同姓同名の話

 尾崎一雄と尾崎士郎には一枝さんという同じ名の娘さんがいる。尾崎士郎は、ある時新聞に尾崎一雄はうっかりして一枝という名をつけてしまったと書いた。それを読んだ尾崎一雄は、どっちが先に生まれたかみれば勝負はおのずと判明すると言って、自分の娘は昭和7年で、あっちは8年生れだと反論した。

 両方の一枝さんがまだ赤ん坊の頃、尾崎一雄は「二人の一枝が無事に育って同じ小学校に入ったとする。先生がうろたえて、あなた方は名前も同じだし、お父さんの商売も同じで、どっちがどっちか判らない、いったいどっちの尾崎ですか、ときくようになったら面白いな」

 と浅見 淵と丹羽文雄をつかまえて言った。すると「両方とも口をそろえて、うちのお父さんは、小説のうまい方の尾崎です、と答えるかも知れないぞ」と言った。

 暫くしてその笑い話を榊山 潤に言ったら「年頃になって、恋人の手紙があべこべに配達されたら面白いな」と嬉しそうな顔をした。

 そんな冗談も二人の一枝さんが大学生になった時に冗談ですまなくなった。尾崎一雄の一枝さんは早稲田の英文科、尾崎士郎の一枝さんは国文科に籍をおくようになった。毎日学校で顔を合すようになると、男の学生の中には

「お父さんの「人生劇場」には、心から感激しました」と尾崎一雄の一枝さんに言うのや、「「暢気眼鏡」は原作も映画も、、、」などと尾崎士郎の一枝さんに話かけるものが続出した。

 初めのうちは、慌てて「違います」と訂正していた両一枝さんも慣れてくると、相手に言うだけ言わせてから、おもむろに

「大変おほめにあづかって有難う御座います。けど、それは、むこうの一枝さんのお父さんなんですの」と言ってやることにしたそうだ。尾崎一雄は、大学生くらいになると娘といえ、タチがわるくなるなアと言った。

 尾崎士郎の一枝さんが尾崎一雄の一枝さんより一足先に嫁に行った。尾崎一雄の一枝さんの結婚披露宴に出席した尾崎士郎の一枝さんは次のようなスピ−チをした。

 「一枝さんがお嫁に行かれるとうかがって、また心配になりました。私が折角中村一枝になったのに、一枝さんが中村さんという方と結婚されたらどうしようと思ったのです。けれども、古川一枝さんになられたので、安心致しました」