでしたが、賈政さまが断ったので代わりに酒会を一席設けるそうです。」

 とのこと。
 さてさてこの一席、無事終わることが出来るのでしょうか。

 

錦衣軍 寧国邸の財産を差押え 驄馬使 平安州の長官を弾劾す

 賈政の帰京を迎えて、栄国邸では親戚友人を招いての宴が開かれていました。
 そんなところに、呼んだ覚えのない【趙長官【趙長官】〔ちょう・ちょうかん〕
本名趙全。錦衣軍の長官。
】がやってきます。
 呼んでいないとはいえ高官の一人、追い返すわけにもいきません。
 賈政、賈璉がどうしようかと迷っていると、勝手に乗り込んできてしまいました。

 やってくるなり第一声、

「【西平王【西平王】〔せいへいおう〕
北静王と並ぶ四群王の一人。
】殿下が参りました。それっ、門をふさげ!」

 あまりに突然のことに呆然となる一同、

「待ちなさい、とにかく今は宴を開いてらしたところですし、お客にはご帰宅願いましょう。」

 西平王のこの言葉に蜘蛛の子を散らすように退散した親戚友人、残されたのは賈家の者だけでした。
 落ち着いたのを見た西平王は、おもむろに勅旨を読み上げます。

「栄国邸、賈赦。地方官と結託し良民を害した疑いにより世襲職を剥奪し、家財を取り調べる。」

 あまりのことに動けない賈家の面々に監視が付くと趙長官は、

「それ、お前たち、一つ残らず調べ尽くせ!」

 連れてきた兵士に合図を送りました。
 調べると言っても当然のことながらこいつらは平然と盗みます、漁ります、かすめ取ります。(というより目的はこっち。)
 それを急いで引き留めた西平王、

「聞けば賈赦、賈政は同居しているとはいえ別々の家とか。ここは区別が付けがたいので封印だけに止めなさい。」

 それに反発した趙長官、

「いえ、それは違います。ここでは甥の賈璉も家政に関わっているので、全て調べねばなりません。」

 何とか助けたいと思っていた西平王ですが、こう言われては何も言えなくなってしまいます。
 仕方なく奥の夫人たちへ連絡を入れさせると、自分が付いて直々に調べることで少しでも被害を少なくしようと試みました。
 ところが賈璉と煕鳳の部屋から、規定以上の高利貸しの証文が多数出てきてしまいます。
 これはまずい、と思っていると、表から又別の取り次ぎが入ってきました。
 今度は北静王がやってきたとのこと。
 引き入れて用件を聞くと、

「勅旨である。趙長官は賈赦を連れ戻り、すぐに取り調べを行うように。家宅捜索は西平王に一任する。」

 これを聞いて愕然とする趙長官、略奪を勅旨によって禁じられてしまったのでした。

 北静王と西平王が揃ってひとまず落ち着いた栄国邸。
 栄国邸の取り調べを趙長官が行うと聞いて、趙長官の悪い噂を聞いていた北静王が手を打ってくれたのでした。
 賈政を呼びだした二郡王は、

「今回はとんだ災難ですな。それにしてもご禁制の品と、高利貸しの証文が出てきたのは拙いですね。」

 とりあえずご禁制の品の方は元春妃に献上するために用意していた、で誤魔化せますが、証文は拙い。
 呼び出された賈璉が、素直に自分の非を認めると、

「ふむ、賈赦殿の罪状に含ませても良かったのですが、自分で非を認める殊勝さが気に入りました。何とかしてみましょう。」

 二郡王の取り調べが一段落が付くと賈璉は奥の様子を見に行ったのでした。

 奥では、史太君、王夫人、邢夫人らが夫人らを集めて宴を開いていました。
 宝玉もここにいたのですが、表で大変なことになっているとの連絡に大騒ぎになってしまいます。
 煕鳳は病気もあって倒れてしまい、史太君も驚きのあまり気を失ってしまいました。
 様子を見にやってきた賈璉は、煕鳳と史太君を見て大変だと大慌てです。
 別に二人とも死んだわけではないと分かった賈璉が、皆を安心させるために二郡王が運動してくれていることを伝え、また賈政が無事な姿をあらわしたので何とか一段落して一度解散したのでした。

