ノ−ベル賞の二人

 今年のノ−ベル物理学賞に東大の名誉教授、小柴昌俊さんが選ばれた。勿論、私には何の関係もない。本来ならああそうか、ですまされることだが、興味のあったのは次の二点、一、大正15年(1926年)生れ、正に私と同じ年の生まれだ。大正生まれがとみに少なくなってきた現代ではまことに嬉しい現象だ。しかも物理学では連続の受賞だ。

 戦後、敗戦の痛手から抜けきれないでいた日本人に、大きな励ましを与えたのが、あの湯川秀樹さんのノ−ベル賞受賞だったことを考えるとほんとにうれしい事柄だ。

 二、小柴さんは昭和23年に一高から東大に入っている。私は22年に七高から入っているから、ある時期、本郷のキャンパスに同じ空気を呑吐していたわけである。

 しかもその在学中の成績表を公表されたが、それを見ると、優は二つ、あとは「良」か「可」である。

 私も学校の成績はよくなかった。学校に出ないで芝居小屋をはしごしたり、アルバイトに力を入れていたから、同じような成績だった。

 はしなくも、小柴ノ−ベル賞氏の成績表を見ることによって、その昔の大学時代の日々を思い起すことが出来たのだ。

 そんなこんなで、同じ年齢の人の元気のいい活躍ぶりを知ることが出来た。万歳!!

 そしてその翌日、同じノ−ベル賞の化学賞に田中耕一さんが選ばれた。76歳の次は43歳である。これまた、まことにうれしい。選考委員会はまことにしゃれた選考をしてくれた。

 田中さんの受賞のうれしいのは、いわゆる博士という権威ではなくて大学を出た時に貰う「学士」号しかもっていないこと。しかも京都の精密機械メ−カ−「島津製作所」の現役の研究主任だという。その研究は、蛋白質の生体高分子を簡便に抽出する方法の発明だという。

 同じ年に、二人の科学者の受賞も嬉しいし、76歳と43歳という片や熟年、片や気鋭の若手、というのも嬉しい。

 ともすれば老朽化しがちな日本の学界、産業界に与えてくれた刺激は大きい。

 このところ政、官、業、各界にいやなム−ドが充満している。

 二人のノ−ベル賞受賞が色々な意味で、日本及び日本人に刺激を与えてくれたことの意味を大切にしたいものだ。