美穂SS『たった1つの真実』


微風高校の裏門には、大きな桜の木が植えられている。
だが生徒たちの中で、それを気にとめる者はほとんどいない。
そう、普通の者が見ればそれは何の変哲もない桜の木である。
だがそんな桜の木に、人々の知らない秘められた物語があった・・・


毎年、2月中旬の桜が芽吹く季節になると、この木の下で校舎を見つめる少女がいる。
橘綾乃の、中学時代の同級生であった春日野美穂。
3年前、中学の卒業式当日に交通事故に遭い、他界した少女。
この世に様々な悔いを残し、成仏できずにいる哀れな魂。

だが生徒たちは、そんな美穂に気づく事なくこの桜の木の下を通り過ぎて行った。
ただ一人、水沢芳彦を除いては・・・・・・


止まってしまった時。
決して変わる事のない毎日。
永遠に続く、無機質で孤独な日々。

だが、芳彦と出会い、美穂の中の時は再び動き始めた。

人を愛する事、人に愛される事。
決して叶わないはずだった恋の夢。
そんな夢を芳彦は与えてくれた・・・・・・


だが、2人がどれだけ望んでも、所詮生ある者とこの世ならざる者が結ばれる事はない。
そんな冷たく悲しい現実が、2人に襲いかかるのだった・・・・・・




芳彦がその噂を聞いたのは、美穂と言葉を交わすようになって一週間ほど経ったある日の事だった。

その噂とは「水沢先輩は、気が触れてしまったらしい。その証拠に、誰もいない裏門で桜の木に語りかけている。彼には関わらない方がいい」と言う物だ。

その噂を裏付けるように、周りの者たちは一人また一人と、芳彦を避けるようになっていった。
もちろん、居候先である織倉家の人々も例外ではなかった・・・

確かに、美穂の存在を感じる事の出来ない者が見れば、芳彦の行動は奇怪な物に見えただろう。
そして芳彦もまた、そんな周囲の反応に不安を抱かずに入られなかった。

(これ以上、美穂に関わってはいけないのでは・・・)
そんな考えが闇となり、心を覆い尽くしていく。


綾乃が芳彦を呼びだしたのは、その日の放課後のことだった・・・・・・




「来たか、水沢・・・」

呼び出しに応じて屋上にやってきた芳彦に綾乃が声を掛けた。
そこには綾乃だけでなく、同じくクラスメートの杉崎由希子、そして香坂宏の姿もあった。

「何だよ綾乃、こんな所に呼び出して・・・それに、由希子や香坂まで・・・」

「な〜に、「孤独で悲しんでる女の子を助ける」なんて偉そうな事言っときながら、自分が孤独になって逃げだそうとしてる、情けない男の話をしてやろうと思ってな・・・」

綾乃の意図が読みとれず訪ねた芳彦に、綾乃が冷たく言い放った。

「・・・どういう意味だよ・・・」

「言葉通りの意味さ・・・。お前、美穂ちゃんに関わるの止めようなんて考えてないだろうな・・・」

「・・・・・・! ど、どうして、それを・・・・・・」

「何年友達やってると思ってんだ? その位、お前の顔見ればわかるさ」

綾乃はさも当たり前のように言ってのける。

「俺も今回は、橘と同意見だな。水沢がそんな男だったとは、少しお前を買い被っていたようだ」

不意に横から香坂がそう言ってきた。
普段はクールに振る舞い、あからさまに人を貶すことはない香坂が、今回はハッキリと言い放った。
それは芳彦が初めてみる香坂の姿であり、それだけにショックだった。
この二人がこう言うと言う事は、一緒にいる由希子も同じ考えなのだろう。

今まで友人として付き合ってきた三人が、自分に対して向けている視線。
それはこれまで芳彦に向けられたどれよりも、芳彦の心を激しく打ちのめした。

思わず拳を握り俯く芳彦。
そんな芳彦の手に、不意に優しく添えられる手があった。
見なくてもわかる。
それは由希子の物だった。

「ねえ、芳彦・・・一昨日の事覚えてる?」

まるで子供に語りかける様に、由希子は優しく尋ねた。

一昨日・・・それは美穂が由希子の体に乗り移り、芳彦とデートをした日だった。

霊体だけでは学校を離れる事の出来ない美穂。
そんな美穂の取った手段が、自分の存在を関知できる者(この場合は由希子だ)に乗り移ると言う物だった。
そう言えばあの時、強引に利用されたにも関わらず、由希子は文句一つ言わなかったのだ。