 さて邢夫人、家に帰ろうにも賈赦が捕まってますし、息子夫婦の賈璉、煕鳳の所も同様。迎春も嫁にやって以来大変だと噂を聞いていても相手にしてなかったので頼れません。
 そんな邢夫人を知った李紈らが、部屋を用意してとりあえずの落ち着き先を作ってあげたのでした。

 賈政がどうしたものかと思案していたところに、表から騒ぎの知らせが入りました。
 急いで行ってみるとそこにいたのは寧国邸の焦大。
 聞けば寧国邸でも賈珍の開いた賭博の件と、尤二姐の件で行った離縁の強要で役人に乗り込まれたそうです。
 なんてことだ賈家もおしまいだ、と思っていると、薛蝌がやってきました。
 ちょうど薛蟠の件で役所に詰めていた薛蝌の仕入れてきた情報を改めて聞いた賈政は、雲行きの怪しさと、今まで放っておいた身内のつけに頭が痛くなってしまいます。

 そんなところに奥から叫ぶ声が聞こえてきました。

「史太君さまが大変です!」

 さてさて倒れてしまっていた史太君、今度のことで一体どうなってしまうのでしょうか。

 

王煕鳳 禍を招きて羞慚を抱き 史太君 天に祷りて禍患を消す

 史太君が大変と聞いて慌てて賈政が奥へ駆け込むと、史太君が心労のあまりまたもや倒れてしまったとのことでした。
 自分らの不徳を恥じ、一心に史太君を慰めていた賈政の元に、北静王から使いがきます。

「賈政殿には罪はなく、今まで通りの役職で働くようにとのことです。賈璉殿は職を剥奪で無罪放免です。」

 知らせに安心した賈政は使いの者に礼を言うと、後日自分でも礼を述べに行くことを伝えたのでした。

 大変なのは賈璉でした。
 借用書が出てきたために家財が没収され、今まで貯めてきたお金も全て持って行かれています。
 しかも父は獄中、妻は危篤と踏んだり蹴ったり。
 賈政に借用書について聞かれても煕鳳が独断でやっていたことなので答えることが出来ず、自室の監督もできなかったと悔しくて仕方がありません。

 賈璉を下がらせた賈政は、先祖の栄誉を自らの代で汚したことが悔しくてなりませんでした。
 しかも改めて家政を省みれば収入より支出が多く、どうしてこんなになるまで気が付かなかったのかと後悔先に立たず。
 そんなところに親しい友人らが見舞いに来ていちいち慰めてくれますが、そこに孫家から使いがきます。

「今回は大変でしたが、賈赦に貸している金は賈政が返すように。」

 身内の不幸を労るどころかこの様な使いを出す孫紹祖に一様に立腹した友人らでしたが、既に諦めていた賈政は、

「あいつについては兄が浅慮だったのです。それにしても嫁にやった娘がどうなってしまうのか…。」

 更に沈む賈政を慰めた友人らは、明日にも自分で運動して一族の罪を減罪して貰えるように勧めて帰ったのでした。

 賈政の元から辞して自室に戻った賈璉は、ムシャクシャしていました。
 と煕鳳に付いていた平児が、もう一度医者を呼んで診て貰って欲しいと頼みます。

「俺の方だってどうなるかわかりゃしないんだ。そっちまで面倒みきれんぞ。」

そう言って賈璉が部屋を出ていってしまうと煕鳳は、

「ねぇ平児、余計なことはしなくて良いの。それよりどうか私が死んだ後も巧姐児のことをお願いね。」

と話しかけます。これを聞いて泣き出す平児に、

「面と向かって言うものはいなくても、皆私を恨んでいることでしょう。聞けば寧国邸の賈珍さんの方では、訴状に張華の名があったそうじゃないの。それでは夫にも罪が来るやもしれない。私はもういっそ死んでしまいたいのよ。」

 そう言われた平児は悲しみが一層深くなりましたが、煕鳳が自ら命を絶ったりしないように片時も離れないようにしたのでした。

 寧国邸の方では、男衆、使用人ことごとく捕らわれ、残ったのは尤氏・胡氏・佩鳳・偕鸞だけでした。
 栄国邸で引き取った史太君でしたがお金にも今では余裕がありません。
 しかし大変なのは賈璉の方。
 獄中の賈赦、賈珍、賈蓉らの生活費を送ろうにも何もないんです。
 仕方なく荘園を売った賈璉でしたが、この時もたちの悪い使用人にたくさん横領されていたのでした。

