ある料亭での話


 かなり以前のことだが、鎌倉のある料亭にお招きをいただいた。結構な食事が終わって、そこのお内儀とお嬢さんがかたずけを始めた。見ていると、一つ一つ丁寧に両手に乗せて運んで行く。決して重ねない。
「いやあ、たいしたものですね。労をいとわずに、一つずつ運んでいきますね」と、私が言った途端に、お内儀とお嬢さんが私の前に座り直した。なぜか二人の眼に涙がうっすらとにじんでいた
「、、、、ありがとうございます、、、、、、いつかわたしたちの器に対する気持がわかって下さるお客さまがきっとおいでになるだろうから、、、、、それまでは手がかかっても丁寧に運ぼうねと、、、娘といつも話してまいりました、、、、今日やっとその方とめぐりあいました、、、、ありがとうございます、、、、、」
 そう言って畳に手をついて深々とおじぎをした。私のほうがかえって恐縮した。いま思い出してもあの時の二人の姿は美しかった。

 この話の主は元NHKアナウンサ−の鈴木健二氏である。