スウェーデンの王様


 スウェーデンは王国ですから、王様がいます。わたしたち外国の人間にも知られている王様もいれば、外国にはあまり知られてはいないけれど、国内では人気の高い王様もいます。ストックホルムの街角で、お店や通りの名として知られている王様(あるいは女王様)を少し紹介いたしましょう。


グスタフ・ヴァーサ王

 この王様は、スウェーデンではとてもポピュラーな王様です。ストックホルム中央駅の前の大通りはその名も「ヴァーサガータン」と言いますし、ユールゴーデン島にある北方民族博物館には、カール・ミレスの作った巨大なヴァーサ王の木像があります。この王様は16世紀の人で、「スウェーデン建国の英雄」とされています。

 ヴァーサ王の出る前にも、スウェーデンには王様がいました。しかし、ヴァーサ王が生まれた頃、スウェーデンはデンマークの支配下にありました。しかしグスタフ・ヴァーサは反デンマーク勢力を結集し、スウェーデンの独立を勝ち取り、王座についたのです。

 このヴァーサがデンマーク軍に追われて、スウェーデン中部ダーラナ地方のムーラという村まで逃げてきたことがあります。ヴァーサはムーラの人たちに、一緒にデンマークと戦おうと呼びかけましたが、味方しようと名乗り出てくれる人はおらず、スキーをはいて(ここがいかにもスウェーデンらしいところ)、とぼとぼと村を去っていきました。

 しかしヴァーサが去った後、話し合いを続けた村人たちは、「やっぱりヴァーサに味方しよう」ということになりました。選ばれた村人代表は、これもまたスキーをはいてヴァーサを追いかけ、ついに90キロ離れた村でヴァーサに追いついて、このうれしい知らせを伝え、村まで連れ戻しました。

 これを記念して、2月末から、「ヴァーサ・ロッペット」というクロスカントリー大会が開かれます。出発点は村人代表がヴァーサに追いついた村セーレン、ゴールはムーラで、一般参加のオープン大会と3月の第一日曜日の本レースを合計すると2万人以上の人が参加します。地元ムーラでは、「90キロ完走できなきゃ男じゃない」と言われてるらしい。恐ろしい。「どうしてもっと早く追いついてくれなかったんだ」とご先祖を恨んでる人、いるだろうな(笑)。

 GSEにも何人か、「ヴァーサ・ロッペットに出たよ」という人がいました。


グスタフ2世アドルフ王

 日本では、この王様の方が知名度が高いでしょう。少し世界史をしっかり勉強した人なら、「三十年戦争」とか「名将ヴァレンシュタイン」というキーワードとともに、おぼろげ(?)な記憶が浮かび上がってくるかもしれません。

 17世紀の初め、ドイツは従来のキリスト教(カトリック)を信奉する勢力と、新しいキリスト教(プロテスタント)を信奉する勢力とにわかれて争っていました。ドイツの皇帝は旧教側でしたから、皇帝の権力をなるべく弱くしておきたい周囲の国は、新教側に肩入れします。特にスウェーデンは、バルト海の支配権をドイツの皇帝に取られたくない、ということもあり、国王みずから自国の軍勢をひきいて、ドイツの内乱「三十年戦争」に介入しました。迎え撃つ皇帝軍の先頭に立つのは、総司令官ヴァレンシュタイン。両雄はドイツのリュッツェンで激突し、先頭に立って戦っていたグスタフ・アドルフは壮烈な戦死を遂げました。

 この王様は「北方の獅子王」と呼ばれ、昔はけっこう人気の高い王様だったようです。この王様の戦死した11月6日には、学校や軍の兵舎などで愛国心をふるいたたせる演説などが行われた時代もあったそうですが、今はそんなこともなくなりました。まあ、自国をほったらかしてよその国の内政に干渉し、あげくのはてに死んでしまったとなると、今のご時世にはあまりほめられた話ではありませんものね。ストックホルムのオペラ座の正面には、馬に乗る勇壮なグスタフ・アドルフ王の銅像が立っています。


クリスチーナ女王

 現在のスウェーデンでは、どうも父親のグスタフ・アドルフ王よりこの女王様のほうが人気があるみたいです。グスタフ・アドルフ王がドイツで戦死してしまったため、ひとり娘だったクリスチーナが女王となりましたが、この女王様、とても自立心のある女性で(こんなところもスウェーデンで人気がある原因かも)、一生結婚せず、父親は新教側に味方したのに自分は旧教のカトリックに改宗し、ある日突然従兄弟に王位をゆずってしまいました。退位後はローマの修道院に入り、悠々自適の生活を送ったそうです。

 この人はまた学問が大好きで、「われ思う、ゆえにわれあり」で有名な哲学者デカルトをスウェーデンに呼び、わざわざ個人授業まで受けたとか。もっともデカルトのほうは、あまりのスウェーデンの寒さに参ったのか病気になり、それがもとで死んでしまったというからお気の毒。

 ガムラ・スタンにはこの女王様の名前をとった「クリスチーナ」というパブ・レストランがあります。料理もまあまあ、お値段もリーズナブル、女性がひとりで晩ごはんを食べに入っても大丈夫。わたしはここでトナカイ・ステーキを食べました。


グスタフ3世

 この王様は18世紀後半、ロココ文化華やかなりし時代の王様。この王様は文化や芸術が大好きで、その援助によってスウェーデン・アカデミーが創設され、オペラ座も建設されました。国民には人気のある王様でしたが、貴族には高圧的な態度でのぞむという典型的な「絶対王政」の君主だったため、自分たちの地位をおびやかされたと感じた貴族たちの恨みをかい、仮面舞踏会に出席したところを狙撃され、それがもとで死んでしまいました……と聞くと、オペラ・ファンの中には「あれ、どこかで聞いたことのある話だなあ」と思われる人もいるでしょう。ヴェルディの「仮面舞踏会」は、この事件をもとに作られたオペラです。オペラでは主人公はボストンの知事となっていますが、実名をそのまま使うのは、いろいろとさしさわりがあったため。時代をずらすのは日本の歌舞伎などでもよく使われる手ですね(プラシド・ドミンゴが主人公をやっているのを、TVでちらりと見たことがある)。

 ストックホルム郊外の離宮、ドロットニングホルム宮殿には、宮殿付属の小劇場があります。これはグスタフ3世の母親のために建てられたもので、グスタフ3世のお気に入りでした。王様が暗殺された後、忘れ去られた存在になってしまったのですが、それがかえって幸いして、18世紀の舞台装置がそのまま保存されました。現在でも毎年、オーケストラや出演者が18世紀そのままの扮装をして、モーツァルトのオペラなどを上演しています。

 グスタフ3世の銅像は、ガムラ・スタンの王宮横、ゆるやかな斜面になっているスロッツバッケンという広場をくだっていった海岸に立っています。


カール16世グスタフ王

 この人が現在のスウェーデン国王です。ノーベル賞の授賞式には必ず登場するので、知っている人もけっこういるかもしれない。わたしは直接面識があるわけではありませんが、もれ聞くところによると、なかなか気さくな方のようです。GSEでも、「ある日ストックホルムの街を車で走っていたら、王様の運転する車が後ろから追い抜いていった」と目撃談を話してくれた人がいました。「王様だったらお抱えの運転手くらいいるんじゃないですか?」ときいたら、「王様だって自分で運転したい時もあるんじゃないの」と言っていました。ちなみに、王様の車は、ブルーのVOLVOだったそうです。


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