 常に宝玉と宝釵がついてくれるとはいえ、史太君の悲しみは深いものでした。
 思い立った史太君は、鴛鴦らに支度をさせると神仏を祭り祈りを捧げます。

「私は八十余年生きてきましたが、子や孫の今の失態は全て私の教育の足りなさからきたものです。どうか全ての罪を私にまわし、子孫の身をお守り下さい。」

 終わって史太君が泣いていると、王夫人が宝玉と宝釵を連れてやってきました。
 史太君が泣いているのを見た三人は、皆それぞれ思うところがありもらい泣きしてしまいます。
 この三人を見た女中たちも泣き出してしまい、史太君の部屋では凄い勢いで泣き声がこだましました。
 これに驚いたのは賈政です。
 史太君の部屋から大きな泣き声が聞こえてくるものですから、もしやと思ってとんできます。
 ついて一安心した賈政が皆を慰めていると、史家から見舞いの使いがきました。
 湘雲を思いだし懐かしく思いながらも礼を述べた史太君は、湘雲の嫁入りを聞いて家事の不祥事で行けないことを残念がり、宜しく伝えるように頼んだのでした。

 賈政が改めて家中の人間の数を数えると、賈赦に連座して捕まった者を除いてもまだ二百余人もいることが分かりました。
 更に収支を確認して頭が痛くなり、借金の量に驚きます。
 どこの邸も多かれ少なかれ同じだと言う使用人を黙らせると、

「お前たちのような者が外で家の権威を笠に着て大見得きって無茶ばかりするから、大変なことになるのだ。儂とて今回のことでどうなるかわからん。お前らはどうせ罪を主家にかぶせてとんずらするのだろう。」

 頭を抱えて愚痴っている賈政にさら追い打ちが掛かります。

「使用人は二百余人ですが、更にその下にも人がいるので何人になるか分かりません。」

 愕然とした賈政は、賈赦らの罪がはっきりしてから何とかしようと書斎に籠もってしまいます。
 そんなところに取り次ぎの者が駆け込んできました。

「すぐに参内するようにとのことです。」

 さてさて一体どうなってしまうのでしょうか。

 

賈母 大義に明るく余資を散じ 政老 天恩に浴して世職に復す

 いきなり呼び出された賈政が参内すると、北静王が待っていました。
 北静王に連れられて陛下の前に跪くと、賈赦、賈珍の罪状及び刑罰が伝えられます。

「賈赦の地方官との結託は冤罪だが良民を害した事実あり。賈珍の婚姻破棄の強要も合意によるもので不問。ただし三姐なるものを届け出なしに埋葬したは罪。よって二名とも流罪。」

 命までは取られずに済んだことにほっとした賈政は栄国邸に帰ってくると、すぐに史太君に報告しました。

「それならあの子達に役人への心付けと路銀をやらねばなるまいね。」

 これを聞いた賈政は、先日確認して賈家には既に財が無くなっていることを無念ながら史太君に報告します。
 既にそこまで傾いていたのか、と驚いた史太君は、鴛鴦を呼び寄せると自分が嫁いできてから少しずつしまってあった金目のものを掻き集めました。
 刑地への旅の準備のために一時帰宅を許された賈赦、賈珍夫婦にそれぞれ三千両ずつ渡すと、残りを賈璉や煕鳳、宝玉に分配します。
 孝行を施すどころか史太君に身銭を切らせたことを恥じた王夫人、賈政に、

「残りはわしの葬儀代に充てておくれ。それでも余るようならわしに仕えた女中達に配ってやってちょうだい。」

 死を語られて驚いた賈政は、必ず孝行を施すと約束したのでした。

 そんなところに豊児が駆け込んできました。
 煕鳳の病状が悪化したとのこと。
 王夫人を連れて史太君が見舞いに行くと、平児が目を泣きはらし、煕鳳は息をするのも苦しい状態です。

 実は煕鳳、今まで可愛がられながら今回のような不始末をしでかし、きっと史太君と王夫人に厭われているだろうと思っていました。
 ところが二人ともその様な様子は微塵も見せず、今回煕鳳の見舞いに来てくれています。
 おかげで滅入っていた気分も幾らか晴れ、病状の方も少し持ち直すことが出来たのでした。

