NO.JIN05-12 |
虹色人生サプリ <自分を変える> --- 2022/12 |
◆「自分探し」は一生のテーマ
いつの頃からか「自分探し」という言葉で、本当の自分を求めて旅に出るとか、活動するといったことを、実際に始める人も
いるようです。また、「等身大の自分」などという表現もあるようです。旅に出るなどして見聞を広めながら、自分を見つめ
直す。社会のレールに乗ってしまったら、そういう機会もめったに持てなくなるだろうから…というわけらしい。なかにはい
ったん社会に出てから、「自分は未熟すぎる」などと言って、会社を辞めてそういうことを始める人もいます。
私は、特に若い人たちが熱心にそういう「自分探し」しているという人がいたら、「自分を探している暇があったら、職を探
せ」と言いたい。どんな生き方をしようと構わないのですが、そういう人間が、自分を見つめ直したところで、価値あるもの
が発見できるとは思えないのです。
それよりもっと大切なことがあることを知って欲しいのです。それは「自分を好きになっておく」ということ。社会人として、
よりよく生きていく前提には、このことが絶対に必要なのです。それなしには、より良い自分探しもできません。人は誰でも
「自分はこういう人間だ」というイメージを持っています。これをセルフイメージ、もしくは自己像という。自分探しを考え
る前に、自己像をしっかり確立しておかなくてはならないのです。
「それがわからないから自分探しをするんです」。
こういうことを言う人がいるかもしれない。もしそうだとしたら、なおさら、慌てて「自分探し」などを始めると、ろくな結
果にならない。好ましい自己像を確立するのは、そう難しいことではありません。自分の良い点だけを取り出して「自分って
いい奴だな」と勝手に思えばいいだけです。誰にだって、よい点の一つや二つはあるはずです。自分を「いい人間だな」と思
えるようになれば、よい意識を持てるようになり、よい行動ができるようになる。そうすれば、他人とうまくやれ、前向きな
生き方ができるようになります。
「私は、どうも他人との付き合い方が下手で…」。
こういうことをよく言う人がいますが、他人とうまくいかないのは、自分との折り合いが良くないからです。良い自己像さえ
持てれば、きっと他人とうまくいくのです。自分を好きになる絶対的な方法が一つあります。それは「他人のために何かして
あげる」ことです。まず他人の役に立つこと、他人を喜ばせることをモットーにする。そうすると間違いなく自分が好きにな
れます。
ただ、ここで一つ注意しておきたいことがあります。それは「他人」をどう選ぶかということです。人の役に立ちそうなこと、
喜びそうなことを実行する時、なるべく身近な人間は避けたほうがいい。身近な対象ほど愛憎が深いので、逆の目が出た時、
取り返しがつかないことになるからです。だから人を喜ばせよう、役に立つことをしようと思うなら、まずは自分と距離の遠
い人から始めることをお勧めします。電車の中でおばあさんに席を譲るとか、車椅子の人が駅の階段で困っていたら助けてあ
げるなどの行為を積み重ねていくといいと思います。そういうことが躊躇なくできるようになると、人生は自然に良い方へ向
かっていきます。例えばエレベーターを降りる時、「どうぞ」と同乗している人たちに先を譲るなど、そんなちょっとした行
為をまず実践してみることです。
「自分探し」と言ってしまうと、どこかに本当の自分があって、それを探し出すことが目的なんだと思いがちです。「宝探し」
の旅に出ると思ってしまうと、どこかに既に宝があるということが無意識に前提になってしまいます。「宝探し」というぐら
いだから、どこかに当然、宝があって、それを探しているんだと、決め付けてしまうのです。どこかに本当の自分がいて、本
当の自分になれるものがあって、それを見つけ出せばいいんだと思ってしまうのです。「自己実現」は、「自分探し」ではあ
りません。「自分創り」です。自分を探し出すのではなく、自分を創り上げることが、自己実現です。なりたい自分を考え、
計画し、進んでいくことが「自己実現」です。
実は、自分探しとは一生のテーマなのです。「自分とは何者なのか」「人生いかに生きるべきか」は哲学することなのです。
経験や知識に乏しい人間が、社会に参加することなく、そんなことを考えたところで、ろくな自分は見つからないでしょう。
もう一つ、若い時代の自分探しには「どうか」と思うことがあります。それは人生を誤って認識してしまうのではないかとい
う危惧です。人生には、理解したり、価値を発見する以外にも大切なことがあります。それは「味わう」ということです。
うまい料理を味わうのが楽しいように、人生も味わってみるべきものです。よく味わいもしないで、「ああだこうだ」と意味
づけたり、価値をうんぬんしても始まらないのではないでしょうか。自分探しには、そういうところがあります。人生を味わ
うためには、その中に飛び込んでみるしかない。成人したら、さっさとその世界に飛び込んで、いろいろなものを食べてみれ
ばいい。食べて舌を磨いて初めて、「自分はこういうものが好きだ」ということがわかってきます。若い頃の自分探しは十中
八九、ガラクタ探しに終わります。自分では宝探しのつもりかもしれないが、持っている地図は偽物である可能性が高いでし
ょう。だから「やめた方がいい」と私は言いたい。成人したら、どんな形であれ、生きる場である「社会」にいなくていけま
せん。自分なりの希望はあるだろうが、当面、意に沿わなくてもいいではないか。そもそも「自分の希望」というのが、そう
根拠のある材料からできていない。そのことを自覚すべきです。
「真の自分」など、そう簡単に見つけられるものではない。それは個人に固有なものだし、探しに行けば必ず見つかるもので
もない。だから安易な自分探し発想は捨てたほうが良いでしょう。生きる「場」に飛び込んで体得する以外に、それを見つけ
る道はないのです。
自分を、他者との関係で評価しようと焦るあまり、自分の気持ちが見えなくなってしまう。人から褒められないと自分は嬉し
くない。人と一緒でないと自分は笑えない。人に見てもらわないと意味がない。そういった価値観が、自分という存在を消し
てしまうのです。
人に褒められなくても、嬉しいものは嬉しい。自分一人だけで、こっそり笑えるものだってある。自分の行いは、自分が一番
よく見てくれているはずです。人に評価されないと価値がないという思い込みは間違っている。いったい誰がそんな変な価値
観を作ったのか。それを、知らず知らずのうちに自分に課しているのは、他でもない自分自身なのです。自己満足はいけない
ことだと教えられる。みんなと同じことを強要される。集団行動をとり、群れから離れるなと子供のころから言われている。
仲間で一致団結することは、もちろん無駄ではありません。大切な方法の一つではある。しかし、それがすべてではないはず
だ。自己満足は、人生の目標としても良いほど立派なことだと私は考えています。ただ、社会で生きていくためには、全く他
者を切り離してしまうことは難しい。自分を大事にするためには、他者に迷惑をかけないことが第一であり、それもまた、周
り回って自分の利益となるでしょう。
ちなみに、このサプリを書いている私の「自分探し」は、……そう、現在進行形です。きっと死ぬまでやり続けることになる
と思います。
|