最初の原稿料を待つ話

 芥川竜之介が、始めの頃、小説を発表したのは同人雑誌「新思潮」であるが、同人雑誌であるから、原稿料などは期待出来ない。だが同人達は自信作をもちよって各々の才能を競い合っていた。芥川竜之介、久米正雄、菊池 寛、松岡 譲らの第三次「新思潮」では、久米だけが市販の雑誌から注文を得て、原稿料を手にしていた。

 そんな時、芥川竜之介のもとに「希望」と言う雑誌から、短編のの依頼があった。芥川は一週間後に「虱」という作品を送稿した。それからは、原稿料が送られてくることを鶴首していた。その時の芥川は「直侍を待つ三千歳(みちとせ)のように」振替の来る日を待ち暮らした。だが中々原稿料は届かなかった。

 そんな時、久米が芥川のところにやってきた。久米は「一円位は払うね。1円なら12枚12円か。そんなことはないな。1円50銭は大丈夫払うよ」久米はこうした予測を下した。そう言われてみると、芥川も1円50銭は払ってもらえそうな気持になった。「1円50銭払ったら、8円だけおごれよ」と言われて、芥川はおごる約束をした。「1円でも5円はおごる義務があるな」と言った。芥川はその義務を認めなかったが、しかし5円だけ割愛することには、格別異存もなかった。

 そのうち、原稿料が送られてきた。それをふところにして芥川は久米のところに行った。

「いくら来た?1円か?1円50銭か?」久米は芥川の顔をみると、自分自身のように熱心にきいた。芥川はなんとも答えず、為替の紙を出して見せた。為替の紙には残酷にも3円60銭と書いてあった。

「30銭か。30銭はひどいな」

久米もさすがに情けない顔をした。芥川はなおさら仏頂面をしていた。が、二人はしばらくすると、同時ににやにや笑い出した。久米はいわゆる微苦笑をうかべ、芥川はてがるに苦笑した。

「30銭は知己料をさし引いたんだろう。1円50銭マイナス30銭−1円20銭の知己料は高いな」

 久米はこんなことを言いながら、為替の紙を芥川にかえした。しかも先に言ったように、おごれよとかなんとかは言わなかった。