 煕鳳の所から戻る史太君と王夫人は、行く道々で鳴き声を聞き、やるせない気分になっていました。
 賈赦、賈珍に付いて流刑地に赴く使用人も同じ気分です。
 また邢夫人、尤氏も同じ気分でした。
 そんなところに、賈赦が継いでいた世襲職を賈政が代わりに継ぐことを許す連絡がきます。
 まだ賈家が見放されていないことを知った周りの者が祝いに駆け付けますが、兄の失脚による就任に喜べない賈政。
 何はともあれ聖恩を拝し、以後更に忠勤に務める賈政でした。

 賈家が傾いて以来使用人に対する処置にも甘さがなくなり、誰も彼もが投げやりになっていた賈家の使用人達でした。
 そんな中一人気を吐く男、包勇。
 ただ、新参者で周りとそりの合わない彼はこの時も一人みそっかすでした。

 隙を見て他の者から讒言を受けていた彼でしたが、賈政も賈璉も取り合わなかったので事なきを得ていたのです。
 ところが街で噂話を仕入れてきます。
 曰く、

「賈家に恩ある雨村という役人は、自分の名声が傷つくことを恐れて助けるどころか後押しした。」

 というのです。
 これを聞いた包勇は酒の勢いも手伝って、雨村の車の前に飛び出して罵ってしまいました。
 賈家の者と知った雨村が放っておいたので無事帰ってきた包勇は、勇んで賈政に報告します。

「馬鹿者が。今後は園の番人に回り外出を禁ずるぞ。」

 誉められるどころか怒られて左遷されてしまった包勇でした。

 

強いて歓笑 蘅蕪君の生辰を祝い 死して纏綿 瀟湘館に鬼哭を聞く

 さて、栄国邸で厄介になることになった尤氏や惜春といった面々ですが、大観園に近いところに部屋をあてがわれました。
 管理もままならず物騒な噂も流れる大観園を一度は御上に献上しようとした賈政ですが、これ以上の家財の没収には及ばぬとの沙汰により手元に残ってしまいます。
 そこで仕方なく今回不祥事を起こした包勇をちょうど良いと園の番人に命じたのでした。

 湘雲が、結婚式を終えて史太君以下栄国邸の面々に挨拶にやってきました。
 姉妹らに一回り挨拶をして戻ってきた湘雲に史太君が様子を聞くと、幸せに暮らしているとのこと。
 しばらくして栄国邸の面々の様子が暗いのに気が付いた湘雲は、気晴らしに明後日の宝釵の誕生祝いを盛大にやってはどうかと提案します。
 どうして気づかなかったのかと大喜びした史太君は、鴛鴦を呼び出すとすぐにお金を用意させて薛未亡人や李未亡人にも参加してくれるように連絡したのでした。

 さて薛未亡人が来ていると聞いた宝釵は嬉しくて会いに行きました。
 すると宝琴や香菱まで来ているではありませんか。
 後から李紋や李綺まで訪れます。
 どうしたのだろうと思っていると、湘雲がやってきました。

「あら、皆さん宝釵姉さんの誕生祝いにいらっしゃったんですよ。」

 それを聞いた宝釵はびっくり。宝玉は、

「僕、今日にもおばあさまに言いに行こうと思ってたんだよ。」

 そんな事して貰うわけには…、と宝釵が言っていると、

「あら、おばあさまお気に入りの宝玉兄さんのお嫁さんですもの。仲睦まじくやってらっしゃるそうですし良いじゃないですか。」

 恥ずかしくなってうつむく宝釵でした。

 そんなところに迎春もやってきました。
 賈赦の旅立ちにも帰ってこられなかった迎春、

「前回は、帰宅なんぞしたら疫病神を連れてこられる、と許して貰えませんでしたが、今回賈政叔父様が世襲職を復職したので許して貰えました。」

 孫紹祖はまったくとんでもない男ですが、何はともあれ帰ってこられたのは嬉しいことでした。

 次の日になると、皆が集まって宴会を始めます。
 何か気の利いたことをと煕鳳に話を振る史太君ですが、いかんせんこの所頭がうまく回らない煕鳳。
 場が白け気味なのに気が付いた宝玉は、酒令でもやって場を和ませましょうと史太君に耳打ちします。
 無礼講で女中達も別室で飲むようにと言ったばかりだったのですが、酒令なら鴛鴦だろうとすぐに呼び戻しました。
 呼ばれた鴛鴦が早速を酒令を仕切ると、沈んでいた場も少しずつ活気が戻ってきます。
 ところが「江燕、雛を引く」という句が出たときに、つい煕鳳、

