これが私の持病です


 「変形性股関節症」それが私についた病名なんですけど、ご存知ですか?ちなみに私は自分が
 そうと診断されるまで、全然知りませんでした。

 股関節って、大腿骨の頭の丸い部分が骨盤がわの(受ける)お椀にうまくはまって動いています。
 その「お椀」の部分が浅かったり、足らなかったりするのが臼蓋形成不全。
 もともと骨の形が悪いところに、長年体重をかけて歩いていると、もともと悪いお椀の形がどんどん
 悪くなっていきます。形の悪さによって、初期→進行期→末期に分けられます。

 治療の方法は、保存療法か手術療法のどちらか。手術には自分の骨を使う方法と人工関節を
 入れる方法とあります。人工関節は耐用年数があるので若めの方にはすすめられず、できるだけ
 自分の骨を使って手術します。色々な方法があるのですが、なにしろ場所が場所だけに、入院期間
 リハビリ期間ともものすごく長〜い手術です。
 


 ・始まりは

  私は覚えていないけれど、赤ちゃんのとき頭を洗おうとして、体を向かい合わせにまたがせようと
  すると、私は母の体をまたげなかったらしい。”他の子と違う?”と不安になった母は整形外科を
  受診。ところがそのヤブ医者は「この子は太っているから、足が開かないんでしょう」と言いやがった。
  疑問に思いながらも、その他は元気だし、人より早く歩き始めた私に、母は安心。
  実際ものすごくお転婆だった私。小さいころはなんともなく走り回ってました。
  

 ・ひざが痛い!

  初めて慢性的な痛みを感じたのは、股関節なんかじゃなくてひざ。それまでバスケットに毎日毎日
  明け暮れていたのに、ひざが痛くてできなくなって。それからひざの痛みとの付き合いは15年程
  波を持ちながら続きました。何十件と名医といわれるお医者様を受診したのに、”ひざには問題が
  ない”という結果に。痛いときには眠れないくらい痛むのに平気なときにはスキーもできたし走る
  こともできたので、わたしは次第にあきらめていきました。

 ・始めての股関節痛

  それは1人目の妊娠中の臨月。初めて股関節に痛みを感じて、産婦人科に訴えたのですが、
  出産寸前には間接がゆるむし、体重も増えているのでよくあることという診断。実際出産後は
  なんともなくなってしまいました。そんなこんなで、その6年後2人目出産のときも、同様な状態に
  なったのですがまったく同じ診断に・・・・。今思えばこのくらいで出産後ちゃんと大きい病院で
  検査を受けるべきだったのでしょうね〜。

 ・「足どうかしたの??」 

  2人目が3才になったころ、長いこと歩くとびっこをひくようになり「足どうかしたの?」と聞かれる
  ように・・・・。股関節が、”痛い”というよりは、”だるい”感じになるんです。それでもね、仕事も
  平気だったし、大掃除も一人でできて。ディズニーランドで1日遊ぶこともできたの〜。
  日常生活にはそんなに支障がなかったし、なにより子供2人抱えてのワーキングマザー生活。
  自分の医者に時間はさけなかった・・・・・。

 ・それは突然やってきた

   3年前のある日のこと、お風呂から上がろうと湯船をまたいだ私を待っていたものは、股関節の
   激痛〜。そりゃもう痛くて全く動けない。”足が外れた”と思った。自分ではパンツも穿けず(笑)。
   次の日ダンナ様につれられて整形外科を受診。私ったら驚いたことにそのとき初めて、股関節の
   レントゲンを撮ったのでした。先生は躊躇なく「紹介状書きますから、大きい病院に行って」と。

 ・ツライ宣告

   そこで初めて自分の右足が相当進んだ「変形性股関節症」であることを認識。その時の医者は
   「ここまで進むと、手術でしか治らないんだけど、手術も非常に難しい」と言いました。なにしろ
   骨盤と大腿骨と、両方を切る方法じゃないとある程度の形までいかないらしく、それだと入院が
   丸4ヶ月。両方松葉杖でさらに2〜3ヶ月。片方になって・・・・・・・。と小さい子供を持つ身には
   まず考えられないような時間がかかります。それならこれから頑張って大事にしながら筋肉増強
   を図って、もっと高年齢になってから人工関節にする方がいいのではないか、という意見。
   なにしろ私にも全く知識のない話だったので、とりあえず話はその方向へ進みました。
   ただ後でいろいろと調べてみると、人工関節はやっぱり避けたくて、ドクターによって方針も
   いろいろと違うことも分かり、転院を考えたりしていました。

 ・まさかの3人目・・・・・

   そんなときに妊娠発覚。一番気になるのはやっぱり足のことだったけど頑張ることに決定。
   ただ産婦人科では迷わず「帝王切開しましょう」と言われちゃいました。やっぱり体重は増えるし
   関節は緩むしで相当キツかった〜。産後も抱いて歩かないわけにはいかず、痛みはひどくなる
   ばかり。歩き方も相当目立っちゃうようになりました。

 ・それから1年

   どんどん体重の増えてゆく娘を抱いて歩くことは出来なくなりました。でもなんとかなるもんです。
   ただ、普通に歩くのもだんだんツラくなってきました。家事も相当大変になってきました。
   そこで、思い切って転院。そこでの診断は「末期」。ドクターは12才・6才・1才と子供の年令を 
   カルテに書くと考え込んでしまいました。そこで人工関節にしても良いと思われる年令までは
   私の状態ではもたないと思われること、今が自分の骨で手術できるぎりぎりの状態だと思われる
   ことを告げられました。手術をしたら約1年は半人前とも・・・。そしてその後も全く普通の状態には
   戻らないかもしれないことも。

 ・さて、今

  今はすべての事を手術に向けて調整中。ウチのこと、仕事のこと(ちなみにやめるつもりは全くない)
  なによりも子供たちのこと。来春中1・小1と新しい生活になる上の子供たちに、できるだけ負担に
  ならないように。1才になってかわいい盛りの娘と4ヶ月離れる覚悟ができるように。

 ・身にしみた教訓

  私のように、進んだ状態まで股関節の疾患がわからないこともあんまりないそうです(^^;;)。
  相当進むまで股関節自体が”痛い”状態にならなかったのが原因なんですけど、ひざの痛みが
  波があるにせよずっと続く状態に慣れたりしないで、原因をもっと究明すればよかったんですね。
  バスケット・スキーというスポーツ三昧の生活の中での痛みがまさか慢性疾患だとは思わなかった
  のも原因のひとつ。頭が”ひざの怪我”だったので医者の選び方も自然そういう向きだった。
  もしももしも、どこか原因不明の不快感を抱えてる方、絶対に慣れて生活したりせずに原因は
  究明したほうがいいと思います。”そんなものかな?”っていう感情には注意しましょう。