恋い焦がれているのに逢えない苦しみに、もう死にそうだとか、死んだほうがましだ、あるいは逢う前に死んだら良かった、などといった歌を相手に贈るのは、相聞歌の常套である。たとえば
戀にそも人は死にする水無瀬川
下ゆ吾痩す月に日に異に 笠郎女 4-598
磐姫陵
かくばかり戀ひつつあらずは高山の
磐根し枕きて死なましものを 磐姫皇后 2-86
何せむに命継ぎけむ我妹子に
恋ひぬ前にも死なましものを 11-2377
など多くの作品が残されている。こういった作品は分かりやすく解釈の揺れも少ないように思える。逢えない→苦しい→死ぬ、という簡明なパターンを持つからであろう。恋の苦しみは逢うことによってしか解消されない。こんな苦しい思いをするならいっそ・・・という訳である。
例歌と同じような作品だが、ストレートには死ぬとか痩せるとかの言葉を使わないものがある。
白真弓石辺の山の常磐なる
命なれやも恋いつつをらむ 11-2444
この歌の解釈は「・・・(私の命は)永久不変の命だとでもいうのか、そうでもないのに、私は逢うこともできずにいたずらに恋いつづけている。」《釋注》というようになされる。ここでの命を、永久の命ではなくいつ死ぬとも知れぬ命と理解する訳である。語義的な意味ではこれで十分と思えるし、また歌の意味としてもこれで良いようにみえる。しかし私は少し違うように感じる。この歌の四句までが命の一般的な概念を云っているとは思えない。頼めない無常の命なのにというのでは、この歌を贈られたところで、相手はそれほどその気にならないのではないか。
恋とは生きるの死ぬのの問題である。(現実にそういう場合もある。しかしそうでなくても、相聞歌のテクニックとしてはそうである。)
それなのに一般的な無常観などをもちだすのはあまりにものんびりしているのではないだろうか。私はもっと強く迫っている歌だと思う。この作者は自分の命を「常磐なる命」の対極にあると訴えていると思う。「永久不変の命だとでもいうのか、それどころかその正反対、もう死にかけている、それなのに・・・」というのがこの歌の真意と私は考えるのである。そしてそのような命にしたのはあなただ、あなたゆえにそうなったのだと云っているのである。
恋の苦しみゆえに自分の命は細る。自分の命を自分ではコントロールできない。逢ってくれなければ死ぬ。もっと言えば、自分の命を握っているのはあなたなのです、と訴える、相聞歌ではそういうケースが多いのである。
ところで、「知る」という言葉は万葉集ではさまざまの意味につかわれている。もちろん現在の「知っている」という意味にも、また契りをかわす意味にも使われる。いろいろな意味のなかで、支配する、領知する、手中に収めている、といった現代では失われている大切な意味がある。
君が代もわが代も知るや磐代の岡の草根をいざ結びてな 1-10
は「あなたの命も私の命も支配していることよ、この磐代の岡の草を、さあ結びましょう」(全訳注)と訳される。

・・さわくみ民も 家忘れ 身もたな知らず
鴨じもの 水に浮きゐて・・ 1-50
この「知らず」は、自分の身をも支配せず、つまり我を忘れての意味。
・・死ななと思へど さばへなす 騒く子供を
うつつてては 死には知らず 5-897
の「死には知らず」は、死は自分自身の手中に無い(死を領有していない)、即ち死ぬことが出来ないの意味となる。
木津川(恭仁大橋)
このような「知らず」は画一的に口訳できない。作品の文脈や内容にそって適切な訳語を選ばなければならない。上の三首はいずれも相聞歌ではない。本稿の目的は「命は知らず」の言葉が相聞歌にどのように使われ、どのような意味をもっているのかを探るところにある。作品は次のとおりである。
かくのみし戀ひや渡らむたまきはる命も知らず年は経につつ 11-2374
高麗錦紐解きあけて夕だに知らざる命戀ひつつやあらむ 11-2406
路の邊の草深百合の後にとふ妹が命を我知らめやも 11-2467
月草の仮れる命にある人を如何に知りてか後も逢はむといふ 11-2756
あら玉の年の緒長く何時までか我が戀ひ居らむ命知らずて 12-2935
「命は知らず」という言葉の使用例のうち、この5首は巻11・12の古今相聞往来歌に使われている。このうち2467までの3首は人麻呂歌集の作品である。この他の使用例としては
たまきはる命は知らず松が枝を結ぶ心は長くとぞ思う 家持 6-1043
(活道岡宴歌)
・・うつせみの 世の人ならば たまきはる 命も知らず・・ 家持 20-4408
(防人歌)
で使われている。いずれも家持の作品である。この二例については、次章(命は知らず・・家持歌)にて検討する。