「雛…、もう随分出ていってしまったのね…。」

と言ってしまい、どうも昔の快活さが抜けてしまっています。

 宝玉の番になると、「張敞、眉を画く」と言われました。
 自分の番が来ないかと待ち遠しかった宝玉ですが、この句が自分に当てつけられているのに気が付いて罰杯を受けます。(妻の眉を自分で引く愛妻家のことだった。)
 李紈が「十二金釵」と言うのを引いたのを聞いた宝玉は、

(そう言えば昔、金陵十二釵とやらを聞いたけど、今のこの寂しさに何人残っているのだろう…。)

 宝釵、湘雲…、と見て黛玉を思いだした宝玉は、史太君に挨拶して部屋を抜けてしまいました。

 宝玉が部屋を抜けたのを知った襲人は後を追いかけました。
 すると宝玉、今は封鎖している大観園に向かいます。
 ちょうどこの日は空いており、近くにいたばあやたちと中に入っていく宝玉、

「あれが瀟湘館かな。」

 指さしますが、襲人は違いますよ、と答えます。
 黛玉が死んで以来あまり良い噂を聞かない瀟湘館に近づいて、もしまた宝玉の病気をぶり返してはと思った襲人の機転でしたが、宝玉はかまわず歩いていきました。
 するとにわかに立ち止まった宝玉が、

「ああ、黛ちゃんの泣き声が聞こえる!黛ちゃん黛ちゃん、君を殺したのは僕だ。でも分かっておくれ、僕も父母にだまされてしまっていたんだ!」

 びっくりした襲人は、探しに来た秋紋と供に急いで園から引きずり出したのでした。

 史太君は、酒令が終わっても帰ってこない宝玉を心配していました。
 ところが襲人が付いてながら大観園に行っていたというではありませんか。
 日頃見込んでいた襲人の、今回の思慮の足りなさを責める史太君ですが、たとえ呆けても襲人を守る宝玉、

「昼間っから何が恐いもんですか。ちょっと行ってみただけですよ、だいたいそんな簡単に物の怪になんて会うもんですか。」

 とにかく安心した史太君を見た一同は、次の日もあるのでそれぞれの部屋へ帰っていったのでした。

 部屋に帰ってから溜息ばかりつく宝玉を見た宝釵は、心配して大観園で何があったのかと襲人に尋ねます。
 さてさて一体宝釵はどの様に切り出して、襲人はどの様に答えるのでしょうか。

 

芳魂を迎えんとて五児 錯愛を受け 薛債を還さんとて迎春 真元に返る

 さて宝釵、襲人に話しかけますが直接聞いたりはしません。

「生きて死ぬと、やはり人間は変わってしまうわよね。だいたい黛ちゃんといえば生前もあまり人付き合いは好きではなかった方、仙女になったのならとっくにこんな所にいないでしょう?」

 自分に話しかけながらも実は宝玉に聞かせていると気が付いた襲人は、

「ほんとですわね。だってまだいらっしゃるなら以前の付き合いからして夢枕に来てくれても良いですものね。」

 これを聞いてそれもそうだと思った宝玉、

「僕、今日は表で寝るからあなたは先に寝て下さいね。」

 止めても無駄と思った宝釵と襲人は、表の間に寝具を揃えると奥に引きこもってしまいます。
 さて表に寝た宝玉でしたが、朝起きても結局黛玉の夢は見ていなかったのでした。

 宝釵と襲人は、宝玉に反して寝付くことが出来ませんでした。
 朝起きて見ると宝玉はよく寝ていた様子。
 やれやれと思っているところに、迎春が孫家に呼びつけられて帰らなければならなくなったことが告げられます。
 悟っていたのか今生の別れを告げると、迎春は孫家への帰途についたのでした。

