にわかに倒れ込んだ煕鳳は、平児に介抱されながら自分の部屋へと戻りました。
それを見た小女中が急いで王・邢夫人に報告に行くと、
(さては仮病で逃げているのではあるまいね。)
と大いに疑った邢夫人ですが、客の手前口にするのだけは思いとどまったのでした。
さて鴛鴦は一人史太君の死を深く悲しみ、途方に暮れていました。
(私はあれだけ平素可愛がっていただきながら生きながらえている。また、今はいないとはいえ賈赦様が帰ってきたとき、邢夫人と二人に計られ無事に済むとは思えない。)
そんなことを考えながらある部屋に籠もった鴛鴦、奥の暗がりに人影を見つけました。
もしや自分と同じ気持ちの女中が他にもいたのかと近寄ってみると、何とそれはあの賈蓉の妻、秦可卿でしかも今にも首をつろうとしています。
さすがに驚いた鴛鴦が改めて見返してみると、そこにはいたはずの可卿の姿は見えません。
(あぁ、きっと私に孝道の修める道を示しに来て下さったのだわ。)
そう思った鴛鴦は、自分の腰帯を外すと可卿のいた所に立ち、梁に輪を作りえいっとばかりに踏み台を蹴飛ばしてしまいます。
去りゆく可卿に追いついた鴛鴦は、可卿と供に俗世の情女たちを導く任へと赴いていったのでした。
葬列に参加するための準備を聞こうと思った琥珀が、鴛鴦を捜して回っていました。
と、戸が閉まっている部屋を見つけてのぞき込んだ琥珀は、なんとそこで鴛鴦の無惨な姿を見つけてしまいます。
知らせを聞いた賈政が急いでたどり着くと、
「何と立派な子だろう。母上も可愛がった甲斐があったというものだ。」
とその行為を誉め称え、賈璉に命じて史太君に連ねて葬るように命じます。
これを見た宝玉、最初は失った悲しみに泣き暮れますが、
(彼女は何とすばらしい死に場所を見つけたのだろう!僕は孫でありながら、彼女の孝心に遠く及ばない。)
と思い直し、笑い出してしまいました。
また宝釵にしても、
(本来私たちが修めるべき孝道を行く彼女の心意気を謝し、至らぬ私たちの気持ちを彼女に託すべきでしょう。)
と考えて鴛鴦の前に礼を行ったのでした。
周りの人間には二人の行動が理解できませんでしたが、一人賈政だけはその気持ちを感じ取り頷いていたのでした。
史太君、鴛鴦の霊柩を寺まで送るのに際して、賈政は奥に煕鳳と惜春、表に賈芸と林之孝を留守居として命じました。
主立った面々を連れて賈政が鉄檻寺に向かった後の栄国邸では、表で使用人達が見回りを行い、奥では煕鳳に代わって平児と惜春が見回ります。
さて大観園の門番となっていた包勇は、尼と道婆の連れが門を通ろうとするところを押しとどめました。
それで気を悪くした妙玉は帰ってしまおうとしますが、他のばあやたちに頼み込まれて惜春の所に見舞いに行きます。
あまり乗り気ではなかった妙玉でしたが、惜春と二人で碁を打ったりしてつい時がたつのを忘れて楽しんでしまいました。
夜も更け座禅の時間になった妙玉が辞去しようとしていたところに、突如物音とばあやの叫び声が聞こえてきたのでした。
賈珍に追い出されて腐っていた何三は、賭場に入り浸っていました。
今日も今日とて賈家を罵りながら掛け金をすっていると、一人の男が近づいてきました。
「なぁ、だったら俺の仲間と乗り込んでかっさらっちまおうじゃないか。」
抗いきれなかった何三は、その後この男となにやら相談を始めたのでした。
ばあやの叫び声と物音に驚いた外回りの男達は、急いで乗り込むと賊を追い始めました。
なかなか手強い賊に苦戦していた使用人達は、園の方の門を開け放って突進してくる影が現れたことで戦意を喪失してしまいます。
が雄叫びをあげて近づいて来る男を良く見ると、それこそ誰あろう包勇だったのでした。
正体を知った使用人達は、元気を取り戻して賊の追撃に向かいます。
ばあやの声で惜春達のいる建物の屋根の上の賊を見定めた包勇は、さっと飛び乗ると賊の一人を打ち倒したたき落としてしまいました。
さらに追いすがる包勇でしたが賊の捨てた空櫃に蹴躓き、そこで追撃を諦めたのでした。
次の日役人に来て貰って調査を頼みますが、被害届を出せとのこと。
ところが盗まれた物の多くは史太君の所の物で、鴛鴦もなく、主立った女中は葬儀に参列してしまい何があったのか分かりません。
そこで包勇が打ち倒した賊を調べると、なんと周瑞の養子、何三ではありませんか。
あまりの手際の良さと何三の死体に疑いを持った賈芸と林之孝は、倉の番をしていた女房達をくくって役所に送ることにしたのでした。
疑いをかけられた女房達は跪いて許しを請いますが、留守を任された方もなあなあに済ますわけにはいかないのでそのまま役所に突き出します。
盗賊に襲われたショックと、留守を守れなかった面目のなさから顔面蒼白になって今にも倒れそうな惜春は、煕鳳から見て目を離した隙に自殺を図りそうでいかにも危うい状態でした。
そこへ現れた包勇、
「だいたいばばあに管理させてるから悪りいんだ。昨日だって、駄目だってのにばばあが尼を無理矢理通しやがった。もしやあの尼が手引きしたんじゃあるめえな。」
これを聞いた煕鳳が視線を向けると、惜春は妙玉が来ていた事を告白します。
ちょうど妙玉は騒ぎの後すぐに帰っていたので聞かれずに済みましたが、妙玉にそれはあるまい、と断言した煕鳳は賈政に知られた時は面倒になるなと心配したのでした。
「で、鉄檻寺には誰か連絡したのかしら。」
煕鳳が訊ねると、賈芸が急いで出向いたとのこと。
それなら連絡があるまで待つしかあるまい、と座り込む煕鳳と惜春でした。
さて盗賊の一味は、盗みに入った事がばれたので、取る物も取ったしさっさとずらかろうと考えていました。
ところが中に一人、妙玉を見た男が、
「俺はあの尼をさらってから合流するから、先に行ってくれ。」
と言いだし一人で別行動に移ります。
妙玉の方では、珍しく出掛けたことで包勇に嫌な思いをさせられたり、賊に襲われたりとろくな目に遭わなかったので、帰ってすぐに座禅を組んでいました。
周りに煩わされるのが嫌いな妙玉は、普段から一人で座禅を組んでいます。
となにやら物音がしたかと思うと、意識はあるのに急に体の自由が利かなくなりました。
どうしたことかと怪しんでいると、刃物を持った男が進入してきます。
(あぁ、しびれ薬を使われてしまったのか。もう殺されるなら、さっさと殺すがいいわ。)
