英語初体験の話

同時通訳と言う職業が脚光を浴び、テレビや国際会議で活躍した国広正雄が、初めて外人と英語で話した時のことである。

戦時中、神戸の中学二年生だった国広は英文の朗読と筆写を続けていたが、生きた英語を使う機会が全くなかった。その頃、灘駅の近くに捕虜収容所があり、捕虜が上半身裸でモッコを担いで土を運んでいた。周囲を監視していた警官や憲兵の目を盗んで、勇を鼓して金網の中にいる小柄で、色白のやさしい外人に話し掛けた。

その辺の心境を国広は、本場の人間と一言なりとも交わしたい熱情が、特高や憲兵に打ち勝ったのだと説明している。

今ならWhere are you from ? と言うところを、当時の教科書の古風な表現のWhat is your country? と言ったところ、笑顔をさらに開いて、一言Scotland と言う返事が即座に返ってきた。

その時の嬉しかったことは、いまでも朝ひげをそっているときに思い出すと、ひげがこわくなって、かみそりが使いにくいほどの、肉体的歓びをともなうくらいであり、所謂 天にものぼるような気持ちであったという。