「ああ・・・覚えてるけど・・・それが・・・?」

「私あの時ね、美穂ちゃんの記憶を見せて貰ったの。あの子の記憶・・・真っ暗だった・・・多分、孤独と寂しさが生んだ闇・・・。でもね、その記憶が、ある瞬間から明るく輝いていたの・・・どうしてだか、わかる?」

「・・・・・・」

「それはね、芳彦に出会ったからよ・・・。あなたと出会ってからのあの子の記憶は、明るくて楽しい物ばかりだったわ。・・・ねえ、芳彦。今の美穂ちゃんにとって、あなたは唯一の光なの、たった一つの希望なのよ。せっかく輝きを取り戻した彼女の記憶を、また冷たい孤独の闇に戻してもいいの? あなた、それで平気なの?」

芳彦の拳の上に、冷たい滴が落ちる。
ハッと顔を上げた芳彦の目に映ったのは、目に涙を溜ながらも微笑む由希子の顔だった

「お前、美穂ちゃんが好きなんだろ。男だったら、周りの目なんて気にするな! その思いを貫いてみろ!!」

「・・・そう言う事だ。一番大切な物は、お前の胸の中にあるんじゃないのか・・・」

それ以上由希子に語らせるのは酷と感じたのだろう。
綾乃が、そして香坂までもが熱く語ってきた。

「・・・みんな・・・」

熱い物がこみ上げ、芳彦には何も言えなかった。
自分の事を、そして美穂の事を考えてくれる人間が、こんなに身近にいたのに気づかなかった自分が許せなかった。
綾乃の言う様に、自分は「情けない男」だった。

「俺、美穂ちゃんの所に行って来る!」

顔を上げ、三人にハッキリと言った芳彦の目に、もう迷いはなかった・・・


「・・・頑張れ・・・」

走り去る芳彦の背中に向けて、三人は誰からともなくそう呟いていた・・・




「美穂ちゃん!」

裏門に着くが早いか、芳彦は叫んでいた。
しばしの後、躊躇いながら美穂がその姿を現した。

「どうして・・・どうして来たんですか? これ以上私に関わったら、芳彦さんまた誤解されちゃう・・・。それなのにどうして・・・・・・」

美穂は責めるように、そして突き放すように口早に言い放った。
だが、その瞳に輝く物を芳彦は見逃さなかった。
そしてそれを見た時、芳彦の気持ちは固まった・・・


「君にこれ以上寂しい想いをして貰いたくない。美穂ちゃんを孤独にしたくないんだ!」

「でも、それじゃあ芳彦さんが・・・芳彦さんが孤独になっちゃうよ!」

「・・・大丈夫。俺には綾乃や由希子が・・・全てをわかってくれる友達がいる。孤独なんかじゃない。それに、自分の心に・・・一番大切な事に嘘を付きたくないんだ!」

「大切な・・・事・・・?」

「俺は、美穂ちゃんが好きだ。だから、一緒にいたいんだ!」

そう、それが芳彦の素直な気持ちだった。
綾乃の言った「自分の思い」。
香坂の言った「一番大切な事」。
そして由希子の涙を無駄にしないためにも、それを美穂に伝えなければならなかった。

「ほ、本当に・・・本当に私で・・・幽霊の私なんかでいいんですか・・・?」

「・・・美穂ちゃんじゃなきゃ、ダメなんだ・・・」

その言葉に美穂の瞳から、堪えきれなくなった大粒の涙がこぼれ落ちる。
芳彦は優しく微笑み、美穂を抱き締めていた・・・



「・・・ん・・・・」

今まで決して触れることの出来なかった美穂の体。
だが芳彦は今、確かに美穂の甘い吐息と唇の柔らかさ、そしてその温もりを感じていた。

それは、神が気まぐれで与えた奇跡だったのかも知れない。
しかし、二人にとってはとても大きく、そして何より嬉しい奇跡だった・・・


これから先、二人には更なる試練と、厳しい現実が待ちかまえている事だろう。
だが美穂の為なら、どんな苦労も乗り越えていこう。
沈み行く夕日の中、芳彦はそう心に誓っていた・・・・・・





あとがき
「FK☆S」オリジナルSS、「春日野美穂編」お届けします。

SSはしばらく間が空いていたので、なかなか納得のいく物が書けなかったのですがいかがだったでしょう?

話は変わりますが、この春日野美穂ちゃんは私の一萌えです。
だからどうしても一番最初にあげたかったんですよね(^^;)

最後になりますが、このSSを読んで「FK☆S」に興味を持ってくれる人が増えると嬉しいなぁなんて思います。
では、次回「蒼月ひより編」(予定)でお会いしましょう・・・

藤原麻耶・拝




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