開き直った妙玉でしたが、近づいて来た男は持っていた刃物をしまうと、妙玉の側にかがみ込んでごそごそとズボンを下ろし始めました。
何もできないままなすがままにされた妙玉は、一息ついた男によって抱え込まれてどことも知れぬ濁水の中へと沈んでいってしまったのでした。
櫳翠庵に詰めている小尼は、夜中に物音を聞いて起きあがりました。
ところが言いしれぬ怠さに面倒になり(しびれ薬が利いている)、
(どうせ妙玉様がまた集中できず落ち着かないのだろう。)
と勝手に納得してまた寝てしまいます。
次の日の朝、やはり心配になった小尼が部屋に入ると、そこには妙玉の影も形もありませんでした。
びっくりした小尼は、仲間を起こすと急いで妙玉を捜し回ります。
もしや惜春の所に行ったのか、と思った小尼達は、包勇に毒づかれながらも通して貰って惜春の所を訊ねます。
しかし惜春の所にも妙玉は来ていません。
やはり妙玉は賊にさらわれたのだとの結論に達した一同は、このことを堅く口止めして逃げ出したのでした。
あまりの出来事の連続に、惜春は思うところがありました。
(あぁ、迎春姉様は嫁入り先でいびり殺され、湘雲さんは旦那さんが危篤、探春姉さんは遠く離れてしまった。そして今回のこと。やはり私は出家して俗世から離れてしまいたいものだわ。)
と考えると、にわかに鋏を取り出して自分の髪を掴んで切り始めますが、止められてしまい半分残った髪を束ねると、心の中で出家への決意を更に固めたのでした。
こちら報告に走った賈芸。
着いてすぐに賈政に報告すると、烈火のように怒鳴りつけられてしまいました。
呼び出された賈璉にも怒鳴られ縮こまる賈芸でしたが、その賈璉も賈政に怒鳴られ急いで支度を始めます。
賈政に、史太君の所の女中を連れていって盗品目録を作るようにと言われた賈璉でしたが、
(鴛鴦なき今、史太君の所の物を全て把握している者など誰がいるというのだ。)
と思いつつ口には出さずに急いで栄国邸へと戻ります。
迎えに出た林之孝を怒鳴りつけると、着いてきた賈芸が、
「実は、包勇が倒した賊の一人がどうも周瑞の養子のようで…。」
と言い出します。
「馬鹿者が!それを先に言っておれば周瑞もここへ連れてきたのに!」
仕方なく包勇を呼んで労を労うと、琥珀らと供に盗品目録を作り始めたのでした。
一通り処理を済ました賈璉が鉄檻寺に戻って報告をすると、状況を聞いた賈政は愕然となります。
賈璉にしても、邢夫人が出し渋ったせいで出し損ねていた葬式代が丸ごと盗まれたとあって気が気ではありません。
不安になった王・邢夫人らの提案で、何人かを残して一度帰ることにしたのでした。
明けて次の日。
鉄檻寺を出発しようとした一同の前に、趙氏の異変が伝えられました。
「私はご隠居さまに一生仕えていました。賈赦様に陥れられそうになって馬道婆を雇ったのにだれも殺せませんでした。あぁ、邸に戻っては私が殺されてしまう!」
一瞬鴛鴦が乗り移ったのかと思った彩雲が話しかけますが、
「私は鴛鴦ではない!あの子はとうに仙界に旅立っている。私は閻魔様に馬道婆との件で問いつめられているのです。あぁ煕鳳さん、後生だから取りなしておくれ。」
これを聞いた賈政は、攪乱したのか、と周氏を看病に残して帰途につきます。
王夫人も趙氏が嫌いだったので帰ってしまい、邢夫人は賈赦の名前を出されて気まずくなって逃げてしまいました。
呼び出された賈環が、
「僕はここに残るんでしょうか。」
と口走り、
「馬鹿者が!母親の生死が危ういのにお前は放り出すというのか!」
と王夫人に怒鳴りつけられたのでした。
帰ってきた賈政は迎えに出た林之孝を怒鳴りつけると、話を聞いて周瑞を役所に突き出しました。
こちらは煕鳳と惜春。
病が重く動けない煕鳳の所には、誰一人として見舞いに来てくれませんでした。
一人で挨拶に向かった惜春は、邢夫人には無視され、尤氏には痛烈な皮肉を浴びせられます。
宝釵が尤氏の袖を引いて止めたことで散会になりましたが、惜春は悔しさに顔色を紫色にしていたのでした。
とりあえず一段落着いた賈政が、賈璉に煕鳳の様子を尋ねると、
「どうも駄目なようです。」
とのこと。
今の落ち目をしみじみと振り返った賈政は、やっと思い出して趙氏のための医者を派遣するようにと命じたのでした。
さてさて既に閻魔王に裁かれている趙氏の命、一体どの様になっているのでしょうか。
急病で置いて行かれた趙氏ですが、周りが寂しくなるとさらに埒のない事を叫びだしました。
恐くなった居残り組が遠巻きにしていると、声も枯れ、疲れ果てた趙氏が大人しくなります。
やっと来た医者はその様子を見て脈も取らずに帰ろうとしますが、頼まれてとりあえず脈を取ってみるとやはり趙氏は既に事切れていたのでした。
知らせを聞いた賈政は、賈環を喪主として残して使用人を派遣して処理させました。
趙氏の死を聞いた賈邸の面々は、煕鳳の先が永くない様子と合わせて、
「趙氏は煕鳳奥さまに訴えられて閻魔庁に連れて行かれたのだ。煕鳳奥さまの本復も見込みあるまい。」
と噂しています。
これを聞いた平児は、賈璉や王夫人・邢夫人らが煕鳳をかまってやらない上にこの噂で、悲しさに涙しながら一人で親身になって看病していました。
うつらうつらとしていた煕鳳は、枕元に人の気配を感じて顔を上げました。
何とそこにいたのは、煕鳳がいびり殺した尤二姐ではありませんか。
しかも煕鳳の置かれている今の状況に同情して代わりに憤慨する二姐を見た煕鳳が、本当にあなたには済まないことをしてしまった、と謝っていると、平児の声に呼び起こされ夢であったと気が付きます。
と、そんなところに小女が劉ばあさんの訪問を告げてきました。
呼び入れられた劉ばあさんが挨拶をしますが、煕鳳の方では昔を思い出して悲しくなり、劉ばあさんの方では煕鳳のやつれた様子に涙が出そうになってしまいます。
史太君の死を聞いてやってきた劉ばあさんは、大きくなった巧姐児と話をすると連れてきた孫の【青児【青児】〔せいじ〕
劉ばあさんの孫娘。】を遊び相手にと引き合わせました。
劉ばあさんが冗談で婿を紹介しようかと持ちかけると、自分の死後の巧姐児のことを心配していた煕鳳は話を進めようと仕始めます。
話の方向が思わしくなくなった巧姐児が青児と供に遊びに出ると、劉ばあさんの話をはらはらして聞いていた平児が一旦外へと連れ出したのでした。
