ホンモノを信じて貰えない話
陸軍仕官学校から詩人に転向した三好達治は、生涯住居を転々としたが壮年の頃、小田原に住んでいたことがあった。その頃はすでに「測量船」を発表していて、文名が高くなっていた。教科書にも掲載されていたので、文学少女に人気があった。
ある日、仮寓先の三好宅に、数人の地元の女学生が、詩人を一目見ようと会いにやって来た。「三好先生いらっしゃいますか。」元軍人の厳つい三好達治が、縁側の障子を開けて、「僕が三好ですが。」と言った。
すると 彼女たちは「いや違う、いや違う。三好先生に会わしてください。」と言って、三好達治本人に会っているのに一向に信じられない面持ちであった。三好達治の美しい詩のため、読者が勝手に描いていたイメ−ジに、詩人は困惑している様子が見えるような話である。