尾崎紀世彦

 ようやく暑かった夏も過ぎ去って、湘南にも、秋がしのび寄ってきた。

 十月六日(土)、藤沢市民会館大ホ−ルで、尾崎紀世彦たちの音楽会があるという。尾崎は私が音楽の仕事をやめて、ドラマに移ってからの昭和四十年代から五十年代にかけての歌手である。

 妹が「聞きにいこうよ」というから「オレ会ったこともないよ」と答えると「前田憲男さんも出るんだって、、、、、、」「そう、そんなら知っているよ」

 というわけで、市民会館に出かけた。

 ちょっと年輩の方が多いが、女性を含めていかにも、ジャズやポピュラ−音楽の好きそうな人でホ−ルは一ぱいだった。

 チラシを見てみると、前田憲男さんの他、ドラマ−に猪俣 猛、サックスに西条孝之介がいる。ナルホド、皆、私が音楽部をやめてドラマに移ってからの人が多い。

 前田さんを知っていたのは、その見事なアレンジの力と、ピアニストとしての抜群の力をそのデビュ−時から注目していたからに他ならない。

 さて、その夜のコンサ−トは、タイトルが「尾崎紀世彦VS前田憲男コンサ−ト」Swing in the night, "THE MEN"となっている。

 会が始まった。暗い舞台に光が当たると、次々にメンバ−が出てくる。そして尾崎紀世彦がいきなり挨拶を始める。

「こんばんは。今夜はこのメンバ−だけで最初から最後までやります。休憩なしですからご年輩の方はコッソリ、トイレに行ってス−ツと席へ戻って下さい!」

 そして演奏は「A列車で行こう」

 あのデユ−クエリントンの有名なスタンダ−ドナンバ−である。

 そして前田さんのすてきなピアノソロ、西条孝之介さんのテナ−サックスソロと続く。次はなつかしや猪俣 猛さんが昔に変らぬ若さをみなぎらせてドラムのソロをやる。

 私はいつの間にか、昭和三十年代後半から四十年代にかけての自らの青春時代を思い出していた。

 たしかにこのメンバ−は私の軽音楽にいた時代とは少し違う。

 私の頃は、ピアノ中村八大、テナ−サックス松本英彦、又は与田輝男、トランペット松本文男、ベ−ス小野 満、ドラムス白木秀雄、という時代である。このメンバ−より十歳ぐらい上の人たちだった。

 ジャズが苦手の私もそのうち、門前の小僧何とやらで、いつのまにか、馴れていた。ジャムセッションとか、シンコペ−ションとか、舌をかみそうな英語にも馴染んでいた。

 この前、ジョ−ジ川口がリサイタルを開いた。ジョ−ジは私と全く同年だからもう七十五になる。だがステイック捌きは鮮やかだし、スタミナは衰えを知らない。中村八大と白木秀雄は夭逝したし、松本英彦も逝ったが、残っている人たちはまだまだ元気だ。

 十月六日の藤沢コンサ−トでも前田憲男のピアノは鮮やかだったし、猪俣 猛のドラムスはよくキレていた。西条孝之介に至っては姿カタチも若かったがそのテナ−サックスは昔と変らず、朗々と響いた。

 皆元気だった。そしてうれしいことに年をとったことが、演奏の上に何か渋い味を加えてキラキラと輝いていた。

 尾崎紀世彦も魅力たっぷりに彼のヒット曲を次々に歌った。更に面白かったのは、彼はこの藤沢のトナリ茅ヶ崎の育ちだった。「もうこの頃では土地の人も使いませんけど、、、」といいながら昔の「茅ヶ崎コトバ」でしゃべって会場を湧かせていた。

 昔の人が元気でいるのはいい。その人たちが、ちっとも衰えないで昔のように芸を披露しているのは更にいい。

 十月六日の夜は久し振りに私の心を昔にかえしてくれた。