煕鳳に呼び出されて急いで平児が戻ると、賈璉が帰ってきていました。
煕鳳に見向きもせず、金の工面に難儀していらいらしている賈璉は平児に当たってしまいます。
平児が泣いていると、豊児が叫んでいる声が聞こえてきました。
驚いた平児や賈璉・巧姐児、連絡を受けた王夫人らがかけていくと、なにやら叫びながら苦しんでいます。
遅れてきた劉ばあさんがそれを見て念仏を唱えると、幾分落ち着いた煕鳳、
(きっとおばあさんの様に素朴な人ほど一心に祈ってくれて、仏様にも良く通じているのだわ。)
と思い、理由を付けて人払いをすると、劉ばあさんを枕元に呼んで今までに見た幽鬼などの幻覚を告白します。
それならこれこれの寺ではこれぐらい霊験あらたかで、などと劉ばあさんが説明すると、煕鳳はどうか自分に代わってお詣りして欲しいと腕輪を一つ外して頼みました。
それを押し返した劉ばあさん、
「何、こんなにたくさんいりませんわ。効果が現れてから、奥さまが自ら願解きに詣でて気の済む分だけ寄進でもなさいませ。」
と言います。
劉ばあさんの心尽くしに気が付いた煕鳳が、それなら、と約束すると、劉ばあさんはすぐに詣でに行くために今日は帰ると青児を呼びました。
青児ちゃんは遊ばせてあげなさいな、という煕鳳に、青児本人に聞くと「巧姐児ちゃんと遊びたい。」と言ったので後を頼むと急いで帰っていった劉ばあさんでした。
さて妙玉の失踪は、賈邸でもちらほらと知っている人が出始めていました。
宝玉もその事を知ると、あの俗世とは離れたところに居たはずの妙玉の、黛玉以上の奇異な最後に溜息をついてしまいます。
鬱屈した宝玉を襲人や宝釵は心配して励ましますが、正論では宝玉の気は一向に晴れません。
そういえば、と紫鵑のことを思いだした宝玉は、皆が休むと一人で紫鵑の部屋を訪ねていったのでした。
一人で紫鵑の部屋の前までやってきた宝玉は、外から紫鵑に話しかけました。
びっくりした紫鵑でしたが、宝玉と知って何用かと訪ねます。
中に入れてくれない紫鵑の、その態度の冷たさに改めて呆然となった宝玉は、紫鵑に中からせっつかれても用件を話しません。
じらされた紫鵑が覗くと呆然と立ち尽くす宝玉が一人。
諦めて紫鵑が火を消そうとすると、宝玉は溜息と供に黛玉死後の紫鵑の冷たい態度を涙ながらに外から訴えます。
「私の態度が気に入らないのなら、女中風情さっさと解雇して下さいな。」
この科白に宝玉が反論して泣いていると、いきなり後ろから冷めたあざ笑うような声が聞こえてきました。
「この寒い中、一人は謝り一人は取り合わないなんてどうしたんでしょ。宝玉さまも、女中風情だからって私たちまで足蹴になさるなんてあんまりですわ。」
驚いた宝玉と紫鵑が見てみると、宝玉を捜しに来た麝月だったのでした。
仕方なく宝玉が部屋に戻ると、宝釵は既に横になっていましたが、振りをしているだけなのは分かっていました。
襲人が寝床を支度しながら何か言いかけますが、黙ったままの宝玉は横になり、その日一晩まんじりともしなかったのでした。
決まりが悪くなった宝玉が麝月と供に帰ってしまった後、思い返してみた紫鵑が、
(そういえば宝玉さまの結婚は、玉を失した病中に周りにだまされてのことだったわ。今の宝玉さまの態度からも本心と思われる。それにしてもどうして黛玉さまにはあの方と添い遂げる運命がなかったのかしら。)
と悲しくなっていると、突如けたたましい叫び声が聞こえてきました。
さてさて賈邸ではまた一体何事が起きているというのでしょうか。
突然の叫び声に驚いた宝玉と宝釵が寝床から飛び起きて何事かと探ってみると、いよいよ煕鳳の病状が思わしくなくなったのだということでした。
ただ若夫婦の二人は、もう少し待ってから来るようにと王夫人に言われてしまいます。
そこで使いの者にどんな様子かと訊ねると、
「船だ、轎だと叫んでは、譫言のように金陵に戻って帳簿に入らねば、と繰り返すのです。」
とのこと。
宝玉が不思議がっていると後ろから襲人が、
「ほら、昔あなたが夢で金陵の帳簿を見てきたっておっしゃってたじゃありませんか。」
そう言われて思い出した宝玉、
「あれには予知と読める事柄が沢山書いてあったのに覚えていないんだ。今度またあの夢が見れたら、しっかり覚えてこなくちゃね。」
襲人が呆れていると、気が付いた宝釵に何の話か訊ねられ、ごまかした宝玉は叱られてしまいます。
「今、大変な人の噂話なんてするものではありませんわ。それにしても私が前に言ったおみくじの解釈が当たってしまいましたのね。」
皆が吉兆と読んでいた煕鳳のおみくじを、宝釵は一人不吉だと言っていたのを思い出した宝玉は、
「あなたは予知が出来るんですね。それじゃ僕はどうなるか分かりませんか。」
これを聞いた宝釵、
「滅多なことを言うものではありませんわ。妙玉さんをご覧なさい、岫烟さんは彼女を占いの才があると言っていましたが、今の彼女の身の上を予想していたでしょうか。私の予知など、たまたま当たっただけですよ。」
「妙玉さんの話は止しましょう。で、岫烟さんと言えば、どうして親戚も呼ばずに式を済ましちゃったんですか?」
話を変える宝玉でしたが、付き合った宝釵は、
「ごたごたが多すぎましたし、邢夫人の所も賈赦伯父が罪を受けて岫烟さんは肩身が狭く、おばあさまの喪中でもあったので質素に済ましましただけですわ。」
今では岫烟も、薛未亡人や香菱と折り合いよくやっており、薛蝌とも仲睦まじくやっているとのこと。
そんな話をしているところに、煕鳳の臨終が伝えられました。
その場で泣き出す宝玉でしたが、宝釵に励まされて霊前まで赴き、賈璉らと供に煕鳳の死を悲しんだのでした。
葬式の準備をはじめる賈璉でしたが、何より手元にお金がありません。
とりあえず義兄の王仁を呼びましたが、ろくでなしの王仁はまたろくでもないことをやり始めました。
「うちの妹は、別に何といって不始末はしでかしておるまいに、この様な粗末な扱いはどういう了見だ!」
王仁が大嫌いな賈璉は、そんな王仁に取り合わずに完全に無視を決め込みます。
すると王仁、今度は巧姐児を捕まえて、
「あんたの母さんは、史太君のご機嫌取りばかりで身内を見捨てやがった。今度の件から見て親父さんは頼りなかろう。これからは俺の言うことを聞け。」
すると巧姐児、
「お金は没収されてるんですから、仕方ないじゃないですか。」
