親の気づかぬ親孝行の話

 とぼけや諧謔で知られる山田風太郎は、医者の父親は5歳の時急死、母親に13歳で死別したので、親の思い出は余り無い。それでも母親に関しては、風太郎の瞼に残っているのは、いつも坐って針仕事をしている姿だけだった。風太郎にとってただ一つ宝石のような想い出がある。

 小学6年の夏休みのこと、友達と弁当を作ってもらって、山の中に遊びに出かけた。朝涼のうちにある所で露に濡れた一本の素晴らしい山百合を見つけた。

 風太郎は是非それを母親にやりたくなった。そこで友達と別れて、その山百合がしおれないうちに、2、3時間山道を走りつづけて家にかけもどった。

「お母ちゃん、これ」

 風太郎は息をはずませて、それを差し出した。

「おや、そんなに早く帰ってきて、どうしたの?」と、母親はその山百合を受け取りながら、けげんな顔をした。それに対して風太郎は、その花を捧げるために、そのためだけに帰ったとはいわなかった。何かべつなの理由をつけてごまかした。母親はそんなことに気がつかなかったようだ。

 これが風太郎が母にした、たった一つの親孝行の想い出であると「遠い夕日」に記している。