静香SS『二人きりの後夜祭』


「・・・まだ来ていないみたいだな・・・」

誰もいないフロント・ガーデンを見渡し、俺は呟いた。
時計を見る。時間は7時58分。約束の時間まで、後2分だった。
朝から晴天だったためか、この時間になっても寒いとは感じない。

「終わっちゃったんだな・・・」

ふと見上げると、校舎の入り口には役目を終えた看板。
そこには、
『第5回 星の丘学園学園祭』
の文字が踊っていた。

「色々あったよな・・・まだ一ヶ月も経っていないって言うのに・・・」

転校して来てからの一月を思い返してみる。

学園祭を間近に控え、各クラブから引っ張りだこだった日々。
元々が女子校だったため、男子生徒の数は極端に少ない。
その為、クラブに所属していない俺は、力仕事の要員として正に引く手数多の状態だった。

俺はみんなの期待に応えるべく、時間の許す限り協力してきた。
もっとも、全てのクラブに平等に手を貸したか?
と聞かれれば、答えはNOである。
どんな綺麗事を並べたって、俺も男だ。
自分の気になる女の子のいるクラブに肩入れしてしまったのは、事実として認めなければなるまい。

・・・気になる女の子・・・

そう、ここに転校して来て一月足らず。だが、その短い時間の中で、俺の心の中には一人の女の子が住み着いてしまっていた。そして今、俺が待っているのは・・・

「せんぱい・・・」

夜の闇に溶け込みそうな程、小さくか細い声。だがその声は、世界中のどんな音よりもハッキリと俺の耳に届いていた・・・



「えーと、科学部はここで良かったはずだよな・・・」

俺は入り口に下げられた「理科室」の文字を見ながら呟いた。
クラスメイトであり、科学部の部長である桜井陽子さんに頼まれ、学園祭準備の協力に来たのだ。

「ええ、ここよ」

後ろからの声に振り返ると、白衣を着た桜井さんが立っていた。
ボブカットをヘアバンドで止め、目にはノンフレームの眼鏡。その奥には、満面の笑みがあった。

「ありがとう、早速協力に来てくれたのね」

額面通りの嬉々とした声で、ガッチリと俺の手を握り、上下にブンブンと振る。
出典準備の協力に来たくらいでこれほど喜ぶとは、よっぽど人手に困っていたのだろう。

「さ、入って。みんなに紹介するわ」

そう言ってドアをくぐる桜井さんに続き、俺も理科室に入る。
そこで俺は、思わぬ再会をしたのだった・・・



「ここはフロント・ガーデン。みんなここでお昼ご飯を食べたり・・・」

水沢さんが何か話している。だが、その声は俺の耳には全く入っていなかった。
今の俺の目には、ただ一人の女の子の姿だけが映っていたからだ。

麗らかな午後の日差しの中、噴水の縁に腰掛け、本を読む少女。
まるで、恋愛小説の一場面のような絵だった。

「・・・くん。村田くん!」

名前を呼ばれ、ふと我に返る。見ると、水沢さんが俺を睨み付けていた。

「全く・・・人の話ちゃんと聞いているの?」

「え、あ、う、うん。ところでさ・・・」

曖昧に返事をし、早速彼女の事を聞いてみる。

「え?ああ、花菱さんね。一つ下、一年生よ。そんな事より、次に行くわよ!」

そう言って水沢さんはズンズン歩き出した。
俺も慌てて後を追う。
その時、ふと顔を上げた彼女と目が合った。
が、それも一瞬。彼女は恥ずかしそうに顔を背け、その場から走り去ってしまった。