更に難癖つける王仁に辟易していた巧姐児でしたが、平児が気付いて理由を付けて連れ出してくれるまで我慢していました。
(普段はろくでなしのくせに、急に正論を吐いても誰が信用すると思っているのかしら。)
ところが王仁の方でも、
(没収されたとはいえ妹は相当ため込んでたはずだ。あのガキ、俺に取られたくないからと惚けやがって。)
巧姐児のことを嫌っていたのでした。
金のやりくりに相当に難儀している賈璉を見た平児は、そっと賈璉を呼び寄せると、
「私には先日の没収を逃れた持ち物が幾らかございます。それを全てお渡ししますから、どうか質草にして煕鳳様の葬儀代に充てて下さい。」
これに感激した賈璉が感謝すると、
「私の持ち物など全て煕鳳様から頂いた物です。ただ煕鳳様の葬儀を、恥ずかしくない物にして下されば嬉しいのです。」
これ以来賈璉は何事でも平児に相談することが多くなったのでした。
家運が傾いた賈邸では、賈政の所の食客も一人きりになっていました。
その日も二人でどうすれば持ち直せるかと話し合っていましたところ、甄家の者が来ていると連絡が入ります。
賈政が迎えに出ると、一度は傾いた甄家の当主、【甄応嘉【甄応嘉】〔しん・おうか〕
甄家の当主。甄宝玉の父。】が来ていました。
聞けば世襲職を返され、南方の海賊退治の役職を頂いたのでご挨拶にと参ったとのこと。
つもる話もありますが、何せまた遠方に出掛ける甄応嘉は急いで支度もせねばならず、早々に辞去することになりました。
賈政の方が、近くに探春が周氏に嫁しているので何かと頼むとお願いすると、応嘉の方でも近々息子が上京してくるので良い縁談があれば宜しく頼むとお願いします。
お客が来てると聞いた賈璉と宝玉が挨拶に来ると、応嘉は宝玉を見てびっくりしてしまいました。
「こちらに家の息子と同じ名のご子息がいらっしゃるとは聞いていましたが、なんと姿・仕草までそっくりですぞ。」
珍しいものだと色々訊ねる応嘉にいちいち答えた宝玉は、応嘉が帰ると急いで自分の部屋に帰って宝釵に報告しました。
「かねてから噂の甄家の宝玉君は、ホントに僕とそっくりみたいですよ。何せ父君が太鼓判押しましたからね。今度こちらに来るそうなので、そんなに似てるか見て下さいよ。」
これを聞いた宝釵は、
「あなたったら一体どうしたんでしょ。自分の妻を余所の男と会わせたいなんて。」
これは失言と恥ずかしくなった宝玉君、一体この後どうするのでしょうか。
自分の失言に気が付いた宝玉が慌てていると、秋紋が呼びにやってきました。
助かったと思った宝玉が付いていったところは賈政の部屋。
賈政直々に勉強を見るということになってしまい、助かるどころかえらいことになってしまった宝玉でした。
賈邸に尼が挨拶にやってきました。
良い機会と思った惜春は、自分が出家したいと思っていることを打ち明けます。
最初は冗談半分で煽っていた尼でしたが、惜春の決心を見て恐くなり逃げてしまいます。
これを見ていた彩屏が急いで尤氏に説得してくれるようにと頼みに行きますが、仲が良くない上に信じていなかった尤氏は当てつけだろうと意に介してくれません。
話を聞いた王・邢夫人が説得を試みますが、惜春の決心は変わる様子が見られませんでした。
そんなところに、甄家の夫人が家族を連れてやってきたとの連絡が入ります。
早速噂の甄宝玉に会って、自分の息子にそっくりな上に落ち着いて見える彼を、一目で気に入った賈政。
宝玉・賈環・賈蘭を呼んでこさせます。
呼ばれた三人が来ると賈政が席を外したので、四人で話を始めました。
もっぱら甄と賈の二宝玉が話をしますが、賈の宝玉は甄の宝玉が噂に聞いたのとは違って官職や徳・孝を談ずるのを見て興ざめしてしまいます。
甄の宝玉に同調する賈蘭を見下す賈の宝玉ですが、さすがに面に出すわけにはいきません。
そこへ奥から呼ばれたので、ちょうど良いと四人で一旦移動することにしたのでした。(賈環は当然ほとんど無視)
賈の宝玉を見た【甄夫人【甄夫人】〔しん・ふじん〕
甄応嘉の妻。甄宝玉の母。】、甄の宝玉を見た王夫人、供に自分の息子にそっくりな子を見て不思議がり可愛がります。
ここで先日応嘉が話した縁談の相談を持ち出した甄夫人に、王夫人は李紈の従妹の李綺を紹介しました。
居心地が悪くなった甄の宝玉とともに賈家の三子息が外に出ると、甄夫人が帰宅するとの連絡が入り甄の宝玉も供に帰途についたのでした。
その日の夜、甄の宝玉が思っていたような人間ではなかったことに宝玉が嘆いていると、宝釵に怒られてしまいました。
あまりに気が滅入ってしまった宝玉はまたもや持病がぶり返してしまったのですが、このときは宝釵も襲人もまだ気が付いていなかったのでした。
王夫人から惜春を説得するようにと命じられた尤氏が出向くと、惜春は意地になって出家すると言い張ります。
出家させてくれれば無事に済みますが、駄目なら死ぬと言う惜春をどうせい!という状態の尤氏でした。
またおかしくなっていた宝玉が、急に危ない状態に陥ってしまいました。
王夫人らが慌てているところに、昔に失した通霊宝玉を持ってきたという坊主が賈邸に訪れます。
物は渡すから報賞金をくれという坊主に賈璉は半信半疑でしたが、宝玉が危篤に陥り奥が騒がしくなると乱入する坊主を止めきれず、奥の夫人らに知らせるまもなく乗り込まれてしまいました。
さてこの坊主が懐から石を取り出し、宝玉の耳元で囁くと、今まで固く目を瞑り呻いていた宝玉はぱっと目を開けて石を手に取り、
「やあ、久しぶりだね!」
大喜びの王夫人たち。
賈璉、賈政が坊主に表まで戻って貰うと、お金の工面の相談に賈政が奥に戻ります。
話を聞いた宝玉は、
「きっとあの人はお金は受け取りませんよ。」
と言い、賈政もそんな気がすると頷きます。
とりあえずお金なら自分の持ち物を売り払ってでも払う、と王夫人が言い、宝玉が欲するままに食事をさせていると、宝玉の身の回りで世話をしていた麝月が、
「見ただけで病気が治るなんて本当に宝物ですね。割ってしまったりしなくて本当に良かったですわ。」
この言葉を聞いた宝玉、にわかに顔色が変わったかと思うと手にしていた通霊宝玉を投げつけ、仰向けに倒れ込んでしまったのでした。
一度は回復したかに見えた宝玉、麝月の言葉にその命を吹き散らしてしまうのでしょうか。(白々しい?)