 その日も宝釵の誕生祝いが行われ、何事もなく散会しました。
 薛未亡人は、帰る前に久しぶりに宝釵に会いに来て相談を持ちかけます。

「蟠ちゃんはしばらく駄目そうだから、早く蝌ちゃんのために岫烟さんを貰おうかと思うのだけどどうかしら。」

 それは良いことだ、むしろもっと急ぐべきだったと賛成して貰った薛未亡人は、史太君と邢夫人に話を通すことにしたのでした。

 一方帰ってきた宝玉は、

「昨日はよく眠れたんで、今日も表で寝ますね。」

 なんて言い出します。
 何事でもない風を装う宝釵は、

「あら、そんなに良かったのでしたらどうぞおやりなさいな。」

 と言い、麝月と五児を側につけて襲人と奥に行ってしまいました。

 それにしても不本意とはいえお嫁に貰った宝釵そっちのけで死んでしまった黛玉に会いたがる宝玉君。宝釵が我慢しているのに気づかないのは残酷なことであります。

 寝る準備を済ませた宝玉、ふと五児と麝月を見て思い出すことがありました。

(五児はほんとに晴雯にそっくりだ。あぁ、晴雯が麝月を脅かしに行ったときが懐かしいなぁ。)

 そう思った宝玉は、周りが寝付いた頃そっと五児に話しかけます。

 五児の方では配属されるまではやる気満々だったのですが、芳官が去り、晴雯の最後を見、さらに宝釵・襲人の慎ましさを見て下手な了見は綺麗さっぱり消え去っていました。
 そんなわけで宝玉に晴雯と見立てて話しかけられても、もっぱら迷惑千万と言ったところ。
 そんなときに奥からごそごそと物音が聞こえてきました。
 まさか宝釵か襲人か?とびっくりした二人はすぐに明かりを消して蒲団に入ったのでした。

 次の日の朝。
 眠れなかった五児と熟睡の宝玉がいました。
 もしや聞かれたのかとびくびくする五児でしたが、実は宝釵と襲人はその日の疲れで熟睡していたので知りません。
 宝玉も起きますが、聞かれたかと思って何だか気まずい。
 気まずさに負けた五児は、昨夜宝玉が言ったせりふを寝言という事にして何気なく宝釵に話してしまいました。

(きっと黛玉さんの事ね。でもこのままでは魔にでも魅入られてしまう。何とか他のことに気を向けられれば…。)

 そこまで考えて恥ずかしくなった宝釵は、そっと部屋に逃げてしまいます。
 とはいえ黛玉から気をそらせなければと思った宝釵は、わざと宝玉の表で寝る行為を認めることにしました。
 更に寝言を言うなら聞いてみようと襲人が言うと、恥ずかしくなった(いろいろと)宝玉は、

「やっぱり今日は奥で寝ますね。」

とやっと自分から折れてくれたのでした。
 かくして済まないという気持ちに思い立った宝玉と、少しでも宝玉の身を労ろうという宝釵の打ち解けた態度が、その日ついに二人の子を宿させる事になったのでした。

 史太君はその日朝から不調でした。
 鴛鴦は心配しますが、その時は史太君はただの食あたりと宥めます。

 ところが数日が過ぎると思った以上に思わしくありません。医者を呼んでも良くわからない。
 気分が良いときには宝玉を呼んで、自分の祖父から貰った玉飾りをあげたりしますが良くなったわけでもないのです。
 珍しく妙玉が櫳翠庵を出て見舞いに来たりもしますが、だからといって良くなるわけでもありません。
 そんなところに迎春の所のばあやがやってきました。
 史太君で大わらわの栄国邸で、用事を告げることもできないばあやは奥にやってきてつい、

「迎春お嬢様の具合が良くないんです。」

と言ってしまい、止めるまもなく史太君にも聞こえてしまいました。
 心配した史太君は、自分を診ている医者を薦めて迎春を診て貰うように頼みます。
 ところがところがそのばあやを叱る暇もあらばこそ、またも使いがやってきて、

「迎春お嬢様が亡くなられました。」

という訃報が届いてしまいました。
 しかも史太君がしきりに湘雲に会いたがるので使いに出していた小者も帰ってきて、

「湘雲お嬢様は、夫が死病に冒され余命幾ばくもなく離れられません。」

とのこと。
 さらに迎春は、栄国邸が史太君の事で忙しかったせいで手が回らず、ろくに葬式もあげて貰えずに孫家によって葬られてしまったのでした。

 史太君の容態は既に一刻を争うようになっていました。
 賈政は賈璉らに命じてもしものときの準備をはじめさせます。
 意識が戻った史太君は薬湯ではなくお茶を一口所望すると上体を起こしてくれるように頼みました。
 まさに風前の灯火と化したかに見える史太君の命。
 さてさてこの後、一体史太君はどうしようというのでしょうか。