「花菱さんか・・・」

一人立ちつくし呟く俺。
そして、

「早く来なさい!」

水沢さんの怒鳴り声が響いた。



「君は確か・・・」

部員達の中に、昨日の少女を見つけ、俺は思わず声を上げた。
彼女も俺に気づいたのだろう。驚いた表情を隠そうともしなかった。

「あれ?村田くん、静香と知り合いだったの?」

そう言って俺と彼女の顔を交互に見比べる桜井さん。

「ふ〜ん。村田くんも、結構手が早いよねェ〜」

そう言う桜井さんの表情は、まさにいたずらっ子そのものだった。

「なっ・・・そんなんじゃないよ!」

でも、口では否定しながらも、心のどこかでそれを嬉しく思っている自分がいるのも事実だった・・・



それからの一月は、文字通りあっという間に過ぎて行った。
そして迎えた学園祭当日。
俺はいても立ってもいられず、理科室を訪れていた。

「村田くん!」
「せんぱい・・・」

桜井さんと静香ちゃん。二人の声が俺を迎えてくれた。

「他のみんなは?」

理科室に2人しかいないのを不思議に思い訪ねる。

「みんなは体育館で準備中よ。私達は最終チェック。でも、それもついさっき終わった所」

桜井さんが、眼鏡を拭きながら答えてくれた。

「自信は・・・って、その顔を見れば聞く必要もないかな」

そう、俺の前にある2人の表情は自信に満ち溢れていた。

「でも、ここまで出来たのは、せんぱいがいてくれたから・・・」

静香ちゃんのその言葉に、桜井さんもうんうんとうなずく。

「そうね。村田くんの協力がなかったら、ここまでは出来なかったかもしれない。本当にありがとう・・・」

「そんな・・・静香ちゃんや桜井さん。それに、科学部のみんなが頑張ったからだよ・・・」

「いえ・・・私なんて・・・」

知らぬ間に見つめ合う俺と静香ちゃん。
だが桜井さんの凛とした声が、俺達を現実に引き戻した。

「静香! 時間よっ!」

そう。ついに、今までの成果を発表する時が来たのだ。

「二人とも頑張れ! 必ず見に行くからっ!!」

声をかける俺に、二人は今までで最高の笑顔で答えてくれた・・・



「でも、あんなに上手くいくなんてな・・・」

後夜祭に入っても、俺の興奮は続いていた。

科学部の発表。それはもはや、学園祭と言うレベルを越えていた。
彼女たちが造ったもの・・・それはロボットだったのだ。
正確には、10(イチマル)式パワードスーツ。

21世紀になって研究も進むようになったとは言え、まだまだ未知の領域だったロボット。
それを高校生が、それも学園祭で造ってしまったのだ。
驚くなと言う方が、無理と言うものだろう。

もちろん、この発表は大好評。科学部は見事に学園祭のグランプリを獲得したのだった。


「・・・全部、せんぱいのおかげです・・・」

「えっ?」

後ろから不意にかけられた声に振り向くと、そこには静香ちゃんが顔を真っ赤にして立っていた。

「静香ちゃん・・・どうしたんだい?」

俺がそう言っても、彼女はもじもじと俯いたままだった。
が、しばらくすると覚悟が出来たのか、小さくうなずき顔を上げこう言った。

「せんぱい・・・もしこの後お時間があったら・・・8時にフロント・ガーデンに来て下さい・・・」
と。

しかし、それが恥ずかしさの限界だったのか、俺が問い返す間もなく走り去ってしまった。

ふと時計を見ると、7時50分。彼女の言う8時まで、後10分だった。

「・・・行ってみるか・・・」

そう呟いて、俺は未だ盛り上がり続ける体育館を後にした。
心の中に、かすかな期待を感じながら・・・



「・・・まだ来ていないみたいだな・・・」

誰もいないフロント・ガーデンを見渡し、俺は呟いた。
時計を見る。時間は7時58分。約束の時間まで、後2分だった。
朝から晴天だったためか、この時間になっても寒いとは感じない。

この学園に転校して一月足らず・・・様々な出会いがあった。
そんな出会いの中、いつの間にか俺の心に住み着いた女の子。

本を読むのが好きで、料理が上手くて、ちょっぴり恥ずかしがり屋で、支えてやらなければ壊れてしまいそうな、可愛い後輩。
いや、違う。
ただの後輩ではなく、俺にとって一番大切な女の子・・・。

「・・・せんぱい・・・」

夜の闇に溶けそうな程、小さくか細い声。だが、俺にとっては世界中の誰よりも大切な人の声。
振り返ると、そこに彼女がいた・・・

「静香ちゃん・・・」

彼女はゆっくりと俺に歩み寄り、俺の目をしっかりと見つめてこう言った。

「・・・せんぱい・・・私・・・せんぱいの事が・・・」




あとがき


「星の丘学園物語 学園祭」のオリジナルSSをお届けします。

今回のSSは、私の1萌えキャラである「花菱静香ちゃん」をヒロインに描いてみました。

どうも私は、自薦他薦を問わず「気に入ったゲームはSSを書いてしまう」と言う、困った癖があるようで、今回もあれよあれよという間に書き上げてしまいました。


さて、このSSを最後まで読んで頂いた方は気づいたかもしれませんが、最後の静香ちゃんの台詞は、途中で終わっています。

この後の台詞がどんな物なのか?

それに対して、主人公はどう答えるのか?

それは、皆さんそれぞれの後夜祭で、答えを出して下さい・・・


最後に、この「学園祭」に関しては、もう一本くらいSSを書くかもしれません。
書くとしたら、多分ヒロインは「鳴海泪ちゃん」でしょうね・・・



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