一度は回復したかに見えた宝玉でしたが、安心して気の緩んだ麝月の、不用意に口をついて出た一言を聞いてまたもや昏睡状態に陥ってしまいました。
あわてふためく王夫人や宝釵、襲人。
事の重大さに血の気の失せる麝月ですが、皆宝玉のことが気がかりで麝月の事を責めるどころではありません。
自分のしでかしてしまった事を悔いた麝月は、宝玉が帰らぬ人となったときは自分もその旅路の後を追うことを一人心の中で決意していたのでした。
にわかに昏睡状態に陥った宝玉、そのころ魂は別の所に来ていました。
宝玉が通霊宝玉を持ってきた僧につれられて歩いていくと、尤三姐が向こうから歩いてきました。
なぜ三姐がこんな所にいるんだろう、と宝玉が思っていると、向こうの方に見える人影は何と鴛鴦ではありませんか。
急いで駆け寄った宝玉ですが、もう少しというところで鴛鴦はかき消えてしまいます。
何処に行ってしまったのかと宝玉が探していると、奥の部屋に少し開いた扉を見つけました。
近づいて開けてみると、何と昔見た十二釵の帳簿があるではありませんか。
喜んだ宝玉は、人が来たりはしまいかとびくびくしながら急いでページをめくっていきました。
一つ一つを見るにつけ、どれも自分の知る少女達の命運と重なるのを確認して涙が出てきてしまいます。
と、外から鴛鴦の声が聞こえた気がしました。
急いで宝玉が外に出ると、向こうの方に鴛鴦の後ろ姿が見え隠れしているではありませんか。
声をかけながら急いで追いかけますが、一向に追いつく気配がありません。
そうこうするうちに、宝玉はどこぞの庭園に迷い込んでしまいました。
そこに綺麗に囲われた一本の草を見つけます。
なにやら言いしれぬ感慨を感じた宝玉がのぞき込んでいると、
「馬鹿者が!何処から入り込んで仙草を覗き込んでいるの。」
びっくりした宝玉、謝るとこの草のことが知りたくなり訊ねてみます。
「これは絳珠草といって、神瑛使者さまのおかげで仙女となり、先日その恩返しを果たされて戻っていらっしゃったのです。」
彼女はその管理人だと言うので、
「では、芙蓉の花の管理人はご存じでしょうか。」
と訊ねますが、知っているのは主人の瀟湘妃子だけだとの答えが返ってきました。
瀟湘妃子といえば、愛しの黛玉の雅号。
「それは黛ちゃんの事ですよ。」
喜んだ宝玉ですが、…怒られてしまいました。
とぼとぼと宝玉が出ていくと、別の仙女がやってきて神瑛使者の迎えはまだかと先の仙女に訊ねました。
アレがそうだったのかと急いで仙女たちが追いかけると、驚いた宝玉、走って逃げます。
すると前方に抜き身の剣を下げた尤三姐が斬りかかってくるのが見えるではありませんか。
追いついた仙女のおかげで命拾いした宝玉がその仙女を良く見ると、何と晴雯だったのです。
話しかけても相手をしてくれない晴雯に連れられて着いたところで、黛玉を一目拝んだ宝玉でしたがすぐに追い出されてしまいました。
逃げた宝玉、煕鳳を見つけて近寄ると、いつの間にか可卿になっていました。
可卿について歩いていた宝玉、今度は用心棒らしきに人たちに追い立てられます。
途中迎春らしき人を見かけ声をかけますが気付いて貰えません。
追いつめられた宝玉、件の僧を見つけ追いすがると、その僧によって現世へと突き戻されたのでした。
息を吹き返した宝玉を見た王夫人らは、一様に安堵の様子を示しました。
今にも自尽しようとしていた麝月も、宝玉の様子を見て生き返った心地です。
先年林之孝や妙玉の持ってきた占い(通霊宝玉の行方)の解釈をあれこれ談じ始めた面々を見た宝玉は、深い溜息をついてしまいました。
仏門を口にする惜春や、そばで立ち働く襲人の行く末を、覚えて帰ってきてしまっていたのでした。
宝玉のおかしな容態の変化に心落ち着かない賈政は、史太君ら近年亡くなった者たちの棺を、本籍地である江南へと連れていくことにしました。
後のことを賈璉に託し、林之孝らを連れて旅に出た賈政、出掛ける前に宝玉と賈蘭を呼ぶと(賈環は趙氏の喪中で資格がない)、郷試の受験を命じたのでした。
仙界を見て帰ってきた宝玉、官職を求める事に対する批判はもとよりでしたが、女の子に対する考え方までが冷淡になっていました。
襲人にまで冷たい宝玉の様子を見た紫鵑が自分や黛玉の事を考え込んでいると、五児が遊びに来ました。
「私、宝玉さまの看病とか一生懸命やったのに、最近の宝玉さまったら冷たいですわ。」
これを聞いた紫鵑が、
「あんたったら、じゃどうして貰いたいというのよ。」
自分の失言に気付いた五児が赤くなっていると、外から騒ぎ声が聞こえてきました。
「先日の僧がやってきて、お金を要求しています。若奥(宝釵)さま、どうか来て下さいまし。」
さてさてこの僧、一体何をしに来たというのでしょうか。
僧がまた現れたと聞いた宝玉はいても立ってもいられず、
「お師匠さま、どうか座って下さい。」
と言って引き留めると、夢での話を話しかけます。
僧とのやり取りの中で大いに悟るところのあった宝玉は、すぐに通霊宝玉を僧に返そうと取りに戻ったのでした。
宝玉が相手をしてくれるので助かったと思っていた王夫人と宝釵の所に、襲人の悲鳴が聞こえてきました。
慌てて駆け付けると、襲人と紫鵑が宝玉にしがみついてなにやら叫んでいるではありませんか。
王夫人らが来たことに気が付いた宝玉が抗うのをやめて、
「あの僧がしつこいんで、返す振りをして値切ろうと思ったんですよ。」
と言ってきました。
それなら行かして上げなさい、と言われた襲人が宝玉を放すと、
「人間よりも玉の方が大事なんだね。じゃ、僕はあの僧について出て行くから、後はこの玉でも大事に守っておくれや。」