 

史太君 寿終りて地府に帰り 王煕鳳 力屈して人心を失う

 もはやその命も風前の灯火と化した史太君は、宝玉や賈蘭、煕鳳を枕元に呼び寄せると、一人一人に慎み頑張るようにと言い諭します。
 湘雲が来てくれないことを恨んだ史太君でしたが、それを聞いた鴛鴦は事情を知りつつもこれ以上史太君を心配させないために言うことが出来ませんでした。

 王夫人、宝釵がぐらつく体を支えたとき、史太君はぐるりと自分を取り囲む子や孫達を眺め、八十三年の生を全うしたのでした。

 皆、史太君の死をかみしめながら、葬儀の準備をはじめていました。
 一同が近しい親族であるため葬儀に参列せねばならず、葬儀の間の奥向きの取り締まりはまたもや煕鳳に頼むことになりました。
 煕鳳にしても葬儀の取り仕切りは二度目であり、また表では賈璉が取り仕切ることになったので快く引き受けます。

 そんなとき、鴛鴦に呼び込まれた煕鳳は、

「どうかこれまでの恩を忘れず、盛大な葬儀を行って下さい。」

と言われ、その鴛鴦の危うい雰囲気に飲まれそうになりながらも、金もあるから心配するなと太鼓判を押します。
 ところが調べてみると大変なことが判明してきました。
 倹約を始めた賈政の尻馬に乗って、義母の邢夫人が財布を握ってしまっていたのです。
 邢夫人と言えば使用人達から吝嗇だと影口叩かれるほどのがめついおばさん。
 しかも賈璉、煕鳳は息子夫婦で逆らえません。
 ただでさえ人数が減っている使用人たち、チップでも貰えなければ動きたくないのに、チップどころか必要経費まで出して貰えないのです。
 これでは辣腕を振るうどころではない煕鳳は、皆を一生懸命になだめすかして働いて貰いました。

 それを見ていた鴛鴦は、

(あぁ、これでは史太君様にお顔合わせが出来ない。煕鳳様も史太君様が死んでしまっては手を抜いてしまうのかしら。)

とつい部屋の隅でこぼしてしまっていたのでした。

 そんなとき王夫人から煕鳳にお呼びがかかりました。

「先日もお客様への接客に粗相があったじゃないの。しっかりやってちょうだいね。」

 そこへ邢夫人も、

「皆があなたは手を抜いているというのは本当みたいね。」

などと言いだし、さすがにこらえきれなくなった煕鳳が反論しようとしましたが、紙銭を焼く時間になって追い払われてしまいます。
 さらにはばあやたちの不満も押さえきれないほどになってしまい、平児が間に立って何とか鎮めているというまさに飽和状態でした。

 そんな中一人李紈だけは気が付いて、何とかしてやろうとしていたのですが、賈政、王夫人、邢夫人の三人が皆で倹約していたため何も言えません。
 せめてと思った李紈は自分の所の女中達を集めて、煕鳳が困っているのを見たら余所の女中のように見下していないで手伝ってやるように言い含めたのでした。

 さて自家でも忙しい湘雲が、葬儀のために忙しい中をおしてやってきました。
 せっかくの夫婦での幸せが長く続かず、まさに死なんとしている夫のことを思いだして湘雲が泣いていると、外でも宝玉が黛玉を思いだして泣いていました。
 二人の心を知らない周りの人たちは、特に可愛がられていた二人だから悲しみも深いのだろう、と勝手に解釈してつられて泣き出したのでした。

 今日も今日とて忙しく立ち働く煕鳳。
 あっちで叱って、こっちで宥めて…、と動き回っているところに、表から小女中がやってきました。

「あら。こちらでしたの。やっぱり邢夫人が、「奥にたくさん客が来ているのに、煕鳳は何もしないでどっかで楽してるんだろう。」って言ってたのは本当だったのね。」

 これを聞いた煕鳳は、あまりの怒りに顔を紫色に変えながらぐっとこらえて涙を流していました。
 とにわかに目の前が真っ暗になった煕鳳は、倒れ込むところを平児に助けられると、真っ赤な血を吐き出します。

 抱え込む平児が青ざめる中血を吐き続ける煕鳳、さてさて一体彼女はどうなってしまうのでしょうか。