「命を知らない」という言葉が、人の寿命が短くて頼めなく、「命のほども分からない」といった意味であるならば、ことさら問題にすることでも無いのだが、どうもそれだけでは万葉集作品は理解できないようだ。とくに2467、2756歌への接近は困難と思われる。
ところで改めて五首を読むと、最初と最後の歌の内容が良く似ていると考えられるので、この二首から検討を始めたい。
月下美人
すでに見たように、「命に向ふ」「命死なずは」は、もう死にそうになっている状態を訴えている歌で、死にそうになった原因は、恋する相手ゆえのことであった。逢うことによってしか「命に向ふ戀」は止まない。だが逢えば恋は止む。すなわち死にそうな自分の命は、逢えるか逢えないか、つまりは恋人の手に委ねられているのである。
私は2374番歌の「命も知らず」、2935番歌の「命知らずて」もこれと同じなのではないかと考えている。これを一般的に「自分の寿命も分からないで」としたのでは、詩というにはあまりにも当り前すぎて、つまらないと思われる。これらの歌を贈られた人は何ゆえに「命も知らず」と書き寄こしてきたのかを、つまり贈ってきた人の心をたちどころに理解したはずなのである。それはなにも自分の寿命のことを言っているのではない。ここでの「知らず」は「領有していない」の意味であり、「恋い焦がれて自分の命も、自分の手中には無い、自分ではコントロール出来ない」、もっと言えば、「あなたが私の命を握っている」ということである。逢うことによって自分の命を手中にできるのである。
2374歌には「年は経につつ」、2935歌には「年の緒長く」がある。したがって二人は長く逢っていない。逢っていない事情は不明という他はないが、男性側の外地赴任などを想定することが出来よう。
《私注》は2374の歌について「イノチモシラズの如き、強調した表現も民謡なればである。さういふ所を詮索すれば、いろいろ言へようが、調子には人麿歌集特有のよい所がある」と言い、2935については「平凡な民謡である」とそっけない。私は両首にそれほどの差があるとも思えない。口調は後の歌の方がなめらかだが、内容に変りはない。枕詞を「命」に使うか「年」に使うかぐらいの差なのではないか。
自分は自分の命を領有していない。手中にして、支配しているのはあなた、というニュアンスを口訳するのは難しい。2374番歌を俗っぽく私流に訳すると
こうして苦しんでいるばっかり。逢ってくださらないともう持たないわ。
いたずらに年ばかり経って。
というようなことになる。
「高麗錦紐解きあけて夕だに知らざる命戀ひつつやあらむ」の「夕だに知らざる命」はどのように理解されているか。この歌の直前に同じく「高麗錦」が詠まれる作品が載せられているが、無関係であろう。「紐解き開けて」は即ち共寝の用意をするということ。女性からの誘いで、官能的な作品である。「眉根掻き鼻ひ紐解け待つらむか何時かも見むと思へる吾を」(11-2408)は、恋しい人に逢う前兆であり、この場合はおのずから紐は解ける。だがいまは紐を解いて彼を待っているのである。
口訳をひいておこう。 女郎花
・コマニシキ(枕詞)紐を解き開けて、夕方は絶えるかも知れぬ
頼りない命を以て、戀ひ戀ひて居らうか《私注》
・美しい錦の紐を解き放して、夕を待つ事が出來るとも分から
ぬ命で、あの方を戀ひつゝある事であらうか《注釋》
・高麗錦の紐を自分でほどいたままで、この夕方まで持つかど
うかわからぬ命、そんな命なのに、私はあなたを慕いつづけ
るというのであろうか。《釋注》
《私注》や《注釋》は絶えるかもしれない命になっている原因を記していないが、《釋注》が「苦しい思いに絶えて死にそうな状態」と書くのと同じ原因を前提としていると思われる。しかし、《私注》や《注釋》のような訳では、頼りないはかない命で恋う、という内容の歌と間違える。そのような命にさせたのは自分の恋人なのである。まず始めに頼りない命があるわけではなく、恋いするゆえに頼りなくなっている命なのである。私の口訳は
紐を解いてお待ちしているこの夕べ。抱きにきてくださらないので、苦しくて
死にそう。いたずらに苦しみつづけることでありましょうか。
というようになろうが、この歌を贈られた恋人は「夕だに知らざる命」の言葉に心を動かされるのではあるまいか。こんな肉感的な歌を贈られれば、男は行く気になるだろう。いや行かねばなるまい。これも歌の力である。
2467番歌の「路の邊の草深百合の後にとふ妹が命を我知らめやも」の作品。これも口訳例をあげておこう。
・道のべの草深いなかの百合の花の、ユリニと言ふ、妹の命を吾は
知らうか《私注》
・路ばたの草の茂みに咲く百合ではないが、後にといふ妹の命を自分は
知ってゐようか。(いつまでと知らぬ命をいつまで待つ事が出来ようか)《注釋》