今まででは考えられないくらい冷たく言い放った宝玉は僧の待つ表へと行ってしまったのでした。
宝玉の言葉に不安になった王夫人が問いただすと、冗談で紛らわす宝玉ですが王夫人の不安は消えませんでした。
小女を呼び出すと宝玉と僧のやり取りを聞いてくるように命じます。
帰ってきた小女が聞いた話を話すと、
「太荒山とか太虚境、塵縁を断ち切る、とか言っていました。」
王夫人には何のことだか分かりませんでしたが、気が付いた宝釵が慌てて表に走り出そうとします。
そんな矢先に宝玉が戻ってきました。
どういうことかと王夫人が直接訊ねると、
「あの人は、僕の知り合いなんです。お金はいらないからたまに会いに来てくれって言ってましたよ。」
王夫人はこれで半ば安心していましたが、宝玉と僧のやり取りに危険を感じていた宝釵は、
「あなた、しっかりして下さい。義父さまも義母さまもあなたが頼りなんです。いつまでも迷っていてはいけませんわ。」
これを聞いた宝玉、
「子が出家すれば七代の先祖まで昇天できると言うじゃないか。これこそ最大の孝行だと思わないかい。」
惜春に続いてお前まで…、と泣き出した王夫人でした。
王夫人が泣いているところに賈璉が真っ青な顔でやってきました。
「父(賈赦)が向こうで危篤だそうです。私は急いで見舞いに行きたいと思います。」
賈芸と賈薔を後任に指名しますが、後が心配な賈璉は巧姐児の事を王夫人に頼みます。
祖母(邢夫人)に頼むのが筋だろう、という王夫人ですが、たってと王夫人にお願いした賈璉はすぐに支度をすると旅立っていったのでした。
残された家では賈芸、賈薔が取り仕切り、主立った使用人が賈政と賈璉に連れられていってしまったために表では彼らを止めるものがいませんでした。
賭場を開いて飲み遊ぶ表連中の噂を聞いた邢徳全、王仁もやってきて、それはもうとんでもない有り様です。
そこに誰にも相手にされなくなった賈環も加わり、飲んで賭けて管を巻くろくでなしが集合していました。
ある時、邢徳全が姉を罵り、王仁が妹を貶していると、賈環、賈芸も煕鳳にはどれだけ嫌な想いをしたかと愚痴を並べ始めます。
話が巧姐児に及んだとき、そばで飲んでいたよそ者が口を挟んできました。
「その子が貧乏人なら一族を富ませることが出来るのに…。」
どういうことだと詳しく聞けば、
「さる金持ちが、嫁探しをしてるんですよ。」
皆話半分で聞いていましたが、一人王仁だけは食指が動いていました。
そんなところに頼大の子弟が遅れてやってきました。
何でも雨村が貪吏として捕まったとのこと。
他にも最近盗賊がたくさん捕まったと聞いて、その中にさらった女を殺して逃げた賊の話が出て、
「それは妙玉に違いない。けっ、ざまあみやがれ。」
日頃無視された怨みで人の不幸を喜ぶ賈環でした。
皆が賭博に打ち講じているところに、奥からお呼びがかかりました。
惜春と尤氏が大喧嘩をして、ついに惜春は髪を切り落として出家できなければ死ぬというところまで来てしまったとのこと。
呼ばれたところでのらりくらりと逃げる賈芸と賈薔を見た尤氏、
「邸内に部屋を見繕って、そこで出家させなさい。責任は私が全てとります。賈璉、賈珍にはそう報せなさい。」
さてさて尤氏はこう言いますが、王・邢夫人は許してくれるのでしょうか。
尤氏から連絡を受けた王・邢夫人が惜春の様子を見にやってくると、その決意の色たるやなまなかならず、認めざるおえませんでした。
有髪、自宅内での修行という条件をのんだ惜春に、一緒に出家して仕えてくれる女中はいるかと尋ねた王夫人でしたが、惜春付きのものは皆出家したいとは思っていません。
それでは困ったと王夫人が悩んでいると、後ろから紫鵑が声をかけてきました。
「私でも宜しければ、黛玉さまの供養のためにも出家して惜春お嬢さまにお仕したいと思います。」
これを聞いた王夫人が、今は紫鵑の主人である宝玉の方を見ると、
「それは結構なことです。お母さま、僕からもお願いします。」
以前の宝玉であれば泣きじゃくって嫌がったものを、惜春と紫鵑という二人の女の子の出家を後押しする様子に宝釵や襲人は大いに怪しみました。
更に宝玉は、惜春の決意の固いのを見ると、
「それならば、僕から一つ詩を送りましょう。」
おもむろに夢で見た惜春の「出家する」という運命を暗示した詩を吟じたのでした。
それを聞いた王夫人はびっくりし、
「お前、僧についていくというのは冗談と言ったじゃないの。誰もかれも…。」
これを慰める宝釵や襲人の心も穏やかではありません。
襲人が、宝玉がそのつもりなら自分も紫鵑と供に出家する、と言いますが、
「君は出来ないよ。」
と、皆の運命を知ってしまった宝玉は言い切ってしまいます。
とはいえ、一抹の寂しさを感じる宝玉だったのでした。
賭事が高じた賈芸は金に困ってしまいました。
賈環に相談に行くと、今まで煕鳳に虐げられていた賈環は、先日の話を実行しようと賈芸、王仁に相談します。
早速賛成した二人は邢徳全も仲間に引き入れると、相手の金持ちと邢夫人の二手に分かれて行動を開始したのでした。
巧姐児の叔父になる王仁と弟の邢徳全の二人に、これは良い縁組みです、と言われた邢夫人はまんまとだまされます。
相手方から下見が来て、巧姐児には親戚と偽って顔合わせも済ますと、四人組の悪巧みは着々と進行していきました。
ここで様子がおかしいと気が付いた平児が動き始めました。
日頃から面倒見の良かった平児は皆に好かれており、小女や他の女中から噂話を掻き集めて事の真相を知ります。
