ふるさとを支える達人
手作りの愛情が伝わる三角ダルマ作りの達人今井伝三さんのご紹介


おどけた表情の中に意思の強さを表現

水原町(現阿賀野市山口町)の静かな住宅街の一角にある人形店の10畳間、ここから伝統の郷土玩具「三角ダルマ」が生まれていきます。胴体に赤や青の色が塗られ、顔の表情を描き込むばかりになった何体もの三角ダルマが並んだテーブルを前にして、今井さんはどっかりと座り、巧みな筆使いでユニークな表情を描き続けていました。
今井さんの筆先から産みだされる、への字に結んだ口、垂れた口ひげ、横目使いのおどけた表情。
そこにはなんとも言えぬひょうきんさがかもし出されています。
「への字に結んだ口は、いかなる困難にも打ち勝ってまた起き上がるという意思の強さを表しています。
おどけた表情を作り出しているのは、口ひげと目のデザインですが、これは父の徳四郎のアイディアです。
目がまっすぐでは正面から睨まれている感じになってしまいますが、これで随分ユーモラスな表情になりますね。」


人形の顔を描く達人


三角ダルマ

大きさは、小
5ンチ位から大は1メートル近いものまで様々です。越後の三角ダルマは、円錐形という独特の形から全国各地にあるだるま玩具の中でもひときわ異彩を放っています。
かつては高田、柏崎、見附など新潟県内各地で作られていたらしいのですが、現在作っているのは水原町山口の今井人形店の当主、今井伝三さんのみです。

いろいろな三角ダルマ

元をたどれば京都伏見の土人形

今井家の初代・今井伝十郎が人形作りを始めたのは、今から190年余り前の文化年間のことで、2代目長助の時まで竹や木で作っていました。
やがて3代目長吉によって京都伏見人形の流れを汲む土人形が作られ、地名を取って山口人形と呼ばれました。
土人形は、裏表2枚に分かれた型に粘土を押し付けるように詰め、3時間ほど置いて型から取り出し2枚を張り合わせて陰干しにしたあと釜で1日焼いて作ります。 
これに漆を混ぜた絵の具を塗るのですが、時代の流れとともに色彩に工夫が凝らされ、素朴な民芸品として人気を集めてきました。
今井家には今も型が伝わり、今井さんも数は多くないものの土人形を作っています。 
天神様、恵比寿・大黒、猿回しなどといった人形に混じって起き上がり小法師があったのですが、これに着目し三角ダルマに作り上げたのが今井さんの父・6代目今井徳四郎氏でした。
昭和31年、地元水原町の支援を受けて三角ダルマを作り始めたのです。


土人形



ビニールパイプに顔を描いて練習

今井さんが三角ダルマ作りに携わるようになったのは20年前のこと、
当時の国鉄に勤めながら家業を手伝い始めました。子供時代から親の仕事を見ていたため要領は分かるのですが、実際にやってみるとなかなか難しかったといいます。
「特に顔の表情が難しかったですね。それまで父は私に顔を描かせなかったんです。
そこで曲面に顔を描く練習台として水道用などの太いビニールパイプを使い稽古をしました。
これなら拭けば何回でも使えますから。満足できる表情の顔が描けるまでに45年かかりました。
目・口・ひげの3拍子そろって初めていい表情になるのです。
生き生きとした表情のあるダルマを作りたいですね。」
今井さんは、定年退職後、今井人形店7代目として本格的にダルマ作りに取り組んでいます。
三角ダルマは、粘土で作ったお椀型の底の部分にボール紙の胴体をつけて作ります。
粘土は隣りの安田町で採れる、屋根瓦に適した良質の物を使います。
粘土を詰める型は何十年も昔のご飯茶碗、朝顔形に開きすぎている最近の茶碗に比べカーブの具合が最適なのだそうです。


胴体を取り付ける達人



胴体と底を作る

これに粘土を詰めて、ちょうど中華鍋のような形の底の部分を作るのです。
整形した粘土は、ひび割れしないよう陰干しにして、1カ月かけてゆっくりと乾燥させます。
底の直径にあわせてボール紙を円錐形に巻き、繋ぎ目を和紙で貼り合わせれば、胴体の形の出来上がり。
胡粉(ごふん:貝殻を焼いてすりつぶした白い粉)にニカワを混ぜて23回下塗りをしよく乾かします。
ニカワが接着剤となって胡粉が剥がれず、全体が丈夫になるのです。  
色付けはすべてポスターカラーに胡粉を混ぜた絵の具を使います。
顔の部分の肌色は、大きいものほど塗るのが難しいそうです。
絵の具がなかなか平らにならず、顔に凹凸や筆の跡が残ってしまうのです。
気にいらなければお湯で絞ったタオルで拭き落し、気にいるまで何回でも塗り直します。
胴体部分の色は、赤、青、白の3種類がありますが、特に赤は落ち着いた感じの色になるよう鉛丹(えんたん:鉛を原料に作った赤色)を混ぜて調節します。


ニカワを塗る達人



色塗り

鉛丹を混ぜることによってややくすんだ色調の赤が生まれます。
今井さんは、こうした工夫で雪国の民芸品らしい渋さと味わいを表現しました。  
難しいのは顔を描くことと今井さんは言います。








顔を描く達人
表情はその時の体調が

「自分の体調がダルマの顔に出るんですよ。手で描くのですから眉の形、ひげの形、目の位置、視線の方向、口の結び方など、みんなバラバラの筈なんですが、それでも体調が良い時と悪い時の違いが分かるんです。
不思議なものですね」  
今井さんは、三角ダルマを若い世代にも知って欲しいと、町内の小学校に出かけ6年生に、その歴史を語り作り方を教えています。

子どもたちの作る三角ダルマは、色も形も表情も千差万別。
好きな形に作り上げて今井さんに見せに来るそうです。個性がきらめく三角ダルマを見ながら、今井さんはふるさとをもっと知り、もっと愛していって欲しいと願っています。  
三角ダルマをお買い求めいただいたお客様に、喜んで貰った時が一番嬉しいという今井さん。健康なうちは作り続けたいと、今日も仕事場に座っています。 
郷土玩具として、水原の人々に親しまれている三角ダルマの表情を見ていると、手作りの愛情が伝わってくるようです。

三角ダルマ

「ふるさとを支える達人たち」より 2004年5月11日
阿賀野郵便局様(旧水原郵便局)のご好意により転載させて頂きました。