サァァァァァァァッ・・・・

爽やかな風が駆け抜け、色とりどりの花々を優しく揺らしていく。1本の大木を中心に、辺り一面に広がる花畑。その中に、1人の少女が立っていた。
胸に下げられた首飾りから、彼女が「聖なる国シャイン」の神官であることが見て取れる。そんな彼女の瞳に、目の前の花畑は映ってはいなかった。

そう、彼女が見ているのは、遠い日の思い出。このラーワの草原で交わした、幼い日の約束・・・




ブルーブレイカー
オリジナルショートストーリーACT.2

アーシャ編「私の勇者」





ラーワの草原に、1組の男女(男女と言うには、あまりにも幼いが・・・)が座っていた。
少女は、ツメクサの花で作った冠を頭にのせ、満面の笑みを浮かべている。そしてその隣では、少年が足高の葉っぱを咥え寝転んでいた。

「ねぇ、ケインは大きくなったら何になるの?」
少女が瞳を輝かせながら尋ねる。
「僕は、勇者になるんだ!」
少年は咥えていた葉っぱを投げ捨て、力強く言った。それを見て、少女の瞳がいっそう輝く。
「ふ〜ん。じゃあ、私は勇者のお嫁さんね!」

約束を交わす幼い2人を、ラーワの花々が優しく見守っていた・・・


2人が初めて出会ったのは、4歳の時。少年の父に連れられ、その家に行った時だった。一人で積み木遊びをする少年に、彼の父はこう言った。
「この子は大きくなったら、お前のお嫁さんになるんだぞ」と。

人見知りし、まともに目を合わせようとしない少女に、少年はニッコリと笑ってみせた。
屈託の無い輝くような笑顔。少女は、その笑顔を忘れる事が出来なかった・・・

それから十数年の時を経て、再会した2人。少年は青年と呼べる程に成長し、少女もまた、美しい娘になっていた。だが時の流れは、時として無情な物。青年は、娘の事を覚えてはいなかった。勿論、あの幼い日の約束も・・・

だが、少女も何もしなかったわけではない。共に旅を続ける間、それとなく思い出話をしてみたりもした。しかし、それでも青年が彼女の事を思い出す事はなかったのである。
再会してから今日まで。旅をする間に、青年が次第に自分に好意を抱いてきているのは薄々わかっていた。嬉しくないといえば、嘘になるだろう。だがその喜びよりも、約束を思い出してくれない事の方が、彼女には辛かった・・・

そして彼女は、青年の前から姿を消した。何も告げないで・・・


「夜まで待とう・・・それで私の事思い出してくれなかったら・・・忘れよう・・・全て・・・」
つぶやく娘の頬を、冷たい涙が伝う。それは賭けだった。幼い頃の・・・2人で無邪気に笑い会った約束の日々を賭けた、彼女にとって最大の、そして最後の・・・
(私の事を思い出せば、きっとここに来てくれる・・・)
その思いだけが、今の彼女の支えだった。


時は刻一刻と過ぎていく。
太陽が小さくなり、夜の帳が下り始める。

「もう、時間・・・かな・・・。・・・さよならケイン、私の・・・勇者・・・」

だが、天は彼女を見捨ててはいなかった。
娘が別れの言葉をつぶやいたまさにその時、


「アーシャ!!」

彼女の名を呼ぶ声が、ラーワの草原に響き渡った。待ち望んだ、そして最も聞きたかった声。
振り向いたアーシャ。そこに彼がいた。待ち望んだ、アーシャの勇者が・・・

「ここだと思った。だってここは思い出の場所だから・・・2人の、約束の場所だから・・・」
ニッコリと微笑むケイン。あの日と同じ、優しい笑顔。今日まで決して忘れる事の無かった、あの優しい笑顔がそこにあった。

「ケイン!」
思わず胸に飛び込むアーシャ。そのアーシャを、ケインは優しく抱きしめた。
「今まで思い出さなくてごめん。それに俺・・・勇者になれなかった・・・」
「もういい、もういいの。勇者じゃなくたって、私は・・・あなたが・・・」
アーシャの頬を、今度は喜びの涙が伝う。

そんな2人の姿を、ラーワの花々が優しく見守っていた。幼い約束を交わした、遠いあの日のように・・・


アーシャ編・完



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