原稿料貰えなくても感心する話

 流行作家であっても物入りの多かった直木三十五が、雑誌「人間」をやっていた頃の話である。

 小島政二郎が「人間」に寄稿した原稿料がいつまでたっても、貰えなかったので、手紙で催促した。すると直木三十五は今は金がないから払えない。金が入り次第払うという誠実な手紙が返って来た。小島政二郎は、人間の出来ている人でなければ、書けない手紙だと、その真摯な態度にすっかり感服してしまった。それ以来直木三十五が好きになった。

「直木ッてできた奴だね」

 そう言って、その手紙を水木京太に見せたら、人を中々褒めない水木京太は「馬鹿だな、お前も。原稿料を踏み倒されて、感心している奴があるものか」

 そういう水木京太も、自腹を切って、芝居を見て、「人間」に劇評を書いて、同じく原稿料がもらえず、小遣に困っていた。

 水木の方が辛抱強いのか諦らめがいいのか、催促の手紙を出さずにいた。小島は直木からいい返事を貰った後であったから、水木の態度を真似すればよかったと思ったが、追いつかなかったという。

 後年、名を成した直木三十五は、「文芸春秋」の誌上で「人間」時代を回顧して、あの当時催促がましいことを書いて寄越さなかったのは水木京太ともう一人の名をあげて、その徳に感謝した。

 小島政二郎は、それを読んで恥かしかった。そして水木京太を羨ましく思ったと書いている。