札幌の七月

 ことしは札幌のミュ-ジカル公演はお休みにしよう−昨年の「ゼノさんとこどもたち」の公演を八月の長崎原爆の日に長崎で打ち上げた時、皆がそういった。

 実際今の日本で新作ミュ-ジカルをやるなんて大変なことなのだ。

 衣裳、大道具、小道具などの調達は勿論大変だが、冷え込んだ景気、文化的な仕事に対する企業のさめた意識、は簡単には解決しない。しばらくはジッとして、昔のヒット曲のおさらい公演などでお茶を濁そう!皆そう思ったのである。

 かくいう私もホッとした。

 正直なところ七十五歳をこえると、人間の身体活動も頭脳活動もぐっと衰えるのだ。

 体のあちこちがうまく動かない。創作活動のための頭脳もとんと働らきが悪くなる。

「この辺が川口の作家活動も打ち切り時かな!」正直にそう思った。

 だから急に七月二十五日に、札幌の旧道庁あとの広場に舞台を架設して新作ミュ−ジカルをやる!ときいた時はびっくりした。

 折りから道庁は新しく知事になられた高橋はるみ知事の下、女性パワ−が爆発した。 

「七月二十五日にカルチア−ナイトという催しをやろう。美術館や裁判所も公開しよう。そしてカルチア−ナイトを中心にこどもミュ−ジカルをすえよう!」

 というわけである。

 細川さんはその呼びかけにこたえた。前からアイヌ文化の継承者で元参議院議員の萱野 茂さんからユ−カラやウエペケレやアイヌの伝承的な話をたくさんきいていた。細川さんはこれらをミュジカルにしたいと思われた。そこで私への注文である。

 たしかにアイヌに伝承された歌も音楽も遊びも、ことばも極めて楽しい。

 だが老骨と化した私にはそれをミュ−ジカルとして構成することは大難事だ。ついに細川さんにたのんだ。骨子は全部作って下さい。その全体を整えるぐらいはやりましょう。

 細川さんからは次々と脚本がおくられてきた。私はささやかにそれのお手伝いをした。

 かくして新作ミュ−ジカル「家出をした犬の話」は七月二十五日の夜、札幌の旧道庁前広場で公演することになった。

 アイヌに伝わる話、くり返しことばや地口を多用したたのしい歌、そしておどり、私は今、異文化を伝えるたのしさを心から味わいたいと思っている。

 七月の北海道は、それでも涼しい夏である。