急いで王夫人に相談に行くと、王夫人、宝釵ともびっくりして急いで邢夫人の所に向かいました。
迎えた邢夫人の方では、日頃からあまり王夫人を良く思っていなかったこともあって、身内である王仁、邢徳全が認めているのだから問題ない、と突き返してしまいます。
これを聞いた平児は、何とかする方法を求めて席を外したのでした。
李紈の下に賈政からの手紙が来ました。
李紈は、李綺の甄家への嫁入りのことで李未亡人と話をしていたので賈蘭が王夫人の下に手紙をもってやってきます。
探春が帰省できそうだと聞いて喜ぶ王夫人は、宝玉、賈蘭の勉強を励ます賈政の言葉を賈蘭にも読ませて、宝玉にも見せるようにと言いつけたのでした。
そのころ宝玉は塵縁を絶つことを考えていました。
それを諌める宝釵と二言三言言葉を交わすと、
「今度の試験に及第さえすれば、そこで勉強をやめても天子さまや先祖の恩を返したことにもなりましょう。」
「試験に及第することは難しくはないさ。君がそう言うなら、あながち試験を頑張ることも道をはずれるわけではないか。」
そこへ襲人も加わったところに賈蘭が賈政の手紙をもってやってきました。
探春が帰れそうだということを宝玉が確認すると、賈蘭が勉強しなさいって言われてますが文は作っていますか、と訊ねてきました。
「ふふっ、僕も頑張ってこの名誉とやらをさらってみようかと思っているんだ。」
これを聞いた賈蘭が宝玉に話を求めると、二人は改めて座り直して科挙の試験文について話の花を咲かせ始めました。
様子を見ていた宝釵と襲人は嬉しくて仕方がありません。
何せあの宝玉が、楽しそうに試験の文章の話をしているのです。
しかも宝玉は賈蘭が帰ると手元に置いていた出家やなんかの本の類をしまってしまい、勉強部屋を作って籠もってしまいました。
宝玉の勉強部屋には誰を付けようかと相談した宝釵と襲人は、あまり宝玉と馴染みが薄い鶯児が良かろうということにしたのでした。
ある日鶯児がお茶を出しに部屋に入ったときに、
「これで若さまが試験に及第なされば宝釵奥様は幸せ者ですし、昔宝釵様をお嫁に貰った人は幸せ者だろうと言っていた若さまも幸せ者って事になりますね。」
と言うと、それを受けた宝玉は、
「それならそこに仕える君も幸せ者だね。」
と切り返してきました。
恥ずかしくなった鶯児が逃げるように出ていこうとすると、宝玉に止められてしまいます。
「ちょっと待って。おまえに話があるんだ。」
さてさて宝玉、鶯児を引き留めて一体どんな話があるというのでしょうか。
急に宝玉に引き留められた鶯児が驚いていると、
「宝釵姉さんが幸せ者なら、側にいる君も幸せになれるだろう。襲人には出来ないから、どうかお前がこれからもあの人に尽くして上げておくれ。」
なにやら良くわからなかった鶯児でしたが、とにかく頷いて出ていったのでした。
とうとう試験の日がやってきました。
宝玉の急な態度の変化に喜びつつも不安が拭えなかった宝釵は、李紈と供に自ら二人の旅立ちの支度を指揮します。
王夫人の前に挨拶に来た宝玉と賈蘭、互いにしばらくの別れと試験の健闘を誓いました。
泣き出してしまった王夫人を慰める宝玉、
「私は今まで産んで頂いたご恩をお返しできぬ、不孝者でした。この度の試験に及第し、少しなりともご恩をお返しして一生の不孝の罪を拭わして頂きます。」
旅立ちが涙に濡れるのを見た李紈が、
「二人とも皆を心配させないよう、試験が終わったらすぐに戻って皆で結果を待ちましょう。」
これを聞いた宝玉は、
「賈蘭ちゃんなら絶対に受かりますよ。嫂さんも富貴を楽しむことが出来ましょう。」
このやり取りを聞いていた宝釵は、不吉な予感が消えず黙っていました。
と、目の前に来て宝玉が深々と頭を下げるのを見た宝釵は、涙がこみ上げてきて止まらず、強いて笑顔を作って旅立ちを急き立てます。
この場にいない惜春と紫鵑に、
「またすぐに会えるでしょうが、宜しくお伝え下さい。」
と言伝を頼むと、賈蘭と供に試験の旅へと二度と戻らぬ賈邸の敷居を跨ぎ去ったのでした。
さて賈環は腐っていました(いろんな意味で)。
自分だけが試験に行けなかった事を逆手に取って、男連中が更に減ったところを狙ってかねての計画を最終段階に運んだのです。(二人の試験で更に使用人が減っている。)
邢夫人の所に出向いた賈環は、相手方は待ちかねていると吹いて王仁らと同じようにこの縁談を持ち上げご機嫌を取ります。
賈環が去った後の邢夫人の所で、一人小走りで出ていく人影がありました。
この小女、昔平児の口利きで邢夫人の所に仕事を貰えたという恩があり、今回の賈環の話を聞いて急いで知らせに向かったのです。
これを聞いた平児と巧姐児は慌てました。
ちょうどやってきた王夫人とどうしようかと相談しているところに、劉ばあさんがやってきます。
これこれと事情を聞かされた劉ばあさんは、それならば自分の所でしばらく難を逃れなさい、と助言しすぐに手配を始めてくれました。
こうなっては仕方ないと腹をくくった王夫人が、邢夫人の目を逸らすために話し相手になりに行くと、かねてより平児に恩を感じ、邢夫人に不満がある裏門の門番を買収して、平児・巧姐児・劉ばあさんの三人は栄国邸を抜け出したのでした。
一方金持ちのもとへと話をまとめに行った王仁、賈芸らはえらい目にあって帰ってきました。
ただ女中を買い入れようと思っていた金持ちの方で、巧姐児が賈家の由緒ある娘だとばれてしまったのです。
邢夫人にあれだけ持ち上げてお釈迦になったとは言えない賈環が悩んでいると、王夫人の所から呼び出されてしまいました。
びくびくして出ていくと、巧姐児が行方不明になったと言われるではありませんか!