・道の辺の深草にはえる百合ー後後には必ずといってくれる妻の命は、
わが手にはないのだ。《万葉集 全訳注原文付》(中西進)
・道端の草の茂みに咲く百合ではないが、いずれ後(ゆり)に、あとでまた、
などと言うあの子だが、あの子の寿命なんか私にわかるはずがない。《釈注》
中西氏はこの歌を有数の秀歌とされる。しかし、その秀歌たる理由をしるされていないのがどうにも困る。「妻の命がわが手にはない」のは当り前である。自分の寿命さえ自分で知ることができないのに、まして人の命を知れるわけがない。
上にあげた口訳例はいずれも訳になっていない。これは相聞歌である。男がその恋人たる女性に、寿命としての「君の命」なんか知らない、などという歌を贈るだろうか。
自分の命ははかないとは言うが、他人それも恋人の命をはかないなどとは言うまい。もしそんなことを言ったとしたらこの歌は、自棄になっている男が「君の命は短いぞ」と脅して逢おうとしていることになる。そんな脅迫まがいの歌ではあるまい。
妹の寿命が分からない、との理解が決定的にまずい。
では妹の命がわが手にはない、というのはどういうことか。それはつまり自分は妹の命を左右していない、影響をあたえていないということであろうと私は思う。
妹が恋い焦がれて死にそうな思いをしている場合、妹の命は自分が支配していると言える。つまり妹にとって自分の存在は重いのである。ところが妹がたいして自分を思っていない場合。自分の存在は妹にとってまことに軽い。妹が心を煩わせるようなものではないのである。
自分はいま逢いたい、なのに彼女は「あとで」という。彼女が恋い焦がれて死ぬほどになるような、自分はそれほど重い存在ではない。だから「あとで」と軽くあしらわれる。男にとっては「あとで」ではない、今なのである。いますぐに逢いたくってこんなにも恋い焦がれているのに、妹は自分ほどには思ってくれない。「妹が命」を自分は手中にしていないが、妹はわが命を手中にしているというニュアンスも持っていよう。
あとで、とおっしゃるあなた。あなたにとって私なんか軽いものなんですね。
と思い切って意訳して良いと思うのだが、どうだろうか。
2756番歌の「月草の仮れる命にある人を如何に知りてか後も逢はむといふ」に使われている「人」をどう理解するか、解釈は分かれる。
《考》は人すなわち我とする。《新考》は自他共に、つまり人間一般をさすとする。
相聞歌の性格を考えたとき、人間一般とするのもどうかと思う。すこし微妙なところだが、鑑賞としては、人と我との間に差はないと考えて良いだろう。
歌の解釈上もうひとつ注意しておくべきは「後も逢はむ」という言葉である。いま逢っていて、後も、と考えがちだがそうではない。実はいま逢っておらず「後にでも逢いましょう」という意味である。だからこの作者は「(わたしはいますぐに逢いたいのに)あなたは後にでも逢おうと言われる」と歌っているのである。
この歌でも問題は「いかに知りてか」であろう。
《私注》は、「月草の如く、變り易い假の命である人間であるのを、どう考へてか、後も會はうと、君は言ふ」
と訳している。この歌の場合「いかに知りてか」を、「どう考へてか」と訳して違和感はない。だがこれは上三句が、月草の花の色のように色褪せやすい命、という一般的な無常観を基盤にした口訳である。無常観はこの相聞歌では道具立てに使われていると私は考える。つまり、あなたゆえに、あなたに逢えないゆえに、月草の如く・・というのがこの歌の内容と思う。そしてそういう命である「我」をどのように知って
いるのか、どのように領有されているのか、すなわち
たいしてなんとも思っておられず、私はあなた
にとって
何の影響力もなく、というわけである。
あなたにとって私は軽い存在。だからあなたは気楽に
「後ででも」とおっしゃる。私はいまお会いしたくって月草
の褪せるような命にいますものを、
といった歌意になるのではないだろうか。
相聞歌は男女の極めて私的なやりとりである。歌の中身は当事者にさえ分れば良い。命が頼りなくなるのは、恋ゆえ、逢えないゆえであって、人の命が無常であるからではない。相聞歌を読む場合、私たちは生涯をかけた恋をしている状態、あ;るいはそのふりをしている状態に我が身を置かなければならない。
言葉は悪いが、いかに相手の気をひくかなのである。
以上、相聞歌で使われている「命は知らず」について考えてきた。これが「寿命のほどが分からない」という一般的な無常観を表す言葉であるとは私には思えない。「知る、知らず」の言葉はやはり「領有する、しない」「手中にある、ない」の意味に理解しないと歌の意味がよく分からないのではないかと思うのである。 97-10-9