鏡花の玄関番時代の失敗談

 泉 鏡花が尾崎紅葉の「二人比丘尼色懺悔」を読み、門下生になりたくて、郷里金沢をあとにしたのは、19歳の9月のことであった。それから、4年間常に師の玄関番として、一歩も一人で外出することはなかった。外出する時は師と一緒であった。厳格であったが、可愛がってくれたと鏡花は回想している。その時代の失敗談である。

 ある時、くさやの干物がお昼のおかずにつけられたことがあった。これは腐っている思って、そっと掃溜に捨てたり、桜餅を貰って、これも腐っていると思って窓から抛ったりした。

 ある晩、紅葉から大福餅を10銭だけ買ってこいと言われて、横寺町の家を出って、船橋も紅谷も亀沢も通り越して態々大道の露天から買って帰った。ところがそんなところに売っている物でなくて、通り越した紅谷などにある上等な大福餅と分かって、そのまま貰った。通人として聞こえた鏡花にも、まだそんなものがあると知らなかった。

 鏡花の後にやはり玄関番として入門してきた柳川春葉とある気まずいことがあって、3日程口をきかなかった。

 ところがある日,鏡花が石橋思案のところに用事を言い付かって帰る時、思案から「おい!」と言って、立派な柿を五つ渡された。

 それを持ち帰って、「おい、どうだい。」と春葉に差し出すと、ウフフと笑って受け取った。それから又二人は口をききだした。

 ところが後になって、その柿は紅葉にあげるのだったことが分かって恐縮した。その石橋思案は、毎年お正月には決まって20銭づつくれたので、後でそれをあてにして、何を買おうかと考えていたものだと言う。