賈環らの企みもばれていて、巧姐児が死んでしまったのだと罵られ、何も言えない賈環や賈芸。
急いでめぼしいところを探しに出ますが、どうにもこうにもさっぱり分からなかったのでした。
試験の期間が終わり、皆宝玉らの帰宅を心待ちにしていました。
ところがなかなか帰ってこないので人を呼びにやりますが、そいつまで帰ってきません。
そうこうするうちに、やっと賈蘭だけが帰ってきます。
賈蘭が泣いて話すには、
「旅の間ずっと一緒で、試験の提出のときも先に終わった宝叔父さんに待って貰って一緒に出てきたのに、ちょっと人混みで目が離れた隙に消えてしまいました。」
これを聞いた惜春は、宝釵に宝玉の玉のことを訊ねると、
「ええ、あれは肌身離さず持っていますから、今回も持っていきましたよ。」
これを聞いて宝玉の行方を悟ったのでした。
皆が途方に暮れているところに、探春が帰省してきました。
そこへ更に使用人がめでたいことだと駆け込んできます。
宝玉が見つかったのかと喜ぶ王夫人でしたが、連絡は宝玉の第七位での及第。
続いて賈蘭の第百三十位での及第も伝えられますが、宝玉の行方はようとして知れません。
元々聡明で、宝玉の様子を客観的に見てきた探春は、やりきれなさを胸にしまいながら王夫人には産まなかったと思って諦めた方がよいと諭したのでした。
さて今年の及第者の名簿に、賈姓の者が二名いる事に気が付いた今生帝は、元春妃の身内なのかと訊ねました。
確認した今生帝は、南方の海賊退治の一段落から大赦を宣言し、賈赦や賈珍らを免罪し、寧国公の世襲職も返すことにします。
更に宝玉の作品を気に入った今生帝は宝玉失踪の話を聞くと捜索を命じてくれました。
これなら必ず見つかるはずだと安心する王夫人でした。
賈璉が帰ってきました。
劉ばあさんの所に避難していた平児から手紙が来たのです。
さらに今回の大赦を聞いて飛んで帰った賈璉は、邢夫人は無視して王夫人に今回の処置を感謝しました。
平児たちが戻って来ると、王夫人もぐるで芝居していたのかと気付いた邢夫人でしたが、王仁らにだまされた邢夫人を慰める王夫人の優しさに感動した邢夫人は、恨み言は忘れて王夫人の判断に感謝したのでした。
劉ばあさんの所に逃げた巧姐児は、劉ばあさんのおかげでそれほど不自由なく暮らすことが出来ていました。
さて巧姐児の訪問を聞いてやってきた近所の金持ちのうち、周家の息子は器量・頭脳ともに秀で、良くできた少年でした。
うちの嫁にあんな立派なお嬢さんが貰えたら…、と思っていた周家の奥さんに気が付いた劉ばあさんは、話をしてみると請け負って上げたのでした。
賈璉の帰宅を知った巧姐児と平児は、栄国邸に帰ることになります。
仲良くなって離れがたい巧姐児と青児は、一緒に送り出して貰って栄国邸へと戻っていったのでした。
無事戻ってこれた平児が、王夫人への挨拶が終わった後、宝釵の所で、
「大赦もありましたし、これでこの家もまた盛んになりますね。宝の若さまもきっと帰ってきますよ。」
と言っているところに。
「大変です、襲人さんが!」
という秋紋の悲鳴が聞こえてきました。
宝玉の失踪で心労の溜まっていた襲人、その身に一体何があったというのでしょうか。
長年尽くしてきた主人である宝玉の失踪に、情の深い襲人は悲しみのあまり胸が痛くなって倒れ込んでしまいました。
(私はただ宝玉さまのことを思って仕えてきたのに、あの僧が来てから人が変わって女の子に対する態度が豹変してしまった。今回ついに消えてしまい、まだ正式に側妾になっていない私は後家を通すことも出来ずに嫁にやられてしまうのだろう。)
そんな襲人がふと顔を上げると、坊主頭の宝玉が、帳簿を持って立っていました。
「君には僕ではなく別の縁が待っているのだ。僕はもうお前達とは縁のない人間なのだよ。」
これは襲人の見た幻でしたが、宝玉の言葉を聞いた襲人は、
(宝玉さまとの縁がないというのなら、いっそ死んでしまおう。)
と心の中で決心していたのでした。
霊柩を運んで埋葬していた賈政のもとに王夫人からの手紙が来ました。
大赦の話や宝玉、賈蘭の及第を知った賈政は喜びますが、宝玉の失踪を知って急いで帰途につきます。
その賈政が帰り道に王夫人宛の返事を書いていたとき、窓の外にこちらに向かって頭を下げている僧が見えました。
何者だろうと近づいた賈政が良く見ると、身分の高そうな衣をまとい、頭を丸めた宝玉でした。
賈政が声をかけようとすると宝玉の左右に道士と僧が現れ、追いかける賈政を振りきって消え去ってしまいます。
驚いた賈政でしたが、今見たことも手紙に書くと小者に命じて一足先に手紙を届けさせたのでした。
今回の大赦で、薛未亡人は大量の借金をしながらも薛蟠の身代金を払って釈放して貰うことが出来ました。
さすがに心を入れ替えた薛蟠は二度と間違いをしないと誓うと、今までの香菱の勤めぶりを感心していた薛未亡人に言われるままに香菱を正妻として引き上げたのでした。
薛蟠らが賈家に尽力のお礼を述べに来ていたときに、賈政からの手紙がやってきました。
宝玉と会ったという件で泣き出してしまった王夫人を慰める薛未亡人に、泣きやんだ王夫人は相談を持ちかけました。
「折角宝釵ちゃんを嫁に貰って子供も授かったというのに、宝玉はもう帰ってこないのでしょう。女中達は暇を出そうと思うのだけど、ただ一人襲人だけはどうしたものだろうか。」
賈政は襲人が宝玉にとってどれだけ大切で、良く尽くしていたかを知らないですから、突然残って後家を通したいと言っても聞き入れるとは思えません。
とにかく襲人の身内を呼んでどこかへ嫁に行かせよう、ということにしたのでした。
帰ってきた賈政は、王夫人から宝釵が懐妊していたことを聞き、女中は暇をとらせることにしたと聞くと頷いて今生帝のもとへと参内しました。
賈政から僧の姿の宝玉と会ったことを聞いた今生帝は、
「彼の作品はすばらしく、天上界の者だからこその出来だったのでしょう。取り立てたい所だが聖朝を受けないのであれば「文妙真人」という道号を贈りましょう。」
という有り難いお言葉を下さったのでした。
大赦によって戻ってきた家財を確認し終わった賈璉が、巧姐児を劉ばあさんの紹介で周家の息子に嫁に出すことを報告してきました。
呼び出された劉ばあさんが王夫人の所に来ていると、花自芳がやってきて蒋家から縁談が来ているので襲人をそこにやりたいと言います。
それは良いと喜んだ王夫人から話を聞いた襲人、
(ここで死んでは王夫人に迷惑をかけてしまう。)
と思い兄に連れられて家へと向かいます。
家に戻ると今度は結納の品や王夫人からの贈り物を見せて一生懸命慰める兄を見た襲人、
(ここで死んでは兄に迷惑をかけてしまう。)
と思い結局蒋家へと輿入れしてしまいました。
今度こそ死のうと思っていた襲人ですが、蒋家の者が皆「奥様、奥様」と言って下にも置かぬもてなしをしてくれるのを見て、
(ここで死んでは蒋家の人たちに申し訳ない。)
と思いなかなか決心が付きません。
と、夫が襲人の嫁入り道具の中からなにやら見つけ出しました。
なんとそれは宝玉が昔酒の席で蒋玉函と交換した緋色の帯。
その夫は奥に戻ると、手に海老茶色の帯を持って来ます。
何とその夫、蒋玉函その人だったのでした。
ここに来て運命を知った襲人、自分の心内を打ち明けると死ぬことを諦め蒋玉函と供に生きる事となったのでした。
またもや職を失った賈雨村は、一人旅をしていました。
とそこで甄士隠と出会い草庵に招かれます。
宝玉が出家した理由や賈家の才女達の風変わりな最後は、全て仙界の住人であったがためであったと知らされる雨村ですがいまいち良くわからない。
話が終わると士隠は、俗縁を終わらせに向かうと言います。
聞くと娘の英蓮が難産がもとで俗界から解脱するので、それを導きに行くとのこと。
薛蟠の正妻に収まった香菱でしたが、哀れその幸せも永く続かず、仙界へと戻っていくこととなったのでした。
後日のこと。
先の石の話を写し取った道士は、この話を持って読んでくれる人を捜しました。
ある時草庵で道士が一人の男に話しかけると、この話が作り話の娯楽フィクションだったことを知らされます。
道士は急に写した紙束を捨て去ると、大笑いして去っていったのでした。